第57話 聖女の覚醒
光の槍が一斉に放たれ、砦の夜を白く照らした。
黒霧の王の巨体に突き刺さり、黒い霧が飛散する。しかし、その傷は瞬く間に塞がっていった。
「な、なんて再生力……!」
リディア宰相の声が震える。
黒霧の王が低く唸り声をあげ、口から濃密な闇を吐き出す。
それは光すらも呑み込む奈落の奔流だった。
「ユズキ、下がれ!」
ルカが盾を構えて立ちふさがる。だが、闇は盾を瞬く間に侵食し、金属が黒く錆び崩れていく。
「ルカ!」
柚希は咄嗟に彼の前に飛び出し、胸の奥に宿る光を全開にした。
──ドンッ!
純白の壁が広がり、闇の奔流を受け止める。
だが、その衝撃は柚希の体を深く削り、血の味が口に広がった。
「く……まだ、倒れるわけには……!」
その瞬間、柚希の中に温かな声が響いた。
──“柚希。あなたはただの異邦人ではない。
光を受け継ぐ存在。世界に選ばれし《聖女》なのだ”
胸が熱くなり、視界が光に満たされる。
気づけば、柚希の背に広がった幻影の翼は、今度は確かな質量を持ち、羽ばたきとともに砦に聖なる風を吹き込んでいた。
「これが……私の、本当の力……!」
黒霧の王が咆哮を上げて迫る。
柚希は両手を掲げ、天へと祈るように声を放った。
「光よ──私に力を!」
瞬間、天から降り注ぐように光の雨が広がり、砦全体を包んだ。
兵士たちの傷は癒え、心は再び奮い立つ。
ルカが立ち上がり、剣を構える。
「これなら……戦える!」
リディア宰相も魔導陣を展開し、砦を守る結界を補強した。
「聖女殿、今こそ王を討ち果たすのです!」
柚希は頷き、光の槍を再び手に取った。
だが今度の光は、以前とは比べものにならないほど強く、純粋だった。
「黒霧の王よ……この光で、終わらせる!」
放たれた一条の輝きは夜を裂き、黒霧の王の胸を貫いた。
轟音とともに巨体が崩れ落ち、闇が霧散していく。
砦に静寂が戻ったとき、兵士たちは歓声を上げた。
「勝った……! 聖女様が勝ったぞ!」
柚希はその場に膝をついた。
全身を駆け巡る痛みと疲労──だが、胸の奥は不思議なほど清らかで、温かかった。
彼女の瞳には、崩れゆく黒霧の王の姿と、未来へ繋がる光が映っていた。