第55話 砦を照らす光
帝国の軍勢が、黒霧を前に押し出すように進軍を開始した。
重装歩兵の行進と、魔獣の唸り声が大地を震わせる。夜空を覆う闇が、一層濃く広がっていった。
「ユズキ様、光の障壁を維持してください! こちらは反撃の準備に入ります」
リディア宰相が的確に指示を飛ばす。
「ルカ、右翼の黒霧を食い止めろ! 砦の防衛隊が追いつくまで持たせるんだ!」
「了解した!」
ルカは剣を抜き、仲間の騎士たちとともに城門を駆け下りる。その瞳には決意の炎が燃えていた。
柚希は砦の中心で両手を組み、胸の奥から光を呼び起こす。
まばゆい輝きが円環となって砦を包み込み、帝国兵の放った矢を弾き返した。
だが、黒霧の群れは違った。
光の壁にぶつかると、耳障りな呻き声を上げながら、じわりと溶かすように侵食してくる。
「……このままじゃ、突破される!」
柚希は歯を食いしばり、さらに強い光を注ぎ込む。だが、闇をまとった黒霧は、彼女の力を試すかのように勢いを増してきた。
「ユズキ様、一歩も引かないでください! 帝国に“聖女”を渡せば、この国は終わる!」
リディア宰相の声が響く。
その言葉に、柚希の心は強く揺れた。
守られる存在ではなく、守るためにここに立つ。
自分に託されたこの力を、逃げるためにではなく、人々を救うために使うのだと。
柚希は大きく息を吸い、両手を高く掲げた。
「──闇を払え!」
光が一気に解き放たれる。
まるで夜空に新たな太陽が生まれたかのように、砦を照らす純白の光柱が立ち上がった。
黒霧の群れがその中で悲鳴を上げ、霧散していく。
「……これが、聖女の力……!」
砦の兵士たちが息をのむ中、ルカが剣を振り抜き、突破口をこじ開ける。
「今だ! 押し返せ!」
兵士たちが一斉に声を上げ、帝国軍へと反撃に転じた。
砦の空気が、絶望から希望へと変わっていくのが分かった。
だが、帝国軍は怯まない。
背後に控えていた重騎兵が動き出し、さらに巨大な黒霧の影が姿を現す。
柚希の光と帝国の闇──その衝突は、まだ始まったばかりだった。