第52話 聖女を巡る影
「……聖女、ですって?」
柚希は思わず声を上げた。
リディア宰相が重苦しい面持ちで頷く。
「ええ。光を操り黒霧を祓う力──それは、伝承において“聖女”と呼ばれてきた存在そのものです」
「聖女……」
その言葉が、柚希の胸に重くのしかかる。
「あなたの力が広まれば、王国の民は歓喜するでしょう。しかし同時に──帝国が黙っているはずがありません」
リディアの言葉に、空気が凍りついた。
レオンの瞳が鋭さを増す。
「……あいつらが、ユズキを狙うと?」
「狙うどころか、奪おうとするでしょうね。帝国にとって“聖女”は、黒霧との戦いを支配する切り札。だからこそ、戦争の火種にもなり得るのです」
柚希は思わず息を呑んだ。
「私が……戦争の原因に?」
隣でルカが軽く拳を握りしめた。
「冗談じゃない。ユズキは物じゃないし、利用されるためにここにいるわけでもない」
レオンは柚希の肩に手を置き、力強く告げる。
「心配するな。お前は俺が守る。帝国が何を企もうと、この手からは絶対に離さない」
彼の低い声に、柚希の心臓は大きく震えた。
恐怖よりも、その言葉の温もりに胸が熱くなる。
だが、その瞬間──
城下から警鐘が響き渡った。
「敵襲!帝国の斥候が国境を越えた!」
兵士たちの叫びに場がざわめく。
リディアは目を閉じて深く息を吐いた。
「……やはり、動き出しましたか。彼らの狙いはユズキ様。聖女を奪うために」
柚希の背筋に冷たいものが走る。
光を得たばかりの自分が、争いの中心に立たされるなんて──。
けれど、その不安を打ち払うように、レオンの視線が彼女を強く射抜いた。
「ユズキ。どんな状況でも俺を信じろ。……必ず共に生き残る」
その眼差しに勇気をもらい、柚希は小さく頷いた。
──だが、帝国は既に動き出している。
“聖女”を巡る争いは、これからが本当の始まりだった。