第49話 交わる視線
夜の城壁の上、冷たい風が柚希の頬をなでていった。
眼下にはうごめく黒霧の群れ。闇の中で不気味に蠢くその姿は、人々の安寧を容赦なく脅かしていた。
「来るわね……」
柚希は光を握りしめ、小さく息を吐いた。
胸の鼓動は早鐘のようだが、恐怖だけではなかった。──隣にいる彼の存在が、確かに心を支えていた。
「ユズキ、無理はするな」
静かな声が耳に届く。振り返ると、レオンが鋭い眼差しで彼女を見つめていた。鎧越しでも伝わる熱。彼はいつも冷徹で強靭な戦士でありながら、柚希を見守るときだけ、その眼差しに柔らかさを宿す。
「無理なんてしないわ。だって、私には──」
言葉が途切れる。喉が熱く、視線が重なった瞬間、胸の奥がふっと震えた。
レオンの瞳には、ただ彼女だけが映っている。戦場で交わされる一瞬の視線なのに、それは約束のように揺るぎない。
「……信じてる」
柚希が囁くと、レオンはわずかに口元を緩め、彼女の背に手を添えた。
「必ず、生きて帰ろう」
その言葉と同時に、黒霧が壁を越えようと襲いかかってくる。
柚希は光の刃を振り上げ、闇を裂くように斬り込んだ。
彼女の動きに合わせ、レオンの剣が鋭い軌跡を描き、二人の呼吸は戦場の中でぴたりと重なる。
まるで、互いの存在が戦う力を引き出しているかのようだった。
黒霧の咆哮が夜空に響く。
それでも柚希の胸には、不思議なほどの安らぎがあった。──隣に彼がいる限り、何も恐れる必要はない、と。