第43話 黒霧との遭遇
王都から東へ半日。
柚希とレオン、リディア、それに数名の近衛騎士たちは、黒い霧の目撃情報があった村へと馬を進めていた。
「……妙に静かだな」
馬上のレオンが呟く。
耳を澄ませば、鳥の声すら聞こえない。
風は冷たく湿り、空気に張りつくような重苦しさが漂っていた。
柚希は震える指先を胸の前で組んだ。
──夢で見た闇と同じ匂いがする。
村に入ると、荒れ果てた家畜小屋と、焦げたような痕跡が目に入った。
血の跡はなく、しかし倒れた家畜は力尽きたように動かない。
「まるで……魂を吸われたみたい」
柚希が思わずつぶやくと、リディアが鋭い視線を向けた。
「その直感、軽んじるべきではありません」
村人の一人が震えながら姿を現した。
「お、王子様……助けてください……! あれは、夜になると霧と共にやってきて……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに──。
「──来るぞ!」
レオンの声と同時に、地を這うような冷気が足元を包んだ。
どこからともなく黒い霧が流れ込み、視界がじわじわと奪われていく。
「……っ!」
柚希の心臓が強く跳ねる。
霧の中から、いくつもの赤い光がゆらめいた。
目──そう思った瞬間、霧が形を成し、巨大な獣のような影が姿を現した。
耳を劈く咆哮が響く。
兵士たちが剣を構えるが、黒い霧の腕が鞭のように振るわれ、次々と弾き飛ばされた。
「ユズキ、下がれ!」
レオンが叫び、剣を抜いて前に躍り出る。
その刃が霧を裂くと、確かに影は後退した──だがすぐに形を取り戻してしまう。
「効かない……!」
柚希は必死に息を呑んだ。
頭の奥で、かすかに何かが囁いている。
──“呼べ、力を。お前の内に眠るものを”──
「わ、私に……できることは……」
震える声を押し殺しながら、柚希は両手を前に伸ばした。
指先に、淡い光が灯り始める。
その瞬間、黒い霧が一斉に柚希へと向かってきた。