第42話 黒い霧の報せ
翌朝。
柚希が目を覚ますと、城内はどこか慌ただしい気配に包まれていた。
廊下を行き交う兵士たちの足音が響き、使用人たちの顔には緊張が走っている。
「……何かあったの?」
不安を胸に抱えたまま食堂へ向かうと、すでにレオンの姿があった。
彼の表情はいつになく険しい。
「ユズキ、来たか」
「レオン……何が――」
言葉を遮るように、宰相リディアが足早に入ってきた。
手には一通の封書が握られている。
「王都近郊の村から急報です。家畜が相次いで倒れ、黒い霧のような怪物を見たとの証言が複数……」
「……黒い霧」
柚希の心臓が冷たく締めつけられる。昨夜、夢の中で見た不吉な影と重なっていった。
レオンはすぐに立ち上がり、報告書を受け取る。
「民の被害は?」
「死者は今のところ確認されていません。ただ、人々は恐怖に駆られ、村は混乱しています」
「放置すれば王都に波及するだろうな」
レオンの横顔には決意が宿っていた。
その強さに、柚希は心が揺さぶられる。
「……私も行く」
思わず声が漏れた。
「危険だ。だが、お前ならそう言うと思っていた」
レオンは短く息を吐き、柚希の手を取った。
「無理はさせない。俺のそばから離れるな」
その瞬間、リディアの視線が鋭く光った。
「姫……いいえ、ユズキ様。あなたが同行することは、もはや避けられぬでしょう。しかし──」
「しかし?」
「あなたの存在が、この災厄を呼び寄せている可能性を、私は否定できません」
胸に突き刺さるような言葉。
それでも柚希は瞳を逸らさなかった。
「……それでも、逃げたくない。誰かを守る力になりたいの」
リディアはしばし黙し、やがて小さく頷いた。
「……ならば、私も随行いたしましょう。宰相として、そして一人の人間として」
こうして、黒い霧の怪物を追うための小隊が編成される。
その背後で、誰も気づかぬ闇がほくそ笑んでいた。