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第40話 闇の囁き
王都の片隅、灯りの届かぬ地下室。
湿った空気の中で、ひとつの影がゆっくりと揺れていた。
「……やはり、あの娘は《鍵》だ」
ガルシアンの低い声が響く。
粗末な木の机の上には、古びた魔導書と血のように赤い宝玉。
彼の眼差しは獲物を狙う蛇のように鋭く、薄笑いが浮かんでいた。
「災厄を呼ぶか、希望となるか……それはどちらでも構わぬ。
ただ、この国を覆す火種になってくれればいい」
暗がりから現れたのは、黒いフードをかぶった男たち。
彼らは〈影の教団〉と呼ばれる秘密結社の信徒。
ガルシアンに忠誠を誓い、闇の神を信奉する者たちだった。
「閣下、王と宰相の監視は続けております。リディア様は依然として中立を保っているようですが……」
「ふん、中立など長くは続かぬ。ユズキという異物の存在が、必ず奴を揺さぶる」
彼は手にした宝玉を握りしめた。
まるでそれが、柚希の運命そのものを象徴しているかのように。
「時は満ちつつある。
──近いうちに、王都に“試練”を与えてやろう」
冷たい笑みが闇に溶ける。
それは、静かに迫り来る嵐の前触れだった。