第4話 王の条件
鳥のさえずりで目を覚ますと、窓の外には雲ひとつない青空が広がっていた。
夜の冷たい空気とは違い、柔らかな陽射しが部屋を満たしている。
柚希はベッドから起き上がり、昨夜の出来事を思い返した。
──森の怪物、鎧の男、そして……婚約の提案。
扉がノックされ、侍女らしき女性が朝食を運び入れてきた。
「王がお呼びです。食事の後、謁見の間までご案内いたします」
柚希はパンとスープを慌ただしく口に運び、緊張した面持ちで部屋を出た。
昨日とは違い、謁見の間には人の気配が少ない。レオンは玉座ではなく、窓際の長椅子に腰掛けていた。
「座れ」
短い命令に従い、向かいの椅子に腰を下ろす。
レオンは地図の載った書物を机に広げた。
「ここがセレスティア王国。そして北西にはアルディア帝国、南にはバルティア公国がある。どちらも、この国の領土を狙っている」
指先が地図上をなぞる。柚希にはまだ、この世界の距離感や規模は分からない。ただ、彼の声にこもる緊張感だけは伝わった。
「俺は近々、帝国との条約交渉に臨む。そのためには、“王が婚約者を得た”という事実が必要だ。王位継承権を巡る内部の不満を抑えるためでもある」
「……私が、その役を?」
「ああ。お前は異国の者で、特定の派閥に属していない。それが何よりも安全だ」
安全──。その言葉は、慰めのようでいて、同時に逃げ場を封じる枷のようでもあった。
レオンは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
「これが契約書だ。一年間、俺の婚約者として王宮に滞在する。期間満了後は、望むなら国外への旅費を保証する」
「……破ったら?」
「王命への反逆とみなされる」
息が詰まる。だが、昨日の森での恐怖と、この城の堅牢さを思えば、選択肢は一つしかない。
柚希はペンを取った。手が震えて、文字が少し歪んだ。
最後の署名を終えた瞬間、レオンが羊皮紙を受け取り、淡く頷く。
「今日からお前は、俺の婚約者だ」
その声は温度を持たず、まるで事務的な宣告のようだった。
──けれど、その冷たさの奥に、ほんの一瞬だけ、何か別の感情が見えた気がした。