表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第4話 王の条件

鳥のさえずりで目を覚ますと、窓の外には雲ひとつない青空が広がっていた。

 夜の冷たい空気とは違い、柔らかな陽射しが部屋を満たしている。

 柚希はベッドから起き上がり、昨夜の出来事を思い返した。

 ──森の怪物、鎧の男、そして……婚約の提案。


 扉がノックされ、侍女らしき女性が朝食を運び入れてきた。

 「王がお呼びです。食事の後、謁見(えっけん)の間までご案内いたします」

 柚希はパンとスープを慌ただしく口に運び、緊張した面持ちで部屋を出た。


 昨日とは違い、謁見の間には人の気配が少ない。レオンは玉座ではなく、窓際の長椅子に腰掛けていた。

 「座れ」

 短い命令に従い、向かいの椅子に腰を下ろす。


 レオンは地図の載った書物を机に広げた。

 「ここがセレスティア王国。そして北西にはアルディア帝国、南にはバルティア公国がある。どちらも、この国の領土を狙っている」

 指先が地図上をなぞる。柚希にはまだ、この世界の距離感や規模は分からない。ただ、彼の声にこもる緊張感だけは伝わった。


 「俺は近々、帝国との条約交渉に臨む。そのためには、“王が婚約者を得た”という事実が必要だ。王位継承権を巡る内部の不満を抑えるためでもある」

 「……私が、その役を?」

 「ああ。お前は異国の者で、特定の派閥に属していない。それが何よりも安全だ」


 安全──。その言葉は、慰めのようでいて、同時に逃げ場を封じる(かせ)のようでもあった。


 レオンは机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。

 「これが契約書だ。一年間、俺の婚約者として王宮に滞在する。期間満了後は、望むなら国外への旅費を保証する」

 「……破ったら?」

 「王命への反逆とみなされる」


 息が詰まる。だが、昨日の森での恐怖と、この城の堅牢(けんろう)さを思えば、選択肢は一つしかない。


 柚希はペンを取った。手が震えて、文字が少し歪んだ。

 最後の署名を終えた瞬間、レオンが羊皮紙を受け取り、淡く頷く。

 「今日からお前は、俺の婚約者だ」


 その声は温度を持たず、まるで事務的な宣告のようだった。

 ──けれど、その冷たさの奥に、ほんの一瞬だけ、何か別の感情が見えた気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ