表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/77

第38話 宰相の告白

試練を終えた広場には、まだ人々の歓声が残っていた。

柚希は息を切らしながらも、なんとか立っていた。

レオンとルカが両脇から支えてくれる温もりが、崩れそうな身体をどうにか支えてくれている。


「……お疲れ様でした、聖女様」

冷ややかな声が、背後から降りかかる。

振り返れば、宰相リディアが裾を翻しながら歩み寄ってきた。

彼女の金の瞳は相変わらず氷のように冷たく、感情を読み取ることは難しい。


「あなたの力は……及第点には届かない。しかし、最低限の期待には応えたと言えるでしょう」

「……最低限、ですか」

柚希はかすかに笑ったが、その声は震えていた。


リディアは柚希の顔を見据えたまま、周囲に視線を送る。

広場の人々が徐々に散り始め、見張りの兵士たちが整列し、喧騒が遠のいていく。

やがて、リディアは柚希のすぐ近くに立ち、声を落とした。


「……知っておきなさい。私は、あなたの監視役を命じられています」


「え……?」

思わず柚希の心臓が跳ねた。

その告白はあまりにも突然で、あまりにも冷酷だった。


「聖女として召喚されたあなたが、本当に王国のためになるのか。それとも災厄をもたらすのか。私はその全てを王に報告する立場です」

リディアの口調は変わらない。まるで「当然のこと」を告げるかのようだった。


柚希の喉が渇き、声が出ない。

横でレオンが鋭く睨みつける。

「……リディア」

ルカも息を呑み、柚希の肩にそっと手を置いた。


リディアはそんな二人の視線を意にも介さず、言葉を続けた。

「勘違いしないでください。私はあなたを友人と思ったことは一度もない。政治の駒として観察し、記録してきただけです」


冷徹な言葉。

だが、柚希は気づいてしまった。リディアの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、迷いの色が宿ったことに。


「……それでも」

柚希は唇を噛み、か細い声を絞り出す。

「あなたは……私を突き放さなかった。あのときも、今も。冷たくても、見捨てはしなかった……」


リディアは目を伏せ、ほんのわずかに吐息を洩らす。

その仕草は、氷の仮面に小さなひびを入れたように見えた。


「……あなたは不思議な方です。報告以上のものを、私に見せてくれる」

そして再び顔を上げると、表情は宰相のそれに戻っていた。

「勘違いしないでください。私は王国のために動く宰相です。あなたを助けるのも、王国にとって利益になるからにすぎません」


そう告げて踵を返す。

だが、その背中はどこか、これまでよりも人間らしく感じられた。


「……リディアさん」

柚希は震える声で呼びかけた。

「もし、私が――災厄じゃなくて、この国の役に立てる存在になれたら……そのときは、あなたも認めてくれますか?」


リディアは振り返らない。

ただ一言だけ、風に消えそうな声を残した。


「……その答えは、あなた自身が示しなさい」


その言葉は、冷たいはずなのに、不思議と柚希の胸を温めた。

レオンとルカが黙って寄り添う中、柚希は改めて強く心に誓う。


──絶対に証明してみせる。私は、この世界で、生きていくんだ。


王都の空に、鐘の音が高らかに響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ