第38話 宰相の告白
試練を終えた広場には、まだ人々の歓声が残っていた。
柚希は息を切らしながらも、なんとか立っていた。
レオンとルカが両脇から支えてくれる温もりが、崩れそうな身体をどうにか支えてくれている。
「……お疲れ様でした、聖女様」
冷ややかな声が、背後から降りかかる。
振り返れば、宰相リディアが裾を翻しながら歩み寄ってきた。
彼女の金の瞳は相変わらず氷のように冷たく、感情を読み取ることは難しい。
「あなたの力は……及第点には届かない。しかし、最低限の期待には応えたと言えるでしょう」
「……最低限、ですか」
柚希はかすかに笑ったが、その声は震えていた。
リディアは柚希の顔を見据えたまま、周囲に視線を送る。
広場の人々が徐々に散り始め、見張りの兵士たちが整列し、喧騒が遠のいていく。
やがて、リディアは柚希のすぐ近くに立ち、声を落とした。
「……知っておきなさい。私は、あなたの監視役を命じられています」
「え……?」
思わず柚希の心臓が跳ねた。
その告白はあまりにも突然で、あまりにも冷酷だった。
「聖女として召喚されたあなたが、本当に王国のためになるのか。それとも災厄をもたらすのか。私はその全てを王に報告する立場です」
リディアの口調は変わらない。まるで「当然のこと」を告げるかのようだった。
柚希の喉が渇き、声が出ない。
横でレオンが鋭く睨みつける。
「……リディア」
ルカも息を呑み、柚希の肩にそっと手を置いた。
リディアはそんな二人の視線を意にも介さず、言葉を続けた。
「勘違いしないでください。私はあなたを友人と思ったことは一度もない。政治の駒として観察し、記録してきただけです」
冷徹な言葉。
だが、柚希は気づいてしまった。リディアの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、迷いの色が宿ったことに。
「……それでも」
柚希は唇を噛み、か細い声を絞り出す。
「あなたは……私を突き放さなかった。あのときも、今も。冷たくても、見捨てはしなかった……」
リディアは目を伏せ、ほんのわずかに吐息を洩らす。
その仕草は、氷の仮面に小さなひびを入れたように見えた。
「……あなたは不思議な方です。報告以上のものを、私に見せてくれる」
そして再び顔を上げると、表情は宰相のそれに戻っていた。
「勘違いしないでください。私は王国のために動く宰相です。あなたを助けるのも、王国にとって利益になるからにすぎません」
そう告げて踵を返す。
だが、その背中はどこか、これまでよりも人間らしく感じられた。
「……リディアさん」
柚希は震える声で呼びかけた。
「もし、私が――災厄じゃなくて、この国の役に立てる存在になれたら……そのときは、あなたも認めてくれますか?」
リディアは振り返らない。
ただ一言だけ、風に消えそうな声を残した。
「……その答えは、あなた自身が示しなさい」
その言葉は、冷たいはずなのに、不思議と柚希の胸を温めた。
レオンとルカが黙って寄り添う中、柚希は改めて強く心に誓う。
──絶対に証明してみせる。私は、この世界で、生きていくんだ。
王都の空に、鐘の音が高らかに響き渡った。