第37話 王都の試練
王都の広場は、朝の光を受けて黄金色に輝いていた。
城壁の上には王国の旗が翻り、街の人々が集まる中、柚希は緊張で手を震わせながら中央に立っていた。
聖女としての力を示す公式試練の日──失敗すれば、聖女としての立場も、王国の人々の信頼も失いかねない。
「大丈夫、ユズキ……」
レオンが背後で優しく声をかける。彼の手がそっと肩に触れるだけで、少し安心できる気がした。
しかし、視線を上げると、宰相リディアが冷たい表情で柚希を見下ろしていた。
その視線には温かさのかけらもなく、まるで試される者が失敗することを待つかのような冷徹さがあった。
「さあ、始めましょうか」
リディアの声が広場に響く。
「今日、ここで聖女としての力を示せなければ、王国の民はあなたを信じることはできません」
その言葉には責める意図はない。しかし、言葉の重さが柚希の胸を圧迫する。
柚希は深呼吸をして、召喚された光の魔法陣の中心に立った。
手のひらに力を集中させるが、心は揺れていた。
──本当に、私の力は王国の役に立つのだろうか。
──もしかしたら、私は災厄の象徴なのではないか。
試練は、王都の外れに突如出現した魔獣を鎮めることだった。
魔獣は小型ながらも凶暴で、王都の民が恐れを抱くに十分な存在。
柚希は魔法陣に手を置き、力を解き放とうとした──が、魔力が手にまとわりつき、制御できない。
「危ない……!」
レオンが瞬時に前に出て、柚希の手を支えた。その瞬間、魔力は安定し、魔獣を遠ざけることに成功する。
だが、魔獣を完全に鎮めるには至らず、柚希は疲弊して地面に膝をついた。
「……不十分ね」
リディアの声は、容赦なく現実を突きつける。
「あなたは聖女として呼ばれた。守る力を持つと信じられた存在。だが、今のあなたの力では民を守ることはできない」
言葉に傷つく柚希。だが、リディアの瞳の奥に、冷たいだけではない光が微かに揺れていることに気づいた。
──まさか……これは、ただの試練?
「……私、やるしかないんですよね」
柚希は再び立ち上がり、魔法陣に手を置く。
レオンが手を握り、ルカが駆け寄って杖を差し出す。三人の支えで、柚希は少しずつ魔力を制御し始める。
魔獣が吠える中、柚希の掌から光の渦が広がった。
その光は徐々に魔獣を包み込み、最後には静かに鎮まった。
人々からは歓声が上がる。しかし、柚希の胸には不安が残る。
「……見事でした」
リディアの声はわずかに柔らかくなったが、すぐに冷徹さを取り戻す。
「だが、これは単なる始まりに過ぎません。王都には、まだあなたを試す者が多く存在します。今日の力だけで、聖女として十分だと思わないこと」
柚希はその言葉に震えながらも、心の奥で決意を固めた。
──私は、この世界で生きる。誰に認められなくても、私が信じる力を使う。
レオンが微笑み、そっと手を握り返す。
ルカも「君ならできる」と目を輝かせた。
しかし、柚希の視線は王都の遠く、陰の影に潜むガルシアンに向けられた。
──次は、もっと大きな試練が待っている。
光と影の交錯する王都で、柚希の物語は、今始まったばかりだった。