第34話 揺らぐ心とレオンの言葉
刺客の一団を退けた後、森の中には重苦しい沈黙が広がっていた。
柚希は胸に手を当て、震える息を整えようとする。
頭の中で、あの囁きが繰り返されていた。
──お前は災厄だ。
──救いなどではない。
心臓を掴まれたような痛み。
まるで、隠し続けてきた罪を突きつけられたように。
「ユズキ」
低い声に呼ばれ、顔を上げると、レオンがすぐそばに立っていた。
彼の剣先からは、まだ血が滴っている。
けれどその瞳は、ただ柚希だけを見ていた。
「大丈夫か」
「……私は……」
言葉が喉で詰まる。
大丈夫だと答えたかった。けれど嘘になる。
レオンはしばらく黙ったまま柚希を見つめ、やがて膝を折って視線を合わせた。
「何を囁かれた?」
「っ……」
柚希は思わず顔を背けた。けれど、逃げるような態度を見抜かれることもわかっていた。
「……災厄だって。私の力は救いじゃなくて、この国を滅ぼすって」
声は掠れ、今にも泣き出しそうだった。
レオンの眉がわずかに寄る。
だが、すぐに低く、しかし力強い声で言った。
「くだらん」
「え……?」
「誰がお前を災厄だと言おうと、俺は違うと知っている。昨日、村を救ったのは誰だ?」
「それは……」
「お前だ。お前の光があったから、俺は剣を振るえた。村人たちは感謝していた。……それが答えだ」
柚希の瞳に涙がにじむ。
「でも……もし、本当に私が災厄なら……」
「その時は俺が止める」
言い切った声に、柚希の胸が熱く震えた。
「だから安心しろ。お前は自由に選べばいい。守るか、逃げるか……どんな選択でも、俺が共にいる」
堪えていた涙が、頬を伝って零れ落ちた。
けれどその涙は、恐怖よりも安堵の色を帯びていた。
「……レオン様って、ずるいです」
「そうか?」
「はい……そんなふうに言われたら、信じちゃうじゃないですか」
レオンは小さく笑った。その笑みは、これまで柚希が見たどんな笑みよりも温かかった。
夜。
野営の火を囲んでいると、レオンは剣を研ぎながら呟いた。
「刺客ども……帝国の手の者だろう」
柚希は驚きに目を瞬く。
「やっぱり、帝国が……」
「ああ。奴らは聖女を“器”に利用するつもりだ。……油断はできん」
炎に照らされた彼の横顔は、険しく鋭い。
けれど柚希の心は、ほんの少しだけ安らいでいた。
──もしまた災厄だと囁かれても、この人が信じてくれるなら。
そう思えるだけで、世界はこんなにも違って見えた。