第33話 帰路の罠と囁かれる疑念
森を抜け、王都へと続く街道を進む。
朝の光は柔らかく、鳥のさえずりも心地よい。
しかし──柚希の胸の奥に残るのは、昨夜の戦いの余韻だった。
隣を歩くレオンは無口なまま、剣の柄に手を添えている。
彼の背中が頼もしくもあり、同時に少しだけ遠く感じられた。
「……レオン様」
「どうした」
「私、本当に……聖女として、この国にいていいんでしょうか」
問いかけた声は、不安に震えていた。
村人に感謝された喜びは確かにあったけれど、それ以上に責任の重さが柚希を押し潰しそうになっていたのだ。
レオンは少しだけ視線を逸らし、低く答える。
「お前がここにいることを選んだ。なら、俺はそれを守る。それだけだ」
「……簡単に言いますね」
「俺は難しいことは嫌いなんだ」
不意に柚希の口から、くすりと笑いが漏れた。
「ふふ……でも、少し気が楽になりました」
彼女の笑顔に、レオンもほんの僅か、口元を緩めた。
その時──乾いた音が響いた。
矢が柚希の足元に突き刺さる。
「──伏せろ!」
レオンが咄嗟に柚希を抱き寄せ、地面へ押し倒した。
直後、林の中から数人の黒装束の男たちが飛び出してくる。
顔を布で隠し、手には短剣と毒々しい気配の漂う魔道具。
「聖女を渡せ。抵抗すれば──死ぬぞ」
柚希の血の気が引いた。
──私を、狙って……?
レオンは冷たい眼差しで彼らを睨みつけ、ゆっくりと剣を抜いた。
「愚か者め。俺の目の前で、誰がお前らに渡すか」
剣が月光のように輝き、次の瞬間には二人の刺客を薙ぎ払う。
柚希は必死に後方へ退きながら、胸の奥で光を呼び起こした。
けれどその時──耳元で囁く声がした。
「……聖女よ。お前の力は、この国を滅ぼす。救いなどではない」
柚希の体が震えた。振り返ると、そこには一人の刺客が立っていた。
顔を隠しているが、その目だけは異様に澄んでいて、まるで全てを見透かすようだった。
「な、何を……」
「お前は災厄だ。帝国だけでなく、この国にとっても」
その声は不思議と柚希の胸を抉る。
ずっと恐れてきた言葉。ずっと逃げてきた疑念。
「ユズキ!」
レオンの声で我に返った瞬間、刺客の姿は影のように消え失せていた。
残されたのは、恐怖と疑念だけ。
柚希は息を乱しながら、心の奥で必死に否定しようとする。
──私は、災厄なんかじゃない。私は……。
だがその囁きは、確かに胸の奥に棘のように突き刺さっていた。