第3話 契約婚約
「……婚約、ですか?」
自分の声が少し裏返った。玉座の間に響くその音が、やけに遠く感じられる。
レオンは頷くでも微笑むでもなく、ただ静かに言葉を続けた。
「お前は異国の者だ。この国における立場は弱い。何の後ろ盾もなければ、他国や貴族に利用されるだろう。……それを防ぐ最も手っ取り早い方法が、俺との婚約だ」
柚希は言葉を失った。
王との婚約──それはこの世界でどんな意味を持つのか、想像もできない。ただひとつ確かなのは、ここにいる限り、自分は完全に無力だということだった。
「……でも、どうして私なんですか? 私、あなたのこと何も知らないし……」
勇気を振り絞って問い返す。
レオンの瞳がわずかに細まった。
「それはお前が“外の世界”から来た者だからだ。この国では珍しい血筋は価値を持つ。そして──俺には時間がない」
時間がない? その意味を尋ねる前に、彼は立ち上がり、背後に控えていた側近に目配せをした。
「詳しい話は明日にする。今夜は休め」
騎士の一人が柚希を案内し、玉座の間を出る。
長い廊下には燭台の明かりが等間隔に並び、窓の外には月と星が広がっていた。
やがて辿り着いた部屋は、天蓋付きのベッドと暖炉のある豪奢な寝室だった。
──これは夢じゃない。
ふかふかのベッドに腰を下ろし、柚希は深く息を吐いた。
森での恐怖、城での緊張、そして突然告げられた婚約。頭の中が混乱でいっぱいになる。
それでも、ひとつだけ分かっていることがあった。
この提案を断れば、行くあてもない自分は、きっとこの国で生き延びられない。
暖炉の炎を見つめながら、柚希は小さく呟いた。
「……一年間だけ、なら……」
その呟きが、まだ誰にも聞かれていないことを、彼女は知らなかった。