第29話 王の出立と再会の予兆
夜明け前の王都は、まだ深い静けさに包まれていた。
しかし、城の一角ではひそやかな準備が進められていた。
重厚なマントを羽織ったレオンが、馬の背に跨がる。
宰相が駆け寄り、声を潜めた。
「陛下……護衛をつけずに行かれるなど、あまりに危険です」
「護衛の一団を動かせば、帝国に察知される。今は隠密が肝要だ」
宰相は苦々しい顔で口をつぐむしかなかった。
レオンは視線を夜空に上げる。まだ残る星が、まるで導くように瞬いていた。
「俺が行く。……あの女を守るのは、この手だけだ」
そう呟き、馬を走らせた。
王都の灯が遠ざかり、森の闇が迫る。
その背中には、王としての威厳ではなく、一人の男としての揺るぎない決意が宿っていた。
一方その頃、離宮。
柚希は窓辺に腰を下ろし、月の名残を見上げていた。
昨夜の襲撃の恐怖は、まだ身体の奥にこびりついている。
目を閉じれば、黒いフードの男たちが手を伸ばしてくる光景がよみがえる。
「……私がいるせいで、みんなが危険に……」
そう呟くと、胸が締めつけられた。
けれど同時に、ルカの言葉が耳に残っている。
──災厄か救いかは、お前次第だ。
「……逃げちゃだめだよね」
柚希は自分に言い聞かせるように小さく頷いた。
と、そのとき。
窓の外の森の気配が、微かに揺れた。
人影──いや、殺気。
柚希は息を呑む。
「また……来る……?」
緊張で心臓が跳ね上がる。
だがその気配は、敵のものとは違っていた。
温かな風のように、どこか懐かしく、心を強くさせる何かを含んでいる。
──この気配……。
胸の奥に、ひとつの顔が浮かんだ。
銀の瞳で、いつも冷ややかな声で、それでも時折心を揺らす人。
「……レオン……?」
柚希の声は夜気に溶け、森の奥に消えた。
その頃。
馬を走らせるレオンの耳に、遠くフクロウの鳴き声が届いていた。
彼の心は奇妙に落ち着いていた。
まるで、彼女が待っていると知っているかのように。
「もうすぐだ……ユズキ」
その呟きは、誰にも聞かれることなく夜明けに溶けた。