第28話 帝国の襲撃と逃避行
森の奥。
月明かりを遮るように黒い影が動き、柚希を囲むように広がった。
帝国の密偵たち──全員が鋭い殺気を放ち、その視線はまっすぐ柚希に注がれていた。
「……“器”だ。捕らえろ」
冷たい声が響いた瞬間、空気が張り詰める。
「下がれ!」
ルカの剣が鋭く光り、最初に飛びかかってきた男の刃を弾き飛ばした。
金属がぶつかり合う音が、森の静寂を裂く。
「ユズキ、走れ!」
「で、でも……!」
「お前が狙いだ! 立ち止まるな!」
ルカの怒号に、柚希は我に返る。
必死に裾を掴んで走り出したが、背後で響く剣戟の音に心臓が握り潰されそうになる。
私のせいで、ルカさんが……。
──やっぱり、私は災厄を呼ぶ存在……?
涙が滲み、足がもつれそうになる。
その瞬間、頭上から黒い影が飛び降りた。
「きゃっ!」
柚希に向かって伸ばされた手。
恐怖で目をつぶった瞬間──
「させるか!」
ルカが叫び、剣を一閃。
火花が散り、男の腕が弾かれた。
「早く行け、聖女!」
柚希は震える足を必死に動かし、森を駆け抜けた。
その夜。
離宮に戻った柚希は、荒い息を整えながら扉を閉めた。
全身が震え、膝から力が抜けそうになる。
「どうして……どうして私なんかが……」
窓辺に崩れ落ちた柚希の耳に、ルカの低い声が届いた。
「……聖女が災厄を招くかどうかは、お前次第だ」
柚希は顔を上げる。
ルカの表情は冷たいが、瞳の奥にわずかな熱が宿っていた。
「逃げてばかりいれば、本当に災厄になる。だが……お前が立ち向かうなら、救いになる」
その言葉が、柚希の胸に重く響いた。
──私が選ぶ。
──希望になるか、災厄になるか。
一方その頃、王都の城。
レオンは急報を受けていた。
「……離宮が帝国に襲撃されたと?」
「はい。しかしルカ殿の奮戦により、聖女様は無事に離宮へ戻られたとのこと」
レオンの拳が机を叩いた。
「もう……猶予はないな」
鋭い瞳に宿るのは、揺るぎない決意。
「俺が直接、ユズキを守る。帝国に指一本触れさせはしない」
夜の城に、その声が低く響いた。