第27話 村に忍び寄る影
離宮での生活は、静かで穏やかだった。
柚希は毎日のように庭を歩き、夜は古文書を読み解きながら、自分の力の意味を考え続けていた。
けれど、心の奥には常に影があった。
──私の力は、救いなのか、それとも災厄なのか。
その問いに答えは出せないまま、日々は過ぎていった。
ある日の朝、離宮に一人の村人が駆け込んできた。
「聖女様……! どうか……助けてください!」
土に汚れた服、必死の形相。柚希の胸がざわついた。
「何があったんですか?」
「村に……疫病が……。子どもたちが高熱で倒れて……!」
柚希の心臓が跳ねた。
恐怖と同時に、抑えきれない衝動──助けたい。
だが、同時に脳裏をよぎるのは、古文書に記された言葉。
“聖女は希望であり、災厄の器でもある”
もし、この力が暴走したら……?
村人たちを救うどころか、傷つけてしまったら……?
柚希の迷いを見抜いたように、ルカが短く言った。
「行け。お前の力を使わずして、誰が救える」
彼の冷静な声に、柚希は深く息を吸った。
「……はい」
村に着くと、確かに多くの子どもたちが苦しそうに横たわっていた。
母親たちの目には疲労と絶望が浮かび、柚希を見て泣きながら縋りつく。
柚希は膝をつき、震える手を子どもの額にかざした。
「どうか……守って……」
静かに祈るように目を閉じる。
すると、柔らかな光が彼女の手から広がり、子どもの顔に安らぎを与えた。
荒い呼吸が少しずつ穏やかになり、熱が引いていく。
「……! 熱が……下がった……!」
母親の声に、村中が歓声を上げた。
柚希は次々と子どもたちを癒し、光を分け与えるように救っていった。
やがて村は安堵の涙と感謝に包まれた。
「聖女様……! どうか、どうかこの村をお守りください!」
その言葉に、柚希の胸は震えた。
──私は……やっぱり、救えるんだ。
“災厄”ではなく、“希望”になれる。
だが、その思いは次の瞬間、冷たく切り裂かれる。
離宮に戻る帰り道。
森の中で、柚希は誰かの視線を感じて振り返った。
木々の影に、黒いフードをかぶった男たちが潜んでいた。
彼らの目は異様に光り、低く囁く声が響く。
「……やはり“聖女”は生きていた……」
「帝国へ連れ帰れ。器が必要だ……」
柚希の血の気が引いた。
──帝国。
レオンが警戒していた“災厄の器”を狙う者たち。
ルカが素早く剣を抜いた。
「ユズキ、後ろへ下がれ!」
森の空気が一気に張りつめ、冷たい殺気が柚希を包み込む。
それは、平穏な日々の終わりを告げる合図のようだった。