第26話 伝承の真実
離宮に身を寄せてから数日。
柚希は日々、庭を歩き、村人たちにささやかな癒しを施し、そして夜になると書斎で古文書に向かっていた。
蝋燭の炎が揺れる中、羊皮紙に刻まれた古代文字を指でなぞる。
不思議なことに、初めて見るはずの文字が少しずつ理解できるようになっていた。
「……“聖女”……“光の器”……そして……“災厄の器”……?」
その言葉に、柚希の息が止まった。
ページにはこう記されていた。
> 光は救いをもたらす。
> だが、器が満ちすぎれば、光は闇へと転じ、世界を呑み込む。
> 聖女は希望の象徴にして、同時に破滅の器なり。
「……どういうこと……? 私が……破滅を呼ぶ……?」
手が震え、ページを押さえる指先に力が入った。
救えると思っていた力が、実は災厄にも繋がるかもしれない。
胸の奥に黒い霧が広がる。
「その伝承は……長らく封じられてきたものです」
声に振り返ると、離宮の管理人──初老の男が書斎の入口に立っていた。
「なぜ、そんなことを……」
「聖女の力は、歴代でも恐れられました。人を癒し、国を救うと同時に、暴走すれば戦火以上の災厄をもたらしたと……」
柚希の胸が冷たく締め付けられる。
「それじゃあ、私が……ここに呼ばれたのも……」
「殿下(レオン様)は……おそらく、すべてをご存じのはず」
「っ……!」
その言葉は、心の奥に鋭く突き刺さった。
──信じたい。
──でも、もし彼が私を“破滅の駒”としてしか見ていなかったら……。
その夜。
柚希は眠れず、窓辺に立ち尽くしていた。
森の奥から吹き込む冷たい風が、胸の迷いをさらに深める。
「……私が、誰かを救えるって思ったのは……間違いだったのかな」
その呟きは、夜闇に消えた。
一方その頃──王都の執務室。
レオンは報告書を手にしていた。
「……やはり、帝国は“聖女伝承”を探っているか」
宰相が言葉を重ねる。
「彼らは“災厄の器”として、聖女を利用しようと……」
「放ってはおけぬな」
レオンは机に拳を打ち付けた。
その瞳には、冷たい決意と、ほんの一瞬だけ揺れる感情が宿っていた。
「ユズキを、絶対に……奪わせはしない」