第25話 離宮に眠る影
数日の旅路を経て、柚希はついに辺境の離宮へとたどり着いた。
王都の壮麗な城とは違い、森の奥にひっそりと佇む古い石造りの館。
かつて王族が狩りや静養に使った場所だというが、今は人の気配も薄く、どこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。
「ここが……」
柚希は馬車を降り、静かに佇む建物を見上げた。
森のざわめき、鳥の声、冷たい風──そのすべてが王都とは違う静けさをもたらしていた。
ルカは馬から降り、手短に言った。
「ここでしばらく過ごせ。必要な物資や護衛は用意してある。だが油断はするな」
「はい……ありがとうございます」
彼の背中を見送りながら、柚希は小さく深呼吸した。
──ここで、私は何を見つけられるだろう。
離宮の内部は意外に広く、古めかしい調度品や絵画が並んでいた。
侍女や下働きの者も少数ながら配置されており、柚希の生活は最低限支えられるようになっている。
しかし人々は皆、彼女に敬意と同時に距離を置いていた。
その視線にももう怯えず、柚希は笑顔で応じるように努めた。
夜、書斎に案内された柚希は、そこに積まれた古い本に目を奪われた。
分厚い革表紙の書物、擦り切れた羊皮紙の束。
「……すごい。本当に古い……」
手に取った一冊には、古代文字のような記述が並んでいた。
けれど、その中の一部がなぜか彼女には直感的に理解できた。
“光の器”──そんな言葉が、脳裏に響いた気がした。
「……私の力と、関係があるの……?」
不思議な感覚に胸が高鳴る。
そのとき、背後から声がした。
「その本に興味が?」
振り返ると、灯りを持った初老の男性が立っていた。
灰色の髭を整えた、穏やかな雰囲気の人物。
「私はこの離宮の管理を任されている者です。聖女様。……その本は、古き時代に記された聖女伝承の一部です」
「聖女伝承……?」
柚希の胸が高鳴る。
──もしかしたら、この離宮には私の力の秘密が眠っているのかもしれない。
夜更け。
部屋に戻った柚希は窓辺に腰を下ろし、星空を仰いだ。
「……私は本当に、“聖女”なんでしょうか」
答える者は誰もいない。
だが、胸の奥には確かに芽生えていた。
──ただ守られるだけじゃない。
──自分自身で、真実を掴みたい。
その決意が、静かな夜の空気に溶けていった。