第24話 離宮への旅立ち
朝焼けの光が王都の屋根を照らしていた。
柚希は簡素な旅装に身を包み、王宮の正門に立っていた。
レオンの決断により、彼女は辺境の離宮へと移されることになったのだ。
王都の空気はどこか重苦しく、柚希を見送る兵士や侍女たちの目も複雑だった。
畏怖、憐れみ、あるいは距離を置きたいという拒絶──そのすべてが入り混じっている。
「……行こう」
短く声をかけたのは、レオンの側近にして王国騎士団の隊長、ルカだった。
銀髪を後ろで束ね、鋭い眼差しを持つ男。無駄な言葉はなく、ただ任務に忠実な姿が印象的だった。
柚希は小さく頷き、馬車に乗り込んだ。
王都の門が閉ざされていく音を背に聞きながら、胸の奥でひとつの決意を固める。
──ここから、新しい答えを探すんだ。
馬車の窓から見える景色は、やがて石造りの街並みから、緑豊かな丘や森へと変わっていった。
柚希は初めて見る田舎の風景に、少しだけ心を和ませる。
「こんなに……静かなんですね」
ぽつりと呟くと、隣に座っていたルカが短く返す。
「王都とは違う。だが、辺境にも危険はある。油断はするな」
「……はい」
寡黙な言葉の裏に、柚希は不思議な安心感を覚えた。
冷たいわけではない。ただ、不器用に守ろうとしている。そんな気がした。
やがて、馬車は街道沿いの小さな村に差しかかった。
その村は活気があるとは言えず、どこか荒んだ雰囲気を漂わせていた。
村人たちが柚希の姿を見ると、一瞬ざわめき、やがて沈黙する。
恐れるような、しかしどこか縋るような視線。
柚希は居心地の悪さに俯きかけたが、そのとき、一人の子どもが駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! 助けて……お母さんが病気で……!」
息を切らし、涙を浮かべる幼い少年。
柚希の胸に強い衝動が走った。
──今なら、私の力で……。
「ルカさん、少しだけ止まっていただけますか?」
彼女の願いに、ルカは眉をひそめた。
「王命は“離宮へ送り届ける”ことだ」
「わかっています。でも……見過ごせません」
その真っ直ぐな眼差しに、ルカはわずかにため息をつき、兵に合図を送った。
「……少しだけだ」
柚希は少年に案内され、粗末な小屋に入った。
そこには苦しげに咳き込む女性が横たわっていた。
彼女は驚いたように柚希を見たが、すぐに「聖女様……?」
と震える声を漏らした。
柚希は膝をつき、両手を女性にかざす。
光が柔らかく溢れ、女性の呼吸が少しずつ落ち着いていった。
「……楽になった……ありがとう……」
母を抱きしめ、泣き出す少年。
その光景に、柚希の胸に温かなものが広がった。
──やっぱり、この力は……人を救える。
その瞬間、彼女の心に芽生えたのは迷いではなく、確かな希望だった。
◇
外に出ると、村人たちが遠巻きに彼女を見つめていた。
恐れと期待が入り混じった視線。
柚希は小さく微笑み、静かに頭を下げた。
そして再び馬車に戻ると、ルカがちらりと横目で彼女を見た。
「……少しは聖女らしくなってきたな」
「え……?」
思わぬ言葉に目を丸くする柚希に、ルカはそっぽを向いた。
「忘れろ」
馬車は再び走り出す。
その先に待つ離宮で、柚希はどんな真実に出会うのだろうか。