第20話 優雅な微笑みの裏で
翌日。
宴の騒動は瞬く間に国中に広がっていった。
「聖女が現れた」と囁く民の声、そして「災厄を呼ぶ娘」と危ぶむ声。
王都の市場では商人たちがその話題でもちきりで、子どもたちは遊び半分に“聖女ごっこ”をしていたという。
だが、その熱狂を冷ややかに見つめる者がいた。
宰相リディア。
王宮の一室、香を焚きしめた応接間で彼女は側近の騎士に静かに命じていた。
「……人々の心は移ろいやすいものですわ。昨日は救世主、明日は魔女かもしれません」
「しかし、陛下は彼女を聖女として守ると……」
「ええ。だからこそ、陛下の心を彼女から引き離さねばなりません」
リディアの紅い唇が優雅に弧を描いた。
「彼女を孤立させ、国中に“恐怖”の種をまけばいいのです。あとは芽吹くのを待つだけ」
一方その頃。
柚希は侍女たちの冷たい視線に胸を痛めていた。
昨日まで世話を焼いてくれていた者たちが、今では距離を取り、恐る恐る声をかける。
「……私が怖いんだろうな」
窓に映る自分の姿を見つめ、ぽつりと呟く。
そんな柚希の元に、そっと声をかける影があった。
「聖女様」
振り返れば、まだ幼い侍女の少女が小さな花束を差し出していた。
「母が……これを、あなたに」
柚希は驚きながらも受け取り、微笑んだ。
──すべての人が恐れているわけではない。
その気づきが、彼女の心に小さな灯をともした。
同じ頃、王宮の中庭。
リディアは帝国の使節と密かに会っていた。
「聖女の力……帝国としても興味があるでしょう?」
「もちろんだ」
「ならば取引をいたしましょう。──彼女を差し出す代わりに、我が立場を保障していただきたいのです」
帝国の使者の瞳が鋭く光る。
「聖女を我らに渡す、と?」
「ええ。陛下が迷うならば……強引にでもね」
リディアの微笑みは、絹のように滑らかで、氷のように冷たかった。