第2話 王都への道
馬の背に揺られながら、柚希は必死に状況を整理しようとしていた。
けれど、現実感はまるでなかった。
雨の夜の交差点、眩しいライト、衝撃──そこから突然、剣と鎧の世界に放り込まれたのだ。夢だと断じたいが、頬を打つ夜風はあまりに冷たく、頬の泥の感触は生々しい。
先ほど怪物を斬り伏せた金髪の男が、先頭で馬を駆っている。背筋は矢のようにまっすぐで、月明かりを浴びても隙のない雰囲気を放っていた。
──怖い。
それが第一印象だった。助けられたはずなのに、近寄りがたい冷たさがある。
「なあ、お嬢さん」
隣で手綱を引く騎士が、控えめに声をかけてきた。
「お前さん、どこから来た? 服も喋り方も、この辺りのもんじゃない」
「……私も、わからないんです」
答えるしかない。変に嘘をつけば、命がどうなるか分からない。
騎士は困惑した表情を見せたが、それ以上は問い詰めなかった。代わりに、先頭の男へ視線を送る。
金髪の男は振り返らず、ただ一言。
「無事に王都へ連れて行け」
それから数時間、月と星の下を馬は走り続けた。森を抜け、遠くに高い城壁と塔が見えてくる。壁には松明が灯り、川の流れを挟んで橋が架かっていた。
──王都。そう呼ぶのが相応しい景色だった。
城門をくぐると、石畳が敷き詰められた広い道が続き、両脇には中世の絵本から抜け出したような建物が並んでいる。人影はまばらだが、衛兵たちがこちらに敬礼を送る。
視線の先、城の中枢と思しき大扉が開かれた。
柚希は、そのまま玉座の間へと連れて行かれる。
高い天井には色鮮やかなステンドグラス、床には深紅の絨毯がまっすぐ玉座へと伸びていた。
先ほどの男がゆっくりと振り返る。
「俺はレオン・アルバート。このセレスティア王国の王だ」
……王? さっき森で怪物を斬っていた人が?
驚きで言葉を失う柚希を、レオンは冷たい目で見据えた。
「お前には質問がある。だが、その前に──俺の提案を聞け」
間を置かずに告げられたのは、想像の外にある言葉だった。
「一年間、俺の婚約者としてここに滞在しろ」