第16話 闇の刃
その夜。
柚希は眠れず、寝台から起き上がった。
胸の奥がざわめいている。リディアの言葉、レオンの視線、噂の渦……すべてが絡まり、心を落ち着かせてはくれなかった。
ふと、窓の外に気配を感じた。
「……?」
カーテンをそっと開けた瞬間、闇の中から閃きが走った。
──刃。
「きゃっ!」
咄嗟に身を引いた柚希の頬を、短剣の先がかすめた。冷たい痛みと共に、血の匂いが鼻を突く。
「しまっ──!」
侵入者の黒装束が窓から飛び込んできた。顔を覆ったその影からは、容赦のない殺気が溢れている。
「いやっ……!」
逃げようとした足が震え、床に倒れ込む。
影は刃を振り上げ──
その瞬間。
眩い光が柚希の身体から溢れ出した。
「──ッ!?」
侵入者は弾かれたように後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられる。
柚希の周囲を、金色の光が渦を巻くように舞い上がっていた。まるで、彼女を守る結界のように。
「わ、私……また……」
震える指先を見つめたとき、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「ユズキ!」
駆け込んできたのはレオンだった。
剣を抜いたまま影に斬りかかり、一太刀で相手を制する。黒装束は呻き声を上げ、床に崩れ落ちた。
「……帝国の密偵か」
レオンは吐き捨てるように言い、血に濡れた剣先を拭った。
そのまま柚希に歩み寄り、強く抱きしめる。
「無事か」
低い声が耳元で震えた。
「……はい。でも、私……また勝手に……」
光に包まれた自分を思い出し、柚希は不安げに彼を見上げた。
レオンは一瞬言葉を探すように沈黙し、やがて短く答えた。
「それでいい。……お前の力が、今は俺を救った」
その言葉に、柚希の胸は熱く締めつけられる。
──駒ではない。
彼にとって、自分は“必要な存在”なのだと。
だが同時に、これで彼女の力が帝国に知られるのは時間の問題だった。