第12話 目覚めの兆し
その日、王宮の中庭は春の花で彩られていた。
柚希は侍女に連れられ、気分転換のために庭を散策していた。だが、その空気は穏やかではなかった。
「あれが……“異邦の花嫁”」
「ほんとうに予言通りなら……」
通りすがる侍従や女官たちが、遠巻きに視線を投げかけ、囁き合う。
柚希は小さく息を吐いた。──逃げ出せるなら、どんなに楽だろう。
そのとき。
小さな悲鳴が響いた。
「キャッ!」
近くの石段で、女官が足を滑らせて転びかけていた。手には大きな壺を抱えている。
落ちれば壊れるだけでなく、女官自身も怪我をするだろう。
気づいたときには、柚希の体が勝手に動いていた。
「危ない!」
駆け寄ろうと手を伸ばした、その瞬間──
壺と女官の身体が、ふわりと光に包まれて宙で止まった。
金色の粒子が空気中を舞い、風に揺れる花びらを照らす。
「……え?」
柚希自身が一番驚いていた。
数秒後、女官は地面にそっと降ろされ、壺も無傷のまま手の中に戻っていた。
辺りにいた人々は目を見開き、ざわめきが広がる。
「光の……加護?」
「まさか、本当に……聖女様?」
柚希は震える手を見つめていた。
──今のは……私がやったの?
そこへ、鋭い足音が近づいてきた。
振り返ると、レオンが立っていた。
その表情は冷たいはずなのに、瞳の奥がかすかに揺れている。
「……誰にも口外するな」
低い声が、周囲の者たちを一瞬で沈黙させた。
「ユズキ。来い」
腕を取られ、柚希はそのまま人目から引き離される。
彼の掌の熱と、周囲の視線の余韻が、心臓を早鐘のように叩かせていた。
──これはもう、隠しきれない。
そう直感しながらも、柚希の胸には小さな確信が芽生えていた。
──私は、ただの駒じゃない。