表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第1話 異世界への転移

夜の雨は、街の灯りを柔らかく滲ませ、アスファルトの上で淡く踊っていた。

 柚希(ゆずき)は、コンビニのバイトを終えてから全力で駅へと向かっていた。閉店作業が長引き、時刻はすでに二十二時を回っている。


 スマホで時間を確認し、ため息をひとつ。

 「明日、レポート提出日なのに……」

 髪や肩に雨が落ちる。傘は持っていたが、風が強く、気づけばスカートの裾までじっとりと濡れていた。


 歩道橋の手前、信号が青に変わる。小走りで横断歩道に足を踏み出した瞬間──。


 右側から、異様に強い光が差し込んだ。

 ヘッドライトだと認識した時には、耳をつんざくようなブレーキ音が響く。

 体が宙に浮き、雨粒がスローモーションのように目の前を通り過ぎていった。


 痛みも、冷たさも感じない。ただ、胸の奥で小さな声が囁いた。

 ──ああ、私、死ぬんだ。


 ……次に目を開けた時、世界はまるで塗り替えられていた。

 頭上には見たことのない濃い群青の空。見知らぬ星が瞬き、月は二つ、淡い光を放っている。

 周囲は深い森。湿った土と草の匂いが鼻をつき、足元の草は膝まで伸びていた。


「……え……?」

 言葉にならない声が漏れる。夜の森は、静寂ではなく、生き物の気配で満ちていた。

 カサリ――。背後の茂みが揺れる。


 振り返った柚希の目に飛び込んできたのは、常識では説明できない“怪物”だった。

 狼に似た形だが、人間の背丈をはるかに超える巨体。毛は墨のように黒く、目は血のように赤い。唇からのぞく牙は、短剣にも劣らぬ鋭さだ。

 息を飲む間もなく、獣が喉の奥から唸り声をあげた。


「や……いや……っ!」

 背を向け、草をかき分けて必死に走る。足がもつれ、泥に滑り込む。

 振り返れば、怪物の影が跳躍していた。


 ──その時。


 耳を裂くような金属音とともに、銀色の閃光(せんこう)が横切った。

 次の瞬間、獣の動きが止まり、そのまま地面に崩れ落ちる。

 目の前に立っていたのは、全身を黒い鎧で包んだ男。手には長剣、切っ先からはまだ血が滴っている。


 月明かりの下で、男の金色の髪が淡く輝いた。

 氷のように冷たい青の瞳が、柚希を射抜く。


「……誰だ、お前は」

 低く響く声は、問いというよりも警告に近い。


 言葉が出ない。自分がどこにいるのかも分からず、息だけが荒く漏れる。

 男は柚希を一瞥(いちべつ)すると、背後に控えていた数人の騎士たちへ命じた。


「連れて行け。王都へだ」


 その瞬間から、柚希の運命は、もう二度と元には戻らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ