【グレーテルと悪魔の契約】の書き出し
※ネタバレが含まれるので未読の方はお気をつけください
本当は元ネタの「ファウスト」に倣って「グレーテル」という題名にしようと思ったのですが、今のなろうの時勢だと厳しいな……と感じて、悪魔の契約を追加した、この作品。数年ぶりに書いている長編小説です。
作品の構想自体は、なろうに上げている他の物語よりもずーーーっと以前からありました。なんなら、アドベンチャーゲームとして配布したこともあります。今とだいぶ内容は異なりますが。
そんなグレーテルですが、最初の書き出し。これを決めるのに非常に苦労しました。たぶん、5回くらい書き直してます。
グレーテルが悪魔と契約する動機づけが非常に難しかったんですよね。自ら悪魔を呼び出して契約する流れではなく、メフィストがやってきて契約する、という流れだったので。提案された契約に対して、グレーテルがどう反応するか、で随分悩みました。
【ポジティブに反応する場合】
・悪魔との契約にもともと興味があった
・現状から抜け出すために契約した
【ネガティブに反応する場合】
・誰かを助けるために仕方なく契約する
・契約せざるを得ない状況に追い込まれる
連載では、ネガティブな反応で契約せざるを得ない状況に追い込みました。
違う世界を見たいからというポジティブな理由で契約するバージョンや、マルタを助けるために契約するネガティブバージョンもありましたが、どれもしっくりこず……。
ちなみに、現状から抜け出すために契約したバージョンの文章は残ってるので、ここに置いておきます。
◆
グレーテルは寒さに震えながら、地面にへたり込んでいた。かじかんだ指をこすり合わせ、白い息をふっと吹きかける。だが、それだけでは到底暖は取れず、凍えた身体が小刻みに震え続ける。
いつものことだ。おばさんの気に障ることがあれば、些細な理由で難癖をつけて家から追い出される。
「ばかで、ぐずで、のろまな穀潰し」
「ろくでなしの私生児め」
罵られるのも、もう聞き慣れてしまった。おばさんは母親の妹だと言っていたが、本当かどうかはわからない。少なくとも、グレーテルは血の繋がりを感じるような愛情を、一度たりとも受けたことはなかった。
こんなにも辛く、惨めな日々が続くのは、きっと前世の行いが悪かったせいだ。そうでもなければ、説明がつかない。もし前世でも不幸だったのなら、一体神様は、なぜこれほどまでに試練を与え続けるのだろうか。
空は灰色に沈み、今にも雨が降り出しそうな気配が漂っている。グレーテルは身を縮め、軒下のわずかな空間に体を押し込むようにして座り込んだ。地面を見つめ、どうか降らないでほしいと祈っていた矢先。
「見つけた」
すぐ上から、低く響く声が降ってきた。
驚いたグレーテルが顔を上げると、そこには黒尽くめの青年が立っていた。
艶のある黒髪。雪のように白い肌。人形のように端正な顔立ち。スッと通った鼻梁に、切れ長の瞳。頬には血の気がなく、けれど薄く色づいた唇は、真一文字に引き結ばれている。
――まるで、絵画のようだ。
この世のものとは思えないほど美しく、神が造形したかのような存在。しかし、それと同時に、その瞳の奥に揺れる深い闇色は、まるで紫炎のごとく妖しく揺らめき、底知れぬ禍々しさを湛えていた。
ゆっくりと、青年の口角が上がる。微笑んでいるはずなのに、まるで獲物を見つけて舌舐めずりをする捕食者のような笑みにも見えた。
「君は、また不幸なことになってるね」
「また…?」
思わず聞き返したグレーテルに、青年は答えない。ただ、簡潔に言い放った。
「俺と契約しよう」
青年はグレーテルと視線を合わせるように、ゆっくりと膝を折った。どこか楽しげな瞳が、まっすぐこちらを射抜く。圧倒されるような気配に、グレーテルはごくりと唾を飲み込んだ。
「契約って…何の契約?」
「悪魔との契約」
静かに告げられた言葉が、肌にまとわりつくように響く。
グレーテルは、青年の頭の天辺から足先までを改めて見つめた。悪魔というものが、美しい存在だとするなら、この男こそが、まさに悪魔なのかもしれない。
「君の言うことを何でも聞くし、何でも与えてあげる。望むなら、下僕にだってなってあげよう。そういう契約」
「あ、あなたに、なんのメリットも無いじゃない」
疑念を滲ませるグレーテルに、青年はゆっくりと口角を上げた。
「あるさ。俺からの条件はたったひとつだけ」
青年は言葉を切る。
そして、じっと闇色の瞳でグレーテルを見据えた。
「君の魂の側に、俺を永遠に置いて欲しい」
その言葉とともに、禍々しいほど深い闇色の瞳が、グレーテルを捉える。まるで深夜の闇をそのまま閉じ込めたような色。見つめられるだけで、心臓を掴まれたかのように息苦しくなる。
「未来永劫、一緒にいる。それが契約の条件だ。悪魔との契約は絶対だよ。一度交わしたら、神にさえ覆せない」
淡々と告げる青年の言葉は、彼に何の利益ももたらさないように思えた。しかし、"魂の側にいる"とは結局のところ魂を欲しているということなのだろうか?どこかで聞いたことがある。悪魔と契約すれば、魂を奪われるのだと。
「私の魂と引き換えに、なんでもするって話し?」
警戒を滲ませながら問うと、青年は小さく首を振る。
「違う。君の魂は、君のものだ。俺はそれを奪わない。ただ、君の側にいるだけ。生きている間も、死んだ後も、ずっと。永遠に」
まるで囁くような声音だった。その響きは、不吉なはずなのに、どこか寂しさを孕んでいるようにも聞こえた。
悪魔とは人間を騙すものだ。この契約にもきっと、何か、落とし穴があるのだろう。それでも、そうと分かっていても、今の状況から抜け出せるのであれば、グレーテルにとっては十分だった。
「…いいよ。あなたが本当に悪魔だというなら、契約してあげる」
そう告げると、青年の口元が満足げに緩んだ。
「契約成立だ」
その瞬間、ふわりと生暖かい風がグレーテルの両脇をすり抜けた。目に見えない何かが、体の中を巡ったような、ぞくりとする感覚に思わず身を竦める。慌てて両手を見下ろしたが、変わったところはない。いつものようにカサつき、ひび割れた指先がそこにある。けれども、心の奥底に何かが触れたような気がしてならなかった。
「君、名前は?」
「グレーテル」
そう答えた途端、目の前の青年はわずかに目を見開いた。驚いたような素振りを見せたかと思うと、すぐに口元を綻ばせ、喉の奥でくつくつと笑う。
「そう、グレーテルっていうのか。君にはぴったりの名前だね」
その声音には、どこか含みがあるようだった。
「あなたは?」
問い返せば、青年は楽しげに口角を上げる。
「メフィストフェレスだ」
メフィストと名乗った青年は、一歩踏み出し、恭しく芝居がかった仕草でグレーテルの前に手を差し伸べた。
「さあ、始めようか」
闇色の瞳が、揺らめくように微笑む。
「君の魂を巡る物語を」
◆
グレーテルのいる環境が過酷すぎますね。この流れだと、一話から契約してすぐ本筋に入れるし良さそうだとも思ったんですが、グレーテルのメフィストへの依存度が高くなってしまうんですよね。
あと、契約の内容も今とは違ったりします。魂を取らない時点でメフィストも割とグレーテルに対して好意的という。
暗い話は封印する! と思ってたにも関わらず、この流れだと淡々として鬱々とした雰囲気で進ませたくなってしまい……ボツにしました。
これの後に生まれたのが、今のグレーテルの書き出しです。契約するときの、やむ終えなさを演出するため、一度断らせたり、ミルゼンハイムで幸せに暮らしている場面を入れました。
冗長かなと思う部分がありつつも、グレーテルがミルゼンハイムや友人たちを愛してた描写を入れたかったんで、長めに書いちゃいました。てへぺろ。けど、お陰様でコメディタッチに進めることに、あまり違和感はなかった気がします。
そして、グレーテルは上記の書き出しで30話くらい書いちゃったんで、ちょいちょいここで供養していこうと思います!笑