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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
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第07話:接続の衝撃


 南区混成街区――その外縁付近。


 すでに警察の規制線が張られ、街区へと続くすべての道が封鎖されていた。上空では、陸自のドローンが数機、まさにハチのような羽音を残して旋回している。


「……クソッ、これじゃ進めねぇじゃねぇか」

「ちょっと、落ち着きなさいよ。騒いても前に進まないわ」


 渋滞の車列に巻き込まれて、すでに数十分。カインは苛立ちを隠そうともせずハンドルを叩きつけ、視界の端が一瞬チラついた。「……クソ、またか」と呟き、頭痛を無視する。


 なぜかカインの中で嫌な予感が繰り返し湧き上がる。昨日からスラムのことが頭を離れず、その理由が何なのか、ただ苛立ちが募るばかりだ。


 隣では、タブレットを手にした辻村アリスが、淡々と情報を読み上げていた。

「混成街区第5スラム、通称「ブライトヤード」が発生源です。暴動の規模は警察発表で約800人。警察側にも負傷者が数名出ています。現在、陸自のドローンによる空撮――」

「うるせえっ!」


 ハンドル越しに怒鳴るカインの声が、車内を切り裂いた。

 その目は、鋭利な刃のようにアリスを射抜いた。


「そんな報告はいらねぇ。……スラムの中だ。内部の状況はどうなってる」

 だが、カインの怒気をよそに、アリスは眉一つ動かさずタブレットをスクロールする。無表情のまま、目の奥だけが静かに動いていた。


「ブライトヤードに関する詳細は、現時点でどこにも出ていません。ただ、警官隊との衝突が起きたのは……ここから南、直線距離で約5キロ先の区域。詳細は警察によって秘匿されています」


「お前、政府の人間だろうが。圧力でも裏口でも使って、情報引きずり出せよ。何のために政府の犬をやってんだ!」


 カインの語気は荒く、怒りはもはや吐き捨てに近かった。

 アリスの眉が一瞬寄り、「規則を守る側なのに、なぜこの男は……」と内心で揺れるが、すぐにタブレットを操作し直した。


 カインは視線をフロントガラスの向こうへと向ける。周囲の車内を見回せば、誰もがスマホやタブレットに目を落とし、笑い、喋り、冗談を言い合っていた。混成街区で暴動が起きていようとも、ここには何の緊張もなかった。

 

 焦りも、恐れも、まるで他人事。薄気味悪いほど、平和な光景だった。

 この先で、人が血を流しているというのに。


 カインは奥歯を噛み締めると、窓を叩き割らんばかりの勢いで手を突いた。だが、車列はピクリとも動かない。前方には、赤いランプが延々と続いているだけだった。


「ったく……使えねぇ連中ばっかだ」


 吐き捨てるように言って、ハンドルから手を離す。

 すると、アリスが何かに気づいたように画面を止めた。


「……ひとつ、気になるデータが」

「何だ?」

「警察のサーバがすべて緊急対応になって、秘匿されてる。こんな事以前はなかったのに……」


 アリスは再び指先を動かした。


「ドローン映像も、すべてOFFになっている……」

「いつから見れなくなってる」

「時間帯は……ブライトヤードに初動部隊が突入した直後――これって偶然ですか?」

「んなわけねえだろう。ちょっとは頭使え!」


 アリスの目に動揺が走る。何もかも普通とは違う。

 カインは舌打ちをした。


「何かを隠したがってる。それも最初から、全部」


 外で何が起きているのか。それを知らされることなく、ただ「平和」に暮らしている人間たち。

 だが、自分は違う。


「回り込む。裏道を探せ」

 カインは決然と言い放った。

「混成街区の地図を出せ。封鎖されていないルートが一つでもあるなら、そこを突っ切る」

「それって命令ですか?」

 冷静な声が戻ってきた。

 

「違う。……頼んでるんだよ、辻村アリス」


 車内に、一瞬の静寂が落ちた。

 そして、タブレットの画面に地図が表示される。


 ルートは、すぐに見つかった。

 だが、その道もいずれ封鎖される可能性が高い。それでも、ここで突っ立っているよりはマシだった。


 カインはクラクションを派手に鳴らした。

 だが車列は微動だにせず、クラクションを鳴らしたところで、前の車はピクリとも動かない。運転手が軽くこちらを睨んだだけで、何事もなかったかのように無関心を装った。


「チッ……クソッタレが!」


 カインはギアを1速に叩き込み、アクセルを床まで踏み込んだ。

 ガツン、と軽い衝撃。車体は前の車に接触し、それを押し出す形で歩道へと乗り上げる。バンパーと縁石が擦れる、耳障りな音が響いた。


「ちょ、ちょっと! なにやってるんですか!?」

「うるせぇ、口閉じとけ。舌噛むぞ!」


 車体は縁石に片輪を乗せたまま進んでいく。途中、左側のミラーが隣の車にぶつかり、パキンという乾いた音とともに宙を舞った。


「キャーっ!」


 アリスの悲鳴を聞きながら、カインは口の端を吊り上げた。

 床まで踏み込んだアクセルに応じ、新型車の車体は、瞬く間に「中古」を飛び越え「故障車」を経て、「事故車」へと変貌していく。


「すまねぇな、雲坂ァ!」


 叫ぶと同時に、ハンドルを右へ切る。車体は歩道から跳ねるようにして路地へと突入し、ゴミ箱や立て看板をなぎ倒しながら進んでいく。

 ようやく、見覚えのある道が視界に入った。


「二度と、あなたの運転する車には乗りません! 信号無視に一時停止無視、一方通行逆走まで……人を轢かなかったのが奇跡ですよ」

「ありがとな」

「褒めてませんッ! こんな乱暴な運転、どこで教わったんですか!?」

「昔、いろいろあってな」


 カインは満足げに口角を上げると、きしむドアを内側から蹴り開け、車外へと飛び出した。

 車は見るも無残な姿になっていた。前後のバンパーは消失、ボディは傷と凹みだらけ、ホイールには擦過痕が刻まれている。


「ま、緊急事態だ。……勘弁してくれ」


 そう言い捨てると、カインは数日前に来たばかりのマンションを目指して駆け出した。


 なんとか車から抜け出したアリスは、膝に手をついて肩で息をしながら、その後ろ姿を見つめる。

 しばし無言のまま見送ったのち、ため息と共に走り出した。


 カインは一瞬、藤間シエルの顔を思い浮かべた。

 連絡を入れるべきか。そう思ったが、すぐに首を振る。


 いま彼女を巻き込めば、ろくなことにはならない。

 それは、理屈ではなく、鋭い勘が告げていた。


 ――と、そのときだった。


 ガツン、と頭蓋の内側を殴られたような衝撃が走る。

 思考が、音を立てて途切れた。


「な、なんだ……ッ!」


 目の奥から、鋭い痛みがこみ上げる。

 視界がぶれ、世界が傾ぐ。カインは思わず足をもつれさせたが、反射的に手を伸ばし、傍の電柱を掴んだ。

 衝撃で体がぐらついたが、どうにか膝をつくのを免れる。


 だが、痛みは止まらない。

 目を開けていられず、額から汗が滲み出す。


「クソッ……!」


 その瞬間、何かに背中を押されたように前のめりになり、カインの身体は別の何かにぶつかった。

 そして、真っ暗な闇が視界を覆う。


 意識が、すとんと落ちる。

 その途切れる寸前、耳元で微かに響いた。


 『第2フェーズ完了。――接続開始』



(第2章 第08話に続く)


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