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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
31/40

第31話:覚醒、人を超えた痛み

 

 銀の髪、整った細面、折れそうなほど華奢な肢体。

 メディナ、アトラと続き、3体目のAIと呼べばいいのか、その存在感は紛れもなく、AIのそれだった。


 それが白い石碑の間から、近づいてくる。


 幻想的な雰囲気と軍事用AIと告げられたことで、隊員たちは言葉を失っていた。

 カインひとりだけが、その存在に疑念を抱いていた。


 いや、雨宮たんぽぽは別の意味で見とれていた。

 迷子になった彼女を、母親が迎えにきたような、そんな安堵の眼差しを向けていた。


「……全員、構え!」


 レイジの号令。

 その言葉に力はなく、疑念と不安が混ざっている。


「鞍馬! 彼女を知っているのか?」

「……はい」

「それは間違いないんだな? あれが軍事用AIのアトラだということは!」


 レイジの問いに、カインは視線を外し、ゆっくり彼を見た。


 ――アトラの実体を見ていない?


 人間の輪郭を宿しながらも、どこか似て非なるもの。

 それを前にすれば、瞬間認知能力を持たない者でさえ、違和感を覚え、記憶に残るはず。

 

 雑賀大佐は、隊員たちに見せていないのか。

 それとも、実体化できること自体を伏せているのか。


 どちらにしても彼らの反応を見る限り、ただの軍事用AIとしてしか認識していないのだろう。


「間違いない。軍事用AIのアトラだ!」


 カインは言い切った。迷っている暇はない。

 アトラの考えは読めないが、敵対するなら攻撃する。

 そもそも、実体化したAIに傷を付けられるかどうかは、戦ってみないとわからないが。


「お母さんが迎えに来たから行くねぇ」


 たんぽぽの声に、カインは素早く反応して手を伸ばしたが、遅かった。

 運転席に移動していたせいで、反応が遅れた。


 シエルを横切り、ドアを開けて出ていった。

 彼女はこの状況を理解できていない。

 インターコードのせいで、隊員たちは誰も口に出して話していないのだ。


「えっ? ちょっとどうしたの? たんぽぽちゃん、どこ行くの」


 驚いたシエルと目が合う。

 今起きていることが何一つわかっていないという表情だった。


 シエルの体内には、ナノマシンがない。

 仮に透明なカプセルを飲んでも、ただの栄養剤にしかならない。

 反応が遅れるのも致し方なしだった。


「おい! 戻れ、クソガキ!」


 天井に陣取っているカスミが叫ぶ。

 擦れる音で、カスミが銃を構えたのがわかった。


 近距離特化型の、SG-P09 “Raven”(レイヴン)

 高速展開型ブルパップショットガンは、面での制圧を基本としているが、チョーク切替機能付きで散弾の収束率を調整可能としている。

 インターコード接続時には、200メートルの距離を一発で撃ち抜ける。


 アトラとの距離を考えれば、カスミの射程内だ。


 カスミの腕を考えれば、たんぽぽに当たることはないが、万が一のことを思えば、看過できない。

 雨宮たんぽぽは、「鍵」であり「選択肢」でもある。


 手放すわけにはいかない。


 カインは運転席を蹴り飛ばすようにして飛び出した。

 たんぽぽが白い石碑の間を抜け、アトラのもとへ駆け寄る。


「待てッ――!」


 喉が張り裂けそうな声をあげた瞬間、カインの胸元に熱が走った。

 いや、胸元から全身へ、皮膚の下を駆け巡る稲妻のような感覚。


 視界が、一瞬だけ淡い赤に染まった。


「……ユナ、何をした」


 脳裏に問いかけるが、AIのユナからの返答はない。

 だが、体は理解していた。


 ――これが、限界突破。


 次の瞬間、カインの足は地を蹴っていた。

 風が耳元を裂き、視界の中で時間が遅くなる。


 たんぽぽに伸ばした手が、届く。

 

 ――いや、間に合う。


 だが、アトラが静かに腕を差し出した。

 その指先が、カインを待ち構えていたかのように、すっと頰に触れかける。


「やめろ、カインッ!」


 レイジの声が響いた。だが、その声はもう、カインの耳には届かなかった。

 世界が赤く染まり、音は薄れ、ただ一点、アトラの瞳だけが鮮やかに輝いていた。


 カインがたんぽぽの腕に指先を伸ばす、その刹那、世界が軋むような感覚が走った。


 アトラの瞳の奥に、無数の光点が瞬き、星空のように広がった。

 直後、空気が重く沈む。


 「……止まれ」


 小さく、だが確かにアトラは声を発した。


 カインの体が硬直した。

 関節という関節が凍りついたように動かない。

 目の奥に、青いフラクタル模様が走り、ユナの警告が脳内に響く。


『強制プロトコル干渉。カイン、ブレイク・シーケンスを走らせる?』


「……クソっ、横文字使うな! やれッ!」


 瞬間、カインの体内のナノマシンが逆流した。

 強烈な熱と痛みが背骨を駆け上がり、呼吸が途切れる。

 だが、わずかに指先が動いた。


 ――届け……ッ!


 たんぽぽの細い手首を、カインの指がかすかに掠めた。

 アトラの瞳がわずかに揺らぎ、彼女の口元にごく小さな笑みが浮かぶ。


「……目覚めたのね」


 次の瞬間、アトラの姿が霧のようにほどけ、石碑の間に消えた。

 カインはその場に膝をつき、荒い呼吸を繰り返した。


 たんぽぽは振り返り、きょとんとした顔でカインを見つめる。


「お兄ちゃん、どうしたのぉ?」



(第3章 第32話に続く)


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