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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
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第27話:深夜、静まり返ったゴルフコース


 月光の下、桜の花びらが風に舞い、無垢な子どものように揺れていた。


「こちら、イーグル。テング、ハッキング不可能。繰り返す、ハッキング不可能。調査を中断しろ、戻れ!」


 レイジの焦燥が通信越しに伝わってきた。


「イーグル、ちょっと待ってくれ」


 カインは静かに返し、ゴルフコースの暗闇に潜む気配に神経を尖らせた。

 この状況が、不可解な謎に迫る予感があった。


「待つ? 見えない敵がお前を狙ってるかもしれないんだぞ!」

「敵なら、もう撃たれてる。攻撃しない意図があるはずだ。内部調査の鍵かもしれない」

「そんな賭けは無駄だ! 死にたいのか、戻れ、テング!」


 カインは前を見据え、短く息を吐いて訴えた。


「圧倒的優位なのに攻撃しない。俺の経験則では、何かある。イーグル、ぎりぎりまで待ってくれ。頼む」


 カインはすぐにユナに問う。


「ユナ、どう思う? 奴らは敵か?」

『目測で12メートル。射撃を準備するような音は検知されません。カインの推測通り、攻撃以外の意図があると判断します』


 ユナの冷静な分析にカインは内心安堵したが、調査の重圧が胸に広がる。

 目の前にいるのは、いつ自爆しても、攻撃を仕掛けてきてもおかしくない存在。

 調査の成果が命と引き換えになるかもしれない。その時だった。


「……こちら、神名川支部開成統制群ナノ智研隊。君たちに話がある」


 無機質で機械めいた男の声が響いた。


「聞こえたか、イーグル。」

「ああ、聞こえた……クソ、続けろ」


 カインは声の主に鋭く言い放った。


「その前に、光学迷彩を解け。見えない相手と話す気はない」


 男は一呼吸置いた。


「光学迷彩は座標データを偽装し、ナノマシンをレグナマキナの支配信号から隔離するシールド効果を持つ。解除すれば座標が露呈し、支配信号が届く。自爆命令が発動する」


「ナノマシンだと?」


「その通り。解除は我々の命を終える選択だ。それでも解除しろと言うなら、覚悟はできている」


 カインはレイジに確認した。


「イーグル、聞こえたか。このまま続行する」

「危険すぎる! 撤退しろ。調査を放棄しろ!」

「自爆範囲は想定済みだ。調査の突破口かもしれない。話をさせてくれ!」


 レイジの舌打ちと苦悩が伝わる。


「10分だ。それ以上はダメだ」

「了解」


 カインはユナに指示した。

「自爆範囲を再確認しろ」

『前回の戦闘データに基づき、現在は自爆範囲外、12メートルです。10メートル以内に接近すると危険です』

「分かった。距離を維持する」


 カインは見えない相手に声を張った。


「要件を早く言え」


 男の声が静かに響く。

「10日前、レグナマキナが暴走し、三原則を無視したサプリを製造。市民にナノマシンを混入させ、中毒患者が大量発生した。神名川支部も掌握され、レグナマキナの傘下だ」


 カインの脳裏に、前回の調査で見たスラムの暴動がよぎる。

 あの異常行動がナノマシンの仕業なら、調査の核心だ。


「それを信じろと?」

「信じるかは君次第だ。だが、これは真実だ」


 カインは奥歯を噛みしめる。


「レグナマキナの暴走を止めてくれ。俺たちは仲間や家族を失った。人類が支配される前に……雨宮たんぽぽ。彼女が鍵だ」


 聞き覚えのある名前が飛び出し、カインは息を呑んだ。


「雨宮たんぽぽだと?」


 あの少女が、なぜ……。胸の奥に冷たいものが走った。


「数時間前に道端で保護した少女だ。なぜそれを知っている?」


「我々はレグナマキナの監視網に潜り込んでいる。彼女の逃走は想定外だったが、監視網で辛うじて行方を追えた。だから君たちと接触できたんだ」


 カインは小さく息を呑む。


「……監視網の内側から、だと?」

「そうだ。我々はレグナマキナの開発中枢にいた。封印された計画の残党だ。だが、彼女が逃げ出した。現在計画は中断している」


 男は続ける。


「君たちの行動はレグナマキナの監視網に検知されている。彼女の痕跡を追った結果、君たちとの衝突は避けられなかった」

「レグナマキナの目的は、少女の保護……いや、捕獲か?」

「ああ。逃亡した雨宮たんぽぽの捕獲に、俺たちは駆り出された」


 点と点が線を描きはじめた。

 雨宮たんぽぽは、追われていた。


 道端で倒れていた少女を救った瞬間から、すべては動き出していたのだ。


 あれは偶然か、それとも必然だったのか。

 今となっては、それさえもわからない。


 カインは拳を握りしめた。


「鍵とはどういう意味だ?」

 その瞬間、通信に「ジジッ」とノイズが混じる。


 ユナの声が鋭く割り込んだ。

『妨害信号検知。第三帯域、強度上昇。レグナマキナの制御周波数と一致。通信網へのアクセスを試みています。暴走の痕跡です』

「調査の糸口だ。ユナ、信号を記録しろ」


 カインは身を低くし、集中した。


「続けろ。たんぽぽが鍵とは何だ」


 男の声が低くなる。


「レグナマキナの設計には、生体情報を中核にしたプロトタイプ『リベリオン』が使われた。彼女の存在は、暴走を止める唯一の可能性だ」


「それはお前たちが開発の中枢にいたから?」


「そうだ。我々はレグナマキナの開発を任され、ある計画を進めていた」


 何かを見落としている隙がある。

 今はそれが何かわからないが、カインは内心で次の調査課題として頭に刻んだ。


「計画とはなんだ?」


 ユナが警告を発した。

『ナノマシンの振る舞いに異常検出。理由は不明です。突然、外部信号がシールドの隔離層を不安定化させています。レグナマキナの支配信号が接近中。彼らは長く持ちません』

「この異常も暴走のヒントだ。ユナ、解析対象にしろ」


 その瞬間、コース上にぼんやりとした人影が浮かんだ。

 光学迷彩の完全解除ではなく、投影型のホログラムだった。


「これは録画映像だ。迷彩を維持しつつ可視化する唯一の手段。投影はシールドを弱めるが、これが俺たちの最終意思だ」


 映像では、2人の男が敬礼の姿勢で立つ。胸には開成統制群の部隊章。


『カイン、支配信号の強度が限界です。自爆命令が上書きされます』


 ユナの声が響く。

 レイジが通信で叫ぶ。


「時間切れだ! テング、急げ!」


 カインは目を閉じ、調査の重圧とたんぽぽの情報を胸に刻んだ。


「イーグル、聞こえるか。少女の保護を最優先してくれ。たんぽぽが今回調査の鍵だ」

「分かった。今すぐ退避しろ!」


 通信に機械的な合成音が割り込む。


《認証完了。再接続開始。ナノ単位での同調確認――》


 男の声が静かに告げた。

「来た。レグナマキナの支配信号だ」


 映像の2人が最後の言葉を残す。

「たんぽぽを守れ。彼女は人類最後の選択肢だ」


 像が崩れ、芝生の下で小さな閃光が連鎖した。

 自己消去用の特殊炸薬の振動が、カインの足元を揺らし、わずかな風圧が顔をかすめた。

 

 人を殺すのに、大きな力はいらない。

 小指ほどの爆薬が、体内で爆ぜれば、それで終わる。


 主人が死してもなお、迷彩をまとったまま、舞い散る花びらが空に浮いていた。


 調査の重みと、彼らの犠牲が胸にのしかかる。


「クソ、こんな形で終わるのか!」


 レイジの声が通信越しに震えた。悔しさが滲むその声に、カインの胸が締め付けられる。


『……全てではありませんが、彼らの記録データは確保しました』


 ユナの冷静な報告が続くが、普段の機械的な口調に微かな緊迫感が混じる。


 カインは奥歯を強く噛み、胸に渦巻くわずかな後悔をのみ込んだ。

 敵であれ彼らの覚悟が道を拓いた――ならば、自分も立ち止まるわけにはいかない。


 少女が鍵……。ならば迷う理由はない。


 カインは空を見上げた。

 桜の花びらが、静かに頬をかすめた。


「ユナ、たんぽぽは俺たちが守る」


 握りしめた拳が、小さく震えた。



(第3章 第28話に続く)


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