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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
19/32

第19話:切り離された部隊


 オフロード車が総合体育館に乗り入れたのは、午前11時過ぎだった。

 無人の駐車場の中央に車を停車させた。


 ここまで、誰も口を開かなかった。

 コンビニの不気味な光景もさることながら、途中で少女を拾って以降、人の姿を一切見ていない。


「第1種警戒体制!」

 レイジが号令をかける。


「望月、偵察ドローンを飛ばせ。索敵範囲を半径1キロに固定」

「はい!」


「氷室、車外に出て警戒」

「りょーかい」


「結城、本部と通信確保。行け!」

「はい」


 結城の返事をきっかけに、隊員たちは一斉に動き出した。


 間もなく、天井を伝う足音が響く。

 カスミだ。

 屋根に乗ったのだろう。だが、次の瞬間には音は途絶え、気配すらも消えた。


 ノアは車内に留まり、手にしたタブレットを操作し始める。

 ドローンの準備を終えたトウヤが戻り、ドローン操作をAIに切り替えた。


 ここまで、およそ5分少々。

 オフロード車を中心に半径1キロ圏内、不審な動きがあれば即座に警報が鳴る体制が整った。


 さすがと言うべきか、当然と言うべきか。

 カインは、いまこの車の中にいれば、宇宙からミサイルでも降ってこない限り安全だろうと思えた。


「シエル、コンビニで何があった?」


 カインが振り返り、シエルに目を向けた。

 シエルは背を丸め、震える指先をぎゅっと握りしめている。


「……最初は、普通だったの。でも、ペットボトルを持ってレジに行っても、誰も出てこなくて……」


 シエルは両手を強く握った。

 操作を終えたのか、ノアがタブレットから目を離し、そっとシエルの肩に手を置く。


「私が、カウンターの中を覗いてみたの。そしたら床に足が見えた。それで何かあったと思って、振り返ったら……藤間さんの後ろから、不審な人物が近づいてきて」


「発砲したのか?」


「様子がおかしかったから……。最初は天井に向けて、警告の1発。それでも止まらなかったから、足に1発撃ったわ」


 計2発。発砲音の数と一致し、片足には確かに撃たれた跡があった。


 それにしても、話を聞く限りではためらいのない判断だ。警察でも、ここまでの対応はそうそうしない。

 裏を返せばそれだけ、コンビニにいたその人間が異質だったということだ。


「……それでも動き続けたの。それで、藤間さんと一緒に店を出たの」

「わかった。相手はどんな感じだった?」


 カインの問いに、ノアは少し考え込む。

 そして慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「語弊があるかもしれないけど……わかりやすく言えば映画とかで見る、いわゆる“ゾンビ”みたいだったわ。もちろん、腐ってたり、腕が取れてたりはしてないけど」


「目は赤かったか?」

 カインが不意に問いかけた。

 ノアは一瞬、「どうして?」という顔をしたが、すぐに首を振る。


「いいえ。ちゃんと確認したわけじゃないけど、普通だったと思う。……なぜ?」

「なんでもない」


 カインは短く答え、前を向いた。

 目は赤くなかった。

 だがあのとき、駐車場で不審人物を見たとき、最初に気づいたのはあの「目」だった。

 赤い光。

 まるで、ディスペンサーの「目」のように……俺の見間違い、なのか?


「……もしかしたら、中毒者かもしれない」


 シエルが小さな声で呟いた。


「中毒者?」

 ノアが聞き返す。

「……ええ。スラムで見たことがある。あそこまでひどくはなかったけど……夢遊病者みたいな歩き方が、すごく似てた」


 車内に、張り詰めた空気が流れる。

 つい先日、スラムで暴動があったばかりだ。

 ニュースやネットでは一切報じられていなかったが、カインには思い当たる節があった。あの日、スラムの奥で見た光景が――静かに胸を締め付けた。


「それ、おかしくないっすか?」

 黙って聞いていたトウヤが、バックミラー越しに視線を合わせてきた。


「ここ、新東京っすよ? 開成統制群の管轄からは、距離がありすぎる」

「駐車場に停まってた車のナンバープレート、神名川ナンバーだった。多分、自分でここまで運転してきたんだろう」


 カインがそう言うと、トウヤが眉をひそめる。


「中毒者が運転? そんなこと、あるんですか?」


 その問いに、誰も答えなかった。

 いや、誰も答えを持っていなかった。


 重たい沈黙が車内に落ちる。

 張り詰めた空気の中、ここまで一言も発していなかったレイジが、静かに口を開いた。


「本部に連絡して、判断を仰ぐ」


 レイジの短い一言。

 その言葉に込められた意味を、カインはすぐに察した。

 本部は、この状況をどう受け止めるのか――。


 カインの予感が正しければ、次にレイジの顔は険しくなるだろう。


 軍という組織は、現場の事情など知ろうとしない。

 何かが悪化し、自分たちの責任問題に発展しそうになるまで、平然と黙殺を決め込む。

 それでも動けば、まだマシな方だ。

 最悪の場合、現場ごと切り捨て、「何もなかった」ことにされる。


 ましてや今回の件だ。

 軍がすぐに信じるなど、まずありえない。

 神名川から来た中毒者と見なされれば、むしろ調査対象にされかねない。


 唯一の懸念点があるとすれば、あのイレギュラーな少女の存在だ。


「はい、了解しました!」


 レイジは手にしていたスマートフォンサイズの送受信機を耳から離すと、そのまま後部座席のノアに向けて放り投げた。


「ちょ、ちょっと隊長! 軍備品は大切に扱ってください!」


 ノアは間一髪でキャッチし、非難の声を上げる。


「……クソ」


 カインは、予感が当たったことにほのかな満足を覚えながらも、この先の展開を考えると無謀にしか思えなかった。特にあの少女の処遇について、軍がどう考えるのか。

 その疑問を、カインが口にする前にトウヤが先に切り出した。


「どうでしたか?」

「……どうもこうもねえ。作戦続行だ」


 レイジは吐き捨てるように言い放った。

 その姿に、カインは一瞬同情しかけたが、あえて口に出すことはしなかった。

 代わりに、「少女も、同行させるのか?」と確認した。


 レイジがぎろりと振り向き、睨みつける。


「そうだ。お前と藤間で管理しろ」

「それは……命令か?」

「いちいち口答えするな!」


 レイジの苛立ちを一身に受けたカインは、眉をわずかに動かしただけで、無言を返した。


「歩きますか?」

 トウヤが尋ねる。

「今から厚木基地に向かっても、到着は夜になりますね。どうします?」


 レイジは腕を組み、短く考え込んだ。

 子供を連れての強行軍か、それとも最悪の選択肢を選ぶのか――。

 だが、レイジはどちらも選ばなかった。


「このまま厚木に向かう。ドローンは追尾に切り替えろ。索敵範囲は半径500メートル。静音モードも解除しろ。少しは電池がもつだろう」

「いいんですか?」

「構わん。責任は俺が取る」

「了解です」


 トウヤは即座に操作を始め、指示通り設定を切り替えた。

 その間、レイジが天井を二度叩く。


 すぐに足音が響き、ドアが開いた。

「なんだ、もう出発か?」

「これから厚木に向かう」

「ふーん。了解」


 カスミはそれ以上何も聞かなかった。


「結城、最低限の通信は確保しておけ。行くぞ」


 結城の返事を待たず、車はエンジン音を唸らせ、無人の駐車場をあとにした。


 それからしばらくして、車は幹線道路に出た。

 だが、ここも同じだった。

 対向車はもちろん、同一車線にすら車の姿はなかった。


「他府県に行く車なんて皆無ですね。新東京の端っこは過疎ってる話、本当だったんですね」

 トウヤが辺りを見回しながら独り言のように呟く。

「やっぱり、独立都市補完政策のせいですかね」


「国が定めた制度だ。感染症対策、治安維持……名目はいろいろだがな」

 カインが補足すると、「それそれ! でも本当の理由は違うんだろうな」と、トウヤが笑みを浮かべた。


「詳しいことは俺も知らない」

 カインは話を終わらせようとしたが、トウヤは続けた。

「ねえ、鞍馬さん。他府県に行ったことあります?」


 バックミラー越しに、無邪気な視線が投げかけられる。


「……昔、何度か行った」

「へえ、どこに?」


 助手席のレイジが腕を組んだまま、低い声で遮る。


「くだらない話はするな」

「……あ、すみません」


 トウヤが小さく頭を下げる。

 すると、カスミが横から口を挟んだ。


「いいじゃん別に。葬式みたいに黙ってたって状況は変わらねえだろ? 俺も興味あるぜ、鞍馬。どこ行ったんだ? 教えろよ」


 その言葉に、レイジの深いため息が響いた。

 カインが答えようとしたそのとき。


 警戒アラートが車内に鳴り響いた。

 トウヤがタブレットを操作し、画面を確認する。


「後方、約500メートル。大型トラックが接近中」


 車内に緊張が走る。


「氷室、目視で確認しろ。見えたら報告だ。トウヤ、映像を出せ。結城、ジャミングの準備を」


 レイジの指示が終わるのを待たずに、隊員たちは即座に動き出した。

 その無駄のない連携に、カインは内心で感心する。

 このチームにあとひとつ駒が加われば、百藍特任隊は歴代最強になるかもしれない。

 たとえば、昨日、自分を軍に送り届けたあの男。無口だが話は通じた。あいつなら、きっと馴染める。

 ……名前、聞いておけばよかったな。

 

 そんなことを考えていると、警戒音がふっと止んだ。


「どうした」

 レイジが短く問う。


「定期運行の輸送トラックのようです」

 トウヤが答え、タブレットをレイジに向ける。


 ドローンからの空撮映像が映し出されていた。

 トラックの荷台の天板には、企業のロゴと登録番号、型式がはっきりと確認できる。


「データベースで照合済みです。正規の輸送車両と一致しました」


 レイジは一度だけ頷く。


「わかった。だが、通り過ぎるまでは警戒を解くな」


 静かな命令に、隊員たちは再び気を引き締めた。

 

『カイン、聞いてください』


 カインの頭に、ユナの声が直接響いた。

 ユナの方から声を掛けてきたのは初めてだった。

 一瞬、首を動かした。


「鞍馬さん、どうかした?」

 後ろからノアが声を掛けてきた。

 その反応の早さに、カインは自分も監視対象であることを改めて感じた。


「後方、約100メートル。大型トラックを視認。凄いスピードで接近中!」


 カスミの声が飛ぶ。

 カインはその声に紛れるように「なんでもない」と言い切った。


 心の中で問いかけるように、カインはユナに返した。


「なんだ」

『大型輸送トラックは正規登録されている車両。でも、輸送経路が正規ルートと違います』

「どういうことだ」

『本来の正規ルートなら、この時間、品川トラックターミナルで荷下ろ中です』


 その一言で、カインの頭に閃くものがあった。

 たかが勘、されど勘。

 この曖昧な感覚に、これまで何度命を救われてきたか。


「望月、スピードを上げろ! 振り切れ!」


 カインの叫びが響く。

 だが、もう遅かった。大型輸送トラックが、オフロード車の横にぴたりと並びかけていた。


 トウヤが運転席から窓の外を確認しようとした、その瞬間。


 ――横から、激しい衝撃。


 視界いっぱいに、巨大なトラックのタイヤが迫る。

 窓が粉々に砕け散り、車内にガラスの雨が降った。


「クソッ!」


 カインは咄嗟に少女に覆いかぶさり、破片からかばった。


「キャァーッ!」

「うわっ!」

「な、なんだ――!」


 悲鳴と怒声が飛び交い、車体が大きく揺れる。

 次の瞬間、AI制御が作動し、かろうじて姿勢を立て直した。

 もしこれが手動だったら……。想像するだけで、背筋が冷える。


 まだ、このときは考える余裕があった。


 だが、それも束の間。

 ユナの次の一言が、カインに全ての決断を背負わせることになる。



(第2章 第20話に続く)


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