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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
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第18話:少女、ときどき逃走


 車内では、誰も多くを語らず、それぞれが装備の点検をしたり、外を黙って眺めていた。

 重い空気が漂う中、何度目かの信号待ちのときだった。


「隊長、前方120メートル。様子のおかしい人物が歩いてます」


 望月トウヤが前のめりにハンドルを握り、困惑気味に声を上げた。


「ん?」


 ファイルを読み込んでいた鷲津レイジが顔を上げる。

 全員が前方を見た瞬間、問題の人物がぱたりと路肩に倒れた。


「え、うそ。倒れた?」


 最後尾に座る結城ノアが指をさしながら言った。


「子供……?」


 氷室カスミが目を細め、前に身を乗り出した。


 片道一車線の舗装道路。行き交う車はなく、信号待ちをしているのは、彼らの乗る車だけだった。

 信号が青に変わる。


 トウヤがゆっくりとオフロード車を走らせる。

 やがて、倒れた人物の外見がはっきり見えてきた。


「小学生……?」


 真っ先に声を上げたのはシエルだった。


「隊長、どうします?」


 ハンドルを握りながらトウヤが問いかける。


「どうするって……」


 全員が、次の指示を待った。

 見捨てるか、助けるかの二者択一。

 隊長、鷲津レイジの一言で、それが決まる。


「……チッ、止まれ。様子を見てこい」

「了解!」


 トウヤが車を停め、真っ先にカインがドアを開けた。

 路肩に足を投げ出し、ぐったりとうつ伏せた小さな体が目に飛び込んでくる。


「おい、大丈夫か?」


 カインはすばやく駆け寄り、膝をついて抱き起こすと、頭を支えた。

 続いて駆け寄ったノアが、そばに医療キットを置く。


「鞍馬さん、そのまま。バイタルをスキャンします」


 ノアは手際よく医療用ハンドスキャナーを取り出し、警棒のような形状の先端を光らせて当てた。


「やっぱり小学生か?」


 カスミが覗き込みながらつぶやく。

 そして、目を細めると観察眼を発揮する。


「女の子の靴にしては擦り切れてる。……長い距離を歩いてきたのかも」


 ハンドスキャナーから「ピッ」と短い電子音が鳴り、接続されたタブレットにバイタルデータが表示される。


「……よかった。体に異常は見つからなかった。おそらく疲労による意識混濁か、軽度の脱水症状ね。水分と休息を取れば問題ないわ」


 隊員たちの表情に安堵が広がる。

 遅れてやってきたレイジが、肩越しに覗き込む。


「隊長、どうします? 脱水症状みたいです」


 ノアがスキャナーを片付けながら簡単に説明する。


「いちいち俺に聞くな。どうすればいいか、自分で考えろ」


 そう言い残し、レイジは車へと戻っていった。


「……ホント、素直じゃない」


 カスミが苦笑し、「ほら鞍馬。車まで運びなさい。いつまで道路で寝かせているつもり」と促した。


 カインはゆっくりと少女を抱き上げ、そのままお姫様抱っこの姿勢で車へと乗り込んだ。


 シエルが最後尾の席に移り、カインの膝を枕にして、少女をそっと寝かせた。

 熱中症を考慮し、冷却シートを額と脇の下に貼る。

 車内の冷房と冷却シートの効果で、険しかった少女の表情が少し和らいだように見えた。


「隊長」


 トウヤの呼びかけに、レイジはうんざりした声を返す。


「今度はなんだ!」

「鷲津隊長、声が大きい」

 カスミがすかさずツッコミを入れる。


 レイジは舌打ちし、トウヤを睨んだ。


「もうすぐ、県境です」

「だから何だ」

「どうします?」


「……」

 レイジは言葉に詰まり、黙り込んだ。


「このまま車に置いて、俺たちだけ行くのかい」

 カスミがわざと強調して言う。


「……」


「かわいそう」

 シエルが小さく呟く。


「お腹、空いてるかも」

 ノアが今にも泣き出しそうな声を出した。


 カインは黙ってレイジを見つめた。


 正面を向いていても、隊員たちの視線が刺さるのを感じたのか、レイジは短い髪をごしごしとかきむしり、ため息混じりに声を張り上げた。


「わかったよ。どこか休憩できる場所で停めろ。ただし、1時間だけだ。県境は越えるな」


 その声に、またもカスミが「声が大きい」と突っ込んだ。


 しばらく走ると、コンビニエンスストアが見えてきた。

 トウヤはハンドルを切り、駐車場に車を停めた。

 他府県ナンバーの車が1台、離れた場所に停まっていた。


 カインはなぜか違和感を覚え、声を出す前に、「私、水を買ってくる」とシエルの声が遮った。

 ノアが隊長の方を一度見てから、軽く頷いた。


「あまり目立つ行動はするな」

 レイジが短く釘を刺す。


 二人は車を降り、コンビニへ向かっていった。


 カインは静かな寝息を立てる少女をじっと見つめていた。

 まだ陸自に入る前――虚弱体質だった妹は、どこへも行けず、カインが学校から帰るのを毎日楽しみにしていた。

 「今日は何があった?」と目を輝かせ、カインの話に耳を傾ける妹。

 あの頃の笑顔が、少女の顔に重なった。


「なにジロジロ見てんだよ? おまえ、もしかしてシスコンか?」

 スミレが後ろから、にやにや笑いながら声をかけてきた。


「そんなんじゃねえ」

 カインは短く返した。


「だったらなんだよ」

 スミレは口元をゆるめながら、聞き返した。

 しばらくの沈黙のあと、カインがぽつりと呟いた。


「……死んだ妹も、たまにこうやって寝てたんだ」


 スミレの顔からにやけた表情が消える。

「……っ、マジか?」

 ふーっと息を吐き、気まずそうに視線をそらした。


 車内に、息を潜めるような重苦しい空気が満ちた、そのときだった。


「パン……」


 乾いた破裂音が響く。

 途端に、車内に殺気めいた緊張感が張りつめた。誰も口を開かない。

 全員の視線が、音のする方、コンビニへと向けられる。


「パン」


 二発目。

 誰もが悟った。

 それは、聞き慣れた音だった。軍支給のグロック19-BLが発する、小気味よくも冷たい銃声。


 直後、シエルを先頭に、ノアがコンビニから飛び出してきた。

 2人とも顔は蒼白で、必死の形相をしている。


「望月! 車を寄せろ!」


 レイジの指示に、トウヤが応じる。アクセルを一気に吹かし、車体を横滑りさせながら後部ドアを2人の方へ向けた。

 カスミが座席の奥に身を引くと、タイミングを合わせるようにドアが開く。

 シエルとノアが転がり込むようにして飛び込んだ。


「車出して! 今すぐ!」

 ノアが叫ぶ。

「……なんか、やばいよ。普通じゃない」

 シエルが青ざめた顔で、震える声を漏らす。


「一体どうした?」

 レイジが身を乗り出して振り返る。

「いいから説明は後! すぐに出して!」

 ノアの声が鋭く響く。

 普段の優しい口調は影を潜め、命令するような強い声音に、レイジは即座に反応した。


「トウヤ、出せ!」

「は、はいっ!」


 トウヤがアクセルを踏み込む。

 そのとき、ちょうどコンビニから人影が現れた。


 ――何かがおかしい。


 首がぐらりと垂れ、力なく、奇妙な角度でうつむく。

 一歩ごとに頭が左右に揺れ、体はふらつき、倒れそうになるたびに足が無理やり前に出る。

 まるで操り人形のように、不自然に前進してくる。

 太ももあたりに黒く穴が開いているのを、カインは見逃さなかった。


 車内の全員が息を呑み、目を奪われた。

 ハンドルを握るトウヤでさえ、呆然と口を開け、思わずアクセルを緩めてしまった。

 それほど、目の前の光景は異様だった。


「馬鹿野郎! さっさと行け!」


 レイジの怒号が車内に響く。

 その声に、トウヤは悪夢から覚めたように我に返り、アクセルを踏み込んだ。


 軍用オフロード車がうなり声を上げる。

 重量に反して鋭い反応を見せ、有り余るパワーが路面を引っかき、白煙を巻き上げる。

 二度、三度とテールを振りながら、車体は駐車場を勢いよく駆け抜けた。


 トウヤはハンドルを握り、片道一車線の一般道路を時速120キロ以上で飛ばす。

 AI制御搭載の軍用オフロード車は速度を増すごとに逆に安定感を高め、高速で走っていることを忘れさせる走行性能を見せた。


「隊長、まもなく停車予定地点に通過します」

「クソ……安全な場所を見つけろ。見晴らしのいい場所だ!」


 トウヤは即座にカーナビを起動し、周囲の状況を検索する。

 その間、運転操作の一部をAIに預け、ナビ画面に目を落とした。


「見つけました。約2キロ先、総合体育館の駐車場です。収容台数300台。ここなら安全かと」

「よし、急げ!」


 オフロード車の無骨なボディが風を切り裂き、エンジンの唸りを響かせながら突き進んだ。



(第2章 第19話に続く)

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