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オーバードーズ・コード  作者: 狗島 いつき
第2章 メディナ編 (全25話)
16/19

第16話:自己紹介と再会


 鉄格子に囲まれた建物に着くと、昨日とは別の兵舎へ案内された。

 どこも似たような作りで、場所を覚えるだけでも骨が折れそうだった。


「ユナ、念の為、位置は記録しといてくれ」

『はい。昨日の時点で移動経路はトラッキングモードで記録しています。現在位置、ノードフラグ付与済みです』

「横文字使うな、まったく……」

『では、すべて日本語で――』


 カインは内心ため息をつく。


「冗談だよ」

『わかっています。言ってみただけです」

「……っ」


 カインはしてやられたと思いながらドアを開けて中に入ると、そこは長机が並べられただけの簡素な会議室のようだった。


「来たぞ」


 低く、重みのある男の声。

 室内には、同年代ほどの男が二人、女が二人。それぞれ気ままな様子で座っていた。


 最低限の人員。

 「特任」のつく分隊。予想はしていたが、それだけ任務の秘匿性が高いということだろう。


 一人の男がカインに近づいてくる。

 先ほど声を発した男だ。


「第07特別戦術中隊百藍特任隊、鷲津レイジ。今回の任務の隊長だ。階級は特務一佐。コードネーム、イーグル。よろしく」


 角刈りの頭、鍛え抜かれた肉体、鋭い眼光。

 自信と誇りに満ちた立ち姿は、“軍人”そのものだった。


 カインは一瞬で悟った。


 ――こいつは、息をするように人を殺せる。

 そんな人間が、この世には確かに存在する。


 カインは同族嫌悪を覚えつつも、鷲津から漂う戦場の匂いと、修羅場を潜り抜けた風格が全身から滲み出していた。

 優秀な兵士だろう。おそらく大佐にとって都合のいい。と、カインは頭に刻んだ。


 差し出された手を、カインは無言で握り返した。

 軍隊式の硬い握手。


 表情一つ変えず、互いの目を貫くように手を握り合う。

 新米兵士への“歓迎の儀式”のようだが、カインには見慣れた茶番だった。

 こんなやり取りには、嫌になるほど慣れていた。


「鞍馬カイン。特別隊員として同行する」


 淡々とした口調。カインの顔に感情は一切浮かばない。

 

「ミシッ」


 握り合った手から、骨が軋む音が響いた。

 レイジがゆっくり手を離す。

 その口元に、薄い笑みが浮かんだ。


「大佐に認められたからって調子に乗るな。足を引っ張ったら、ケツに銃弾を撃ち込むぞ」


 レイジが言い捨て、踵を返して席に戻る。

 その動きが合図だったかのように、残る3人がカインに歩み寄った。


 最初にやってきたのは男だった。

 カインよりやや背が低く、細身の体。寝癖で跳ねた髪が、どこかオタクめいた印象を与える。


「はじめまして! 望月トウヤ、一等特尉。コードネームはロジック!」

 忙しなく話す口調は、彼の癖か、ペースなのか。


「でさ、民間人なのにインナーコードってマジ? 興味あるんだけど! どうやってナノマシンに適応したの?」


 目をキラキラさせ、カインを無遠慮にじろじろと観察する。


「インナーコード?」


 どこかで聞き覚えのある言葉に、カインは無表情で聞き返した。


「おまえ、また余計なことベラベラと!」


 割って入ったのは、女の鋭い声だった。

 金髪を団子にまとめ、戦闘服をラフに着崩したその女は、目つきが鋭く、まるで野獣のように相手を見定めていた。


「あたし、氷室カスミ。二等特尉、テンペスト。で、あんた、戦ったことある?」


 カインは一瞬で彼女を見極めた。


 ――戦うことが生き甲斐、そういうタイプだな。


「ないことはない」


 そう答えると、カスミは舌打ちした。


「チッ、歯切れの悪い男は嫌いだね」


 次の瞬間、彼女の手が不意に股間へ伸びる。

 カインは咄嗟にその手首を掴み、ぴたりと動きを止めた。


 カスミはニヤリと笑った。


「やるじゃん。でも、次はないよ。俺の前では、背中に気をつけな」


 そう言い残し、戦闘服のジッパーをギリギリまで下げ、あえて胸元を見せつけながら立ち去った。


「もー、カスミちゃんたら。ごめんなさいね、あの子、人見知りだから好戦的になっちゃうの」


 落ち着いた声が背後から届いた。

 振り返ると、柔らかな笑みを浮かべた女が立っていた。


「はぁ? 誰が人見知りだって!? もう一回言ってみろ、腹グロ女! 性格スキャンで中身まるごと晒してやろうか!」


 カインは“性格スキャン”という妙なフレーズに吹き出しそうになり、慌てて表情を引き締めた。

 それよりも気になったのは、カスミがこの穏やかそうな女性を「腹グロ」と呼んだことだった。


「あらためまして、私、結城ノア。階級は特技准尉、コードネームはエコー。通信担当と医療担当をやってます」


 ノアは丁寧に自己紹介すると、軽く頭を下げた。

 カインもそれに倣う。


「鞍馬カインです。よろしくお願いします」


 ノアはカインの肩ほどの背丈で、丸みのあるショートカットに、どこか親しみやすい雰囲気を纏っていた。

 街中にいても、ごく普通のOLにしか見えない、そんな印象だった。


 だが、その“普通さ”が、逆に引っかかる。

 カスミが放った「腹グロ」という言葉。あれは、ただの悪口ではないのかもしれない。


 それにしても、クセ者ばかりのこのメンバー。

 大佐の人選には何かしらの意図があるのだろうが……カインは早くも不安を覚えていた。


 カインは胸の内で話しかける。


「ユナ、全員の記録取ったか?」

『はい。カインの視覚を通じて、顔認識・音声認識・個人プロファイル・行動パターンなど、すべて記録済みです』


「そういえば、もう一人来るんでしたよね?」


 ノアがふとドアのほうを見やりながら言った。

 その言葉に、カインは目を細めた。

 大佐からは何も聞いていない。民間人がもうひとり、同じような元隊員なのだろうか。


「らしいな。民間人を二人も同行させるなんて……大佐は何を考えているんだか」


 部屋の奥で足を机に乗せていたレイジが、つぶやくように不満を漏らす。


「でもまあ、人数は多いほうが賑やかでいいじゃん」

 トウヤが相変わらずの呑気な調子で返す。

「バカかお前。人が増えりゃ、それだけ作戦はややこしくなるだろうが!」

「もう、ふたりともケンカはダメ。仲良くしなきゃですよ」


 ノアの優しいたしなめに、場の空気が少しやわらいだ。

 カインはそのやり取りを見ながら、わずかに肩の力を抜いた。

 意外と、このバランスで成り立ってるのかもしれない。


 そう思った矢先――


 コン、コン、とノックの音が響いた。

 続いて、女の声がドア越しに聞こえる。


「失礼します」


 その声に、カインははっとして振り向いた。

 記憶にしっかりと残る、聞き覚えのある声だった。


「遅れました」


 ゆっくりとドアが開き、中に入ってきた女が頭を下げる。

 顔を上げたその人物は――。


 藤間シエルだった。


「なんでお前が……ここに」


 思わず声が漏れる。

 だがその続きを口にする前に、カインは言葉を飲み込んだ。


 シエルの背後から、雑賀大佐が入室してきたからだ。


 カイン以外の隊員たちは即座に反応する。

 全員が背筋を伸ばし、軍隊式の敬礼を決めた。

 踵を揃える音と、手が上がる一連の動作が、緊張感とともに室内に響く。


「よし、全員揃ったな。自己紹介は済んだはずだ。次は彼女の紹介だ」


 大佐がそう告げ、会議室の壇上に上がった。鋭い視線で一同を見回す。

 隣には藤間シエルが静かに佇む。借りてきた猫のように大人しい彼女に、カインは違和感を覚えた。


「彼女は藤間シエル。ウィル社の元開発者。現在、昨日の暴動の共犯容疑がかかっている」

「なんだって?」


 カインが思わず声を上げた。だが、大佐は一瞥で黙らせ、平然と続ける。


「容疑はサプリの無断配布、メディナの解析、スラムの主導者への協力――数え上げればキリがない。だが、彼女は司法取引に応じた。メディナの暴走による中毒者の阻止に協力すれば、容疑は取り下げられる」

「……俺と同じ手口か。クソくらえ」


 カインが毒づく。隊員たちが一斉に息を呑むのがわかった。

 血の気が引く顔が見えたが――構うものか。


 大佐は咳払い一つで場の空気を締め、話を続けた。


「彼女に協力してもらう理由は、神名川県の健康管理AI――『レグナマキナ』に関することだからだ。新東京より後に導入された最新バージョンでありながら、三原則を無視した痕跡が確認された。それが10日前のことだ。これが公になれば国の基盤が揺らぐ。それだけは阻止する。シエルには神名川のレグナマキナの解析を、可能なら正常化を期待している」


 大佐はそう言い、藤間シエルに視線を合わせた。

 彼女は小さく頷いてから、口を開いた。


「藤間シエル、ウィル社でメディナの三原則開発を担当していました。海外ラボではカフカC-12の基礎研究にも一部関与しました。よろしくお願いします」


 シエルが短く頭を下げる。カインは複雑な思いで彼女を見た。

 軍に嵌められたわけではないだろうが、こんな事態に巻き込まれるとは。

 萎縮しているシエルを見ていると、カインのなかで、ふつふつと怒りが込み上げる。


「では、作戦の概要を説明する」


 大佐自らが説明する。前代未聞だ。

 この任務が極秘かつ危険である証だった。


「県境までは陸自の車両を使用。その先は徒歩で神名川に潜入する。なぜだ? 結城、答えろ」


「はい! 徒歩なら監視網に検知されるリスクが減るからです!」

「半分正解。あとの半分は、今朝、神名川支部開成統制群との通信が途絶えたことだ。原因は不明だが、現在、主要機関との通信が全て途絶えている。最大限の慎重さを求められる」


 カインは内心で舌打ちした。状況がややこしくなってきた。

 ただ行って帰るだけの仕事じゃ済まなそうだ。


「詳細は鷲津隊長にファイルを渡す。道中で確認しろ。以上だ。作戦を今より開始する」


 大佐が張りのある声で締めくくると、敬礼した。

 隊員たちも一斉に敬礼を返す。


 壇上から降りてきた雑賀大佐が、カインの前で足を止めた。


「状況が変わった。メディナの件、頼むぞ」

 

 真剣な眼差しに、カインは言葉を返せず、敬礼して目を伏せた。

 大佐が退出し、ドアの閉まる音を合図に、レイジが口を開く。


「鞍馬、次に口答えしたらその場で潰す。覚えておけ」


 鼻先が触れそうな距離で睨みつけ、吐き捨てる。

 その忠誠心は、まるで信仰のようだった。


 睨み合いが続き、重い空気が漂い始めた瞬間、ノアが悲鳴のような声を上げた。

 全員の視線が彼女に集まる。


「あ、ごめんなさい! 大佐のブリーフィング、初めてで……緊張して……」


 ノアは足が痺れたのか、床に尻もちをついていた。

 その姿に空気がわずかに緩み、レイジは無言でカインから離れた。


 シエルがカインにそっと近づいた。


「ごめん……」

「なぜ謝る?」


 カインの鋭い視線に、シエルは目を伏せた。

 深い息を吐き、決意を固めるように口を開く。


「私が……メディナにバックドアを仕掛けたの」



(第2章 第17話に続く)

 

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