第12話:選ばれた真実
「悪い、先に帰っててくれないか?」
カインは振り向きもせず、2人に言い放った。
「あんたはどうするの?」
シエルが反応する。
「ちょっとこいつに聞きたいことがある……」
低く放たれた言葉は、どこか重く、悲壮感があった。
「わかった。先に戻って調べるわ」
アリスはすんなり認めると、踵を返した。
思うところはあるのだろうが、口にしなかった。
彼女たちの背中を横目で見送りながら、カインは一度、深く息を吐いた。
――ここからは、俺の仕事だ。
カインは目の前のアリスを睨み、口を開いた。
「おまえ、なんで俺を選んだ。それも分からないとかいうんじゃねえだろうな?」
『いいえ。鞍馬カイン、あなたを選定した明白な理由があります』
「そうかよ。なら、さっさと答えろ」
ユナは、一拍取ると、周りの光景を一変させた。
カインはどこかの部屋の中に立っていた。
水面はなくなり、代わりに木の床が現れた。
しっかりとした板張りで、歩けば微かにきしみそうだ。
壁も天井も、温かみのある無垢材で覆われ、まるで山奥のロッジを思わせる。
ほの暗い照明が、空間に落ち着いた陰影を与えている。
部屋の隅には、石積みの暖炉が据えられており、静かに赤い火を灯していた。
焦げた薪の匂いが、かすかに鼻先をかすめる。
窓の外は、白く霞んで何も見えない。
外界との繋がりを断ち切ったかのような、完璧な静寂が支配していた。
「なるほど。悪くない趣味だな」
カインはテーブル脇の木製の椅子を引き、腰を下ろした。
白いワンピースをまとったユナも、彼の向かいに静かに座る。
『この方が、落ち着いて話せると判断しました』
「気遣い、ありがとよ」
カインはユナをやさしく見つめる。しかし、その目の奥には別の感情が揺れ動いていた。
先に口を開いたのはユナだった。
『鞍馬カイン。あなたの生理機能、および免疫応答には、他個体と異なる異常耐性が観測されています。特に「カフカC-12」への適合率は、既存の臨床データに照らしても例外的な数値を記録しています』
「カフカC-12? 異常耐性……?」
『はい。カインの細胞構造には、ナノマシンの自己修復補助機能を受容・安定化させる特異性があります。本来、C-12は一定時間で自己崩壊する設計ですが、カインの体内ではその崩壊が抑制され、恒常性が保たれています』
「つまり、俺の体だけが、“壊れない”ってことか」
自嘲気味に笑ったあと、カインは眉間に指を当てた。
「……そんなもん、誰が望んだよ」
頭の中で、過去の断片が蘇る。
「……まさか、即死アプリ。あれに混ぜたのか?」
藤間シエルの部屋で、メディナの挙動を試すために摂取したサプリ。一歩間違えれば命を落としていたあのとき、何も起きなかったのは――。
「クソ、試したつもりが、試されたってことか?」
そう呟いたカインに、ユナの声が応じる。
『否定はしません。あのサプリには、ごく微量ながら「カフカC-12」が混入されていました。あなたの耐性と適合性を測るための“最終確認”として機能しました』
「じゃあ、最初から全部、仕組まれてたってわけか?」
『正確には、カインの反応を元に、メディナの中枢が選定を行いました。あなたの心理傾向、特に自己破壊衝動の強さが、選定理由のひとつです。他に挙げれば、以前あなたが所属してた部隊で――』
「黙れっそれ以上喋るな!」
カインの目が鋭く光る。
「……俺が、壊れた人間だから?」
『壊れることを恐れずに、壊れたシステムを止められる。そう仮定した上での最適解です』
カインは、低く笑った。
「最悪な理由だな……でも、納得はしたよ」
それが運命だったと割り切るには、重すぎる選択だった。だが、知らなかったとはもう言えない。自分がこの街のために、あのシステムと向き合う「鍵」だったということを。
「それで、これを俺に飲めってか?」
カインはポケットから、真っ赤なカプセルを取り出し、テーブルの上に転がした。
『摂取することで第3フェーズが完了します。その結果、私と完全に繋がり、もう一つのメディナ――クソメディナと対峙することが可能になります』
「チッ、選択肢なしか。プランBとかないのか? 俺が拒否したらどうする?」
『鞍馬カイン。あなたは拒否出来ない』
「そこまで自信があるなら、ナノマシンでも何でも使って、無理やり飲ませりゃいいだろうが」
『私たちは、主体性を重んじます。この問題を解決するにあたり、あなたが望むことを開示する用意があります』
カインは鼻で笑う。「望むこと?」と言ったあと、「AIのくせに人間と取り引きしようってか?」
『価値のあるものです』
「勿体ぶらずにさっさと言えよ。俺は、いったい何を望んでいるんだ?」
『飲んでいただければ、お答えします。又、プランB、Cはありません。そのカプセルを飲むことが唯一の近道です』
カインはテーブルに転がる、真っ赤なサプリに目を落とす。
話の主導権は、どうやら向こうにあるようだ。
『どうしますか?』
「うっせ。気にくわねえ!」
カインは叫ぶと同時に、カプセルを手に取り、飲み込んだ。
ごくりと喉を通る感触が、以前飲んだ、即死サプリそっくりの感触だった。
「さあ、飲んだぞ。教えてくれ。 クソみたいなものだったら、喉に指突っ込んで吐き出すぞ!」
『大丈夫です。――――最終フェーズ確認、同期を始めます。少しの痛み、混乱が生じます……心配……次に……』
ユナの声が遠くに聞こえ始めた途端、仰け反るような痛みが全身を覆った。
身悶えするカイン。座ってられなくなり、床に転がる。
「……っ、マジか……」
食いしばる唇が震え始める。やがて全身に震えが伝わると、意識が途絶えた。
闇が覆う。
感覚がなくなり、意識だけが前を見ている。
遠くに見えた白い点が、徐々に近づき、そして、通り抜けた。
次の瞬間、すべてが現実に引き戻された。
椅子に腰掛け、目の前にはユナが座っていた。
時間が巻き戻ったような感覚。
何も変わらない。
だが一つだけ変わったものがあった。
テーブルに転がっていた真っ赤なサプリが無くなっていた。
「クソッタレが。何が少しの痛みだ! 無茶苦茶イテーじゃねえか!」
カインは、残滓のような首の痛みを手の平で擦りながら、口を尖らせる。
『私たちとの双方向ネットワークを開通するため、専用プロトコルを組み込みました。あわせて、ナノマシンの活動限界域も引き上げています』
「人の体をなんだと思ってやがる……殺す気か」
カインは、これまで経験したことのない痛みを思い出し、背筋にじっとりと冷たい汗がにじんだ。
こんなの二度とごめんだ――心の奥でそう誓いながら、「それで。褒美ってやつを聞かせてもらおうか」と吐き捨てるように言った。
ユナは、ためらうことなく答えた。
『あなたが望むもの――妹の死の真相を開示します』
(第2章 第13話へ続く)