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13 声なき契約と、ひと箱の贈りもの

崩れた床板の破片と濡れていない木材を集め、石の上に火を起こしたところで、俺は大きく息をついた。

「よし、じゃあ“峠メシ”を作ろう」

そうはいっても、干し肉だけじゃやっぱり心許ない。

せっかくだから、もっと“うまいもの”を用意してやりたいんだよな――

レオンもあいつも怪我しているし、なるだけたっぷり栄養のあるものを食べさせたい。


雨と風は相変わらずだが、橙色の炎がほんの少し光をもたらしてくれる。

そばでは、足を伸ばして座るレオンが「ふぅ……」と短い息を吐いた。

そんなにひどい怪我じゃないとはいえ、無理はできないらしい。

隣にいるあいつもまだ安静にしていてほしいが、ふと視線を落とすと――その小さな角は、微かに虹色を帯びているように見えた。


「すまないが、足がまだ痛む。探すのは頼んでもいいか?」


「もちろん。俺も火が落ち着いたし、奥のほうに箱がいくつかあったはずだから、ちょっと探してくる。さっきの干し肉をどうするにしても、他の材料があれば助かるし」


レオンが苦笑いして顔を上げる。

「さっきからその『峠メシ』ってぇのが何なのか知らねえが、まあ美味いなら嬉しいさ」

「おぅ、まかせとけ。できるだけうまい飯を作るよ」


あいつがこちらを見上げるが、あまり足を動かさず静かに耳だけを揺らしている。

「大丈夫、急にウロウロしなくていいからな。安静にしててくれ」

そう声をかけてから、俺は壁際の暗いスペースへ足を向けた。


雨ざらしになった板や柱の隙間を抜け、奥へ進む。

ここは村人や旅人が非常時に使う場所だったらしく、木箱がいくつも積まれていた。

「整然と管理されてるわけじゃないけど……案外ちゃんとしてるな」

蓋をそっと開けると、意外にも状態のいい食材がいろいろ入っていた。


玉ねぎらしき根菜、にんじんらしき根菜、堅めのパンらしきもの、チーズらしき塊、透き通った琥珀色の液体と、なにか獣臭い白濁色のものが詰まった、二つの小さな陶器壺が並んでいた。

玉ねぎらしき根菜を手に取った瞬間、視界の端にパッと淡い文字が浮かぶ。



【名称:アームリッジ根球】

〈玉ねぎ。少し辛い。加熱で甘くなり、料理にコクを加える。毒:無/辛味:中〉



「なっ……何だ、今の? ウィンドウ?」

驚きのあまり声を漏らしているうちに、ゆっくりと文字は霧散する。

こんな能力は持っていなかったはず……。

確かに“星契”で効率は上がってるけど、今までこんな鑑定みたいなのはなかったのに。


次ににんじんらしき根菜を掴むと、同じように――



【名称:フィルダム根菜】

〈にんじん。ほんのり甘味がある。サラダや煮込みに最適。毒:無/甘味:中〉



「これもかっ!? しかも何だ、名前が……。『フィルダム』がこっちでの呼び方か?」

前に山ブドウや栗を拾った時はこんなウィンドウが出たことはなかったのに。どうして急に?


ふと浮かんだのは、さっき倒木から助けられたときのことだ。

あいつが命懸けで俺をかばった――その瞬間から、角を起点に、言葉にならない繋がりが生まれた気がする。


――にしても、この根菜は地球で見た玉ねぎと見た目がちょっと違う。

それなのに「玉ねぎ」「にんじん」と断定してくるとは……どういう基準なんだ?

まぁなんにせよ、毒がないことが一目でわかるのはありがたい――


堅いパンらしきものやチーズらしきもの、そして琥珀色の液体に獣臭い壺を順番に手に取る。


【名称:クラスト】

〈硬パン。歯ごたえがある。淡い麦香が口内で広がる。毒:無/硬度:高〉


【名称:ラミア乳カルヴァ】

〈パルミジャーノチーズ。塩気があり熟成香が濃厚。毒:無/塩分:低〉


【名称:ベカル蜜】

〈ハチミツ。高品質。高級品。毒:無/糖度:高〉


【名称:ホッグ脂脂】

〈ホッグ由来の精製された食用油脂。風味が強い。毒:無/保存性:中〉


隣の箱には鍋や木皿もあった。古びてはいるが、穴やひびは最小限。


【名称:小鍋】

〈状態:微錆あり 使用可能〉


「まじか……道具まで判別してくれるのかよ。便利すぎないか?」

苦笑しながら手に取ると、そこで、裏手の樽に気づいた。

朽ちかけの木樽が雨水を受けていて、中を覗けばそこそこ澄んだ水が溜まっている。

試しに目を凝らすと、短い文字が瞬き。


【名称:雨水】

〈やや土っぽい匂いが残る。煮沸すれば安心して飲める。毒:無/不純物:あり〉


「なるほど……要煮沸、ってことね」


材料や鍋、そして雨水まで確認を終えると、俺は全部まとめて抱えて焚き火の明かりへ戻る。

レオンが目を丸くして声をかけてくる。


「おいおい、すげえな。いろいろ見つかったじゃねえか」

「ああ。パンやチーズ、それに玉ねぎとにんじん――おまけにハチミツみたいな甘い液体まで。干し肉も合わせれば充分豪華になる」

「あいつも喜ぶだろうな。――ん? 何か浮かない顔してるようだが?」

「いや……ちょっと変わったことがあって…な、まぁ、後で考えるさ。とりあえず、今は調理を始めよう。栄養満点の飯を作るぞ」


あいつもこちらを見て、軽く尻尾を揺らす。

ケガした足はほとんど痛がっていないようだが、早く食べさせて元気にさせたい。


「よし、これだけ食材があるならバッチリだ」

レオンにもあいつにも、しっかり食わせてやりたいし――俺自身もな。

一度腰を下ろして、焚き火の近くに置いてあった干し肉にも手を伸ばす。

試しに手に取ると、やはり淡い文字が浮かんだ。


【名称:ロッグルのソルダ】

〈ロッグルの干し肉。筋張っているが保存性に優れる干し肉。うまい。毒:無/塩分:高〉


「これで、本当に食材は揃ったな……」

こうして準備は整った。あとは実際に鍋を火にかけ、調理を始めるだけ――


もう作る“峠メシ”は決まっているのだ。

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