第八十八話 生きるための教え
木々の間を駆けて統率の概念という化け物から逃げるユールとユフェルナとミクバの3人。
統率の概念は翼を羽ばたかせて悠々と追いかけながら空から見下ろすと共に3人へ掌を向ける。
その殺意に気づいたユフェルナが足を止めて振り返りながら片手に杖を出した。自身の身長と同じくらいの大きい魔法の杖だ。
「……っ」
殺意に怯むな、と自分に言い聞かせて上空にいる統率の概念の前に竜巻を起こす。しかし一瞬にして竜巻は打ち消され──統率の概念は向けている掌を握りしめる。
それを間一髪ユールが獣魔物を身代わりにユフェルナの前に襲い掛からせ、その獣魔物が爆散した。
「──私1人で気を引いてきます」
それだけ言うとユールは左手側へと逸れて走り出す。
それに目を見開くユフェルナだがとやかく言っている暇もない現状に歯を食い締めた。
「殺人鬼がッ」
元処刑課のユフェルナにとってニベ・ユールという人を殺すことに愉悦を覚える人間は理解できない。理解しようとも思えない。
しかしサボりだとか自由翻弄な殺人鬼でもここぞで動ける力があることを認めざるを得なかった。
それと同時に殺人鬼よりも劣ってると思いたくないしシラ・フラブに思われたくない。
ただ今やることと言えばユールの言っている通りにいち早くフラブと合流すること。
それを知っているからこそ地面を強く踏み込み、息を切らして前を走っているミクバの横を通り過ぎると同時に腕を掴んで前へ走る。
「罠は?」
「っも少し。ボクだって……元処刑課だからね」
息を切らしたミクバはユフェルナの背中を悲しそうに見つめながら力不足を噛み締めた。
** ** * ** **
1人で横に逸れたユールはタガーナイフを右手に握り、横目で統率の概念を見上げる。
統率の概念は変わらず淡々としてユフェルナたちに掌を向けようとしていた。
「……どうでもよかったのに」
本当にどうでもよかった。
人の命も死ぬとか生きるかとかも、ましてや自分が誰にどう思われているのかすら。
ただ人の絶叫を聞いて人を殺して生きていければ、それだけで満足できた。
いや、自分は恵まれているのだと満足させてきた。
──人の痛々しい悲鳴を聞く瞬間が、唯一、生きることの辛さを共有できているような気がしていたから。
生きることは辛い。
目の前で泣いている母や魔物に食い散らかされている大勢の人が目に染み付いているから。脳裏に焼きついて呪いのように離れてくれないから。
母と離れたあの昔──人の悲鳴を聞いて誕生日プレゼントだと思えたのは自己防衛が発揮されたからだ。
フラブに言われた『生まれる世界が誰よりも合ってる人間だろう』という褒め言葉。
本当にその通りだと我ながら思う。
人の悲鳴や恐怖を快楽として愉悦として覚えられた自分はどれだけ幸せか者か。この生きるか死ぬかの世界に絶望している人と比べれば十分に幸せ者ではないか。
「そう思わないと……」
心が壊れそうなんだと。
誰が好き好んでこんな世界に生きたいと思うか。
見下ろして、ユフェルナとミクバの方に手を翳している統率の概念にタガーナイフの先を向けた。
「だから私は──」
頭も身体も理解していた。
この状況でユフェルナやミクバを統率の概念から守らなければ永遠に後悔すると。利己的に動いて生き延びれば、人の恐怖や悲鳴が永遠の快楽に変わってしまうことを。
それでも囮とか駒になるような死に急ぐ馬鹿に自分がなるなんて思ってもなかった。
それも全て悦びに変えて。
──自身の魔力を纏わせて投げたタガーナイフが刹那に統率の概念の翼を貫いた。
「……ッ」
どうせ囮だろうと視野にすら入れていなかったユールから投げられたナイフに眉を顰める。
すると瞬く間にタガーナイフが追い打ちで3本、羽ばたいている羽根に突き刺さった。
「このっ……」
ナイフから羽根にユールの魔力が流れ込んで、統率の概念は足首に錘がついたかのように地上へと落とされた。
「──フラブ様に命を授けたんです」
そう言いながら冷たい目で落下地点を見つめるユールは心の中で軽くため息を吐いた。コートの内側に予備として複数隠していたナイフの在庫が切れたから。
空を羽ばたけるという強み。
統率の概念だろうと視界に入れていない者を爆散させるのは不可能だろうとの判断が的中した。
だからこそ統率の概念は爆破させるために皆を視界にいれられる空から見下ろすのだ。
──その直後、最後尾であるミクバの背後に天よりも高く横にも大きい壁が形成された。
間一髪にもミクバたちが逃げている側に避けたユールは咄嗟に身構える。だがその必要はなく安心したかのような優しい表情で肩の力を下ろした。
統率の概念が落下した地点から見慣れた魔力の気配が確認できたからだ。
** ** * ** **
その天より高い壁は魔力から見るに元処刑課のミクバが形成したものだ。
その壁に足を止められた統率の概念は眉を顰めて爆破させようとしたが目を見開いた。
背後から伝わる殺意に──
「初めまして、統率さん」
そんな少女の声と共に統率の概念は目を見開く暇もなく腕ごと胴体を拘束される。
** ** * ** **
彼女が居るはずがない。
この場所に来れているはずがないのだ。
知恵の概念を言いくるめたか、撒いてない限り彼女がここにこれる訳がないから。
しかし言葉を失いながら恐る恐る振り返ると、やはり彼女だ。この身体の持ち主であるシラ・コウファの妹シラ・フラブで間違いない。
フラブは優しい表情ながら統率の概念を見つめる目だけは優しくない。それでいて拘束されてる統率の概念へと余裕を持って両手の掌を向けている。
「眠い目を擦ってる暇があると勘違いしていたから、この状況が出来上がったんです。すぐに殺せばよかったのに貴女は人間を舐めて泳がせたから負けたんですよ」
その言葉と同時に統率の概念はシラ・フラブがここにいる理由に納得してしまった。彼女の頭上に化け物という編みぐるみの姿をしている魔力の概念が座っているから。
それと共に自分は負けたのだと理解した。
何より作りの親である魔力の概念という化け物に勝てるわけがないのだから。
「貴方みたいな能無しが敵でよかった。敵でいてくれて、ありがとうございます。さようなら」
直後にシラ・コウファの身体から統率の概念らしき青紫色に光る球体が空に浮かび上がる。
それは至って知恵の概念と同じ方法。
──適応魔法『適出』を使い、ついでに混沌魔法『離分』で無理矢理に概念の実体化を弾き出した。
編みぐるみたる化け物は覚悟を決めて統率の概念である青紫色に光る球体へと掌を向ける。
「……っ」
──しかし統率の概念は死を覚悟したからこそ生存奉納で魔道具『ドア』があった場所へと来た道を戻った。
逃げていると言うより明確な目的を持ってあの広い間へと素早く戻っている。
行く道には大きな壁があるからか、だとしても転移というものを使えば良いと思う。でもだからこそ『ドア』を求めているとしか見えない。
「化け物。貴様はここで待機」
嫌な予感からそれだけ言い残すと統率の概念が逃げた方へと振り向いて強く草を踏み込み、──颯爽と木々の間を駆け抜ける。
そのフラブの背を見つめる化け物はうっとりと顔を赤くして鼓動が高鳴った。
「やっぱり……好きだなぁ……」
森らしく木々に囲まれていて開けている場所に不老不死が隠していた魔道具『ドア』がある。
ただそのことしか分からないフラブは木々を避けて粗雑に生えた草を踏み躙って突っ切った。
──木々の終わりが見えてきて、念には念を右手に鉄剣を構える。ついでに魔道具『ドア』を拝めるかなと思いながら速度を落とした。
** ** * ** **
木々の間に立ち止まり開けている場所へ顔を出す。
──そこには統率の概念が横たわるカミサキの死体へと入ろうとしていた。
「……は?」
来たばかりのフラブには理解が追いつかない。
そこにヨヤギ・カミサキの死体があって、それは友達の死体で、勉強を教えてくれた人の死体で。何よりアレはカミサキの死体であっているのか、違うに決まっていると永遠に自問自答を繰り返している。
ずっと前に死んでいるって聞いていた。
生きていてほしいとは願ったが、姿も見当たらなかったしアリマも死を否定しなかった。
── もし隠していたとしてと何のために……? 私が信用ならなかった……?
今考えるべきはそれじゃない。
わかっている。
でも、見間違いようがないのだ。赤色と黒色の長いツインテールに黒色の着物に桃色の羽織物を着ているヨヤギ・カミサキに違いないのだ。
友達の死はもう見たくないと、そう思っていながら目の前に唐突に死を突きつけられる。
何も知らないフラブに、優しく魔法や常識や色んなことを教えてくれたカミサキ。出来ることが少なくても、自分にできることを最大限頑張っているカミサキ。
どれもこれも友達ながら尊敬してしまうほどにフラブの中では存在が大きかった。
そんな人が、それほどまでに輝かしい人間の死体にフラブはただ唖然とするしかなかった。絶句した。
── 誰が殺した……生きてたなら……もう……違う誰がどうして、人を殺す……あの人を……
心の中までも途切れ途切れになるほど息が苦しくなる。
誰が『カミサキ』を殺したのか、とカミサキの名前を言うことはできなかった。
それこそ死を認めてしまっているかのようで受け入れられていないからこそ言うことができない。
わかってる。こんな時こそ動揺してはいけない。
それが命取りになるのだから人が死んだときこそ冷静さが求められることは理解している。
それでももう、手遅れだ。
既にカミサキが死んでいる、と言うことだけでなく統率の概念がカミサキの死体に入り込んだ。融合した。
剣を握る自分の手は震えている。
「……ぁぁ、うぁ……」
うめき声を上げることしか出来ない。息が荒い。
自分の心臓が耳元にあるかのように音が大きく太鼓のように聞こえてくる。
動けないから──今にカミサキの死体が起き上がる。
統率の概念に入られて、自分が受け入れられないからカミサキの身体を使った統率の概念がこちらを見ている。
だからこそ剣の柄を両手で強く握りしめて、ゆっくり統率の概念の元へと歩き出す。一歩、また一歩と距離が縮まるごとに頭の中が涼しく整理されていった。
「オマエ、尻尾巻いて逃げないってことは、それなりにプライドがあるってことだよな?」
弾け飛びそうな怒りの中でも、かち割れそうな頭の中でも、心の表面は冷静に。
どちらかと言うと皮肉にも怒りが消えて冷静さが前へと出てきているのだろう。
「ないな。そんなものは。適性がない器は力が最大限に発揮できない。でも貴様にはこれで十分だろう」
プライドはないと言い切る。だが概念の実体化になればプライドという言葉すら脳にないのではないか。
しかし──「カミサキさんの声で喋るな」という掠れた声が何よりも反射的に喉から出ていた。無意識にも口パクをしているように、釣られて声が出ているような。
「その眼で見るな。それはオマエのじゃない。カミサキさんのだ」
やはり掠れてる。自分で言っていて驚くほどに怒りで掠れて小さな怒りがこもっている声だ。
『──人から大切なものを奪う奴に人権なんてない』
過激な思考かもしれないが、多くの大切な人が知らぬ間に命を奪われていた。そしてフラブは命こそあるが、自分の命よりも大切な人の生存を何度も奪われいる。
「もう我の……」
「うるさいって言ってんだよッ! 喋るな汚物ッ!」
声を荒げて、地面を今まで以上に強く踏み込んだ。
《何もかもが嘘であってほしい現実だった》
──ミリエも、キュサも、アオトも、イミアさんもフラブにとっては友達に等しい面々で汚物に殺された。
──過去を思い出して好意を自覚した頃にはアマネは汚物に殺されていて既にこの世にいなかった。
──アオトはこれから友達になれそうだったのに、なる前に汚物に殺された。
──サヤさんは別の方面で輝かしくて師のように慕っていたのに汚物から幼児を守るさいに殺された。
──カケイは初めて出来た友達で、永遠に友達で、それでも汚物共のせいで側にいられない。
《もう誰にも死んでほしくない》
──例えそれがエゴだとしても。
──守らないといけない。
──『守ればいい。君はもう強い。今までの過ちも全て君の経験として宝となり未来に活かせる。俺の知る君は他人の為に死ねる子だ』
そんなアリマの優しい言葉が脳裏をよぎった。
修練島で起こった惨劇後に言ってくれた、落ち込む背中を押してくれる言葉。
更に更に地面を力強く踏み込んで瞬く間に統率の概念の前へ姿勢を低くして現れる。
「……っ」
「眠い目擦ってろよッ! 永遠にッ!」
低い身長のカミサキの身体だから、姿勢を低くしてもそう目線が低くなることはなかった。
しかし──振り上げる刃は間一髪、統率の概念が後ろへ半歩下がったため空振りとなる。
瞬く間に目の前へフラブを目掛けて爆破を起こす。
それは地面を踏み込んで軽々と避けて──右足を横に肩幅より大きく開いて、そのまま重心を右足に移した。
その同時に左足を強く踏み込んで右側から背後へ小回りして背中を全力で振り下ろす。
カミサキの背中だ。
誰がどう見ようと優しく笑いかけてくれたカミサキの子供らしい背中なんだ。これは。
それでも『守るために殺す』しか人を殺して来たフラブには出来ることがない。
──しかし、一瞬の躊躇が生死を分ける隙となった。
ほんの一瞬のことだった。目の前に灰色の煙が立ち上ると共に剣を握りしめている腕に痛みが集中する。
今までの経験上、何度も死を乗り越えてきたため理解するまでにそう時間はかからなかった。
「────ッ!」
片腕が爆散したのだ。それは不幸中の幸い聞き手でない左腕だろう。腕に痛みが走ると共に力がないためもう肘から下は両腕とも繋がっていない。
爆風の衝撃で後方へと吹き飛ばされる。
周りを囲っている木よりかは数メートル前だが右手に握れている剣の刃を地面に差し込んで受け身を取った。
予想通りだ。左肘から溢れ出ている赤い滝が草が生い茂っている地面を打ちつけている。
感覚を失っている左肘を凍てつかせて冷静に止血した。
失血死をするなんてゴメンだから無理矢理の止血で痛みを我慢しないとダメなのだ。
「戦なれしてるな」
そんなフラブの方を横目で振り返る。
しかしフラブのこの行動は自覚すればするほど冷静さに欠いている。適応魔法『適出』を使い、混沌魔法『離分』で無理矢理に概念の実体化を弾き出せばよかったからだ。
近日の連戦続きの影響で出血量が多い。
少し、ほんの少しだけ頭の内側が金槌で叩かれているかのようで視界が歪んでいる。
統率の概念からしてみれば人間は憎いものなのだろう。
でも、それでも全ての人間が憎むべき対象ではないとフラブは知っている。
現に不老不死は憎んだとしても幼いキヨリちゃんやコヨリちゃんを憎むのは可笑しいだろう。
「極端なん……っだよ。オマエも、皆んな。その方が楽だからなぁっ……!」
憎ったらしい言い方で統率の概念を嘲笑う。
そして口角を上げて放っているその言葉は自分自身を嗤っているものでもある。
そうだ、ハイになった方が楽なんだ。
何もかも放り捨ててエゴのまま生きて、それでまた己を嗤って生きた方が何倍も楽だ。
嘲笑う以上の笑みだ。これが何の笑みなのかは自分でもわからないし、こんな状況で笑える奴なんて頭がおかしいとも思う。
「教えてやるよッ! 人間が! ──どうして高みへ行けるのか! 強くなれるのかッ!」
左肘を凍らせた氷で肘から下の腕をつけたし左手を腕を形成していく。それを見ている統率の概念は唖然として見事なまでに言葉を失っていた。
身体の欠損部分を氷で補うなんて聞いたことがない。
しかもフラブは『それ』を動かして剣の柄を『両手』で握りしめているのだ。
感情値数が薄いと自負している統率の概念ですら根深く残るような寒気がした。背筋が凍てつくような全方向から殺意にあてらているかのような鋭い寒気だ。
繋ぎの器としているヨヤギ・カミサキの幼い肌も身の毛もよだっているように思える。
臆れている。人外が──シラ・フラブという人を守るという面でのみ天才を超えた化け物に。
ただ1回、瞬きをした。全くないと言ってもおかしくない隙にフラブが視界から消えた。──と共に視界が天と地が横転して慈悲もな地面へと落下していく。
首が斬られた。
かと思えば斬られて神経が繋がっていない胴体も落ちていく最中の頭も冷たく凍てついる。
「他人に優しくなれるから何倍にも強くなれるんだよ──!」
それだけ冷静に言いながら統率の概念の背後で伝える。
統率の概念が最期の最後にやっとの思いで見たのは剣を鞘に収めたているフラブの姿だった。
凍てついている全身が氷へと変わって破壊魔法で完膚なきまでに粉々にされたからだ。
──適応魔法『適出』
──混沌魔法『離分』
無理矢理に概念の実体化を弾き出すと微塵も残らずにカミサキの遺体が空気中にある魔力に変換された。
すると後を追ってきた化け物がフラブの魔力に反応して木々の間から顔を出し──咄嗟の判断で統率の概念へと腕を伸ばす。その化け物の周りには案内についてきたユフェルナやミクバ、ユールの姿がある。
「ごめんな……」
と悲し気に言うと統率の概念の青紫色に光る球体は言葉を失うがまま瞬く間に消滅した。
** ** * ** **
ただフラブは立ち尽くした。
何がどうしてカミサキは遺体さえ残らないのか。
こんな光景を見ると無性に死にたくなるし、死んだ者のためにも死んではならないと釘が刺される。
「…………」
友達の死体を前にして黙り込むフラブを気遣ってユフェルナたちは森の中から見守っている。
生きていてほしかった。
生きてまた話がしたかった。
その気持ちを、どうしても堪えきれない気持ちが、ぼたぼたと涙になって次々に溢れ出てくる。
どうしたらいいのか、どうしたらまた話せるのか、死んだら話せないだろう。でもカミサキと楽しく話していたあの時間に戻りたいと、また戻ってきてほしいと、自問自答が繰り返されて頭の中が騒がしい。
「カミサキさん、私、とっても楽しかったんですっ……カミサキさんと話すことが……! だからまた話しましょうよ……私に勉強を教えてくださいよっ……」
死んだ人は何も話せない。
それがわかっていても、わかりたくない。
これからどうすればいいのか、どうすればカミサキとまた話せる。息が苦しい。
仇討ちしようにもカミサキを撃って殺した不老不死は既に死んでいる。それを知らないフラブでもここで戦った形跡と見当たらない『ドア』を思えば理解できる。
「…………カミサキさんならきっと……」
──フラブは知っている。
どんなに泣いても死んだ者は生き返らないし時間なんてものも巻き戻らない。キュサやミリエ、それにコクツや、アオイとアマネも含めて大勢の命が亡くなった。
だからこそ、立ち止まってる時間なんてない。
これから起きるであろう武力、情報、礼節の概念を眠らせて殺さないといけないから。
その上で犠牲を生んでしまった以上、弱い自分を呪いながら──戦うしかない。
** ** * ** **
すると背後から木々を掻い潜って一目散にこちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。
不思議に思いながらその方を見ると足を止めては息を整えているユールと目があった。
「ニベか……よく生きてくれた。死人は?」
フラブの姿を確認するなり安心したかのような明るい笑みを溢すユールは勢い良く飛び込むようにフラブへと抱きついた。
「わ……っ!?」
「命を預けてよかった……!」
生きてここに来てくれるだろうと信じていた。
その勝手な信頼に100パーセントで応えてくれるフラブにはこの命を預けられる。
急に抱きついてきたユールに困惑しながらもフラブは優しい表情でユールの背中を撫でる。
「それにしても統率さんを上空から落としてくれたのはニベだろう? 助かった」
するとミクバが設置していた壁が降りた。
これが統率及び知恵の概念、また長らく執念を繰り広げた不老不死との終戦の狼煙になる。
──そしてその場にゆっくり歩み寄る形で合流した元処刑課のユフェルナとミクバは、眠っているシラ・コウファの腕をそれぞれ肩に回して回収していた。
そんな兄を見つめるフラブは自分の胸に軽く手を置いて深く瞬きをした。
「お兄様……私、少しは強くなれましたよ」
** ** * ** **
それからヤギ家本邸への階段を上るフラブの後ろをついて行くミクバは空気を読んで何も言えなかった。
ユフェルナとユールはもう別の事案へ動いているにも関わらず、自分は戦う能力がないからフラブと共に本邸へと戻るしかない。しかもいつ敵が来てもいいようにフラブに守ってもらっているようなものだ。
「ミクバさん。今度、一緒に洋服を買いに行きませんか?」
「……えっ?」
急に誘われたことに対して疑問符を口にするミクバはフラブの背中を見つめる。
「私、服のセンスとかわからないんです。だから前はキュサに見てもらったりして………女子会といいますか、服のアドバイスが欲しくて」
「……ボクでいいんですか?」
静かに答えた。そのミクバの物悲しい目には嫌になるくらい涙が留まって、役に立てなかったという劣等感が映し出されている。
魔道具ドアに入ったのもユフェルナの手伝いだからで逃亡戦でも大した活躍は望めなかった。
「ええ。ぜひ」
その声はミクバと同じくらい静かだ。
** ** * ** **
階段を上り終えると見慣れたヨヤギ家の建物がある。
大きい和風な建物で、実家みたいな安心感があって、フラブにとっては第二の故郷とでも言おうか。
目線を下げると玄関の前に着ぐるみではなく薄い青色の着物を着こなしているヨヤギ・アイネがいた。
フラブと目が合うなり険しかった顔が晴れて小走りで歩み寄ってくる。
「フラブさん、大丈夫でしたか? お怪我は?」
濁った青色の瞳を輝かせながら上機嫌にフラブの前で足を止めるも、そのフラブの悲しさを堪えている表情と氷で補っている左腕の肘下をみて歓喜の言葉を呑んだ。
「……カミサキさんが、カミサキさんが死にました。殺されたんです。不老不死に」
死体に対する説明をしながらも寂しい目をしているフラブを見てより一層、落ち着いた表情で
「カミサキさんのご遺体の横に白い拳銃が落ちていませんでしたか?」
「確かに……ありました、けど……」
「それは私が製造していカミサキさんに持たせていた逸品なんです。それこそ前線へ出る後押しになってしまっと……」
言い辛そうに説明をするが言葉は続かない。
しかしそれで察したフラブは何も言わずに優しい表情へと切り替えてアイネを見上げた。
「化け物は? ひと足先に戻っていると……」
「ああ、ええ。私に一声ありましたよ」
その言葉に胸を撫で下ろした。
少なくとも魔力の概念である化け物はこちらの味方だと思ってもいいのだろう。
しかし統率の概念と闘い左腕を失くすペースであと3つの概念と相対しなければならない。それを踏まえると喜ばしい現状ではなかった。
「今はとにかく、アリマくんの側にいてあげてくれませんか?」
確かに周りを見渡してもアリマの姿が見当たらない。
そしてフラブの左背後にいるミクバはぎこちなく下を向いてでも「あの!」と会話を遮った。力が入っていない弱々しい声だ。
その弱い反応にフラブもアイネも疑問を持つ。
ナーナラス・ミクバは思う。
──この世界は頭がイカれたやつか生まれながらの天才しか生き残れないんだって。
生憎にもヨヤギ・アイネは頭がイカれている。
人が悲鳴をあげて勝手に逃げていくほど人の身体を使って知識欲を満たしているんだから。
生憎にもシラ・フラブは生まれながらの天才だろう。
魔法をその場で作り上げながら放つのだから毎回初見殺しに怯えなければならない。
── じゃあ非凡なボクは……
判断力も未熟でお願いされたことしか手伝うという方法でしか何もできないのだから。
「せめて、ボクにも何か、手伝えることを……」
獣に怯えて泣いている子犬のように小刻みに手が動いていて震えている声。
処刑課にいた頃だって襲撃がないよう本拠地に罠を張るしか任されなかった。元処刑課という立場になって最初の役割がスズキ・ロクの自爆特攻を補佐するというもの。
それに今回もアス・ユフェルナが任された資料回収を手伝うというもの。しかもその資料回収で不老不死を足止めしてくれたヨヤギ・カミサキは殺されている。
そんなミクバの気持ちが伝わることなく
「今は大丈夫ですよ」
とアイネが答えた。
それに心臓がギュゥっと縮まって要らない存在に成り下がっているような気がした。
「聞きそびれるところでした。アリマさんはどこに?」
フラブは話を切り替える。いや切り替えたと言うより戻したという方がこの場合は適切なのだろう。
どちらかというとミクバの方が暗い返事をして話を逸らしたみたいなものなのだから。
「目を覚ますと顔を赤くして執務室へ戻られましたよ。『どうして生きて……』とぼそぼそと独り言をこぼしながら」
死ぬ覚悟を持ってコウファに未来を託していたのだから生き返ったら返ったで恥ずかしいものなのだろう。
しかし『執務室へ戻った』という言葉にフラブは肝を冷やして「まずい」と思ったし口にした。
今現在──アリマの執務室はゴミ屋敷と言った方が近しい足場ない惨状だからだ。というのもフラブと知恵の概念が机の引き出しや、他の部屋からもってきた資料や本を漁ってそのまま放置している。
** ** * ** **
息を切らして廊下を全力疾走した果てに執務室の前に立つと躊躇わずドアを開ける。
するとゴミ(資料)が撒き散らかされている部屋の右奥の隅に体育座りして蹲っている男性の姿があった。




