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幸せへの選択を  作者: サカのうえ
第七章「未来への確執」
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第七十六話 少しの騒動

 ──その頃、ハラードを追い詰めていたユールは何かを勘付いて咄嗟に地面を蹴り後方へとハラードから距離を取る。それと同時に追い詰めいたはずのハラードが糸へと変化した。


「……なるほど。糸が貴方の最適性魔法でしょうか?」


 冷静に分析するユールだが瞬きをする間に両腕に糸が巻き付いた。そして背後から聞こえる靴の音の方をユールは警戒するように睨みつける。


「だから言った。近接戦は不得手だろうと」


 咄嗟にユールは辺りにいる獣魔物の狙いをハラードへと誘導させる。だがハラードは全ての獣魔物の首にも糸を巻き付かせていた。


「動けば殺す。今からする質問に答えろ」


 巻き付かれている糸の先は冷たい声色でそう言うハラードの指に繋がっている。それにユールは何故か楽しそうに笑みを浮かべて前方を見る。


 それと同時にハラードは背後から左の横腹に剣の刃が置かれて容赦もなく胴体を真っ二つに斬られた。反応すら出来ずに赤い血が吹き出て斬った剣の刃にも血が伝われる。


 ハラードの死体は地面へと落ちてユールや獣魔物にも巻き付かれた糸も霧のように消える。地面へ落ちたハラードの背後にいたのは右手に血がついた剣を握っているフラブだった。


 そのフラブの方を見るなりユールは言葉が喉に詰まり動きをピタリと止める。フラブの表情は悲しく、怒りに満ち溢れていても冷静沈黙を表している。


「ニベ、お前だって私を忘れているかもしれない。それでも最後に頼みたいことがある」




 ──少し前、フラブはアリマの死体を見て涙を流すも覚悟を決めて強く拳を握りしめる。


「君が存在した事実を皆んなの記憶から全て消す。それで彼が生き返るとしたら?」


 突然知恵の魂らしき白色の光る球体がフラブの方を見て易々とそう言い。それにフラブは目を少し見開いて動きと共に涙がピタリと止まる。


「え……?」


「知っての通り彼は私の器として成した時点で半分は人間を辞めているからね。今は生死を彷徨っている状態で維持できてる。完全に死んだという状態なら世界であっても生き返らせれないよ。でも私としては世界の記憶から君を消す事はこの上ない好都合なんだ」


「……は?」


「なんせ世界が君に恋をした。そのせいで世界は君に何かあれば君以外の全人類を殺す気でいるから」


 理解が追いつかずに目を見開きながら話を聞いているフラブは息を呑んだ。


「大丈夫。記憶だけだよ。皆んなの記憶から君の存在だけが消える。それでも君は全部を覚えてる。ーー君の答えは?」


 食い気味に聞いてきて、それにフラブは躊躇いながら洋館の方を見る。


「でも……終局組合が片付いていない……」


「それは彼の命よりも優先しなければならないことなのかい?」


 楽しそうに問う知恵の球体。それにフラブは悲しそうにも真剣な表情で知恵の球体の方を見る。


「……生き返らせてほしい。何度も何度もアリマさんは私を助けてくれたから。だから私にだってアリマさんを救う資格くらいあるでしょう」


「そう! それならこの話を前提にして。更にもう1つ君と取り引きをしたい」


「……内容は?」


「君が皆んなの記憶から消えてからの1時間。その時間内に現サトウ家の当主を殺せ。そして君が器となり統率を顕現させろ。その2つが成功したら皆んなの記憶を元に戻すと約束する」


 機嫌が良さそうに提案する知恵の球体。それにフラブは深刻そうな表情を浮かべた。


「理由以前にそれだと最初の取り引きに貴方の利点がなくなる気がする…」


「実際にそうだね。でも統率が君を器として顕現するのならそれ以上に私の利点になり得る。そして正直……私個人として脳筋の武力は嫌いなんだ」


 優しい声色で知恵の球体は微かに感慨深そうに「そして」と言葉を続ける。


「君が2つ目の取り引きに応じない又は失敗した場合でも最初の取り引きがある限り、どっちみち私の利点に繋がる」


「……私には上手く話が見えてこない。でも貴方にとって統率さんは大切な方だということ……?」


「……それは秘密。ただ全ての取り引きに決定権があるのは君だからね。あの場所にも行かないといけないから」


 少し悲しそうに聞こえる声。それにフラブは躊躇うように下を向くも、覚悟を決めながら再びゆっくり知恵の球体の方を見る。


「……取り引きに応じます」


「では心優しい私から君に示唆を。脳筋なサトウ家は皆んなで仲良く仕事を遂行している最中でね。ーー仕事内容は公国に現れた魔物の排除だ」


 それに目を大きく見開くフラブだが既に遅く視界に白く光るようなボヤが浮かび上がる。


 ──そして次の瞬間にはアリマが身体を起こして地面に座っていた。そこに知恵の姿はない。アリマは状況を理解出来ずに左手で痛そうに頭を抱えている。


「よかった」


 微かに暗い声色でフラブはそう言い。それにアリマは驚きつつ光も希望も無い目を少し見開いてフラブの方を見る。だがフラブの姿を見ようとした頃には既にフラブの姿はなかった。


「……っ何が? ーー少し違和感が……」


 フラブとの記憶が全て空になったアリマは誰よりも違和感を覚えるのだろう。だが奇跡的にも覚えたその違和感すら少しの時間の経過で全て無くなる。


 神に等しい知恵ならば無償でも生き返らせることが難なく出来た。それでも世界にとってフラブの存在は何よりも大きく、神に等しい者から見れば多少迷惑なことに違いはなかった。



 ──それからユールと話した後にフラブは直ぐに行動に移して王都へ訪れていた。そして辺りに散らばる酷い魔物の死体を見渡しながら淡々と踏み歩く。


 すると突然、背後から人の気配を感じ取りフラブはゆっくり足を止めた。そして同時に首を狙うように向けられた鞘に収められた刀の先。


「何方ですか? 身なりから見てもサトウ家には貴女のような方は居ない。となれば可能性が高いのは誰もいない王国へ魔物を仕向けた馬鹿か……」


 そう警戒するように言いながら強くフラブを警戒している者はイベリスだった。ただフラブも警戒するように動かず目だけイベリスの方を見る。


 ── 少しでも動けば腕が飛ぶ……いや、それはまだいい方か。ほんの少しでも間違えれば首が飛ぶ……


「早く答えて頂きたい。魔物の駆除が目的の仕事を人間のなんて嫌な仕事に変えないでほしい」


 ── ……なるほど。知恵さんが武力を警戒する理由もよく理解できる。つまり邪魔者には邪魔者を……


 深刻そうに考えるフラブはゆっくり手を上げて考えを顔に出さず前を見る。


「害意はありません。魔物を操る方に心当たりがあったんです。それを伝えるために貴方がたの当主さんと会わせてほしいんです」


「……貴女の名前は?」


「シラ・フラブです。……聞いたことすらないと思います」


「シラ家……?」


「信用するのは無理でしょう。でも……私は適切な選択を大事なところで選べない。私がどれだけ罪悪感を覚えずに済むかで考えてしまう……逃げちゃうんです」


 淡々として言いながら現状を受け止めて覚悟を決めるようにも悲しい表情を浮かべた。


「そんな私に……何回も向き合って話を聞いて一緒に笑ってくれた方がいたんです。そんな恩人に恩を返さないなんて……」


 それでも胸の内に覚悟を絞めながらフラブは涙を止め真剣な表情でイベリスの方を振り返る。


「それこそ巻き込んで殺して……この手で殺してしまった人たちに、ごめんなさいも言えないから」


 そのフラブの言葉にイベリスは目を少し見開いてフラブの方を見た。そしてフラブの全身を見るなりますます驚きを隠せずに目を大きく見開く。


 考えがまとまらないイベリスを見てフラブは深刻そうにもますます真剣な表情を浮かべた。


「無理矢理にでも会わせてもらいます。それとすみません。やっぱりサトウ家に危害を及ぼさないなんて断言は出来ません」


「……分かりました。確かに害意があったとしても貴女相手に私が負けるなんて有り得ませんから」


 優しい声色でそう言うイベリスの言葉にフラブは否定は出来ず、肯定は心の底からしたくなくて何とも言えない顔を見せる。


 それからフラブはイベリスに案内と同行をしてもらいながらアザヤの元まで歩き出した。歩いている最中はお互いに何も言わずに無言がずっと続いている。そしてイベリスは刀を腰に仕舞っていても隙が1ミリも存在しなかった。


 歩いて5分ほどが経過すると目の前に周りにある建物より少し低いくらいに積み上げられた大量の獣魔物の死体が見えてきた。そしてその山の上にアザヤの姿があり、膝の上に紙を置いて右手に持つペンで文字を書いているように見える。


「もう片付け終えていましたか」


 獣魔物の死体の山の下から少しだけ離れた位置でイベリスは大きくも優しい声色でそう言い。それにアザヤは冷静にも手を止めて不思議そうにイベリスとフラブの方を見る。


「面識あったのか?」


 その問いにイベリスは困惑するも、フラブは驚きを隠せずに目を見開いた。


「……私を覚えて……?」


「は……? 40分くらい前にヨヤギ家の地下で話したばかりだよな……? それに名家の当主として別の名家の当主を忘れるわけがねぇ」


 その場に驚きと困惑した空気が流れるもフラブは腕を組んで右手を顎に当てて真剣に考え始めた。


 ── 殺す対象だけは私のことを覚えたまま……? つまり知恵さんの目的は違う……ということか……?


 そのフラブを見ながらイベリスは驚きつつ見て分かる程に困惑している。そしてそのフラブの反応にアザヤは深刻そうな表情を浮かべていた。


「まさか……待てよ、自分がシラ家の当主ってことは覚えてるよな……? 記憶がなくなったのか?」


「あ、いえ。それは違います。私の記憶違いではありましたが」


 そしてフラブは再び真剣に考え始めて、それを邪魔しないようにアザヤとイベリスは無言で見つめ合う。


「すみません。武術だけでみても私は未熟者」


 フラブは意を決しながら両手に刀を握り右手で柄を握り鞘から刃を抜いた。それにイベリスはいつでも刀を抜けるように強く警戒する素振りを見せる。


「待て」


 アザヤの言葉と共にイベリスは刀から手を離して警戒を解いた。真剣にもアザヤは紙を死体の上に置いて立ち上がり槍を右手に握る。


「武力の名家なら争いの中で語り合える。ーーそれならその方がリスクが少ない……そう言うことか?」


 真っ直ぐ刃先をアザヤに向けて構えながらフラブはますます真剣な表情を浮かべた。


「はい。修錬場では手も足も出ませんでした。──ですのでもう一度手合わせ願います」


 心から真剣に伝えるフラブにアザヤは感慨深そうな優しい表情を浮かべた。


「構えろ」


 ──槍を持つ右腕を後ろに持っていき勢い良く前へ出すと同時にフラブに槍を投げる。それにフラブは直ぐ様に地面を強く蹴って右前に其れながらアザヤの方へと走り出した。


 そして案の定、槍が自身を通り過ぎた辺りでアザヤがフラブの視界から急に消えた。それにフラブは順応するように直ぐ背後を振り返りながら刀の刃で踏ん張るように受け止める。


 ──前と同じようにフラブの背後に回り込んだアザヤが力を込めるように左足を引きながら、投げた槍を右手に握りフラブに刺し掛かっていた。


「若い奴の成長は怖いな……」


 そう言葉を溢したアザヤは少し笑いながら更に力を込めた。それにフラブは両手で刀を持ち、全力で受け止めるも刀にヒビが入り始める。


「……力でも勝てませんかッ!」


 驚きつつ少し笑いながらフラブは直ぐに力を流すように右手側へ刀と共に逸れる。それにアザヤは颯爽と地面を蹴って瞬時に右手側へと避けた。


 ──同時にフラブは左手側に刃先を置きながら両手で柄を握る。そして躊躇いもなく胴体に狙いを定めながら横腹から右肩へと斬りかかった。だが案の定、その刃は届くことなく悠々として槍の持ち手部分で受け止められる。


「取り敢えず本題の前に軽く説明。王国全土に攻めて来た魔物の殲滅依頼は公国からだった」


「公国ですか……少し偶然とは思えないですね」


「そしてその仕事が終わったから今、完了の報告書を書いていたところだ。フラブさんは?」


「私はアザヤさんに最高管理者含む処刑課の排除の手伝いをお願いしに来ました」


 アザヤはフラブの刀を弾いて槍の持ち手を変えながらフラブの腹部を目掛けて刺し掛かる。──それをフラブは間一髪で刀を回して持ち手で受け止める。


「悪いが武力は人を殺すためのものじゃねぇ。魔物から人を守るためのものなんだよ」


「でも最高管理者は容易に人の思考を変えて人の人生を壊す外道。イミアさんが死んだ理由の根源を辿れば必ず最高管理者に行き着きます」


 それにアザヤはフラブの持つ刀を無理矢理力で弾いて槍から大剣へと変える。そして躊躇わず右横からフラブの胴体を目掛けて斬りつけた。それをフラブは間一髪で地面を蹴って後方へとバク転で避ける。


「イミアの名前を出して俺を利用する気か?」


 微かに怒りを心の内に仕舞いながら大剣の刃先をフラブへと向ける。


「……アザヤさんは前に価値で見るなと言ってくださいましたよね。ですが価値を考えることも疲れたんです。だから生きることも死ぬことも問わず、私は皆んなの幸せだけを願いたい」


「……それはまた酷いことを言うな? 誰かの幸せは他の誰かの不幸を呼ぶ。不幸なしで幸せは語れねぇぞ」


「だとしても不幸なんてものを見るのもごめんです」


 いつに増しても真剣な表情を浮かべながらアザヤの目を真っ直ぐな目で見る。そこから伝わる覚悟にアザヤは驚きを隠せずに少しだけ目を見開いた。


「……報告書を書き終えてからでも間に合うか?」


「わかりません」


 真剣な表情でそう答えたフラブは刀をそっと仕舞い軽く腕を組んで辺りを見渡す。そしてアザヤは地面を蹴って再び魔物の山の頂上に立ち、紙を摘んでペンを拾いながらゆっくり座った。


「魔物の血で……また最初から書き直しか……」


 そう落ち込んでいるような声が聞こえると同時にイベリスは目を輝かせてアザヤの方を見上げる。


「是非私が貴方様の分を書いて届けて参ります!私の存在意義はアザヤ様の役に立つことだけですので!」


「いや……お前に任せたらお前の分の仕事の成果まで俺の分に上乗せして報告するだろ」


 平然として言いながら当然のように血で汚れた紙を元の白い状態に戻した。そのアザヤの言葉にイベリスはきょとんとして小首を傾げる。


「当たり前のことでしょう。私の仕事はアザヤ様の存在があってこそ成功するものなんです」


「昨日も一昨日も何回も言っているがお前の仕事の成果はお前の物だ」


 少し怒りを内に堪えながらそう答えるアザヤは面倒くさそうにあしらっているようにも見える。


「そんなこと知りませんよッ! 私の仕事はアザヤ様の成果となり血となり肉となるんです!」


「ならねぇよ」


 冷たい答えにイベリスは拗ねて腕を組み、頬を膨らませながら外方を向いた。


「……イベリスは一応、本当に一応、フラブさんと同い年だったはずだ。アリマから聞いた」


 補足でフラブに説明するアザヤは紙を仕舞い再び魔物の山から飛び降りてフラブの左前で立ち止まる。


「そうなんですか……剣術だと負けていたのに……」


 不思議そうにしながらも言葉止めるフラブはアザヤと共にイベリスの方を見る。その視線の先にいるイベリスは確固たる意志を持ってまだ拗ねている。


「ところで終局組合の対処をしてるって……フラブさんは行かなくていいのか?」


「そう、その話で少し相談が」


 真剣な表情へと変わるフラブの方をアザヤとイベリスは不思議そうな表情を浮かべて見る。


「終局組合の住処の特定をニベが成功させてくれたんです。もちろんそこに終局組合の方も居ました。ですがそこに最高管理者の野郎も居たんです」


「……つまり?」


「最高管理者はキュサの魔法を奪って利用して……未来が見えるようになっています。変装だってできる。そして最高管理者は1人の不老不死を呼んで逃げてしまいました」


「……敵はいつでも未来が見えるから身近な人に変装してる可能性もある。それに気をつけて、という忠告でしょうか?」


 深刻そうに確認をするイベリスは軽く腕を組んで右絵を顎に当てて考えている。


「それもあります。敵の1人の不老不死はアリマさんが殺しました。その後に終局組合の方を1人だけ私が殺して……ニベに館内にまだ人が居るのか、その確認をお願いしているところです」


 ーーすると辺りを見渡すフラブの視界、かなり遠くに魔物に囲われている女の子の姿が見えた。右側に並ぶ店などの建物に背中を向けて獣魔物に囲われている。


 その女の子は桃色の長袖に丈の長い赤いスカートを着ている。ーークマのぬいぐるみを両腕に大切そうに抱えている険しい表情を浮かべて追い詰められているように見える。


「来るな……っ! 魔物っ……!」


 必死に獣魔物を睨みつけている幼女だが、構わず獣魔物は鋭い牙をたてて幼女に勢い良く襲いかかる。


 ──同時にフラブは地面を踏み込んで近距離に入ると噛み付く獣魔物を止めるように左腕を前に出した。


「大丈夫ですか?」


 鋭い牙で噛みつかれたフラブの左腕からは血が流れ地面に垂れるも優しい表情で幼女の方を見る。その幼女は怯え不安そうな目でフラブの方を見ていた。


 ──だが他の獣魔物もフラブを目掛けて地面を蹴って遅いかかる。それを見たフラブは右手に握る刀で瞬きをする間に全ての獣魔物の首を切り落とした。


「ここに魔物が湧いたと言うことは……もう人が住める場所ではなくなりましたね」


 悠々として言いながら腕を元の位置に下ろし、優しい表情で不安そうな女の子を見下ろす。近くで見てみれば女の子は綺麗な柳鼠色の胸下まである長い髪に灰桜の眼をしていた。


「出来るのなら今直ぐにここから逃げて下さい」


 優しく問いかけるフラブと同時にフラブの後を追って来ていたイベリスが右手側に立ち止まる。


「すみません。不注意ながらお手を煩わせてしまいました。シラ家の当主様」


 イベリスは青い魔物の返り血を浴びていてフラブは優しい表情のままイベリスの方を見る。


「死人が出ていませんので大丈夫ですよ」


 優しい表情ながら目に光がないフラブは冷たく、そして再び女の子の方を見る。


「どうしてこんなところにいるんですか? ここは危ない場所ですよ?」


 優しく問いかけるイベリスだが幼女は眉間に皺を寄せながらも強い眼差しでフラブとイベリスを見上げる。


「死にたいわけじゃないっ! ただ誰もいなくて……でも魔物はたくさんいて……あなたたちこそだれっ?」


 不安そうにぬいぐるみを強く抱きしめながらフラブとイベリスを交互に見る。それにもフラブは優しい表情を浮かべながらユノアを見下ろした。


「でも貴女ですよね。魔物に王国を襲わせたのは」


 そのフラブの言葉にイベリスは驚きつつも警戒して刀の柄を取れるように構える。同時にユノアは拳を握りしめながらゆっくり元の位置に下ろした。


「……っごめんなさいっ!」


 突然頭を下げて謝るユノアを見てフラブとイベリスはきょとんとする。


「え?」


「ユノアは名家に保護を求めなさいって……それがお母さんとお父さんの最期の言葉だっから……」


 思い出してしまいユノアは溢れ出る涙を溢しながら震えた声色でそう言い。それにフラブとイベリスは驚くも直ぐに真剣な表情を浮かべた。


「ごめんなさい。貴女のご両親は懸命な判断だったと思います。私の側から離れないと約束するのなら一時的に私が預かりましょう」


 真剣に向き合うフラブの言葉にユノアは恐る恐るフラブに手を伸ばす。それにフラブは優しい表情を浮かべるも意味が分からず小首を傾げた。


「ありがとうございます。サトウ家に子供の世話をする余裕はありませんので」


「……貴方に礼を言われるようなことはしていませんよ」




 ーーそれからフラブは別行動を取りユノアと自身の領地へと訪れた。目の前にあるシラ家の城は破壊されたまま燃え尽きて灰すら無くなっている。


「……っひどい」


 そう言葉を溢すユノアは右手をフラブの手に置いていて強く掴んでいる。そしてフラブは何も言わず左腕を前に上げて左手を城があった場所に翳した。

 ──すると地震が起きたかのように地面が揺れ城があった場所が二つに割れ、小さく地下への階段が現れた。


「え……っ?」


 困惑しているユノアだがフラブは優しい表情を浮かべて何も躊躇せずにその階段を下りる。フラブが歩くと左右の壁にある灯りに火が点いて微かに明るくなった。


 それから階段を下り終えると轟々とした大きい両開きドアが目の前に見える。それにフラブは両手を胸の高さで合わせて魔力をドアへと纏わせた。するとドアがゆっくり開いて奥に薄暗い小部屋が見える。


 ── これが私が3歳の頃に化け物と会えた……私の家に来ていた理由か。こんな小部屋があったなんて……


 警戒すらせずに部屋へと足を踏み入れた。同時に部屋に灯りがついて視界が開ける。

 ──中は狭い小部屋で目の前に四つの本が浮いて横に並んでいた。それぞれ本の題名は異なっていて左手側から知恵、情報、統率、武力と並んでいる。


 ここが前に知恵に一緒に来て欲しいとフラブが呼ばれた場所なのだろう。


「ユノアさん。少し失礼します」


 優しい声色でそう言いながらユノアの方を見てフラブはユノアを優しく抱き上げる。


「わっ……」


 驚きながらもユノアは懸命にぬいぐるみを抱きしめながらフラブに凭れる。そしてフラブはその中で知恵の本の前に立ちどまりページを開いた。


 ──すると突如として知恵の本が眩しいくらいに白く光り始める。


 それにフラブは少しだけ驚いたのだが瞼を閉じて一呼吸置いた。そして落ち着きながらゆっくり瞼を開けて白く光る本を見る。


「……知恵さん。どうかしました?」


 淡々して問うフラブの視線の先にある本は光が止んでいて、その本の上に白く眩しくないくらいに光る知恵の球体が現れていた。


「私は君の存在が皆んなの記憶に戻るというアメを用意したはずだ。それに拘らず最後の最後までサトウ家の当主を殺さなかったこと」


 その知恵の言葉はユノアには聞こえておらず、ただ頑張ってフラブに凭れている。微かに暗くも真剣な声色で聞いてきながら優しい声色で「そして」と言い言葉を続けた。


「その最後まで私が君に取り引きも持ち掛けたと、本当のことを教えずに誰にも協力を求めなかったこと。その2つの理由を教えてほしい」


 その知恵の言葉にフラブは躊躇うも淡々として統率の本の前で立ち止まった。


「正直に言うのなら2つ目の取り引きは……別に私個人としてなら無視してもよかったんです」


 淡々として無表情のまま統率の本のページを捲りながら少し悲しそうに「でも」と言葉を続ける。


「3ヶ月と少しの間だけでも私はあのヨヤギ・アリマの側に居たんですよ? 貴方の言葉が何かを仄めかすように感じてしまっただけです」


「……それならそれを確かめるためだけに君はわざわざサトウ家の当主に近づいたと? 冗談じゃない。彼なら少なくとも一つの行動に四つの意味は含んでいる」


 微かに声色から怒りを読み取れるも、フラブは優しい表情で知恵の方を見た。


「そうですね。皆んなが死んでいて……もう誰もいない王都に魔物が襲撃して来た理由も知りたかった」


「………」


「あとは最高管理者含め処刑課とどんな時でもアリマさんと共に敵対してくれるのかという確認です」


 淡々としていてもフラブは微かに悲しそうにしながら優しく少しだけ俯いた。


「アリマさんは全部1人で背負おうとしちゃう……どうしようもない人なんです。だからサトウ家の当主であるアザヤさんに会うことは必須になるでしょう」


「ふふっ……! それで君は心優しい私からもらった示唆を利用して別の目的のために動いていたんだ」


「はい。私の命は人助けの道具。それなら道具として最大限に利用するだけですから。誰の記憶に残って誰の記憶に残らないかなんてどうでもいい」


「ごめんね。どうしても確かめたかったんだ。ヨヤギ・アリマが懐いている君は統率の器になれる人間なのか。答えは否だったけどね」


「……お兄様の方が統率の器としてなら向いています。それはそうと皆んなの記憶を元に戻す気ですか?」


「君はどうしてほしい?」


 知恵の優しい問いにフラブは躊躇いながらも眉間に皺を寄せて考え始める。


「そもそも私の目的は君の言う通り別にある。それは最初から君が統率の器たるかを見極めることだったからね。取り引き通りじゃなくてもヨヤギ・アリマは全然無償で生き返らせるつもりだったんだよ。私の器だから」


「…………」


「誰かに迷惑をかけてるとか、君の存在を否定してるのはいつだって君だけなんだ。だからこんな時こそ君は何よりも君自身を大切にしないと」


 優しい声色でそう言う知恵の球体。躊躇うフラブは決意して深く瞬きをした後に悲しそうに俯いた。


「私を……アリマさんの側に居させて下さい」


「そう。それが君の本心なんだね」


 ー もし君がサトウ家の当主を殺して私利私欲のまま動いてたら人とは敵対、生き返らせた彼も殺す気だったなんて……今の君に言う必要はないかな……


 そう考える知恵は機嫌良さそうながら再び優しくフラブの方を見る。


「あ、彼は取り引きのことも知らないから。無償で生き返らせてると思わせてる……私との取り引きを彼に教えたりなんて酷いことはしないでね?」


 ーーすると前と同じく視界に白く光るようなボヤが浮かび上がる。次第に晴れる視界、そして視界が完全に開けた頃には知恵の姿はなかった。


「ユノアさん。これでヨヤギ家で預かってもらえます。命に保証がつきました。おめでとうございます」


 見守るように優しい表情を浮かべるフラブだが、ユノアはフラブにヤバい奴を見るような目を向けていた。


「……そのっ。お兄さんは1人でたくさんおしゃべりするのが趣味なの……?」


「……いえ。あと私はお姉さんです」


「えっ……? あ、……ごめんなさいっ」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるユノアを見てフラブは少しだけ悲しく胸が締め付けられる。


「気にしてませんよ」




 ──それからフラブはユノアを連れたまま終局組合の洋館前に訪れた。そこにはアリマの後ろ姿があるのだが忙しく落ち着きがないように見える。


「アリマさん」


 そう呼びかけるとアリマは明るい表情で勢い良くフラブの方を振り返った。


「フラブ君っ! ……誘拐して来たのか?」


 恐る恐る問うアリマは微かに冷や汗を流しながら深刻そうな表情を浮かべる。それにフラブは優しく微笑みながらアリマの前で立ち止まった。


「私を何だと思ってるんですか? ……この子は保護です。信じられないのならイベリスさんに聞いてみたらわかります」


 嬉しさを堪えながら言うフラブの方をアリマは不思議そうに小首を傾げて見る。


「イベリス? 知り合いだったのか?」


「知り合い……少なくとも私個人として視界に映したくないですね。同い年でありながら1番自信がある剣術で負けるなんて……」


 嫌そうにもやる気に溢れて言うフラブの厚みのある言葉にアリマは優しく微笑んだ。


「ははっ! 何があったのかは聞かないでおこう。だがそうか……確かに彼は剣才の持ち主だからな。君がライバル視する理由も分かる」


「なっ……! 誰が……!」


 そんな話をしていると、門の向こう側からがフラブの方へとゆっくり歩いて来ている明るい笑顔のユールの姿が確認できた。


「フラブ様! 皆んな逃げてしまいました!」


 フラブの前で立ち止まったユールはメイド服にたくさんの赤い返り血を浴びていた。そのユールの姿にフラブは意外にも安心して優しい表情を浮かべる。


「逃げた終局組合を追うより公国の幼女……様? の保護を優先しましょう。そうすれば何れ自然と終局組合と再び殺し合うことになりますから」


 冷静に判断するフラブの方を見てアリマは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「子供の成長は早いな。其れより公国関連については心当たりがある」


 そのアリマの言葉にフラブは不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げた。

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