第七十四話 動ける限り
それからフラブはひんやりとした白いベッドの上で目を覚ましたのだが、無くなった眼が原因で辺りを見渡すこともできず白い包帯が巻かれている。お腹の貫かれた傷は完治しているのだが、両方の腕も無くなってるため動かすことが出来ない。終いには右足も膝から下が微塵に破壊されたため動かせなかった。
ただ血は止まっていて応急処置が施されているのだろう。生きていることだけを覚えながら呪いを受けたことへの痛みが全身を回っている。被り布団とも言えなのような白い布が身体に被せられてて、ひんやりとした冷たさが感じ取れる。
「……何方か居ますよね。誰ですか」
冷静に淡々として問うフラブは腹部に力を込めてゆっくり身体を起こした。
「どんな生命力をしているのかしら……? ──ファタ! 今直ぐこの子に患者用の服を手配して」
左側から聞こえる綺麗な女性の声。それと同時に鉄の感触がなくなりフラブは安心から肩の荷を下ろした。
「らじゃー!」
元気がいい女の子の声はフラブの右前から聞こえて何処かへ慌てて行く音が聞こえる。
「現状の説明を求めてもいいですか? 一緒にいたユフェルナさんは……」
「安心して。ここは医療機関。この病室にはわたくしとファタしか居なかった。そして今ファタが貴女の患者用の服を取りに行ったわ」
優しい声色でそう言う女性は青年程の見た目に165センチとスタイルがいい女性で医者や実験者とも見て取れる白衣を着ている。朧花色の温かい短い髪に前髪は長く横で分けていて、右目が勝色、左目が白色のオッドアイ。紫色のヒールを履いている。
点滴や人工呼吸器などを準備している最中だったのか右側のベッドの右上にその2つが用意されていた。
「次に、貴女は血まみれでお墓の前で眠っていたの。わたくしの家族に処刑課がいなくて、そこを通らなければ貴女の命も隣で眠っていた処刑課の子の命も既に無かったのよ?」
「……それは手を煩わせました……って生きてるんですか? ユフェルナさんがっ?」
驚きを隠せずに前のめりで問うフラブの方を見てお医者さんは優しい表情を浮かべた。
「ええ。心臓が貫かれた跡が見えたけど誰かの魔力が心臓に纏われていたの。推測になるけれど貫かれた瞬間にそのお陰で傷が塞がった。そしてその反動で気絶ってとこかしら?」
呆然としながら説明を聞いているフラブの方を見ながら軽く腕を組んで説明を続ける。
「その人の魔力との繋ぎは切られたけれど命に比べれば結果オーライ。今は別室で療養中よ」
「……そうですか。アリマさんの魔力が……功を奏したんですね」
声色からも聞いて分かる程に嬉しそうなフラブは自然と安心からの優しい表情を浮かべた。だがそれを見たお医者さんは少し悲しそうな表情へと変わる。
「まずは生きてる我が身を可愛がりなさいな」
「……すみません。私を見つけてからどれくらい経過してるんですか?」
真剣にもどこか深刻そうな表情へと変わったフラブを見て、呆れたお医者さんは立ち上がってベッドの左側にある小さい机に視線を変える。
「そう、まぁ良いわ。話すと長くなるもの」
その小さい机は腰までの高さがあり、上には資料が置いていて両手に持ってはフラブの方を見た。
「見つけてから貴女をここに連れてくるまで10分。それから貴女は脅威の15分で目を覚ました。貴女にかけられている呪いはまだ心臓に行き届いていない」
「……呪いについても知っているんですか。私にかけられた呪いはかけられたときから10時間が経過すれば死ぬ以上に酷いことが起きる呪いらしいです。貴女が私を助けたこととその呪いは関係ありますか?」
冷たいフラブの淡々とした言葉にお医者さんは驚いて目を少し見開いた。
「……そうね。もし、イエスと答えたら?」
「どうもしません。ただの現状の理解に協力を求めているだけです。目も見えず体も動かせない。私の殺傷も貴女次第でしょう」
「でも貴女はそうならない手段も用いている。よほど器用なのね」
優雅に言いながら再びフラブのベッドに腰を下ろしたお医者さん。だがフラブはその言葉を聞いて嫌そうにお医者さんを見ながら眉間に皺を寄せた。
「気づいていたんですか」
「ええ。でも医療機関でも呪いについて詳しく見れる人はごく僅か。解ける人なんていない。それくらい呪いは希少で魔物よりも脅威なのよ」
「……すみません。助けていただいたことへの恩は必ず別で返します」
暗い声でそう言いながら無くなった足の膝下から丁寧に氷を形成して義足を造る。そして義足とした氷が崩れないようにゆっくり白いベッドから降りた。
「それ、歩けるの?」
優しい表情でフラブの方を見ながら問うお医者さんはベッドから立ち上がりフラブの左横まで歩いた。すると突然、フラブの右前方にある部屋のドア、その前にある廊下から忙しい足音が聞こえた。
「歩くことは難しいですね……、誰か来ます」
警戒するようなフラブの言葉と同時に足音が止んで勢い良くドアが開く。
「ラリー! 患者用の服持ってきた!」
そう元気よく言う女の子は蜂蜜色の癖毛の肩下まである長い髪。前髪は上で結んでいて綺麗な飴色の瞳は光があっても瞳孔がない。医者や実験者とも見て取れる白衣に身長は110センチほどでフラブより40センチくらい低い。
「お疲れ様。でもごめんなさい、必要が無くなったわ」
優雅なお医者さんの言葉と共に女の子はゆっくり立ち上がっているフラブの方を見る。すると慌ただしく緊迫した表情を浮かべたのちに尻もちをついた。
「ゆ、ゆーれいっ!?」
「え……幽霊っ!?」
目が見えないフラブは一気に青ざめて気を失うようにバタリとベッドに倒れた。
「……幽霊なんていないわよ。ファタ、この子を見送る準備をしなきゃ」
20分後、──フラブは目を白い包帯で巻きながら右足の膝から下を機械の義足をつけている。それに白い長袖の服の上からコルセットを着て、黒いラップスカートを着ていた。
「あとこれもね」
お医者が優しい声でそう言いながら、フラブにクリアフードマントを丁寧に着せた。
「目の包帯は寝る前に変えること。それを血が落ち着くであろう1週間は包帯を続けなさい」
「分かりました……」
「ええ。それと義足と義手を同時に着用するのは身体への負担を考えると難しいの。ごめんなさいね」
少し申し訳なさそうに言うお医者さんだがフラブは焦り気味でお医者さんの方を見上げる。
「いえっ……その、服は……」
「流石に袖も何もかもボロボロだったから……あ、大切な服だったのかしら……?」
「っいえ! アリマさんと現状を話してひと段落つけば必ず……」
「え? アリマって……」
きょとんとしているお医者さんの方を向くフラブはますます不安そうな表情を見せる。
「そのっ、シラ・フラブ……形上ですが現代シラ家の当主を務めています……」
「……はぁ。それならそうと早く言いなさいな」
意外な圧ある言葉にフラブは動揺しながらお医者さんの顔を見上げる。
「安心しなさい。ユフィルム家……貴方が知る中だとラサスかしら? ──わたくしはラサスの大伯母なのよ」
「ああ……え?」
見た目からも声色からもそこまで歳を感じ取れないお医者さん。それに困惑して見るからに動揺しているフラブだがお医者さんは優しい表情を浮かべた。
「とにかくお医者さんはね、恩を返してほしくて人助けをするわけじゃないの。生きてくれただけで嬉しいものなのよ」
左背後から聞こえるお医者の優しい声に続いて右横にいる女の子は手を腰に当てながら明るい表情でフラブを見上げた。元気がいい女の子はフラブの代わりに手を伸ばして部屋のドアノブを両手で掴む。
「ラリーの言う通り!」
女の子の元気ある言葉とお医者さんの優しい言葉にフラブは意を決してドアの方を見た。
「っそれでも生きのびて必ず恩を返します!」
それからお医者さんはフラブの背中に腕を回して肩に手を置きながらフラブと共に待合室へと向かう。目が見えないことへ不便を感じながらも人の気配が伝わってきた。
同時にフラブの前方にある待合室の椅子から勢い良く立ち上がる音が聞こえた。
「シラ様っ!」
明るいユフェルナの声が前方から聞こえて同時に早く歩いてくる足音も聞こえてくる。
「ユフェルナさん……」
気まずそうにも余所余所しいフラブとは対にユフェルナは勢い良くフラブに飛びついた。それをフラブは間一髪で踏ん張り受け止める。ユフェルナは強くフラブを抱きしめて嬉しそうな表情を浮かべていた。
「よかった……! 生きててくれてっ……」
そのユフェルナは髪を解いていて修復された処刑課の黒いスーツを着ている。微かに震えているユフェルナの声からフラブは安心したように優しい表情を浮かべた。
「ユフェルナさんこそ」
嬉しくも少し恥ずかしそうにしながらフラブは外方を向く。その光景を優しく見守っていたお医者さんは少しの怒りを顕にしながらフラブの左後ろで立ち止まった。
「医療機関の建物内にいる限り貴女達はまだ患者なのよね? 安静にしなさいな」
威圧するように言うお医者さんの言葉にフラブは恐る恐るお医者さんの方を振り返る。
「あの、ここを離れる前に少し屋上を借りてもいいですか?」
余所余所しいフラブの問いにユフェルナとお医者さんは不思議そうな表情を浮かべた。ーーそれから屋上へと向かうフラブとユフェルナの背中を見送ると女の子はお医者さんの横で立ち止まる。
「ラリー……あの人、大丈夫かな……?」
手を腰に当てながら不安そうに言う女の子はお医者さんの方を見上げる。それにお医者さんは優しい表情を浮かべて女の子の方を見た。
「お医者さんの役目は傷を治すこと。慈善活動にはなったけれど命に換えられる物なんてないじゃない?」
「うん!」
「あの子は命を狙われているにも関わらず医療機関に守られない選択をしたの。だからこれからのことはあの子次第。信じてあげましょう?」
──それからフラブはユフェルナに寄り添われながら医療機関の屋上に赴いた。薄暗い原因は空にあり曇り空で微かに雪が降り積もっている。
腕が無いフラブは袖が風で吹かれながらも前を向いて辺りを見渡す。フラブから離れたユフェルナは手を胸の位置に上げて瞼を閉じながら指をそっと組んだ。
すると同時にフラブとユフェルナを囲うカケイと瓜二つの魔力人形が数えきれないほどの量で現れた。
「屋上の魔力の流れに違和感があったんです。……見事に的中でしょうか?」
淡々としてそう言うフラブに魔力人形はそれぞれ青い火球や氷柱、電流など風刃を向ける。そこから溢れ出る殺意に寒気を催しながらユフェルナは瞼を開けて険しい表情を見せた。
「シラ様っ、魔力人形です!」
深刻そうに伝えるユフェルナは両手に自身の身長と同じ長さの杖を握り魔力人形に向ける。
「魔力人形……? 終局組合からの呪いを解く足止めだとばかり……」
魔力人形から向けられる冷たい殺意にも怖けずフラブは冷たい青色の魔力を身体の全体に纏った。
「ニベ、来い」
威圧するように名前を呼ぶとフラブの右前方に颯爽とニベが跪いて現れた。それにユフェルナは目を少し見開くも直ぐに嫌そうな表情を見せる。
「ここに」
優雅に優しい声色で言うユールはゆっくり顔を上げてフラブの姿を見た。そのフラブの痛々しい姿と呼ばれた場所に驚きを隠せず目を少し見開いた。
「後ろ」
その淡々としているフラブの言葉に勢い良く背後を振り返るユール。だが手遅れと言わんばかりに両拳に炎を纏った魔力人形がユールに襲いかかる。
──同時にフラブは足元から氷柱を出して襲いかかって来た魔力人形の腹部を貫いた。腹部が貫かれた魔力人形は動きが石のようにピタリと止まる。
「この数……魔力人形も痛みを感じて悲鳴をあげてくれるのでしょうか?」
嬉しそうに言うユールは頬を赤くしながら立ち上がり右手にタガーナイフを逆手に握る。だが受け入れられずユフェルナは怒りを抑えて蛆虫を見るような目をユールに向けている。
それを感じ取ってもフラブは悠々として魔力人形の方を見る。それと同時に形成されたばかりの魔力人形は首が砕け散った。
「混沌魔法で何とか魔力人形の変換は抑えられる。話を続けましょう」
そのフラブの方を呆れながら見るユールだが直ぐに元気がないような残念そうな表情を浮かべてタガーナイフをメイド服の中に仕舞う。
「次から重症を負いそうなときは私を呼んで下さい。私は貴女様の恐怖や悲鳴にも期待しているのです。そして行く行くは貴女様に殺意を向けられながら殺されて死にたい」
「大丈夫だ。今の私でもお前は殺せる」
腕も無くて風で袖が吹かれている袖、包帯が巻かれている目や右足に着けられた義足。それでも断言できるフラブにユールは嬉しさが溢れ出て頬を赤くした。
「ありがとうございます。では何があったのか説明を求めてもよろしいでしょうか?」
優雅にそう言いながらユールは手を前で組んで、フラブは起こった出来事を簡単に説明した。
フラブが説明している間、ユールは手を前で組みながら説明を纏めながら真剣に聞いていた。ユフェルナは驚きながらも腕を組んで右手を顎に当てながら真剣に情報を整理しながら考えていた。
「……なるほど。それならそうと早く言って下さればよかったのに」
優しい声色でそう言うユールの方を見てユフェルナはますます嫌そうな表情を見せる。
「ヨヤギ家のコヨリちゃんとキヨリちゃんに肉体的呪いをかけた者は青い蝶で間違いはありません。ですが精神的な呪いをかけた者は終局組合なんです」
「やはりそれが青い蝶の奴を殺しても精神的な呪いが解けなかった理由か。となるとニベを呼んで正解だったな」
「ええ。元々私がいた青い蝶と終局組合は手を組んでいたんです。今に思えばそれすら最高管理者さんからフラブ様へのプレゼントでしょう」
「終局組合……それにしても罠をプレゼントと呼ぶなんて……聞いて呆れますね」
軽くため息を溢しながらユフェルナは手に持つ杖を仕舞い手を前で組んだ。
「……ニベ、終局組合の住処を教えてほしい。それが目的でニベを呼んだんだ」
真剣に説明をするフラブを見てユールは不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げた。
「化け物やヨヤギ・アリマには頼らないのですか?」
「化け物……魔力という概念に教えれば今度こそ私以外の人間を殺しかねない。アリマさんに教えれば十中八九、私の呪いを解こうと無理をするだろう? まだ魔力の回復が間に合っていない筈だ。それに私の呪いをかけた理由は名家を滅ぼすというもの。関与は避けたい」
冷淡として説明を続けるフラブは氷柱の魔法を解除して覚悟を決めながら真っ直ぐユールの目を見る。
「だから。──ニベ、頼られてくれるか?」
優しく問うフラブを見てユールは手を後ろで組みながら優しく微笑んだ。
「ふふっ。なんともフラブ様らしい考えです。もちろんこのニベ・ユール、誠心誠意貴女様の右腕となり命となり懸命な判断に付き従いましょう」
「……ありがとう」
そしてフラブは新しく形成されない大量の魔力人形の死体へと目線を移動させる。
「その前に。離れれば新しく再生される可能性もあるわけだから……試してみるか」
暗い声色でそう言うフラブの方を見て訳も分からずきょとんとするユフェルナ。それにユールは道を開けるように右側へと進みフラブの左手側で立ち止まる。
──同時にフラブは青い魔力を全身に纏い始めて屋上の地面全体に広がる大きい魔法陣を出現させた。
それから魔力人形だけに絞り込んで魔法陣の縮小と共に数が魔力人形の数だけ増える。終いに魔力人形の足元の地面のみにそれぞれ小さい魔法陣を完成させた。
「これは……」
驚いているユフェルナと、優しい表情を浮かべながら手を前で組んで見守っているユール。
「過去にあった魔力の浪費から学んで必要最低限の消費に抑えてみた」
フラブは集中するように口を閉じて微かに俯きながら纏う魔力を出来る限り質へと絞り始めると、自分自身に纏っている魔力の厚みが薄くなり青という色が濃くなる。
「学んでから1回目で成功させるフラブ様の成長には驚かされますね!」
嬉しさのあまりユールは声高々に言い、それに応えるようにフラブは魔力人形の首がない死体に自身の青い魔力を纏い始める。
──消滅魔法『消除』
フラブが魔法を使用すると同時に魔力人形は青色に光り出し、眩しさのあまり視認できない。それにより眩しそうに軽く手で目を覆い強く瞼を閉じるユフェルナと眩しくても動じないユール。
──眩しい光は次第に無くなると同時に魔力人形の姿も消えていた。
「消滅魔法は便利ですね」
そう言葉を溢しながらフラブはゆっくりユフェルナとユールの方を振り向いた。ユフェルナは目を疑い眉間に皺を寄せながら魔力人形がいた場所を見ている。
「でも念には念に……ユフェルナさんには別で頼みたいことがあるんですが……」
顔色を伺うように言うフラブの方を見てユフェルナは我に帰り不思議そうな表情を浮かべた。
「頼みたいことですか?」
「はい。もし私とニベが明日の早朝までに帰らなければ終局組合のクソ野郎共が人質にしたがってる公国の幼女……様? の保護をアリマさんに伝えてほしいんです」
「……つまり私は戦力外だと、そう言いたいんですか?」
悲しそうにも受け入れるように震えた声で言うユフェルナ。それにフラブは焦りながら分かりやすく必死に弁明する言葉を探し始めた。
「そのっ、そうではなくっ……」
「……頑張ってまで否定しないでください。フラブ様は優しいんです。無自覚な人たらしは周りとは真剣に向き合ってるから。でもそれは自分とだけは向き合ってないから『無自覚』なのでしょう? ──危なっかしいんですよ」
「あ、う……違います! それは違いますよ!」
「だから今は元処刑課を殺したフラブ様を責めたいという気持ちより側にいてあげたいと言う気持ちの方が上回ってしまったんです」
淡々として言うユフェルナだがフラブは焦りから言葉が喉の奥で蓋をされる。
「でもフラブ様は大事なところで私を側に置いてくれない。私を信用してくれても頼りにして……」
突然ユールがユフェルナの前で立ち止まりユフェルナの唇に右手の人差し指を置いて言葉を止めた。それにユフェルナは驚きを隠せずに目を少し見開いて眉間に皺を寄せる。理解できずともフラブは気配を読み取り不安そうにユールを見る。
「ニベ……?」
「言い争いをしている暇はないのでは? 頼りにされたいのなら適切なフラブ様の判断に従うが吉ですよ」
言葉を止めたユールの表情は包み込むような優しい表情でもどこか冷たさが感じ取れる。それにフラブは意を決して再び真っ直ぐユフェルナがいる方を見た。
「本当に誤解なですよ、ユフェルナさん。私は私の失態に大切な人を巻き込みたくないだけなんです」
終局組合に呪いをかけられたことを含めてフラブは自分の失態だと感じているのだろう。それにユフェルナは悲しそうな表情をしながら、驚きと悲しみが混ざってフラブの方を見ているユールの手を振り払った。
「……必ず生きて帰ってきて下さいね」
──その頃アリマはポニーテール姿でヨヤギ家本邸の遥か上空で浮いている。相変わらずの着物に袖を通していない羽織物。そして左手に弓矢を持って西を向きながら小型の魔力通信機を左耳に掛けていた。
「ユールが西の遺跡にあるドアの条件の特定に成功。そして今はドアに矢を潜らせてドアに通ずる場所に魔力を送り敵の場所を的確に特定する。準備は良いな?」
知恵と変わって眠りに入っていたアリマだが起きて直ぐ冷静な判断が出来ている。そしてアリマの問いに答えるように真下に位置する本邸の玄関前にいるサクヤは瞼を閉じて手の指を合わせた。
「いつでも」
魔法が使えないにしても浮いて弓矢を構えられているアリマはサクヤに魔法をかけてもらっているのだろう。返事を確認するとアリマは右手に矢を持ちながら姿勢良く弓を構えて矢を引き始める。
──結んでいる後ろ髪も風で揺れながらアリマを通して弓矢に黄色い魔力が纏われた。右の瞼を閉じて集中しながら左目を大きく見開いて少し上を見る。
「……力加減が面倒だな」
ぼそっと小声でそう言いながら矢を放った。ーー放たれた矢は目に見えない速度でしばらく真っ直ぐ飛んだのちに下に曲がる。曲射でドアへと通ずるように高さ含めた位置と風を読んでいた。
「あとはカミサキ姉からの通信を待てば良い。それで的中したか否かが分かるだろう」
そしてゆっくり地上にいるサクヤに確認を取ろうと地面に足をつけた。目の前にいるサクヤは目を輝かせてアリマを見ながら胸の前で手を組んでいる。
「さすが当主さん! 西の遺跡からここまでどれだけ距離があるか……発想力といい筋力といい魔法も魔力も抜きで8段を持てる実力も頷けます!」
「俺を褒めるのはよせ」
淡々と言いながら弓を右腕に抱えながら左耳につけた小型魔力通信機を左手に取り収納魔法に仕舞う。
──すると突然アリマの右手側に颯爽とミクバが転移して来た。それに不思議そうにサクヤとアリマはミクバの方を見る。ミクバはその場で地面に膝をつけて走って来たかのように息が荒い。
「どうした?」
「そのっ! 罪人処刑課の復興が順調に進んでるらしいッ! 最高管理者は変わらずで!」
そのミクバの報告を聞いたアリマは腕を組んで左手を顎に当てて考え始めた。
「……つまりハセルとやらが再び最高管理者の地位に就こうとしている……そして謎に処刑課の面子も保てている状態、ということか」
「意味がわからないよっ! 前まで処刑課はほとんどの人から反感を買っていたのは間違いないんだ!」
焦りながら報告するミクバは息が荒く急いで来たことが見て分かる。そのミクバとは対にアリマとサクヤは冷静にも真剣に話を聞いていた。
「でも今では理由もなく皆んなが皆んな復興を後押ししてる!」
険しいミクバの言葉にアリマは腕を組んで左手を顎に当てながら深刻そうに考え始めた。
「……最高管理者の目的は一貫してフラブ君を傷つけることにあるだろう。フラブ君を傷つければ傷つける程に世界という魔力からの反感を買うワケだからな。故にフラブ君の保護が第一優先となる」
「ですがっ……」
反論しようと不安そうな表情を見せながらサクヤは意を決して拳を握りしめている。だが反論を許さないようにアリマは冷たく鋭い目でサクヤの方を見た。
「フラブ君がいる場所に心当たりがあるのか?」
「っ確かクソや……アイネさんにライエさんと合わせてもらうとか言ってましたよ」
不思議そうに答えたサクヤだが、アリマは腕を組んで左手を顎に当てながら真剣に考え始めた。
「否、フラブ君には俺を執務室まで運んでもらったような気がする。眠っている間にフラブ君が側にいた気配を感じたからな」
少し嬉しそうに思い出しながら話しているアリマだがサクヤは少し険しい表情を見せて黙り込んだ。その言いづらそうなサクヤを見てアリマは再び真剣な表情へと変わる。
「まぁ良い。君はカミサキ姉からの連絡を待て。そして公国と皇御国との報連相を終わらせた後はいつも通り仕事に戻ってほしい」
「謹んで任されます。あくまでも名家から処刑課に敵対の意を示すことはしない、ということですよね?」
「ああ。そしてミクバ、君は引き続き罠を張りつつフラブ君の帰りを待っていてほしい」
アリマとサクヤが話している間にミクバは冷静に戻っていてゆっくり立ち上がった。そのミクバの表情からも真剣さが伝わり拳を強く握りしめている。
「分かった」
微かに震えた声でそう言い終わると転移魔法を使って颯爽とその場を後にした。
「……ミクバさんはロクさんを殺したこと、多分ずっと引きずり続けますよ。自爆特攻を後押ししただけで悪いなんてことはないのに……」
その場に居合わせていたサクヤは悲しそうに言いながらゆっくりアリマの方を見る。
「無論、想定内だ。ミクバは其れからくる自責の念で今も最高管理者と敵対しているのだろう。酷いことを言うが最大限に利用させてもらう」
淡々として言うアリマだが背徳からか微かに悲しそうな表情を浮かべて俯いた。
「……サクヤ。俺は間違えていたと思うか?」
「何を……」
「フラブ君に期待したこと……選択を任せたこともっと早く檻に閉じ込めなかったこと。閉じ込めることで嫌われる勇気を持てなかったこと」
悲しそうに俯いたアリマを見てサクヤは驚きを隠せずに目を少し見開いた。それでも冷静になっていつに増しても優しく、悲しそうな表情を見せる。
「この世界が残酷であり続ける限り覚悟が決まっているフラブさんはどう足掻いても遅かれ早かれ貴方が知るハジメさんと同じ道を辿ります」
暗い声色で言いながらも表情は常に前を見ているサクヤは覚悟を決めるように拳を軽く握りしめた。
「……前みたいにフラブ君と笑って過ごしたいだけなのにそれすら叶わせてくれない。──人を殺してしたことへの相応の罰が漸く来たんだ」
微かに震えた声でそう言いながら俯き、次第に涙が目に溢れてきた。涙で揺れる視界と同時に目から溢れ出た水滴が地面へと溢れ落ちる。
「こら! 勝手に諦めて悲しまない!」
突然元気良くそう言うサクヤ。アリマは驚きを隠せず目を少し見開いてゆっくりサクヤの方を見る。視線の先にいるサクヤは手を腰に当てながら何よりも優しい表情を浮かべていた。
「傍若無人のサヤ姉ならきっとこんな適当な言葉で当主さんの話を遮ると思います。僕は励ますことだけは不得手なので…」
「……そうか。すまない、少し疲れているんだ。悲しんでる時間はなないな」
吹っ切れたようにそう言うアリマは過去を感慨深く思い出すように優しく微笑んだ。すると突然カミサキから通信が来てサクヤは急いで通信を取り、右手を右耳に着けている小型魔力通信機にあてる。
「すみません、カミサキさんからです」
真剣な表情を浮かべながらそう言い、サクヤはカミサキと話し始める。それにアリマは優しくも真剣な表情へと変わり言葉を呑んだ。
「……本当に? はい、分かりました。ではニベさんと戻れますか? ……すみません、すぐ迎えに行きますので待っていて下さい」
呆れを越してサクヤは疲れ気味でそう言って通信を切り明るい表情でアリマの方を見る。
「当主さん。──矢は敵の住処を掴めた。成功らしいです」
「フラブ君への土産が出来たな」
悪い顔をして楽しそうに言うアリマ。それにサクヤは明るい表情ながら軽く頷いた。
──するとアリマの左手側から足音が聞こえてサクヤとアリマは不思議そうにその方向を見る。
目線の先には機嫌よさそうに優しい表情を浮かべているアイネと、その左背後に罪悪感からか常に暗い表情で前を見て歩いているコウファがいた。
コウファは白いスニーカーを履いていてフード付きの灰色のマントを羽織っている。
「フラブはどこに?」
微かに険しさが混じっている問いにアリマは警戒しつつ真剣な表情を浮かべる。驚きを隠せずに目を見開くサクヤだが直ぐに真剣な表情を浮かべた。
「釈放したんですか?」
サクヤの問いと共にアリマも不思議そうにアイネとコウファの方を見る。
「釈放とは少し違います。彼が重要な事実を教えてくれましたので」
そう言いながらアイネはアリマの左横で立ち止まりコウファも続いて足を止める。
「記憶が? ハセルに奪われていたはずでは……」
少しの驚きを隠せずに言葉を溢したサクヤは少し目を見開いてコウファを見下ろす。コウファはアイネより2歩ほど前に出ながらゆっくりアリマを見上げた。
「アリマさん。フラブと化け物の分離……言葉で言い表せないくらいに感謝しています」
暗い声色でそう言いながらコウファは躊躇いもなく頭を下げる。
「……頭を上げろ。君の自責のために分離させたワケではない」
腕を組みながら意外にも優しい表情を浮かべているアリマの言葉にコウファはゆっくり頭を上げた。
「……すみません、場所を変えて2人で話せますか?」
そのコウファの問いにアリマはそっとサクヤの方を見て目を合わせる。そしてアイコンタクトを取り軽く頷くと再びコウファの方を見た。
「ああ。ついて来い」
──それからアリマはコウファを連れて自身の執務室へと移動した。そして左側のソファーに座り、机を挟んで右側のソファーにコウファが座る。
「では話を続けよう。俺に中途半端な嘘は通じないことを前提にな」
無表情ながら問い詰めるように圧ある声色でそう言うアリマは手を膝の上で組む。それに怖気付くことなくコウファは手を膝の上に置いて、暗くも真剣な表情でアリマの方を見た。
「知っての通り僕は貴方の弟を2人殺しています。罪償いなんて一生をかけても出来ないでしょう。覚えてますか? 最初の襲撃時に貴方のことが嫌いだと言ったこと」
「ああ。俺は週に一度の頻度で君に魔法の扱い方を教えていたからな。心底傷ついた」
「それが鬼だったから。そしてヨヤギ家へ襲撃に行く前にその鬼が190年前からフラブの親代わりをしていたとルルから聞いていたんです」
優しくてもどこか冷たさが感じ取れるコウファの表情と共に次第に雲行きが怪しくなる説明。アリマは察するも何とも言えない表情でただ説明を聞き続ける。
「不安で不安で……僕は貴方を第一優先で殺しに行こうと考えてました。それを大嫌いと称しただけ、他意はありません」
「……君の家族愛はタガが外れている。アリトを見てきた俺でも忠告するレベルだ。自覚した方が良い」
「すみません、少し話が逸れましたね。それで貴方も知っている通りーー僕は本当に190年前、1回死んでいるんです。物理的に」
「ああ。無論知っている。憶測になるが君を生かした……否、生き返らせたのはフラブ君の中にいた世界だろう?」
「はい。今までその化け物が敵か味方かの混乱を避けたかったので誰にも言っていませんでしたが……僕は気がつけば何もない草原にいました。あの頃の姿で」
「……つまり君はそれから50年経過した今、──肉体的にも精神的にも142歳の状態だと?」
アリマの不思議そうな問いに、コウファは胸に右手を当てながら真っ直ぐ強い意志でアリマの目を見る。
「そうなります。これで僕は貴方に隠していることはありません。ですので……もしいいのなら僕もフラブの役に立たせてほしい」
「……俺個人として述べるのなら君は弟の仇ではあるワケで決して喜べるお願いではない。だが現状人手があるに越したことはない。其れを踏まえた上で此れからの行動を用いて教えてほしい。ーーフラブ君に人生を捧げる覚悟があるのか」
重いアリマの問いにコウファは少し俯くも拳を強く握りしめて再び真っ直ぐアリマの目を見る。
「当然。──フラブは僕の命よりも大切ですから」




