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幸せへの選択を  作者: サカのうえ
第六章「復興の間」
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第六章 終幕「苦節」

 それから約2時間が経過した頃ーーフラブは見慣れない白いベッドの上でゆっくり瞼を開ける。


 最初に視界に入ったのは白い天井で、──そこは壊れたはずのヨヤギ家本邸にあるとある部屋。無意識のうちに気づいたころにはフラブの視界は涙でぼやけている。頬へと伝う涙は止まることを知らずに溢れに溢れ出し続ける。

 

「泣いているのか? フラブ君」


 突然右側から声が聞こえて驚きながらも勢い良く声が聞こえた方を見る。そこには丸い椅子に座りフラブの寝顔を見ていた優しい表情のアリマが居た。


「アリマさん……今回……死んだ人数は?」


 深刻そうにも涙を止めて恐る恐る問うフラブはベッドから体を起こしながらも眉間に皺を寄せている。


「其の事後処理は現在サクヤに任せている。大まかに分かっている限りの現状を説明をしよう。俺は半分神で半分人の魂になってしまってな」


「…………」


 不思議そうにも理解が追いつかずに驚く間もないフラブ。だがアリマは優しい表情を浮かべるも微かに悲しそうに見える。


「だが厄介な事に最高管理者に奪われた変幻と強奪は取り返せていない。魔法は知恵の状態となれば魔力の消費なしで使える」


「……え?」


「だが知恵の状態になれば魔力が殆ど持っていかれるデメリットがある」


 理解が追いつかずにフラブは右手を元の位置に下ろして呆然としながら小首を傾げる。


「少しの時空を好きな時に行き来できるようになったという利点もある。其れで無い魔力で無理矢理知恵の状態となり建物だけの記録を変えて無事に復元した。分かってほしいのだが死んだ者を生きてるように過去を変えるのは不可能だ」


「……そうですか……」


「ああ」


 その言葉にフラブは驚くこともなく腕を組んで右手を顎に当てて真剣に考え始めた。


「あとついでと言うのか約2億年前からの知恵の概念としての記憶も保有している」


 何よりも心配が勝つフラブにアリマは少し目を見開いて驚きを顕にするも直ぐに優しく微笑んだ。


「そうですか……その……他に生きてる方は……」


「叔父殿も生きているしユフィルム家もサトウ家も無事…….否。バレる嘘はダメだな」


 アリマの優しくも辛い言葉にフラブは瞳孔が小さくなって目を大きく見開いた。


「眠る前に知ったと思うがライエ・ユフィルムの裏切りでサトウ・イミアが刺されて殺された」


 軽々とも悲しそうに言うアリマの言葉にフラブは悲しそうに俯いて微かに手が震えている。


「ユート・ミスナイ。彼は君の友達であるカケイに殺された可能性が高い。アス・ユフェルナの転移前の状況から見ての推測だ。あとスズキ・ロク。彼は君が起きる前に最高管理者に自爆特攻をして死亡」


「……そう、ですか……」


 言葉が喉に詰まる以前に胸の奥に仕舞われて上手く出てこない。そんなフラブは無表情でいて苦しさも悲しさも自己防衛で無視している。


「君の判断を俺は何よりも尊重する。ああ、其れと君の中にいた世界と君を分離することに成功した。故に案ずるな。此れまでのことは君のせいではない」


 それに驚くような表情を浮かべるフラブは向き合うように自身の掌を見る。


「本当に……」


「ああ。その世界はあみぐりみを器として生かし地下牢に居る叔父殿に預けている。他の魔力人形も作動している者は研究対象として同じく叔父殿に預けている」


 それに黙り込んでゆっくりアリマの方を見るフラブは理解が少しだけ追いついてきている。


「確かハセルさんは逃げましたよね……」


 アリマの優しい言葉にもフラブは暗く晴れのない表情で悲しそうに俯いた。


「その……夢を見ていたんです」


「夢?」


 不思議そうに小首を傾げるアリマだがフラブは微かに深刻そうな表情を浮かべている。


「はい。本当にハセルさんは死にたいだけなんです。2万年前の不老不死の実験──」


「……情でも移ったのか?」


 微かにフラブに冷たい目を向けるアリマだがフラブは重苦しい表情で軽く頷いた。


「……そうか。君は何があっても最高管理者を許せない優しい子だと勘違いしていた」


 冷たいアリマの言葉にフラブは肩がビクッと震え上がるも言葉を殺して息を呑む。


「奴が君の中にいた世界を目的に企てた計画で俺の弟妹は殺された。君が最高管理者と敵対するのなら君の所為でも世界のせいでもないと考えていた」


 正確に言うならメイ・ワクの頭脳を利用したハセルの計画なのだが彼の存在をアリマは知らなかった。


「アリマさんが勝手に私に希望を抱いただけでしょう。誰も望んでなんていない。衣食住をくれて何度も私を想って助けてくれて感謝してます。でも誰がなんと言っても私は私です」


「……そうか」


 悲しそうに言いながら席を立ちフラブに背を向けてドアの方へ歩き出した。だがフラブは止めるこをせず受け入れて深く瞬きをする。



 部屋を出たアリマは苦しい表情を浮かべながら崩れ落ちるようにその場で屈んで少し俯いた。ーーすると前方から足音が聞こえてアリマは殺気立ちながらも足音の方をみる。


「相変わらず人間らしいことだけは不器用ね。アリマ」


 そこには相変わらずの着物を着ている死んだ筈のカミサキが居た。


「私が生きてること……フラブにはバレてないわよね?」


 平然として問うカミサキは右手を腰に当て問いながら小首を傾げる。


「当たり前だ。だが部屋の前だからバレるかもな」


 暗い表情でカミサキを見ながら答えるアリマはゆっくり立ち上がり深くため息をついた。


「少し資料を整理してて気になったことがあったの。だから質問に答えなさい。アユは何があって二重人格になったの?」


 深刻そうなカミサキの問いにアリマは暗い表情で右側の廊下を歩き出した。


「アユはフラブ君より3つ歳下の194歳でな。俺の弟だと多分……フラブ君と1番歳が近い」


「そこは聞いてないわ」


 真剣に言うカミサキは右腕を下ろしつつアリマの左側に並んで歩き出した。だがアリマは説明を躊躇うようにカミサキから目線を外して微かに俯く。


「フラブ君の親代わりをしていた190年前から180年前の10年間。其の間……俺は当然だが本邸を留守にしていただろう」


 次第にカミサキは何かを察したのか苦しそうにも目を少し見開いた。


「あれは丁度185年前。フラブ君が12歳の頃ーーアユはまだ幼くも9歳だった。父様は持病で身体を思うように動かせないのと俺の代わりに少しの間ヨヤギ家の当主代理を任せていた。其れに母様は仕事で忙しい」


「…………」


「アユの世話は当然のようにマネやアツト、アオイに任せることになる。だがアツトは歳不相応に仕事をしていてアオイは本邸にも居ない。故にアマネだけになってしまってな。でもアマネも四男で幼かったからアユは……」


 言いづらそうにしているアリマはカミサキの顔色を伺うようにチラリとカミサキの方を見る。だがカミサキは真剣な表情で前を見て説明を聞いていた。


「幼くも使用人含めて皆んなの目を掻い潜って……1人で外へ出たんだ。そこで詳しくは分からないが誘拐されてーー人の死体も見たとか。当然ながら誘拐した野郎は身代金を父様に要求しやがった」


 過去の事ながら悔しそうに語るアリマを見てフラブは微かに暗い表情を浮かべる。


「まぁ其れは父様が1日も経たずに全て1人で解決出来たことなんだ。誘拐した奴を皆殺しにしてな。だがアユはそこで強い自責思考を持つようになった」


「…………」


「自分が外に出て誘拐されたせいで父様や周りに心配をさせてしまった。そう考えながら迷惑に繋がる事を自分がしたのだと常に自分を責めていた。父様も母様もそんなアユを見て優しく気にかけてはいたのだがーーアユも優しいんだ。だからこそ自分の誘拐が人格に繋がる大きい事件になってしまった」


 苦しそうにも悲しい表情で俯いているアリマを見てカミサキは暗い表情で微かに俯いた。


「其れを俺が知ったのが181年前。フラブ君が16歳の頃で君は其れなりには強くなれたからーーアユに寄り添うためにフラブ君から離れた。処刑課のこともあるがな。アマネと喧嘩したのもこの件で俺が早く戻れなかったからだ」


「……そうだったの。それフラブには教えたの?」


 カミサキの深刻そうな問いにアリマは悲しそうな表情を浮かべながら恐る恐る首を横に振る。


「無理だ。教えればフラブ君はまた己を責める」



 それからアリマは下駄を履いてカミサキと共に地下への階段を降りていた。


 階段を下り終えると相変わらず左右に牢があって真っ直ぐ廊下が続いている。薄暗くも捕虜となっている者は常に下を見て前とは違い絶望した顔をしていた。


「何が……」


その光景に驚いているカミサキだが、アリマは呆れたような表情で見渡している。


「叔父殿の拷問が度を超してしまったからだ。引き篭もる地下が壊されたと思えば、唯一の友達である君が化け物へと変わって……化け物と分離させてもフラブ君が直ぐに目を覚まさないから怒りが沸いたのだろう」

 

 多々ありアイネの部屋の前に着きアリマがドアを3回ノックして襖を開けた。


 そこには相変わらずの低くて丸い机が中央に置かれている畳部屋。アイネが着物の姿で湯呑みを右手に持ちながら座っていて机の上に化け物が器としているあみぐりみが置かれていた。


「いらしていたんですか」


 アイネは淡々としてアリマ達の方を見てそう言い、あみぐるみもアリマ達の方を振り返る。


「アイネさん。会いたい捕虜が居るの」


 真剣な表情でアイネの方を見て言うカミサキを見てアイネも真剣な表情を浮かべる。


「分かりました。化け物さんは……」


「俺が預かります。少し話したいことがありますので」


 アリマは下駄を脱いで机の上に置かれている化け物が入ったあみぐるみを右手に持つ。それを確認したアイネはゆっくり立ち上がる。


「ではついて来て下さい」


 そしてカミサキに背を向けて後方にある襖の方を見てゆっくり襖を開けてその場を後にする。それにカミサキは無言で真剣な表情を浮かべ襖からゆっくりその場を後にした。


「190年前……フラブ君の親や処刑課が死んだ件で言うなら貴方は悪くない。貴方を狙っている敵が何度もフラブ君の大切な人を殺した……其れもまだ分かる。だが何故今になってたくさんの人を殺した?」


 深刻そうなアリマの問いに化け物は無言で下を向いては微かに悲しそうな表情を浮かべた。それを見たアリマは軽くため息をついて低い机に向かって座る。


「人間が憎いにしてもフラブ君が好きにしても他にやり方はなかったのか?」


 微かに悲しそうな声色で言うアリマの方を化け物はゆっくり見上げた。


「……フラブと私だけの空間が欲しかった。フラブは私の初恋だから。──フラブが3歳の頃に出会って好きになったんだ」


 


 シラ・フラブが3歳の頃、──フラブはいつもと同じように家の庭に大の字になって空を見ていた。


 空は朝早くフラブにとってこの庭は何よりもお気に入りの場所だったのだろう。


「……きょうがはじまった」


 眠たそうにしながら空を眺めているフラブは軽くあくびをした。──すると塀があるはずの左側から直後として何かを感じ取りゆっくりその方向を見る。

 そこには赤色に少しだけ輝く光源があって、フラブは不思議そうに光源を見た。


「だいじょうぶ?」


 驚きよりも心配が勝るフラブを見て光源はフラブの上に浮いて近寄ってきた。


「わたしね。しらふらぶっていうんだ! あなたはだぁれ?」

 

 面白そうに言いながら光源を触ろうと必死なフラブだが光源を透けて触ることができない。不思議に思ったフラブは小首を傾げながら体を起こした。


「どこかいたいの?」


 明らかに人でなくても分け隔てなく心配して接するフラブに光源は急に空中に浮いて焦り始めた。

 それを不思議そうに見るフラブは楽しそうに微笑えんで目を輝かせる。


「なにかあったらふらぶをよんで! ぜったいにたすけるから!」




 そして今現在──


「それが当たり前のフラブを好きになった」


 昔の思い出を感慨深く語る化け物だが、アリマは悲しそうな表情を浮かべている。


「3歳で人を守るという気持ちと言葉を身につけているとは……さすがフラブ君だな」


 ─ つまり最高管理者は世界の初恋がフラブ君になることを見据えていた……? 否、そもそも何故……タイミングよくその時に世界がシラ家の本邸にいた……?


 心の内では真剣に考え始めるアリマだが、表情には表さずに化け物を見つめる。


「初恋か……」


「そうだ。初恋なんだ……今でもフラブが好きだ」


 優しく言う化け物は真剣でいて真っ直ぐなのだが、アリマは驚く事もなく微かに俯いている。


「──それでも死んだ人は戻らない。知恵の概念から見れば貴方は尊敬すべき方なのだが、俺から見れば貴方は憎いに変わらない」


「だろうな。だが人間は罪深い。もう人間は殺さないがこれが人間に残す最後のチャンスでもある」




 ──その頃カミサキとアイネは横に並びつつ階段を下りて話をしていた。


「思考速度なら私はアリマと同等だと思っているの。でも……それでも何の役にも立てない……」


「そうですか。アリマくんが居る限りわざわざ役に立とうとする必要はないと思いますが」


 無表情ながら冷たい声色でそう言うアイネだが、カミサキは前を見ながらどこか悲しそうな表情を浮かべていた。


「本当……アイネさんと話すのは疲れるわ」


 階段を下り終えると直ぐ右側の牢に有刺鉄線が首に巻きついて吊るされたライエが居た。見てられない程に痛々しく死なない程度に常時保存魔法が掛けられている。


「…………」


 カミサキは大して何も言う事はなく向き合うようにも悲しい表情を浮かべて前を見る。


「アイネさん。何で昔……ヨヤギ家の当主を弟のアサヒトさんに譲渡したの?」


 暗い声色で問うカミサキの言葉にアイネは微かに悲しそうな表情を浮かべた。


「さぁ……何ででしょう。弟の方が人間味があるからでしょうか。私は大多数に避けられていましたから」

 

 ──そこには右腕閉じたノートパソコンを抱えている元処刑課のミクバがいた。


「シラさんに大事な話があるんです。シラさんは?」


 深刻そうな真剣な表情でフラブを見てそう言うミクバは元処刑課のロクの自爆ボタンを押している。それからか暗いような重苦しい表情にも見える。



 それから多々あり階段から地上へ出たフラブとミクバは地下へのドアを閉めて真剣な表情で向かい合う。


「ヨヤギ・アリマから口止めされてますが本題から話させてもらいます」


 そのミクバの言葉にフラブは少し目を見開くも直ぐ様に再び真剣な表情へと戻り軽く腕を組む。


「問題点として2つ。1つ目はーールルという方が率いている敵がいつ攻めて来てもおかしくない状況だと言うこと。表立って敵対してくれましたから」


 いつに増しても真剣に説明するミクバは「それと」と言いながら言葉を続ける。


「化け物を世界から分離する。そう言っていたタナカという人は……その……聞く覚悟は?」


 意を決するために恐る恐る問うミクバだが、フラブは真剣に「ある」と答えながら軽く頷いた。


「覚悟は問う以前につけるものだろう」


「そうですよね。ボクは医療機関に赴いて知りました。タナカはシメトア村の崩壊時、既に殺されています」


「…………は?」


「シメトア村の崩壊は凡そ400年から300年前。それは置いといて死亡記録は存在していても詳しく書かれていない点。それがシラ・コウファさんと同じなんです。医療機関は老衰死以外の記録は詳しく書きます」


 深刻そうに言うフラブは自身のお爺様である先先代シラ家の当主のシラ・イサの言葉が脳裏に過ぎった。


 ──「ワシが死ぬ時は世界の終焉へのカウントダウンが始まる狼煙でもあるのじゃろう……気をつけると約束しなさい」


 アリマの家に来たばかりの頃、──眠っている1週間の間にシラ・イサは死んでいる。そして現に帝国と王国と共和国に住む人々が全員殺されて世界人口が半分以上減っている。

 

 遅れをとった変えようもないその事実にフラブは悔いで拳を強く握りしめた。


「……詳しく」


「死亡記録は死去した場所や年齢、原因になる魔法あるいは病気など。個人の情報も詳しく記録されます。少しの情報が新たな魔法を生み出す原点になる可能性があるからです」


 深刻そうに説明するミクバは躊躇うようにも眉間に皺を寄せて「ですが」言い話を続ける。


「タナカさんは死亡。その事実しか記録されていませんでした。シラ・コウファさんもそれで生きてましたから……深刻に考えてほしいです」


 それに大きく目を見開くフラブだが左手を顎に当てて真剣に考え始めた。だが何故かミクバは血の気が引くように青ざめて恐る恐るフラブの上を見る。


「フラブ君。ここで何を?」


 優しい声にも聞こえるが微かに怒りが混ざっているようにも聞こえる。右肩に手を置かれてフラブは恐る恐る後ろを振り向いた。──そこには深刻そうな表情を浮かべている相変わらずの姿のアリマが居た。


「なんてな。冗談だ。最初から聞いていた」


 真剣ながらアリマは「そして」と言い冷淡と言葉を続ける。


「疑念が生まれないために説明するがシラ・コウファの死亡記録に関しては俺が医療機関にそう命じた。あの時は死んでいることを成る可く公に出したくなかったからな」


 アリマのその説明にミクバは嫌そうな表情を浮かべるも、フラブは不思議そうにアリマを見る。


「理由を聞いても?」


「良い。シラ・コウファは生きていると皆に勘違いさせれば君を殺して財産を狙う賊が限られるだろう? 彼も優秀だったからな」


 懐かしそうに説明するアリマの口調は優しく現状に合わないくらいに落ち着いている。


「結構考えてくれているんですね……」


 感心するように言うフラブだが突然何かを思い出したよう真剣な表情を浮かべた。


「アリマさんはやっぱり……魔力量が魔力量ですから回復ってまだ……」


「ああ。俺の魔力が完全に回復するには4日かかる。その頃にコヨリとキヨリの元へ赴く。君も来い」


「分かり、ました……」


 不安気にも答えるフラブは微かに疑念が生まれているのか余所余所しく見える。


「其れとフラブ君。別で話したい事がある」



 アリマに言われて来た場所はヨヤギ家本邸のアリマの執務室で変わらず燃やされた跡がない。


 フラブは右側のソファーに座り、アリマは机を挟んで左側のソファーに腰を下ろして話し始める。


「フラブ君。今から君に大切なことを問う。俺に嘘は通じない前提で答えてほしい」


 いつに増しても真剣なアリマの表情からは威圧感があり前屈みに手を膝の上で組んでいる。緊迫した空気の中でもフラブは常に暗い表情で冷淡としていた。


「君は目前にして最高管理者と敵対できるのか?」


「もちろん出来ます。私はハセルさんを殺して助けてあげたい。生きることだけが誰しも幸せではないと学びました。死ぬことが救いになる方もいます」


 即答したフラブは優雅にも手を膝に置いて優しい表情を浮かべていた。それにアリマは安心したかのように緊張が解れてソファーに軽く凭れる。


「そうか」


 少し疲れたように言うアリマだが、関係ないと言わんばかりに真剣な表情を浮かべているフラブは「それと」と言って言葉を続けた。


「化け物が私の中から居なくなって私がどれだけ戦えるのか試したいんです。ですので修錬場で手合わせ願います」


「其の前に君の戦闘スタイルを確立させたい。剣で戦うにしても君の適性と最適性はかなり強いだろう? アザヤから貰った剣を少し見せてくれないか?」


「分かり……ました」


 納得する理由ではないがアリマを信用して収納魔法から刃に赤色が混ざっている剣を丁寧に取り出したその剣を見たアリマの表情は一瞬だけ眉間に皺を寄せるも直ぐに優しい表情を浮かべる。


「壊さないで下さいね……?」


 そう問いながら恐る恐るアリマに渡し、それに答えるように丁寧に両手で剣を受け取った。


「ああ。此れは暫く俺が預かる。良いな?」


 威圧するようにも真剣な問いにフラブは不安げに眉間に皺を寄せながら軽く頷いた。それを確認したアリマは収納魔法に剣を仕舞い真剣な表情を浮かべる。


「本当に壊さないで下さいねっ?」


 焦り気味で問うフラブにアリマは真剣ながら優しい表情を浮かべた。


「ああ。君が自信ある剣術や槍術で言うならアザヤの方が詳しいだろう。故に俺が君の強化で出来ることがあるのなら体力量と魔力量の上昇。其れに伴う魔力と魔法、其々の練度の上昇だ」


 すると急に部屋のドアが3回ノックされてアリマとフラブの視線がドアに移動する。するとゆっくりドアが開いて両手に大量の紙を抱えたニベ・ユールが部屋へと足を踏み入れた。


「目を覚まされたんですね。フラブ様」


 優しい声色で言いながらドアの前で小首を傾げるユールは見るからに上機嫌そうだ。


「ああ。ニベ、何を?」


 不思議そうに問うフラブを見てユールは優しく瞬きをして机の横まで歩いて来た。


「フラブ様にも教えてよろしいですか?」


 微笑みながらアリマを見て問うユールの言葉にフラブは微かに不機嫌そうに腕を組んで瞼を閉じる。そのフ反応に困ったような表情を浮かべるアリマはユールの方を見る。


「教えようか?」


 仕方なく再びフラブの方を見て躊躇うも真剣な表情を浮かべた。


「……前にアリトが敵を追跡した結果西の遺跡に住処があると確信した。そこに俺が行ってみてはドアを確認してな。その見張りと解除をユールに任せている」


「嘘はありません。この資料は調べ終えて違うと確信したドアの解除条件の一覧です。フラブ様も見ますか?」


 アリマの説明に優しく付け足すユールの方をフラブは不思議そうな表情で見た。


「やけに協力的だな?」


「今はフラブ様の使用人ですから」


 優しい声色で発せられる言葉には疑念が当たり前のように生まれてしまいフラブはアリマの方を見る。それに気づいたアリマは安心しろと言わんばかりに優しい表情を浮かべてフラブの方を見た。


「……ニベ。私はお前を信じたい」


 暗い声色ながら悲しそうに俯いて言葉を溢すフラブを見てユールは嬉しそうに頬を赤くした。


「ふふっ! 信じていいですよ。私の最期は貴女が着飾ってくれると約束するなら頑張っちゃいます!」


 ガッツポーズをしながら優しく答えるユールは常に嬉しそうに優しい表情を浮かべている。だが確かに伝わる狂気にフラブは目を背けて軽く溜め息を溢した。


「そうか。……何でもない」



 次の日の早朝、フラブはアリマと共に修錬場に来ては2歩ほど開けて向かいあっていた。ただフラブは白い腕輪が付けられている自分の右手首を不思議そうに見ている。


「これは……?」


「ただの魔道具だ。何でも良いから適当に魔法を使用してみろ」


 淡々とそう言いフラブの右手側へと道を開けるように移動する。それにフラブは真っ直ぐ右腕を前に伸ばして何もないところに右手を翳した。


 ──火炎魔法「炎華」


 フラブが魔法を使用すると同時にフラブが手を翳した先に赤い炎の華が浮いて現れた。燃え盛る華は茎がなく可愛さよりも美しさの方が伝わってくる。


 だが同時にフラブの体に電気が流れて燃えるように後方へパタリと倒れた。電気が流れた衝撃で魔法は保てず魔法は霧のようにすっと消える。


「こう言うことだ。一定以上の魔力を瞬間的に使用すると君の身体に電気が流れる」


 優しい表情を浮かべながらフラブを見下ろして説明するアリマ。それにフラブは怒りを顕にしながらアリマを見上げて身体を起こし地面に座る。


「先に言って下さいよ! 何が適当に魔法を使用してみろですか!」


「疑わずに使う君が悪い。其れに身をもって体験する方が学習になるだろう?」


「っ本当にああ言えばこう言う……! でしたら詳しく説明を求めます! 魔法すら使用させないで何を鍛えるんですか?」


 そのフラブの問いにアリマは軽く腕を組みながら優しい表情を浮かべた。


「──使用させない? 否。其れは違う。魔法に対する理解度と、身体に流れている魔力の速度や圧。其れに対する君の思考と身体の感覚を合致させる勉強だ」


 アリマの説明を聞いてるフラブは何の意味も理解できず常にきょとんとしている。




 それから4日が経過した頃、──フラブとアリマはユフィルム家の別邸にあるコヨリとキヨリが眠っている部屋に訪れた。コヨリとキヨリは変わらず身動き取らずに瞼を閉じて白いベッドの上でまだ眠っている。


 フラブとアリマは無言でいて冷たい空気が流れながらも横に並んでコヨリとキヨリの方を見ていた。


 フラブの左手側にいるアリマは後ろ髪を高めに上で1つに束ねていて、羽織物に腕を通さず腕を組みながらフラブの右背後に位置している。


「呪いが溶けても……呪いを解くことが2人にとって幸せな選択だと思いますか?」


 無表情ながらに悲しい表情にも見えるフラブの目線の先には微動だにしないコヨリとキヨリが居る。


「思う。今でもコヨリとキヨリは精神面で呪いと戦っている。サヤとキュサは己の命をかけて幼いコヨリとキヨリを守ったんだ。憶測だがサヤはコヨリとキヨリが心残りになっているだろう」


「ですが現状を考えて下さい。人が沢山死んでて……サヤさんだって……コヨリちゃんとキヨリちゃんは私やアリマさんと違って幼い。今の現状を受け入れないといけないなんて地獄と同じです」


「ならば君は2人を永遠に呪いを解かずに死ぬまでベッドの上で過ごさせる気なのか?」


 真剣に問うアリマだがフラブの表情は常に冷淡としていて何を考えているのか読み取れない。


「そうです。その方がコヨリちゃんとキヨリちゃんは幸せでしょう」


「他人に決められる幸せは不幸でしかない」


 悲しそうな表情を見せるアリマの方をフラブはゆっくり振り返る。重苦しい表情を浮かべるフラブを見るもアリマは冷静に直ぐにコヨリ達の方を見た。


 そして悲しくても優しい表情でコヨリとキヨリの方に左手を翳した。──同時にアリマは知恵の状態へと変わり髪が白色へと変化して澄んでいる薄い紫色の眼を顕にする。


「アリマさん……?」


 初めて見たアリマの姿に驚きを隠せないでいるフラブだが瞬時にコヨリとキヨリの身体が眩しくないくらいに光出した。──すると気味の悪い赤色の呪印がコヨリとキヨリの真上にそれぞれ浮かび上がった。


 次第に呪印が抵抗するように小さく凝縮されていくもアリマは常に悠々としている。次第に呪印が白く光出して空気に溶ける泡のように消滅した。


「戦闘能力だけは皆無だが……知恵は魔法を生み出すことは得意らしい。其のお陰で君と世界を分離させてあみぐるみを器と出来た」


 呪いの魔法を解いたアリマは腕を元の位置に下ろしてゆっくりフラブの方をみる。


「コヨリとキヨリが現状を受け入れられない弱い子だと言うのなら聞いて確かめれば良い。人の気持ちを憶測で決める君よりは強い子だと俺は思うがな」


「……そうですね。目を覚ましたときにでも勝手に聞いてみらたら良いと思います」


 暗い声でそう言うフラブは右手に鉄剣を握り締めてコヨリとキヨリの元へ歩き出す。それを見たアリマは冷静にも直ぐにフラブに左腕を回し、胸ぐらを掴んで容赦なくフラブを地面に強く叩きつけた──。


「────ッ」


「殺すのなら俺が相手になるぞ」


 痛々しくも険しい表情を見せるフラブと、無表情ながらに悲しさが感じ取れるアリマ。両者ともに優しいが故に敵対して意見が衝突し続けている。


「生きてることがっ……必ずしも幸せとは限らないでしょうっ」


 抵抗するようにフラブは両手でアリマの左手首を強く握り締めてアリマを強く睨みつける。


「勝手に決めつけるな。あと何回言えば分かる」


「──泣いてからじゃ遅いんですよッ!」


 声を荒げて辛そうに言うフラブは全て覚悟の上で幸せを創る道具としての役割を果たそうとしている。それを汲み取ってもアリマは冷たく、冷たさからは愛と温情が読み取れる。


「何をしているのだ?」


 その不思議そうな問いはアリマの背後にあるベッドから可愛い聞こえて、フラブとアリマは同時にその方向を振り返った。

 コヨリより先に起きたキヨリが体を起こして不思議そうにアリマとフラブの方を見つめている。

 それに悲しそうにも溢れ出したフラブの涙は本人すら意図せず急に溢れ出した。

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