第六十八話 判断次第
──壊れた処刑課の本拠地の前にいるミスナイとユフェルナ。そして目の前にいるシュライはミスナイの精神支配が効いていたのだが。シュライの左後ろに現れたハセルは悠々として優しい表情を浮かべていた。
「カケイとやらに会いたい……会って謝りたいのが君の願いか。実につまらない願いなのだよ」
そのハセルの言葉にミスナイとユフェルナは微かに険しい表情を見せる。
「貴方にそう言われる筋合いはありません。人の思考を変えて楽しいですか?」
深刻そうにも怒りを向けないように問うミスナイは明らかなハセルの異様さに警戒している。それでもハセルは悠々として笑みを浮かべてユフェルナの方を見た。
「君の妹は本当に役に立ってくれたのだよ。ナラミナが殺して成り替わり──カケイとシラ・フラブの出会いを成功させたからね」
悠々としているハセルに怒りを顕にしてしまいそうなユフェルナ。だがミスナイは優しい表情を浮かべながら右手をユフェルナの肩に置いた。
「ユフェルナさん。好きな果物は?」
そのミスナイの優しい問いにユフェルナは少し驚いたような表情でミスナイを見る。だが直ぐ様に意図を汲み取り優しく微笑みながらハセルの方を見た。
「リンゴです」
それに安心したかのようにミスナイはユフェルナから手を離して元の位置に下ろす。だが対にハセルは少しの怒りを顕にしがらミスナイを強く睨みつけた。
「強制的に怒りを終わらせたか。相性が悪い……」
怒りや殺意をハセルに向ければハセルは相手の段位を奪う事が可能になる。だがミスナイは会話が成立したという判定で相手に精神支配をかける事が出来る。
良くも悪くも不老不死のハセルへの時間稼ぎは出来る程の力はミスナイにはあった。
「ふふ。そうだね。カケイを丁度ここに来させていたんだ。会わせてあげよう」
すると突如としてミスナイは背後から殺意を感じ取り直ぐ様に振り返る。ーーそこには白いローブを着て左手に仕舞われた氷の傘を握っているカケイがいた。
それに驚くように目を大きく見開くミスナイだがユフェルナは変わらずハセルの方を警戒している。
──カケイは魔法で操られている気配はなくただ曇った表情でミスナイを見つめていた。
「ユート……」
相変わらずミスナイを名字で呼ぶカケイは明らかに目に光がなく希望もない。いつ死んでもおかしくないような気力で殺意だけが溢れていた。
その光景を見たハセルは冷静に判断をしてシュライと共に転移魔法で颯爽とその場を後にする。
** ** * ** **
その頃──廃れた村の前にいるフラブとアリマとロクは変わらず深刻そうな空気が流れていた。フラブの手のひらから地面へ血が流れて魔法を解除しつつも表情は険しい。
「……すみません。やっぱりアリマさんとロクさんは居残りで私1人で様子を見に行きます」
意を決して真剣に言うフラブだがアリマとロクは驚きつつも少し目を見開いてフラブを見た。だが言葉が詰まるようにフラブの目は薄黒くも光や希望が一切見えない。
「見てのの通りこの村は異常です。魔物の住処といえど魔物が居なければ当然のように人も居ない。イミアさんを連れて来なくて正解でした。私が1時間経過しても帰らなければ直ぐにユフィルム家の別邸へ戻って知らせて下さい」
そして気力が感じ取れなくとも村の中へと足を踏み入れようとするフラブだが。微かに冷や汗を流しながらもアリマは必死にフラブの左手首を掴んで止めた。
「駄目だ。君が行くのなら俺も行く。これは俺が依頼されたモノだ。君に決定権はない」
「それをアリマさんが言いますか。私がサクヤさんと行動するという話で頑なに反対したのはアリマさんでしょう? それも私と離れたくないという何ともくだらない理由で」
「其れは……ぐうの音も出ない、」
「でしたら分かって下さい。嫌な予感がするんです。ロクさんならもともかく今の魔法が使えないアリマさんでは心配なんです。どれだけアリマさんの力が強くても……それ以上に魔法は脅威ですから」
真剣に優しい声色で言うフラブだがアリマは何故か嬉しそうに優しい表情を浮かべた。
「だが駄目だ。君は弱い割に危ういからな」
フラブも充分には強いのだがアリマから見たら弱いに分類される。それにフラブは険しくも暗い表情でアリマから目線を外して村の方を見る。
「……そうですか」
悲しそうに答えたフラブだがロクの方を見るなり不思議そうに小首を傾げる。ロクは村の入り口の前で鏡ながら右手の人差し指を地面へ置いて燃え盛る赤い炎を出していた。そしてアリマは安心したかのように優しい表情を浮かべてはフラブの左手首を離す。
「何をしているんですか?」
フラブはそう問いながらロクの左後ろで立ち止まり炎を見下ろした。ロクの表情はとても真剣で真っ直ぐ炎を見ながらも微かに曇っているようにも見える。
「オレは適性が火炎魔法。オレの魔力が途絶えない限り……この火は燃え続ける」
そして真剣にも優しい声色でそう言いながら地面から指を離して立ち上がりフラブとアリマの方を見た。
「だからオレが行くよ」
そのロクから漂う風格は元処刑課長だったと再認識させてくれる正義感がある。それに少し驚いたような表情をみせるフラブだがロクは覚悟が決まっていた。
「オレがシラさんの使用人を選んだ理由はそれが正しいと信じたから。話してみてもシラさんは口が悪いけど真っ直ぐで優しい人だと思う」
「……それは違います」
微かに暗い声色で反論するフラブだがロクは常に優しい表情をフラブに向けている。
「……その火があるのなら全員で行きましょう。ですがアリマさんは魔法から身を守る術がない。絶対に私の側から離れないで下さい」
そうして意を決して警戒しながらフラブは村へと足を踏み入れる。だがその瞬間──突如としてフラブの右眼に強く燃え盛る青色の火が点いた。
それにアリマは目を大きく見開いて動きが止まるもフラブは痛いたい素振りなく前を向いている。眼球も燃えてなくなることすらなく視界もそのままで傷も一つとしてつかない。
「なんや。無反応かい……一晩考えたサプライズなんやけどな?」
斜め前の上空から聞こえるフラブにとっては忘れそうな頃のタナカの声。フラブとアリマとロクは直ぐに男性の声が聞こえた方向を見上げる。
黄緑色の腰下にまで伸びている長い後ろ髪を1つに束ねていてセンター分けの前髪。そして光が宿っていない黄緑色の瞳。相変わらずの青年程の見た目で身長は188センチ程の男性。
まさにフラブが初めましてで出会った時と変わらない見た目のタナカだった。そして前とは違い白い実験衣を着ていながら空中に立っていて綺麗な靴を履いている。
「ええやろ? この村。魔物の住処になる前──俺の帰る家があった村なんよ」
悠々としているタナカはゆっくり地に足をつけて優しい表情でフラブの方を見るも。それでもフラブ達は強くタナカを警戒しているような目つきで見ていた。
「どうやって生きていた?」
警戒するようにも真剣に問うアリマはタナカが生きれた情報を聞くことをラスリに頼まれている。
「死んでほしかったん? ……冗談や。そう警戒せんといて。特別な事は何にもしてへんから」
優しい声色ながら微かに殺意が感じ取れるほど異様さが感じ取れてしまう。それにフラブはいつでも魔法が使えるように警戒を解かずにタナカを見ている。
「ただハセルさんに魔法をかけられただけなんよ。死ぬ直前に決められていた地点に転移するっていう……アホみたいな魔法をな」
緊迫した空気の中でも悠々と微笑んでいるタナカは急に右手に拳銃を持ち銃口をフラブの頭を向けた。
「ここまで説明したらもう分かるやろ? 俺は最初から魔力人形の正体も作られた経緯も全て知っとる──当然やけど化け物の敵でカケイ君の味方や」
でもアリマは何かに気がついたのかフラブを護る素振りは見せない。そのアリマとタナカにフラブも違和感を持ちながら魔法を使おうとする事はしなかった。
「……何の真似ですか?」
「──ここは少しくらい警戒する素振りくらいはするべきなんちゃう? まぁ最初から物理攻撃なんてする必要はないんやけどね」
微笑みながらも両手を上げて銃口をフラブから空へと逸らした。だがその直後──フラブは前方に地面へ途端に倒れてしまい瞼を閉じている。
そのフラブを見て目を大きく見開いたアリマとロクだが直ぐにタナカを強く睨みつけた。
「何をした?」
圧ある声色で怒りを堪えながらも問うアリマは拳を強く握りしめていて。だがそれにもタナカは微笑みながらアリマを見ては常に悠々としている。
「暫く眠ってもらうだけやから。もちろん──悪夢でもみせてな」
「何でそんなことを?」
圧ある声で問うロクはフラブの右前で地面に左膝をつけて左腕をフラブの前に出し守る体制をとっている。意外にもアリマは直ぐ殺しにかかる事はせず嫌そうにタナカを睨んでいた。
「フラブさんの精神はもう崩壊寸前。せやからズタズタにして立ち直れない程に更に壊す……そしたら化け物が出てくるやろ? そこからが俺の正念場や」
それでもアリマは嫌そうにも微かに悲しそうに俯きながらフラブを見る。そのアリマを見たタナカは一瞬だけ嫌そうな目を向けるも直ぐ様に再び微笑んだ。
「残念やけどフラブさんは殺さなあかん。フラブさんを殺さんと化け物が覚醒したとき全員が死ぬ。これは命をかけた慈善活動なんよ」
** ** * ** **
その頃、眠っているフラブは夢の中でシラ家の領地にある洋風なお城の庭にいた。
地面は優しい芝生で目の前に父親のハジメと母親のミハが横に並んでフラブと対面していて。そのフラブは目を大きく見開きながら唖然としてハジメとミハを見ている。
「なん、で……」
夢ということすらも覚えられずに心が締め付けられているフラブは涙さえ流せずにいた。それにミハは優しい表情を浮かべながらフラブの前で右膝を地面につける。
「フラブ。私はとても後悔しているの」
優しい表情を浮かべながら酷な事を言い出したミハに驚くにも理解が追いつかずに驚けないフラブ。それにハジメも反論せず優しい表情を浮かべながらフラブの右前で屈んだ。
「フラブは俺とミハを殺しておいて……何でまだ生きてる? 人を殺して楽しいのか?」
「何を……」
震えた声でそう言いながら怯えるように手足が震えているフラブ。その表情は信じられないような今にでも泣きそうでいて目を大きく見開いている。
「フラブなんて産まなければよかったわ。コウファと違ってフラブは要らない子。人を殺して殺し続けたフラブに何の価値があるの? 資格もなにもないわよ」
信じられない。信じられるはずもない光景だが何故かフラブは胸が暖かくなってそっと優しい表情を浮かべた。
「そうですよね。私もそう思います。それで、これは夢か空想か。それが問題でしょう」
化け物と話し慣れているからこそ、自分を攻め続けていたフラブだからこそ、ここまで理解に勤しんで順応しているのだろう。だが突如てしてフラブの脳裏に雷のような一つの『事実』が遮られた。
それに理解が追いつかず目を大きく見開いたままフラブはその場で蹲る。信じ難いものを見るような目で下を向いていても、そこには絶望的に拒否反応を起こすような事実しかない。
「っそうだ……! 本当に、私が殺したんだ……」
** ** * ** **
──その頃、現実ではアリマが左手でタナカの胸ぐらを掴んで勢い良く地面に叩きつけていた。それにタナカは大量に吐血しているも悠々とした笑みは変わらず怒りに満ちているアリマを見ている。
「俺を殺してもフラブさんは悪夢から覚めへんよ。悪夢も現実やし。これは無意味な争いや」
「無意味? 君がフラブ君を傷つけておいて其れを言うのか?」
「当たり前。あんたは少し落ち着いて……せや、少し話そ。単なる昔話やけど」
そのタナカに右手を軽く翳しているロクは警戒を怠らず微かに険しい表情を浮かべている。アリマは冷静にも胸ぐらから手を離してタナカの首を優しく掴んだ。
「話すなら早く話せ。要らない話だと判断した場合は直ぐに殺す」
「適切に判断するんなら重要や。フラブさんは190年前に自分の手で親を殺してる……それは聞いた?」
全てを見透かしているような目にも見えるタナカだが問いにも何にも嘘はなかった。それに嫌そうにも眉間に皺を寄せるアリマと微かに深刻そうな表情を浮かべるロク。
「せやけどそれはハセルさんに思考を変えられて仕組まれたもんなんよ。真意は化け物を出てこさすことにあった……親を殺したのはフラブさん。その場にいた処刑課を殺したのは化け物や」
「……は?」
「フラブさんが記憶を無くした理由は化け物がいるからやない。単なる解離性健忘。分かるやろ?不本意にでも親を殺した事による心的外傷。つまり自己防衛に繋がるんよ」
** ** * ** **
──190年前のフラブが親を殺すことになる前日。
空は橙色で曇りも少なく夕方ごろだと見れば分かるほどに明るい。シラ家の領地内のお城にある庭で幼いフラブは塀に凭れて座っては眠たそうにしていた。
「フラブ。眠たい?」
優しい声色で問うシラ・コウファはフラブの前で座って絵本を読み聞かせている。それにフラブは大きく背伸びをしながら、ぼーっとしてコウファの方を見た。
「ふらぶね。おにいさまもだいすきだよ」
その眠たそうなフラブの言葉にコウファは徐々に理解が追いついて嬉しそうにも涙を流し始める。
「それでね。おかあさまと、おとうさまもだいすきなんだ。だから……ふらぶはみんなまもりたいの」
その優しいフラブの言葉にコウファは少し目を見開いても直ぐに優しい真剣な表情へと変わった。
「もう充分すぎるよ。フラブが居るお陰で僕は立ち直れたんだ。だからフラブの皆んなで笑って楽しく過ごしたいっていう夢は僕が実現させてあげる。約束するから待っていて」
優しい声色でそう言うコウファは立ち上がりつつ本を閉じて左腕に抱える。
「おにいさま。ふらぶ、がんばりますから……」
うとうとしながらも瞼を閉じて眠り始めたフラブを見てコウファは優しく微笑んだ。そして背を向けて室内の方へと歩きガラスドアからその場を後にする。
──その直後。適時を見計らいフラブの目の前に変わらない姿のハセルとシュライが現れた。そのハセルは悠々と優しい表情でフラブを見下ろしながら右手でフラブの頭に右手を置いた。
「シラ・フラブ。明日の朝にでも親を殺せ。何の感情も慈悲も躊躇いも持たずに」
暗示をかけるように言うハセルだが左横にいるシュライは心配そうな目でハセルを見る。
「大丈夫なの? 覚えていたら大変だよ……?」
恐る恐る問うシュライだがハセルは優しい表情を浮かべながらシュライを見下ろした。
「問題ないのだよ。近くに居た者やこれから関わる者の記憶から私達が不利になる記憶は消す。まぁ怒りを向けさせないでの洗脳と才能の引き出しだから……少し懸念はある」
「……本当に大丈夫?」
「ああ。この子の才能と共に魔力の暴走を引き出せば良い。魔力の暴走は容易には止められない。それに嘘は本当になる。本当もまた嘘に出来る」
そして再びフラブの方を見るハセルだが優しい笑みを浮かべている。ハセルの言葉に安心したシュライは後ろで手を組みながら明るい笑顔でフラブを見た。
「この子は世界が内に居なくても生来の天才ーーその才能を最大限に引き出せば3段と5段の親なんて余裕をもって殺せる力がある。努力をしたら何れ強さはヨヤギ家の当主と並べられるだろうね」
それから当日──、ラブは瞼を開けて目を覚ますと目の前に焼けた家と燃えた家族の死体を1番に見た。
その死体と両手に纏っている紫色の炎が何を意味するのか理解するには誰であろうと時間が必要だろう。
幼いフラブとなると理解出来るワケもなく目を大きく見開いて呆然としている。辺りにはフラブを警戒するように大勢の処刑課が燃えた家を囲っている。
暴走したフラブの魔法と魔力。これが100歳に満たない子が魔法を使うことを禁じられる理由。それは暴走を起こした当人以上の実力者であろうと、暴走した者の視界に入った瞬間に殺される。
ただフラブの場合は炎で、視界に入れた父親と母親、兄を骨の髄まで燃やし尽くした。
「え……?」
漸く現実に起きた出来事は理解できたのか崩れ落ちるように地面に膝をつけた。それと同時に魔法を解除してもただ大きく目を見開いて死体を見ている。
使用人の死体もあれど親を殺せとだけ命じられたフラブは殺していない。
「あ、ぁ……」
親の死体というのもあるが初めて死体を見たという事も相まってしまうのだろう。徐々に理解が追いついても理解するまで30分が経過しフラブは目から涙を流し始めた。ーー意識はなくても記憶ならあるため自分が殺した事ことも鮮明に溢れ出してしまう。
「アアアァッ!」
精神が崩壊する音が聞こえるようにフラブは叫びながら溢れ出る涙を地面へと落とした。
それから冒頭に戻る。
フラブの涙が枯れないように目がドス黒く変わって内にいる化け物が前に出てき理由──、悲しみと絶望が覆われていくフラブの脳裏に襲いかかったからだ。
** ** * ** **
──そして今現在、タナカの説明を聞いているアリマは微かに暗い表情をしていた。
「……何故其れを貴様が言い切れる?」
「聞かされた話でもなくてなぁ……酷にも実際に見た話やから言い切れてしまうんよ」
優しい表情で言うタナカの言葉にアリマは目を大きく見開いて驚きを隠せないでいる。
「俺は魔力人形の施設の件が終わった後に指名手配されたやろ? ──生き残れた理由としてハセルさんに協力しとったんよ。それであの日…処刑課にヨヤギ・アリマが暴れたなんて馬鹿な報告したんは俺や。190年前の最高管理者はまだイサさんやから」
状況を上手く整理したアリマは言葉を呑むしか出来ず首から手を離して深く瞬きをした。そしてタナカの腹部に足を置きながら見下すように睨みつける。
「其れで貴様は俺に何を要求する? まさかフラブ君を殺せとは言わないよな? 殺せと豪語した場合は今直ぐに貴様を殺すぞ」
溢れ出る冷たい殺意を向けられてもタナカは優しい表情ながら大の字になり余裕が感じ取れてしまう。
「話は最後まで聞くべきやろ。言うけど俺は鬼でも悪魔でも神でもない。せやからフラブさんに死なないと世界が壊れる……とか理不尽を押し付けるのは反対派。俺は今までハセルさんを利用して化け物をどうにかする方法を考えとった」
真剣にも優しい声色でそう言うタナカの言葉にアリマは再び驚くような表情をみせる。それでも嫌そうにタナカを見下ろしつつ足を下ろして右手で胸ぐらを掴み上へ持ち上げた。
「今からフラブさんを絶望させて化け物を出す。そこでフラブさんと世界を一時的に分離させる」
「出来る確率は?」
今度は驚くこともなく冷静に真剣に問うアリマだが声色は微かに暗い。それにタナカも真剣な表情を浮かべながら自身の胸ぐらを掴んでいるアリマの手首を掴んだ。
「5パーセント。せやから最強のあんたの力が何よりも必要なんよ。100パーセントに引き上げるために化け物の相手を2時間。化け物が出てきてからの2時間や」
「分かった」
暗い声色ながら直ぐに了承の返事をしたアリマを見てタナカは驚いたような表情をみせる。
「意外やな……あんたが死ぬ可能性もあるんよ? 俺が失敗する可能性だってある。化け物に殺されたいハセルさんも敵に回るし望みは低いんやで?」
「フラブ君を助けるタメなら最初から命も未来も過去も捨てる気でいる。俺はその望みしか選択出来ない。他は望みさえないからな」
その時タイミングが良くも右背後──フラブの方から鋭い殺意が溢れかえった。
それにアリマはタナカの胸ぐらから手を離してゆっくりフラブの方を見る。フラブの髪色は殆ど半分以上が白から黄色に変色していて条件を三つ得ていた。
──溢れ出る殺意を込めながら起き上がるフラブの目は黒く絶望で溢れている。
「早速やな。殺さない程度に頼むわ」
タナカは険しい表情を浮かべながらも転移魔法で颯爽とその場を後にする。その場にいたロクは地面を蹴りつつフラブから八メートルほど距離を取る。
「ロク。今直ぐ出来るだけの人に通信で知らせろ。フラブ君を化け物から解放すると」
魔力と魔法を失われながらも余裕が感じ取れるアリマだが殺意で対抗していた。それにロクは険しくも眉間に皺を寄せて化け物となったフラブの方を見る。
「……オレは貴方を信用します」
微かに暗い声色でそう言いながらロクも転移魔法で颯爽とその場を後にした。フラブと目が合ったアリマは微かに冷や汗を流すも真剣な表情を浮かべる。
「話せるか? 化け物」
アリマの問いにフラブと変わった化け物は笑みを浮かべてアリマを見る。
「もちろん話せるとも。私は君がこの子を想う気持ちよりもこの子の事が大好きだからな。この子以外は皆んな殺す」
「其れでフラブ君が悲しむと考えられない頭の方を殺した方が良いだろう。世界ならともかく魔力という概念だけの君はフラブ君を愛する資格さえない」
「私がこの子を愛していればそれで良い。私は見返りを求めない」
化け物は悠々として両手にそれぞれ鉄剣を握り左手に持つ剣の切っ尖をアリマに向ける。
「練度や込める魔力が違えば切れ味も変わる。君の言う通り私は魔力という概念だ。完全にまで力が無かったとしても君には三回も魔法で気絶させられた。君の死体は残らないかもな」
「其れは俺が負けるという前提の話か? 其の前提は傲慢だろう」
挑発するアリマだが化け物は笑みを浮かべて転移魔法で颯爽とその場を後にした。それに驚きつつ目を大きく見開いたアリマだが表情にまで怒りを顕にする。
「他の者を先に殺す気か!」
── 確かに其れが奴にとっては最善……今の俺は転移魔法も使えない……いや問題は最初に殺す者は……
急つつも直ぐに冷静になり腕を組み左手を顎に当てて真剣に考え始める。三秒ほど経過したのちに答えが出たのか明るくも険しい表情で前を見た。
「殺すのではない……壊すのか」
考えが纏まったアリマだが、そのアリマを囲うように大勢の白いローブを着た者が現れた。ーーその全員が洗脳されているかのようにアリマに冷たい殺意を向けている。
「こんな再会になるとは私としても驚きなのだよ。ヨヤギ・アリマ」
背後から聞こえた悠々としたハセルの声にアリマは目を少し見開きながら勢い良く振り返る。ハセルは変わらずの姿でいて優しい表情を浮かべているもアリマに殺意を向けていた。
「違和感は感じていたのだがまさか本当に段位を全て奪えていなかったとはね。癪に障る」
「ーー迷惑な他界希望者がッ!」
当然アリマもハセルに恨みを持っている1人且つ魔力と魔法を奪われている。だが今はハセルへの恨み憎みよりフラブへの心配が勝ち険しい表情を浮かべていた。
その頃もフラブは夢の中で絶望しながら感じ取れない気力でいて俯いて蹲っている。ハセルに思考を変えられたことさえ知らないフラブは自分の意思で親を殺していると勘違いしている。
その場所に死んだはずのアマネも来てはミハの横のフラブの左前で立ち止まった。
「何で早く気づいてくれなかった? 俺の様子を見れば死ぬ覚悟があった事も分かるだろ?」
優しい声色でそう言うアマネは冷たい目でフラブを見下ろしている。
「アマネ……」
掠れた声で言葉を溢すフラブは常に恐怖に怯えながら下を向いている。するとアオイも現れてはアマネの右横に立ち止まりフラブを見下ろした。
「私はフラブちゃんを寝る暇も惜しんで頑張って看病したのよ。でもフラブちゃんの中にいる化け物目当ての敵が来て私たちを殺した。何で恩を仇で返すの?」
理不尽にしか聞こえない言葉でもフラブの過ぎた自責思想から現れた虚像に過ぎない。その光景はフラブの精神を表しているかのように後ろ指が目に見えて分かる。アオイやアマネだけでは飽き足らずアリマの弟妹は全員冷たい目をフラブに向けていた。アユもアキヒロもアツトも皆んなが恨みを込めた優しい表情を浮かべている。
「君が適応の魔法を私にかけていたらまだ私が生きれた可能性はあったはずだよね」
冷たい声色でそう言うアリトはアマネの背後あたりにいて強くフラブを見下ろしていた。
「それでも使ってくれなかった……フラブさんは人を殺すことより魔法を使用して万が一にも失敗した時の方が怖いんだ。悪化させて皆んなに……兄様に責められるのがそんなに怖かった?」
圧あるように問うアリトだがそれに続いて他にも沢山の人々が現れる。それでもフラブは俯きながら目を大きく見開いて手足が僅かに震えていた。
「弱いフラブなんてお姉ちゃんじゃない。何でコクも私も死なないといけなかったの?」
ミハの背後あたりにいるミリエがそう言いながら冷たい目をフラブに向けている。
これまでフラブが殺して来た処刑課の者や青い蝶の者も全員がフラブを冷たい目で見下ろしている。その中には処刑課の黒いスーツを着たアオトもナラミナやツヅヤも居た。
それでも全てが絶望で覆われるように辺りが暗闇へと変わりフラブ以外の人は霧のように消えたーー。
「君はどうして自分が傷ついてまで人を守った?」
そう前方から優しくも真剣に聞いてくるのは化け物で姿が空気のように見えない。暗闇でもフラブは常に下を向いて蹲りながら涙さえ流さなかった。
「……そうしなければ自分を肯定出来なかった。お母様とお父様が生きていたら、──絶対に私が殺した人の分まで守れていただろう」
微かに震えた声でも気力さえない目を見開きながら下を向いている。そのフラブを憐れむように化け物は暫く何も話さずフラブを見守った。
** ** * ** **
──その頃アリマは地面を踏み込むように強く蹴りながら背後へハセルから距離をとっている。アリマが踏み込んだ地面は全て村の端から端までの長さで強くヒビ割れていた。
それでも悠々としているハセルは剣を掴むように順手に持ち右腕を空へと上げる。──するとハセルの右手に自身と同じくらいの大きさがある鎌が現れた。
だがその鎌は刃も持ち部分も全て包帯が巻かれていて切れ味が良いとは思えない。
それでもアリマはフラブの魔力を辿りながら地面を蹴り濃い霧の中を力強く素早く走っている。それをハセルは木々より遥か上空の空を浮いて進みつつ上からアリマを見つけた。
──だがアリマはそれを察知し地面を力強く蹴るついでに右手で軽々と真隣にあった木を根っこから引き抜いた。
「面倒な……!」
微かに険しい表情を浮かべるハセルは微かに冷や汗を流してはアリマを見て移動を止める。すると豪速球以上の速さで的確に瞬きをしなくても目の前に現れた大きい木。
アリマが軽々と走りながら投げた木で距離も重さも含めても全て筋力で魔法さえ使用していない。
それでもハセルは回避が間に合わず鎌で斬る判断にしたタメ無傷で済んだ。それを目が良いアリマは右目だけ向けて遠目で見ながらも無表情で直ぐに前を向く。
鎌で斬られて十等分された木は落下した地点から大きい土煙が舞った。
「シュライ」
ハセルは真剣な表情でそう言いながら左手を上に向けながら腕を横に出す。その瞬間に手を繋ぐように颯爽と現れたシュライは困惑したようにも焦っていた。
「え……っ! えっ……!? あ……」
下を見て絶望したような青ざめた表情を見せるもハセルはシュライの手を握る。それにシュライは直ぐに冷静に戻り真剣な表情でハセルの方を見た。
そのハセルは険しくも冷たい目でアリマがいるであろう遠くの地点を見ている。アリマは少しの時間稼ぎで既に距離を離しては遠目でやっと見える位置にいた。それを確認すると腕を後ろへ持っていき──返事を待たずに勢い良くアリマが居るであろう位置へとシュライを投げる。
木々を抜け出そうとしているアリマだが霧で視界が塞がり来た時と違い一向に出口が見えない。そのアリマは魔物の音も相まって苦しそうにも険しい表情を浮かべながらも地面を蹴って走っている。
それでも殺意を背後から感じ取り嫌そうな表情を浮かべながら右目だけ背後を見た。
だが直ぐ様に目を大きく見開いて滑り止めながら左側へ円を描くように体ごと後方を向く。──それと同時に右足で勢い良く土を浴びせるように地面に引きずりながら足を振り上げた。
「ーーッ!」
それに風の抵抗を受けながらも到着するまで瞬きさえ出来なかったシュライは目を強く瞑りながら両腕で土と蹴り顔を守る。だがアリマの右足での蹴りは両腕に脆に喰らってシュライの腕の骨は砕けた。
同時に蹴りからの風圧でシュライは強風に吹かれたように髪も衣服も揺れる。ーー砕けた骨に痛々しくも目を大きく見開いたシュライだが砕けた骨は直ぐに再生する。
それに険しい表情を浮かべたアリマは地面のようにシュライの足を蹴って後方へと移動した。その蹴られた際に出来た負傷も全て直ぐに治りシュライは地に足を着けて拳を構える。
「おれは足手纏いにならないっ!」
そして強くアリマを睨みつけながら獲物を捕らえた虎のように殺意をアリマへ向けている。そのシュライの右横に悠々としたハセルが上空からゆっくり降りて来た。
「ここまで私に懸念させた人間は君だけなのだよ。史上最強の化け物である君は人を辞めている」
これでもアリマは片眼も無くして努力して鍛えていた魔法も魔力もハセルに奪われている。だが時間が進むにつれて険しくなるアリマの表情は余裕が感じ取れない。
── 今にでも化け物が、人を殺し国を壊して回っていたらフラブ君が立ち直れないッ!
今直ぐにでもフラブの元へ行きたいアリマだが転移魔法さえ使えない。それでもハセルとシュライでさえ嫌そうな表情でアリマを見ていた。




