第六十四話 考えた末
それからフラブは壊れたヨヤギ家本邸に訪れて階段を登り終えて門を潜る。空は快晴で雪は降っていないが真冬が近いからか少しだけ寒い。
「……沢山の人が死んだんだよな。私が存在しているせいで……ここでも」
ー いっそのこと世界中の人を殺したら……これ以上は悲しまないですむのか……
そう考えていることさえ惨めに感じてしまい悲しそうな表情を浮かべて少し俯いた。段々と伸びている髪は胸の高さまであるが白髪は変わらず痛々しさが感じ取れる。それでも無表情に近いのだが涙で頬を濡らして静かに泣いては地面に水滴が落ちる。
ーーだが右眼からは涙が流れずに左眼からだけは溢れ出るくらいに涙が頬に伝われる。
「価値が無いって思いたい……人の命に……未来にも……違うな。思いたいのなら実際にそうしてしまえば良い……のか」
そのフラブを止める人は誰も居らず、実行するまで1分もかからなかった。最初にヨヤギ家3つ目の分家に赴いたのだが、玄関前の外でサクヤとユールが言い争っていた。
「僕は死体に頬を赤くしていた貴女が受け入れられないだけです。冗談でしょう。フラブさんの使用人なんて」
真剣にも表情には怒りを表していないサクヤはフラブから見て左側に居て。ユールは微笑みながらも手を前で組んでいて変わらずのメイド服を着ている。
「ふふっ! そう思いたいのならご勝手に。私は死ぬのならフラブ様に殺されたい。それまでは人を殺し続けたい。恐怖と痛みと悲鳴が好きなだけなんです」
その会話を黙って聞いていたフラブだが、そのフラブの気配を感じ取ったサクヤとユール。その2人はフラブの方を見ては明るい表情で満面の笑顔になった。
「フラブさん!……顔色が優れないようですが……大丈夫ですか?」
心配そうにフラブを見て問うサクヤだが、フラブはサクヤから5歩ほどあけて立ち止まり手を後ろで組む。
「大丈夫です。サクヤさんこそ大丈夫ですか? サヤさんが亡くなって……」
そう問うフラブの表情は明るくも優しい表情で、サクヤもユールも驚いて目を少し見開いた。
「っその。僕は大丈夫です。フラブさんは一度休まれた方が良い」
ほんの僅かなフラブから来る違和感に真剣に言うサクヤだが。フラブは常に優しい表情を浮かべていて「え?」と問いながら小首を傾げた。
「私は大丈夫だと言ってるでしょう。ニベ、死体の処理を終えたらヨヤギ家の本邸に来い」
真剣にも優しい表情でユールを見て優しい声色で言うフラブ。そこから微小に感じ取った鋭い殺意にユールは優しく微笑む。
「はい。仰せのままに」
それから1時間が経過した頃、フラブに言われた通りにユールはヨヤギ家本邸の門を潜った。
相変わらず跡地と言える風景なのだが、フラブが元々あった建物に背を向けるようにユールを待っており。そのフラブは右手に貰った赤色が混ざっている剣を握っている。
「来たか。正々堂々と君を殺す。元々、君は大量に人を殺してきたんだ」
真剣に真っ直ぐユールの目を見るフラブの目は心の鏡のように暗い。だがそれでいて鋭さが感じ取れてしまうのだが、あの場で殺さなかっただけマシなのだろう。
「残念。私は貴女様に喉を刺された時ーー貴女様に可能性を見出したというのに」
優雅にそう言うユールは辺りに居る獣魔物を自身の背後へと誘き寄せてフラブに殺意を表す。それにフラブは右手に握る剣の切っ尖をユールに向けて気力のない無表情でユールを見る。
「何の可能性だよ」
「決まっています。悪徒の……王の可能性を」
そう優しい声色で楽しそうに言うユール。それと同時にフラブは強く踏み込む。ーーフラブが踏み込んだ地面は5メートルほどヒビ割れるはずだが背後は元地下で穴が開いているためヒビは目立たない。
そして獣魔物が勢いよくフラブに襲いかかるも、フラブは目に見えない速さで全て首だけを斬ったーー。
だが斬れば斬るほどにユールを守るようにして湧いてくる獣魔物。無表情ながらフラブから向けられる殺気にユールは微かに冷や汗を流した。
斬る速度も全て修練のお陰で早くなっていて明らかに成長している。ーーそれでも憎い化け物の力は借りることもなくフラブは全ての獣魔物の首を切り落とした。
「死ね」
そして暗い声色でそう言いながらユールの首元を目掛けて横から斬りかかる。ーーだが刃はいつ間にかフラブの右横に居たアイネに悠々と左手の甲で止められた。
「ーーっ! アイネさん……」
眉間に皺を寄せるフラブだが。アイネは悠々としてる割にはネコの着ぐるみを着ている。
「残念ですが。不毛な争いは戦力を削るだけですよ」
そう疲れたようにも優しい声色でそう言うアイネは右手の甲でユールが右手に握る短剣の刃を止めていた。ユールはフラブが来たタイミングを合わせて上から斬りかかろうとしていて。ユールでさえアイネが居る事と止められた事に驚いて目を少し見開いている。
ーー少し前。ベッドの上にいるアリマは左眼に眼帯をつけて優しく微笑みながらアイネと話をしていた。
「叔父殿。フラブ君は俺の段位を奪われているという演技に騙されていますよ。まぁ魔力と魔法は奪われてしまいましたが」
楽しそうに言いながらもアリマは左手に開いている本を持っていて。ネコの着ぐるみを着ているアイネはアリマがいるベッドの右横に立ち止まっていた。
「そうですか。それは置いといてフラブさんは反応から見るに最高管理者と手を組んでいます」
アイネは真剣にも優しい声色でそう言いながら微かに楽しそうだった。アリマはフラブを思い浮かべながらも頬を赤くして本を閉じてベッドの上に置く。
「其れは説教しないとですね」
冷たくも優しい声色でそう言うアリマだが、アイネは小首を傾げてアリマを見た。
「最高管理者が人から段位を奪える者だとして……アリマくんはどうやって演技で済ませれたんですか?」
疲れたようにも呆れてそう問うアイネ。それにアリマは優しい表情でアイネを見る。
「事前にラスリに協力をお願いして情報を提供してもらったというのもありますが。俺が強奪魔法が使える事は知っているでしょう? 気づかれないように一時的にフラブ君の適応魔法を奪いました。其の場合、適性や最適性の枠から外れます」
「ですが練度があるでしょう。最高管理者に勝てる魔力と魔法の練度がフラブさんにあるとは思えない」
微かに疲れたようにも聞こえるが真剣な声色でそう言うアイネ。それでもアリマは明るい表情で子供らしくも微笑んでいて笑顔が眩しい。
「奪えば俺の魔力の練度で補えますから。まぁ其れで守ったと同時に魔法と魔力は奪われましたが。お陰で段位を奪われる事は避けられた」
優しい声色でそう言うアリマは前を見つつも明らかに昔より温かみに溢れている。
「其れにしても寝起きのフラブ君も愛くるしい。ですが此のままフラブ君を戦いや死体から遠ざけます。死ぬ事が目的になれば殺す事は避けるはず」
優しい表情ながら寒気がするような笑みを浮かべているように見えるアリマ。
「そして俺が全てを奪われた演技をしている間にフラブ君と化け物を分離する方法を探す。アレに分離魔法は効かない。だがユフィルムを頼れば出来る可能性は存在する」
「……本当にアリマくんだけは敵に回したくない」
「ですが頼みましたよ。出来る限りはフラブ君から目を離さないで。人を殺そうとしていたら気絶させてでも止めて此処に連れて来て下さい」
「分かりました。アリマくんはこのまま奪われたフリをして私とアザヤさんとラサスさんに指示を。何があってもフラブさんを助けましょう」
「はい。俺はフラブ君のタメなら死ねる。フラブ君のタメなら何だって出来る。悪く言うならば此れは依存というものなんでしょう」
アリマが読んでいる本はアイネと共に纏めたフラブの情報が書かれている本だった。
ーーそして今現在。フラブとユールは正座をして横に並んでいて目の前には怒っているアイネが居る。
「フラブさんから喧嘩を……」
「喧嘩ではありません。殺し合いです」
そう堂々と言いながらも反省していないフラブは真っ直ぐアイネの目を見ていた。
「同じ事です」
そう呆れたようにも怒っているアイネは着ぐるみを着ていても軽く腕を組んでいる。
「私はフラブ様に殺して頂けるのなら嬉しいですし文句はありません」
上品に言いながらも少し頬を赤くしているユールは誇らしそうに目を閉じている。
「ユールさんは倫理観がおかしいですね」
そう呆れたような声色でそう言うアイネにフラブは呆れたような目を向ける。
「アイネさんが言いますか……」
「ええ。昔から人間性が皆無だとよく言われますが私ではなく他がおかしいんですよ」
「それは倫理観も否定されて……」
フラブは呆れたように言いつつもアイネから来る圧に言葉を止めて外方を向いた。
「それとフラブさん。髪を結んでいるリボンが解けてきていますので私が結び直してあげますよ」
そのアイネの優しい言葉にフラブは驚いて目を少し見開きアイネを見上げる。
「アイネさん着ぐるみですよ……?」
「着ぐるみは脱ぎますよ……」
それからアイネは着ぐるみを脱いでフラブの左側に置いてフラブの背後で地面に膝をつけて座る。ユールは木々にいる獣魔物を可愛がるように頭を撫でては手を噛まれていた。
そしてアイネは相変わらずの着物の姿でいて、フラブが髪を結んでいる赤いリボンを解き左手で優しく掬い上げる。
「少し傷んでますね。自分を大切にしないとダメですよ」
優しい声色でそう言いながら掬い上げるようにフラブの髪を触るアイネ。フラブは少し悲しそうにも俯いていて正座したまま手は軽く拳をつくっている。
「私にそんな資格はありませんから」
悲しそうにも感情を仕舞っているかのように淡々としているフラブの言葉。
それにアイネは微かに悲しそうな表情を浮かべてフラブの髪も左手に持つ。そして右手を優しくフラブの視界がない右目を覆うように触れた。
「どうしました?」
不思議そうに問うフラブだがアイネが手を離すとフラブの無くなった右眼の視界が開けた。それにフラブは目を少し見開くも険しい表情で勢い良くアイネの方を振り返る。フラブの目の刺し傷も無くなっているのだが。アイネは悲しそうにフラブを見つめていた。
「どうして……」
「若者なら若者らしく元気良く過ごしなさい。フラブさんは手が掛かるほどに馬鹿ですから。守れた者や救えた者を見ずに守れなかった者だけを見る。それは自分を責めるだけで得るモノはありません。フラブさんの悪いクセですよ」
そのいつに増しても悲しそうな表情をみせているアイネにフラブは驚いて目を大きく見開いた。
「地面に膝を着けて着物を汚してでも私はフラブさんの心を守りたいんです。私はこれでもフラブさんより四百年は生きてますから。いくらでも頼ってほしい」
「つまりアイネさんは六百歳前後……」
驚いてそう言葉を溢すフラブだが、アイネは圧ある笑顔を浮かべて右手でフラブの右頬を摘んだ。
「年齢に触れるのはダメですよ。あと話を変えない」
優しい声色でそう言うアイネはフラブの頬から手を離して再び両手で丁寧に髪を結び始める。
「その……私の中にいる化け物……魔力という概念で世界そのものらしいんです。詳しく言うと魔力とか。それに私は好かれていて、とか……変な事を最高管理者さんが言ってきました」
前を向きつつも微かに下を見ているフラブの表情は辛そうに苦しそうにも見える。それにアイネは受け止めるような優しい表情でフラブの髪を1つに束ねながら器用に三つ編みをしていた。
「そうですか……ん……? 概念……それより世界ですか……?」
驚いて手を止めつつも少しだけ目を見開いたアイネだがフラブは拳を強く握りしめている。
「はい。その……私がお母様とお父様を殺したとも言ってました。流石に私だって信じられなかったです。信じたくなかった。ですが直接化け物と話して嫌でも嘘はないと分かりました」
震えた声で意を決してそう説明するフラブ。それにアイネは動揺するも変わらず三つ編みを進める。
「私は存在が駄目なんです。私が化け物に愛されるのが変わらないのなら……存在したから家族を巻き込んで……そしてアリマさんの弟さん…アマネやアオイさんだって遠回しで私が殺したみたいなもので……私のせいでミリエ達も死んだみたいなものでしょう?」
王国での警備もハセルが仕組んだものならミリエ達とも出会いから用意されていた舞台装置にすぎない。それでもフラブは次々と涙で頬を濡らしては変わらず目に光が宿っていない。
「私は今のフラブさんの説明を聞いても、流石に馬鹿すぎるとしか思えませんよ」
それにフラブは驚いて目を少し見開き「え?」と問いながらアイネの方を振り返る。
「直々にその手で殺した人はどれくらいいますか?」
丁寧にフラブの髪を結びながら問うアイネは数ある拷問のお陰か手先が器用で。フラブは少しだけ表情が曇るも無表情で少し俯いて自分の掌を見る。
「私は……記憶にないですけどお母様とお父様……少なくとも五十人近く……アリトさんも殺しましたし……」
「全然少ないですよ。無意味に殺した事は?」
フラブの白い後ろ髪を三つ編みで結び終えたアイネはフラブから手を離して自身の膝あたりに置いた。
「ない……ですけど……アイネさんが来なければ私はニベを無意味に殺してましたから……」
その悲しそうにも助けを求めているかのような表情を浮かべるフラブだが。いつの間にかアイネの右横にいるユールは手を後ろで組んで優しい表情でフラブを見下ろしていた。
「失礼ですね。私は貴女様に無意味に殺されるほど弱くありません。それにもし殺されていたとしても、それは無意味ではないと思います」
珍しく優しいと思ってしまうユールの言葉にフラブは驚き目を少し見開いてユールを見上げる。
「貴女様にとって私を殺す事は殺人鬼を殺すのと同じでしょう。私がしてきた事は誰が見ても決して許される事ではない。ですが反省しても好きになってしまったモノは嫌いになれないんですよ」
そう優しい声色で言うユールだが、手足に沢山の噛まれた跡の歯形があり赤い血が溢れ出していた。
「そしてそれはフラブ様も同じでしょう? 一度人の命や未来を本気で好きになれば嫌いになんてなれない。ならば諦めて自分を受け入れた方が貴女様を想っている方々は嬉しいですよ」
その優しいユールは今のフラブにとっては太陽よりも眩しすぎた。フラブは目を少し見開いて呆然としていて、それでいて息を呑む暇すら驚きで与えてくれない。だがアイネはそのフラブを見て嫉妬するかのようにユールを強く睨みつける。
「私がフラブさんを元気付けていたんですが。それに私も貴女がフラブさんの使用人というのは反対しているんです。倫理観皆無の恐怖愛者が弁えなさい」
本気で怒っているアイネを見てフラブは慌てるようにユールの方を見るも。ユールもアイネへ怒りを向けるも優しく微笑んでアイネを見ていた。
「残念。私はフラブさんの周りで唯一貴方とは仲良く出来そうだと思っていたんです。中年にも関わらず価値観人間性皆無の引き篭もり拷問官の貴方とだけは気が合いそうでして」
それにアイネはますます怒りを抑えるように微笑んでいるのだが睨んでいると錯覚してしまう。
「貴女が今もまだ生きれているのはフラブさんの慈悲でという事を忘れないで下さい。死体処理でも頬を赤くしていた、そうサクヤさんから聞きました」
「その歳で怒りも抑えられないんですか。ふふっ…! 精神年齢だけが衰退している……まぁなんて言っても五百年も引きこもっていたワケですからね」
その直後、右拳に鋭い風を纏うアイネは立ち上がりながら勢い良くユールの顔を目掛けて殴りかかる。それをユールは右手側に避けて間一髪回避して優しく微笑んでアイネを見る。
「あらあら。ーー避けなければ死んでしまいました。そんなに必死で……可愛らしいですね」
歳も段位も上のアイネにでさえユールは優しくも悠々として挑発する度胸があるらしい。だがフラブはアイネに結んでもらった髪を右肩から前に持ってきて目を輝かせて自身の髪を見ていた。
「随分と人を挑発するのが得意なようで」
アイネは怒り堪えながらも微笑んでそう言い、流れるように瞬きをする間に着ぐるみ姿へと変わった。
そしてユールへと殴りかかろうとした瞬間、フラブが満面の笑顔でアイネを見て。それに気づいたアイネは動きを止めて小首を傾げながらフラブを見る。
「髪! ありがとうございます!」
そう明るく感謝を告げるフラブは立ち上がって手を後ろで組みながらアイネを見て。怒りが飛んだようにアイネは嬉しそうに優しい表情でフラブを見た。
「いえ。大した事はしてないですよ」
そのいつに増しても嬉しそうなアイネを見て、ユールは面倒くさそうに右手に持とうとしていたナイフを服の中に仕舞う。
「では少し散歩にでも行きましょう。ついでに和菓子でも買いに」
それからフラブとユールとアイネで王都へ行き、和菓子屋を巡ったとか。
ーーその頃サクヤは沢山の墓を玄関前の外の右側に作って手を合わせていた。墓の数は多くも全てが拙く、サクヤは少しの涙を頬に伝わらせる。
「必ず僕が姉さんの仇を。…って姉さんはそんなこと望む人じゃないですよね」
そう言うサクヤの声は行き場がない程に悲しくも、怒りを堪えているように震えていて。
「何で善人が……嘘さえ吐けない善人が殺されるんですか……」
崩れ落ちるかのように地面に膝をつけては涙を流していて、外した眼鏡を右手に持ちながら泣いていた。




