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幸せへの選択を  作者: サカのうえ
第六章「復興の間」
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第六十一話 生きる覚悟

 

 そして最高管理者に会う日、フラブとアリマは日が暮れてきた頃に処刑課本拠地がある場所に来ていた。罪人処刑課、その本拠地が位置するのは歪な崖に囲まれた低地。


 天まで届く塔のように高く、高潔な豪邸のように神々しい建物だが、やはりどこか不気味な四角い建物。

 そしてその建物を囲う鉄の塀があって、門は一際大きい鉄格子だ。そこから漂う威厳というものがフラブの喉に深く牙を立ててくる。


「此処から見えるのが正門。だが案ずるな。大抵の処刑課は皆、燃えて死んでいる」


 アリマは淡々てしてフラブにそう述べると、魔法を使ってこの場から消えた。目の前に佇む厳格な建物の裏門へと転移魔法を使用したのだ。

 即ちそれは別行動を意味する。おおよそ作戦に沿った行動なのだが、1人を実感すると胸が重くなってしまう。目的を達するための責任というものを一層深く感じるからだ。

 ともかく、ここで立ち止まっているわけにはいかない。


 まさか本拠地が最東端にあるなんて、と思いながらフラブは前へと足を進める。確かここは〈初めて魔物が現れた場所〉だったはずだ。何か関係があるのだろうか。

 そして、地面を軽く蹴ると躊躇いを一切持たずに崖から飛び降りた。下から向かいくる風を感じているその最中、フラブは眉を寄せていた。

 何事もなく地面に近づくと同時に、足元に風が巻き起こって綺麗に着地した。それからというもの、ただただ辺りを見渡しながらゆっくり立ち上がり正門へと足を進めた。



** ** * ** ** **



 正面入り口の前で足を止めた。

 ここに来るまで思った以上に何もなかったからだ。

 罠もなければ奇襲もない。多くの処刑課の者が燃えて死んでいるのはアリマも言っていたとおり。だが、少なからず本館に待機しているものではないのか。

 わからない。嵐の前の静けさのように感じるこの状況にほんの少し鳥肌がたった。


「……怯えてるなよ」


 アリマも裏門から攻めてくれている。それならば、立ち止まっている時間が惜しい。

 ともかくドアの取っ手に手を置いた。ゆっくりドアを押して開けると、広々とした室内がこれでもかと視界に映り込んできた。

 おおよそ仕事場の1階、見渡すと休憩スペースとも取れるような場所もある。2階に続く綺麗な階段も遠くに見える。しかし人の気配はない。

 何か異様な気配が感じる。


 だがしかし、今はそれよりも、フラブの頭の中には少しの感動が入り込んできていた。ここが、母が働いていた職場。母に憧れていたフラブからしたら、気になっていた職場見学のような感動がそこにはあったのだ。


 恐る恐る室内へと足を踏み入れた。

 その瞬間──場所が変わった。



** ** * ** **



 急なことで息を呑んだ。目の前には歪な崖。つまりは崖の下。外へと転移させられたのだ。

 状況確認のために辺りを見渡してみると、処刑課の建物は見当たらなかった。真後ろにも崖がある。崖に囲われた通路というわけか。フラブは眉を顰めた。その理由の1つは崖の見た目が処刑課を囲っていた崖と似ているどころか瓜二つというところ。

 処刑課本館の近場だ。

 眉を顰めたあと1つの理由は、目の前の崖に下へと続く階段が確認できたからだ。明らかに人為的に掘られている階段はコンクリートで出来ているようだ。


 その時だった。


 魔力通信機、そこに魔力を通して通信がきた。魔力通信機は音が鳴らない。そういう特有の感覚が肌身に感じるのだ。フラブはズボンのポケットから小型魔力通信機を取り出した。そして、右耳につけた。


「何だ?」


 通信の向こうからは微かに、見知った女性の声も聞こえてくる。その声はキュサのものだ。つまりこれはキュサと共に行動している人物からの通信。


「今からそちらに転移してもよろしいでしょうか?」


 殺人鬼、ニベ・ユールからの通信だった。


「私が前に所属していた青い蝶ですが、私も今や彼らと敵対しているということは分かるでしょう」


 それは青い蝶への裏切りを意味している。

 フラブからしたら、それは責めることも受け入れることも出来ない。曖昧な気持ちがそこにあった。

 テロ組織を裏切ったといえど、ニベ・ユールも人を殺している。人を殺す前に裏切ってくれていたら労いの言葉でもかけられたかもしれない。


「ですが、彼らに寝返ったとバレることは避けたいんです」


「……保身のためか? バレたら殺されるから、とかではないよな?」


 いつに増しても声が低くなった。ニベ・ユールという名前の殺人鬼への拒否反応とでも言おうか。いくらこちら側の仲間として振る舞っていても、忘れられない。記憶から離れてくれない。

 彼女に殺された人間の表情が。悲鳴が。命が。


「当たり前です。私に今までにない真っ直ぐで綺麗な殺意を向けてくれた貴女様に、私は忠誠を誓わせて頂きましたから。寝返ったと手の内をバレるのは避けたいでしょう?」


「それを許可した覚えはない。来るなら来い」


 それだけを言うと、フラブは通信を切った。

 忠誠、反吐が出る。殺人鬼からの忠誠など、全財産を売り払ってでも他人に譲渡していくらいだ。

 小型の魔力通信機を取り外して、元々それを入れていたポケットの中にしまった。


 静かになって、10秒ほど。殺人鬼がフラブの右前に転移魔法を使って颯爽と現れた。殺人鬼はメイド服を着ている。コスプレ、らしさはなかった。元々メイド服が似合うスタイルをしているからか、そこには本職のような華麗さがある。

 それが余計に腹立たしかった。


「お似合いですね。フラブ様」


 微笑みながらそう言ってくる殺人鬼を、警戒しない馬鹿はいない。フラブもまた、無意識のうちに殺人鬼に軽蔑の目を向けていた。


「思ってもないことを言うな。気安く私の名前を呼ぶな。私はお前が大嫌いだ」


 誰が見てもわかるほどの拒絶だった。

 そのフラブの嫌悪にさえユールは頬を赤く染めて、嬉しそうな明るい顔をしている。


「その方が私に殺意を向けてくれるでしょう?」


「……お前の趣味嗜好に無理矢理私を付き合わせるな」


 こんな変態に付き合ってられない。

 フラブはユールから目線を外して、ゆっくり目の前にある階段を下り始めた。予定とは遠くかけ離れている行動なのだが、わざわざ目の前にある階段を下りるのには理由がる。


 ── ……誘う為だけにここまで用意している? 殺しに来てるとみてもいいのか……?


 誘惑だ。ここで殺してもらえれば、頑張って、抗った先に敵に殺されたという名実ができる。

 誘惑通りに階段を1段、また1段と下りるフラブは微かに頬を赤らめていた。何でもいい。ただ殺される。これこそが本望。

 『お前が死ね』と叫んでくる後ろ指は、『死ななかったお前は、殺された皆んなの分まで生きる責任がある』とも言ってくる。あまりにも矛盾している。死なせてくれない。眠らせてくれない。


 そのフラブの右後ろには階段にまでついてきている殺人鬼がいる。殺人鬼はやはり、何故か本職のメイドみたいな気品があるのだ。


 すると殺人鬼は言う。


「フラブ様は沢山の方から慕われているのですね」


 雑談を始めようとしているのだろうか。そのユールの綺麗な声からも同じく、気品が感じとれるのだが、フラブは何も聞こえていないかのように無視をして足を止めなかった。


「気にならないんですか? 何で私が殺意を向けられたいからといって、貴女様の使用人を選んだのか」


 それでもフラブは常に無視を貫き通して階段を下りているのだが、拗ねた子供のようにユールはほんの少し、不機嫌そうな顔をした。


「何か言ってくださいよ……殺意を向けてくれるだけでもしてくれたっていいでしょう? つまらないじゃないですか」


「私は沢山の人の命を踏み躙ったお前を許せないし許すつもりもない。だが少なからずいるから、自分の意思に反して人を殺す境遇になって……悪いこととも知らずに人を殺す……悪人にしかなれない善人が」


 フラブの頭の中にはミリエやコクツが浮かべられていた。彼らもそれに当てはまる。すると殺人鬼はまた、優しく微笑んだ。


「面白いことを言いますね。私がそれに当てはまるとでも思ったんですか?」


「いや、そうでないのなら嬉しい。悪人であるのなら善意なんてないでほしい。殺すとき……悲しんでいいのか喜んでいいのか分からない」


「私はどこにでもいる極悪人ですよ。ちなみに私がフラブ様に使用人として仕えたのはフラブ様の真っ直ぐな殺意を常に感じ取るため。使用人の方が貴女様の隣に長く居れるでしょう?」


 そう優しい声色で言うユールはキュサとは明らかに違う変人だった。だが変人というよりは異常者と言った方が完璧に合うだろう。


「そうか。私はお前のことを何で呼べば良い? ユールは呼びにくい」


 それは人の名前に対して言う言葉ではない。相手が殺人鬼だからこそ言えた言葉だ。人の命を奪って否定してきた殺人鬼のその名前を『呼びにくい』と否定しても誰も文句は言わないはずだ。


「ニベで良いですよ。ふふっ! 私が昔に殺した自分の家族を思い出します」


「……ニベか。良い名字だな」


 呼び名が2文字ですむのは嬉しいことだった。1文字分だけでも、少しだけでも殺人鬼と話す時間が減る。嬉しいことこの上ない。



** ** * ** **



 それからところどころで話をしながら、殺人鬼と共に階段を下りていった。その先、階段がそろそろ終わるときのことだ。鉄で出来た両開き戸がフラブの視界に入ってきた。


 フラブはその前で立ち止まった。


「ヨヤギ・アリマの心配はなされないんですか?」


「私はアリマさんを信用ならまだしている。化け物と言っても過小評価くらいには強いんだ。あれは人間を辞めてる」


 それでも微かに悲しい表情を浮かべているように見えるフラブは右手をドアに触るように置いた。

 ──するとフラブが右手を置いた箇所を中心にドアがヒビ割れていく。


「さすがですね」


 何故か喜ばしいように微笑んで言うユールは手を後ろで組んだ。そしてドアは次第に粉々に壊れて地面へと砕けた鉄の破片が落ちていく。


「ここから先は特に罠を警戒しろ。……まぁお前が死んでもどうでも良いな」


 警戒するように強い声色でそう言うフラブの目線の先の室内。そこは豪華で白い布が掛けられている丸いテーブルが数えきれないほどある。地面は赤い絨毯が見える限り敷かれていて左右に2階への階段が確認できた。そして洋風なパーティ会場とも言えるような場所なのだが机の上に皿などは置かれていない。


「強制的に転移させられてこれか。本当に奇抜な変人らしいな。最高管理者は」


 そしてフラブは優しい声色でそう言いながら、両手に木剣を握る。


「私が先陣を切りましょうか?」


 丁寧にも優しい声色で辺りを見渡しながら嬉しそうに言う殺人鬼。だがフラブは拒絶を表す低い声で「黙れ」と言いながら、殺人鬼を強く睨みつけた。


「お前は黙った方がいい。黙ってくれ。お前が話すほどに私は思い出してお前が憎くなる」


 その時だった。後ろから殺意ともとれるような、異様な気配を感じ取った。瞬時に視線を前へと戻す。

 そこには──目の前にあるテーブルの上に、少年が座っていた。そこから向けられる殺気にフラブは優しく微笑んでその少年を視界の中心に捉える。

 その少年は無邪気に座っているのだ。


 緑色の癖毛。胸下まである長い髪にアホ毛特徴的な子供。その毛先は黄緑色が混ざっていた。それに宝石のような青い瞳。青いローブを着ていて足は裸足だ。


「お姉さん。おれと遊んでくれる?」


 そこには明確な殺意があった。


「喜んで」


 優しい顔をして二つ返事で答えるフラブ。

 その右後ろにいるユールも笑みを浮かべていた。



** ** * ** **



 3つ目のヨヤギ家分家──その本邸。

 キュサは腕を組み、不機嫌そうに眉を顰めて、コヨリとキヨリが寝ている部屋の中にいた。

 機嫌を悪くした原因はニベ・ユールという殺人鬼の行動にあった。


「ニベ・ユール。フラブ様のところに許可を得て行くなど……何故フラブ様は許可するんですか……」


 そう自問自答するように言葉を溢すキュサはこの場が子供が寝ている部屋であるため、目一杯には怒りを抑えている。そしてドア側の壁の左隅に座っていた。

 暗い表情からは何かを思い詰めているようにも見える。


「落ち着いて! 私とキュサちゃんはここを守らないと! フラブさんにそう言われたんでしょ?」


 突然、口を挟んできたヨヤギ・サヤはコヨリとキヨリが寝ているベッドの間にいる。そして眉を顰めているそのキュサを見て優しい表情をしていた。


「……フラブ様から離れるのは嫌なのです。いなくなってしまわないか、不安で。これでも我慢しているというのに……」


「でも! 今はコヨリちゃんとキヨリちゃんは第一優先で守らないと! キュサちゃんの見る未来で敵が来てたんでしょ!」


 元気づけるためにそう言うサヤだが、キュサは常に虚を見つめているかのように暗く俯いている。未来予知ではない。嫌な予感がしていたのだ。

 すると急に「ガチャ」というドアノブが捻られた音が鳴り、部屋のドアが開いた。サヤとキュサは瞬時に警戒体制をとり、同時に部屋のドアを見やる。


 しかし、


「え……っと、僕です……」


 ドアの向こう側には少し疲れ気味のヨヤギ・サクヤの姿があった。警戒損だ。そのサクヤの姿に2人は胸を撫で下ろすが、サヤはふと不思議に思ったのか小首を傾げた。


「仕事は?」


「やっと少しの休みをもらいました。2時間くらい」


 ヨヤギ・サクヤは最適性の魔法が優秀で中々休ませてくれない仕事人。2時間だけの休みでも、それは高価な宝石よりも貴重なのだ。


「姉さんこそ仕事ではないんですか?」


 あくびを飲み込んで、今にも眠たそうにしているサクヤは案の定、状況の理解できていないらしい。誰からも伝えられていない、否、遠くにいる彼に伝える時間がなかったのだろう。


「まぁね! 今日の仕事は村に出没した幽霊魔物の討伐だったからサボり! それより死にたくないなら逃げたい方が良い! 頭が良くてもサクヤは弱いから!」


 するとサクヤは真剣な顔へと変わって真っ直ぐサヤのほうへと視線を向けた。


「説明を求めます」


 しかし、無言が続いた。真っ直ぐなサクヤに対してサヤが説明を躊躇っているのだ。姉として弟に傷を負ってほしくはない。説明せずに逃したほうがいいと、その考えが頭をよぎっているのだろう。

 そんなサヤに、キュサも訴えかけるような真剣な眼差しを負ける。


「私はサクヤ様にも教えた方が良いかと。いくら弟さんを巻き込みたくないとはいえ人命がかかっているのなら人手は多いに尽きますので」


「……わかった」


 キュサからの提言もあり、サヤは晴れない表情ながらに腹を括った。死ぬか明らかな場面で気は進まないが、キュサの意見は一理ある。


「フラブさんのお兄さんが居る敵が今日の何時かにここと1つ目の分家に来るらしい」


 それに嘘はなかった。だからこそ、サクヤは目を丸くさせた。時間帯が既に18時を過ぎているというのもあり、驚かざるを得なかったのだ。


「本当ですか……? フラブさんと当主さんは……」


「そのお2人は今、処刑課の本拠地に居ます」


 簡潔に説明をするキュサは深刻そうな顔をしながらゆっくり立ち上がった。しかしサクヤの表情が微かに曇っているのを見ると、続けてかける言葉を失ってしまう。


「処刑課の……? そうだ1つ目の分家は……? まさか誰も守ってないんですかっ?」


「それはアイネさんに任せているらしい! アイネさんとフラブさんはなんか友達になってる! 味方のアイネさんは心強い!」


 するとサクヤはまた、目を少し見開いた。


「あの引きこもりクソ人間のアイネさんが……?」


 どうやらサクヤにさえ嫌われているアイネは本当に頭がおかしいのだろう。だが直ぐ様に納得したようなフラブを尊敬するような眼差しで少し上を見る。


「さすがですね……フラブさん。凄いですよね……あの人には覚悟があって。僕にも手伝わせて下さい。必ず役に立つと保証します」


 そう胸を張って堂々と言うサクヤ。それでも不安そうにしているサヤは手を腰に当てた。


「うん! お願い! けど死んだら許さないから!」



** ** * ** **



 その頃、1つ目の分家。そこにいるアイネは処刑課を捕らえていた部屋で、白いローブを羽織っている複数人に囲われていた。その1人1人がヨヤギ・アイネという人間を強く警戒している。

 だが、白いネコの着ぐるみを着ているアイネは自身を囲っている者を悠々と見渡していた。


「私は敢えてキュサさんに未来を教えてもらわなかったんです。何でだと思いますか?」


 急に質問を投げかけるアイネ。それに白いローブを着ている者たちは困惑して、お互いに目を合わせると静かに騒ぎ出した。魔法で襲いかかろうにも、その前に変な質問を投げかけると困惑するもの。


「少し五月蝿いです。私が聞いている事だけを答えて無様に死になさい」


 アイネが優しい声色で圧あるようにそう言うと、全員が洗脳されたかのようにアイネを見る。


「未来が嫌いだから!」


 そう必死そうにも前のめりに明るく答える女性の声、それに続いて沢山の者が答え出した。だが答えた者は答えた瞬間に首が吹き飛んで体と胴体が切断されて地面に死体が転がる。


「未来を恐れているから敢えてとか……?」


 そう答えた男性は急に心臓が潰れて大量に吐血しばたりと地面へと倒れた。


「楽しみにしてるから!」


 それでも答える女性は眼玉が吹き飛び血が飛び出したのちに脳を破壊されて地面へ倒れる。


 そう次々と答えていく者達の目は全て黄色く変わっていて洗脳されているかのようで。全員が全員、答えた瞬間に死んでいき部屋にアイネしか残らなかった。


「正解は興味がないからです。後手に回っても私が死ぬことはない」


 アイネは思う。例えこの場面が50回と繰り返されようと、こんな雑兵に殺される未来が見えない。例え未来で殺されていたとしてもだ。未来なんていくらでも変えられるというもの。


 その時だった。すぐ背後から僅かな殺意を感じ取った。そのため、その者の姿を視界に移そうとゆっくり背後を振り返る。

 するとそこにはアイネの頭に散弾銃の銃口を向けている者がいた。身長140センチほどの身長、白いローブを着てる者だ。

 その者も、アイネの白い着ぐるみも、多くの返り血を浴びていて血で赤く染まっている。


「楽に殺されて死ね。抵抗するな」


 その声主は間違いようもない、子供だった。

 それでいて覇気が感じとれず、淡々としている。


「野蛮な人ですね。私は友情を覚えてしまいましたから、強いですよ」


 友情。それは他の誰でもないシラ・フラブとの友情だ。アイネからすれば、今や親友といっても差し支えのない友達である。

 

 だがアイネの言葉に子供からの返答がなく、冷めた空気が出来上がった。それにアイネも無言で動きを止めるも「冗談です」と言って場を温めようとする。

 人と話すことが不得手なアイネは性格だけでなく、その分コミュニケーションも難ありなのだろう。もちろん目の前にいる子供もそうなのかもしれない。


「……自分に貴方の洗脳も含めて魔法は効かない。そういう祝福魔法がかけられている」


 そう淡々と言いながら、子供は引き金を引いた。



** ** * ** **



 アイネの着ぐるみの頭に銃弾が発砲された。


 しかし、あろうことか、何も起こらない。

 銃口から立ち上る煙。それでもハッキリとわかる。あるはずの手応えがなかった。


「──すみません。これは私の自作の特別な着ぐるみで……少々頑丈なんです」


 アイネの身体どころか、ネコの白い着ぐるみにすら傷が一つとしてついていなかった。それに息を呑むより先に斬撃を喰らったような傷が胴体に現れ──赤い血が身体から吹き出した。


「…………!?!?」


 一瞬のことだった。『風』が吹いたのは。細かな風の影響で髪が揺れたのは。地面へと倒れるその瞬間まで、子供は散弾銃を宝物のように両腕に抱えていた。


「これでもアリマくんよりは基本的に弱いんですよ。魔力量も筋力も……多分諸々全て下です。その私に負ける時点で貴方たちはどっちみち寿命で死ねません」


 冷たい声でそう言うアイネは右手に斧を握り、ドアの方に視線を移した。するとそのドアが、何者かの手によって強く蹴り飛ばされた。

 部屋へ入って来たのは、またもや白いローブを着た人間。想定通りだった。しかし着ぐるみの中で、アイネはほんの僅かに目を見開いた。


 シラ・コウファ。ドアを蹴り飛ばして、部屋に入ってきたのはその人だった。アイネは冷静に斧を解除する。シラ・コウファとは面識はないが、どことなく親友に似ていたのだ。


「その見た目……フラブさんのお兄さんですか」


 だがコウファからは返事がなかった。意識がないかのような虚な眼には光も何もない。その目でゆっくりとアイネの方に視線を移してきた。


「僕を知ってるんですか?」


 そんな気力が無いような質問をするコウファは体に電流を纏っている。それが炎でなくとも、触れれば火傷くらいはするのではないだろうか。


「知ってはいませんが、知りたいですねをシラ家の人間については」


 するとシラ・コウファは急に歯を食いしばって、苦しそうな表情で頭を抱えた。


「何もない……僕は……?」


 キュサが見た未来。本来なら3つ目の分家に行くはずだったコウファは1つ目の分家に来ていたのだ。何かがおかしいのは誰が見ても明らかだ。


「僕を知ってるのにどうして敵にいるんですか? 僕は何なんですか?」



** ** * ** **



 ──その頃、ヨヤギ・アリマは既に最高管理者の御前にいた。その最高管理者がいる場所は広々としている謁見の間と執務室が合わさったような部屋。


 最高管理者は机の上にある書類をオフィスチェアーに座って片付けながらアリマと対面している。


 最高管理者の見た目は青緑色の目にモノクルを左目に装着している。緑色の腰まであるロングウェーブの髪に左のサイドバッグは青色。黄緑色のスーツがスタイルの良さを強調してるようにも見える青年ほどの女性。


 その仕草だけでなく姿勢も良いため風格からも紳士や知的と見てとれるだろう。だが優雅に書類を片付けながらも微かにアリマの方を見て優しく微笑んでいた。


「ヨヤギ・アリマくん。ようこそ、私の楽園へ」


 そう優しく品がある言葉の裏腹には企があるように感じ取れる。その風格からアリマは警戒するも表情には表さずに真剣に真っ直ぐ最高管理者、ハセルを見上げる。


「そう警戒なさらずに落ち着いて。ここが貴方の墓場というワケでもあるまい」


 ハセルは優しい声色でそう言いつつも全てを見え透いているかのような綺麗な目をアリマに向けている。


 アリマでさえ威圧されたかのように目を大きく見開いて冷や汗をかいていた。


「俺がここに来た目的は理解しているだろう。故に最初に問う。何故、人を殺してさえいないフラブ君を指名手配した?」


 アリマの真剣な問いにハセルは字を書く手を完全に止めて机の上で手を組んだ。


「私は試していたのだよ。シラ・フラブを。ついでに君も。こう見えて君よりもかなり年上でね。今年で生まれて2万年目かな」


 悠々としているその姿には恐れも感じ取れない。加えてあろうことか、言うこと全てに嘘がない。


「……年齢は良い。試していたことについて言及を求めても?」


「その前に少し話そう。私が五十年前に最高管理者の地位についた事は知っているかね?」


「ああ。イサ殿に印を付与して殺したのが貴方だと言う事も知っている」


 シラ・イサ。彼は罪人から嫌われる立場にいた。元シラ家の当主であり、その当主の座をハジメに引き継いだ後に最高管理者の地位についた。そう考えると異色の人間でもある。


「普通に最高管理者をやってくれていれば殺す必要はなかったのだよ。だが奴は私が裏で人の段位……つまり記憶も魔力も知識も努力も奪っていると勘づいてしまったからね。致し方なしというやつだ」


「……は?」


 アリマでさえ理解がしばらく追いつかなかった。


「因みに王都で開かれる魔頂武楽御前試合、それを提案したのも私。それはルールを見て分かるよね。そして王国を国として腐らせたのも私だ。証拠としても王国以外の国にはスラム街はないからね」


 あの魔頂武楽御前試合のルールは簡単に言えば勝者が敗者の段位を奪えるというもの。段位はその者の実力の鏡であり、それにハセルが加わっているというのなら胸糞が悪い話でもある。


「つまり貴方は340年前……アリトの命を握るように王国に誑かした……ということか。元からクソなら国は成立しない」


「正解」


 最高管理者は悠々としてそう答えた。

 これが、消えようのない怒りというものかとアリマはつくづく実感した。腹立たしい、よりはらわたが煮えくり返るような怒りがそこにはあった。

 最高管理者の地位にいながら、目の前にいる人間は罪人とも等しい行いをしている。こいつの行いが生んだあの呪いのせいで、アリトの病気が少なからず進んだというのだから、許せるわけがない。


「それは君の実力を知るためでもあるワケなのだが、シラ・ハジメと君の父親が途中で割り込んで邪魔をしてくれたからね」


 何となく、最高管理者の言いたいことを察してしまったアリマは目を張って、怒りを堪えるためだけに拳を強く握りしめている。

 何より、嘘ではない──それがわかるこの聴力が、今はただ気持ちが悪くて仕方がない。心臓の音、奴の仕草、何もかもが本当のことを言っていると示してくるのだ。


「君の父親はそのうち病気で死ぬから無視して、計画の邪魔になるシラ・ハジメを殺すタメに丁度よく処刑課として優秀すぎる計画の邪魔になりそうだったシラ・ミハを利用した」


 これがフラブが親を亡くした理由、アリマ自身が苦しんだ理由なのか、ともなればハセルはアリマにとってもフラブにとっても恨む復讐対象なのだろう。


「……そうか。自らの手を汚さずして動いている外道。外道に生きてる価値なんてない」


 圧ある声色で言いながらも鋭い殺意を込めてハセルを強く睨みつけるアリマ。だがハセルはそれでも悠々としてアリマを見て優しく微笑んだ。


「残念。私は死ねないのだよ。魔法も通用しない。君は聞いたことないかね? ──2万年前に存在した不老不死の実験施設を」


「……は? 不老不死……?」


 『不老不死』その言葉を聞き返したアリマは不意に目を見開いた。微かに背筋が凍りついた。



** ** * ** **



 ──その頃、とある少年と相対しているフラブは警戒を解かずに少年を睨みつけていた。


「君たちも死ねないの……? おれと同じで……」


 驚いて目を少し見開いている少年はフラブに対してそう言葉を溢した。そのとき、少年からの殺意が微かに薄くなったのを感じた。僅かな差ながら、それを感じ取ったフラブは即座に真剣な表情へと変わった。


「いえ。だがつまり貴様は死ねない……? 貴様も死にたかったりするのか?」


 すると少年は躊躇いがありながら、テーブルから飛び降りて地面に立ち上がった。


「おれも死にたい……けどお姉さんも? 何で……」


 真っ直ぐな純粋な目でフラブを見て問う少年は、何らかの恐怖からの助けを求めているようにも見えた。だからフラブはこの場で『死ぬ』ことを頭の中にある選択肢から消した。


「生きることに疲れたから。ニベは……」


 後ろをゆっくりと振り向いてユールに話しかけようとしたフラブだが、言葉を止めた。ユールが呆れたように冷たい目を少年に向けていたからだ。


「貴方も良い殺意だと思ったのですが勘違いだったようです。せめて悲鳴を聞かせてくれませんか?」


「ニベ。平和的解決が出来るのならそれでもいい。今はまだ殺意を向けるな。後で私が殺意を向けてやる」


 するとユールは満足そうな顔をして、頬を赤くしたら少年への殺意を消した。この所作からもわかる。ニベ・ユールはどうしようもない変態である。


「その……おれは死ねないんだ! 不老不死で……もう二万年もそれで……死ねなくて……」


 そう震えた声で言う少年は涙を堪えている。その手足も僅かに震えていた。これは決して演技ではないだろう。ともあれ、『不老不死』その単語がフラブの頭の中に止まった。真偽は置いといて、


「だが……不老不死とはな。アリマさんが心配だ」


 ヨヤギ・アリマは無事でないと駄目なのだ。彼が死ぬことはないだろうと、彼の強さだけは何よりも誰よりも信用している。

 ヨヤギ・アリマは死なない。だから──心配する必要もないと、フラブは信じたかった。


 そのときだった。再び殺意のような異様さを感じ取ったフラブは息を呑んだ。すぐさまに少年の方に視線を変える。少年は急にまた殺意を顕にして、フラブとユールの方を見ていた。


「『姉ちゃん』は負けない。姉ちゃんと敵対するんだったらおれも敵対しないと」


 そしてユールも優しく微笑んで少年の方を見る。視線の先にいるその少年は拳を握りしめて素手で構えていた。



** ** * ** **



 ──処刑課本館内、最高管理者の執務室。

 アリマは緊迫した空気の中にいる。


「私もシュライ……弟もその実験の成功例なのだよ。他にも成功例は居てね。君は知らないだろうがルルという子もその1人」


 ハセルのそのは全てが見え透いているかのような、気持ち悪さがある。威圧されているかのような、心臓を掴まれているのような気持ち悪さだ。突然ながらアリマはそれすらも嘘でないと分かってしまい、少しだけ冷や汗をかいた。


「何故……俺にそれを教える……?」


「私は最高管理者となる気は微塵も無かったのだよ。だが全てはシラ・フラブの中にいる化け物……そいつに私たちを殺してもらうために他ならない。長年生きていると命の価値は擦り減ってしまう。自らの手で人を殺してしまう前に殺してもらわねば安眠できない」


 その言葉の1つ1つに理解が追いつかず、ただただ背筋が凍りついた。不老不死、何よりそのワードが頭から離れてくれなかった。


「それで今から五十年前、私の命でナラミナをユーフェリカに変装させてカケイという人形に遭わせていたのだよ。そしてフラブをカケイと会わせるタメに……フラブが領地を出るのを読んで意図的に変装したナラミナをフラブと偶然を装って遭わせた」


「……何を言って」


「その次にミスナイとの接触。それを確認してフラブを指名手配。それで君が来ると仮定しての判断だ。君との再会も全ては君が頑張ってくれると考えた上での私の思考上にある選択だったのだよ」


 つまり、フラブとの再会すらも仕組まれていたということなのだろうか。信じたくなくてもそれに嘘は存在しない。


「そんなことが……っ、可能なのか……?」


「少なくとも不可能ではないな。ふざけた名前のワクという奴に協力してもらってるからね。目的は少し違えど利害の一致でルルとも協力関係を築いている」


 瞬時にアリマは殺意を感じ取り、背後にある入って来た入り口の方を振り返った。だがしかし、そこに入り口は無くなっていた。入ってきたはずの大きなドアがない。そこには壁しか存在しない。


「逃げるなんてよしてくれ。ここは私の楽園。部屋に保存魔法を使用している。故に君は魔法を使えないし無理矢理、力で壊すなんて事も不可能だ」


 簡単に言うのならアリマは逃げられない箱に閉じ込められたという事だろう。歯を食いしばるアリマは怒りを抑えつつも直ぐ様にハセルを睨みつけた。


「君の段位を……魔法も魔力も……記憶も知恵も力も努力も全て頂くよ。私に怒りを抱くのは奪われると同義。身体は無事に帰してあげるから安心するのだよ」


 一石三鳥以上の計画、さすがにアリマでも出会いから仕組まれているなんて思えなかった。タナカは唯一違和感を覚えていたが、タナカの死も意図的に招いた事なのだろう。


「俺の負けか。本当に名家に敵対してくるなんてな……まぁ不老不死の時点で……否。言い訳か」


 清々しさが感じ取れるアリマの声色は姿からも優しさが感じ取れる。


「他人は完全には信用出来ないからね。弟も含めて。だから全てを奪って私のモノにして私が頑張って私を殺すしかないのだよ。それでもまだ命を奪う選択をする段階ではない」


 そう優しい声色で言うハセル。だがハセルがそう言い終わった瞬間にアリマは地面に倒れた。

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