第四十九話 無情
あれからフラブとキュサは変わらずの服装で本邸の玄関前の外へ来た。フラブはシラ家の男用の貴族服に動きやすい靴を履いていて、髪を後ろで束ねている。
キュサはメイド服で動きやすい靴を履いており、左側にいるフラブを見る。
「青い蝶のアジトへ乗り込む形で転移致しますが……大丈夫ですか? フラブ様」
キュサは手を軽く前で組んで問い、真剣にもフラブは右手に強く鉄剣を握った。
「そうだな。私は修練島で5段となれた。確認だがキュサの段位は?」
「5段です。恐縮ながらフラブ様とお揃いですね」
キュサは優しい表情でフラブを見てそう言い、それにフラブは少し目を見開いてキュサを見た。
「凄いな。5段……?」
「有難う御座います。5段となれたのは丁度フラブ様が修練島に赴いた時で……フラブ様を想って頑張ったんですよ」
「……そう。では跡形無く殲滅しようか」
微かに暗い声色にも聞こえるがフラブは優しく真っ直ぐな目でキュサを見て言い。キュサは優しい表情を浮かべフラブを巻き込んで転移魔法を使用して颯爽と転移する。すると一瞬で辺りの景色も変わり、廃ビルの駐車場の中心に転移した。
「何だ?」
辺りには車もなく、左手の甲に青い蝶の刺青がある男女が多くいる。ざっと30人くらいは居るだろう。
その場にいる青い蝶の全員の視線がフラブとキュサへ移動するも。瞬きをする間にフラブは前方に居る5人の後ろへ周り躊躇わずに背中を斬った。
「クソが喋るな。処刑課に変わって殺しに来たんだ。ただ抵抗せずに殺されろ」
フラブが斬った者達は血を吐きながらも前方へ倒れて息絶え、フラブが握る剣の刃には血が伝われる。
「何だ……お前ッ!」
そう声を荒げて言う者も居るが、フラブが殺した者以外はキュサが動かずに心臓を圧迫させ潰して殺した。その全員が死んだことさえ理解が追いつかないまま目を大きく見開き大量に吐血して死体が地面に転がる。
「フラブ様の手を煩わせる価値も御座いません。上に行けばもう少し手応えがある者が居ると思いますよ」
キュサは平然としてフラブを見て言い、フラブは少し悲しそうな苦しい表情で魔法を解除する。
「罪人だろうと殺すのは正解……で良いんだよな。本当にそれで……殺せる時に殺さないとコイツらは魔法を使って他の者を殺す……」
そのフラブを見てキュサは優しい表情を浮かべてフラブの前で立ち止まり、フラブを優しく抱きしめた。
「大丈夫です。人を殺したからと言えどフラブ様が罪を背負う必要は御座いません。人殺しは人間では御座いませんから」
「……まぁ良い。離せ、早く終わらせよう」
フラブが優しい表情でそう言うと、キュサはゆっくりフラブから離れる。
「フラブ様。名家において分家が宗家の命に従うのは当然のことで御座います。ですが私は分家だからフラブ様に従っているワケではありません」
「そうか。では何故か聞いても良いか?」
「自らの命を顧みず人の幸せな未来の為に望んで前線に立てる者がこの世にフラブ様以外居ません。忠誠理由など無限に御座いますし。私の方が歳上でもフラブ様には頭が上がらないのです」
「美化しすぎだ。私の命も未来も塵以下だからな」
フラブは無表情でそう言い、死体を気にせずに悠々と踏んで左手側にある階段へと進んだ。キュサは優しい表情で見守るようにフラブの後を続いて2階へと進む。
2階も相変わらずに殺風景で階段を登って1番奥に上へと続く階段があり。案の定と沢山の青い蝶の男女が居り、向こうが反応するよりも先にフラブは着いた。
するとフラブが目に見えない速さですれ違った者は全員、両手に握る鉄剣で胴体が斬られていて。フラブは振り返る間もなく血が伝われる刃を振って血を落として階段を上る。
キュサはそのフラブの姿を憧れの眼差しで見てフラブの後を歩くついでに全員の心臓を圧で潰した。
3階にも白いローブを着た10人ほどの目つきが悪い男女がいるのだが。左側の壁が全てガラス窓で出来ているも暗さが際立つ地味な内装。
話し合いの最中だったのだろう、1人の背を向けている男性がフラブの方を振り返る。
その男性は170センチ程の身長に灰色の髪に簡素な半袖に長ズボンを着ている。
「青い蝶の幹部の1人。5段の…コナという者だと思います。警戒を…って…」
キュサが言い終わる頃にはフラブが男性、コナの心臓に右手に握る剣の刃先を突き刺して殺し。
「ーーッ!」
だがフラブは無慈悲に右腕を上へ上げて死体ごと持ち上げて、刃を通ってフラブの腕にも血が伝う。
「人の死は呆気ないな」
フラブは右腕で右側へ移動させて勢い良く左側のガラス壁へと振り。同時に剣を解除してコナの死体がガラスを破って下へと落下した。
「オーバーキルですね。さすがです」
キュサは優しく微笑んでフラブを見て言い、フラブは暗い表情で悲しさすら追いつかず俯いた。
「殺さねばコイツは他者を殺す……仕方ないことなんだ」
それからフラブとキュサは血を洗い流してアリマの執務室を訪れた。アリマはポニーテールで机に向かって紙を整理していてフラブの方を見る。
「もう終わったのか? 早いな」
フラブは服装を着替えており、簡素な白い長袖に黒いズボンを着ている。
「はい。これでコヨリとキヨリは助かりますかね?」
フラブは平然とそう問いながらアリマの机の前で立ち止まり、キュサは左側のソファーへと座った。
「サヤに聞けば分かる。キュサは引き続き任せる。フラブ君、引きこもりの叔父殿に会いに行こう」
アリマは優しい表情でそう言いながら左手に持つ紙を机の上に置いて立ち上がり。それにフラブは訳も分からず不思議そうに小首を傾げる。
それからフラブとアリマは本邸の玄関からそれぞれ靴、下駄を履いて外へ出た。キュサはアオト関連でフラブとは再び別行動をとっている。
「ここは雪降らないんですね。その……どこへ?」
変わらず不思議そうにフラブは辺りを見渡したのち右手側にいるアリマを見て問い。アリマは無表情ながら前を向いていて少し疲れているようにも見える。
「地下に用があってな、先程も説明したのだが叔父殿に会いに行く。嫌ならいいんだが君の化け物の詳細や話し合いたいことが沢山あってな」
「そうですか……嫌ではないです。どんな方なんですか?」
アリマは優しい表情で「ついて来い」と言って門ではなく右手側の方へ歩き出した。
「え……そこに何かあるんですか?」
フラブはアリマの後ろをついていき再び左側に並んで歩き出した。アリマは軽く腕を組んでココアが裏庭と称したところへ進みそこの奥で足を止めて右手側の下を見る。
「ヨヤギ家本邸にある2つ目の地下……拷問牢への入り口だ」
フラブはアリマの右側で立ち止まり、同じく斜め下を見るも何もなかった。それにフラブは心配するような目でアリマを見上げる。
「……常に熱があるんですか? そう言う病気ですか?」
真剣に心配しているフラブを怒ったよう表情でアリマは見下ろした。
「君は殴られたいのか?」
「殴られたくないですよ。アリマさんに殴られたら誰でも死にますって」
アリマは呆れるように軽く溜め息を吐いてその地面に右手を翳した。
「まぁ良い。説明は歩きながらしよう」
すると急にその地面が壁を巻き込んで形が変形し凸が出来て地下への入り口ができた。その入り口の向こうは暗く真っ直ぐ階段となっていて入り口の大きさは3メートルを超える大きさ。
「え、びっくしました……それより拷問牢なんて本邸の地下にあるものなんですか?」
「ああ。面倒故に俺が作らせた。1つ目の地下牢も俺がサヤに無理難題を押し付けられて作った場所。其処は酒置き場の小部屋みたいなものだ」
アリマは優しい表情で説明したのちに階段へと足を踏み入れ、フラブも続けて階段へ進みアリマの右側を歩き出した。
「前提としての話をすると前当主のヨヤギ・アサヒトは次兄で俺の父様。そして牢の管理を任せているのが長兄であるヨヤギ・アイネ、叔父殿は人と話すのが不得手……というより性格に難がある」
淡々としても微かに嫌そうにも聞こえる声で「其れで」と言い言葉を続ける。
「本家の当主も分家の当主も嫌がり断って自ら牢の管理を願い名乗り出た。所謂変人だ」
「つまりそのアイネさんに用がある、というワケですね?」
「ああ。だからそう言っている」
少し呆れが混ざっている目をアリマから向けられたフラブは訳も分からず下を見る。
「まぁ君に会わすことを躊躇って今まで来てなかったのだが……俺が多忙な時にはその叔父殿に拷問でもしてもらっている」
「なるほど。如何にも地下の住人って感じですか」
「そうだな。ちなみに襲撃があった時も地下に居たはずで其の後の宴会にも顔を出さないし、いつでも出れるというのに身勝手ないい歳した引きこもり……悪く言えばそんな感じだ」
「は、はぁ……? 理解しときます」
直後、アリマの右肩とフラブの左肩が掴まれ2人は足を止めて同時に恐る恐る背後を振り返る。ーーそこには白いネコの長さ185センチを超える不気味な着ぐるみが居た。
アリマでさえ血の気が引いて背筋が凍り、2人して息を飲む。だがその着ぐるみは2人から手を離し左足でアリマの背中を蹴り、アリマだけを階段の下へ蹴り飛ばした。
「あ、えッ!?」
フラブは困惑と恐怖が混ざり合い、背筋が氷のように凍って呆然とすふも。そのネコの着ぐるみは左足を下げてフラブの方を見る。
それにフラブは恐怖で青ざめ、恐怖で足を踏み外して階段の下へと背中から勢い良く落下する。
「あ……」
フラブは瞬時に左腕を伸ばして目を強く瞑るも同時に着ぐるみがフラブの視界から消え、体が支えられるかのように落下が止まった。
「怖がらないで下さい。怪しい者ではありません」
と疲れたような男性の低い声が聞こえ、フラブは体勢を崩したまま恐る恐る背後を振り返る。
そこにはあのネコの着ぐるみがあり、右手のみでフラブの力付いた体を支えていた。
「……叔父殿、不気味な着ぐるみ着るの良い加減やめませんか?」
そう無傷のアリマが悠々と言いながら平気そうに階段を登ってきた。フラブは何とか体勢を元に戻してアリマの方に体を向けて安心した表情を浮かべた。
「どこが不気味なんですか。絶滅寸前の白くて可愛いネコちゃんでしょう」
アリマの方を振り返ってそう問うも、アリマは呆れたような目で着ぐるみを見る。
「あ……えっと、始めまして……! シラ・フラブ、です……」
フラブは余所余所しく丁寧に自己紹介をすると、着ぐるみはフラブの方を見て余所余所しく謝るように少し頭を下げた。
「ああ、シラ家様の……言われてみれば服装も確かにシラ家様のですね。お見苦しいところをみせました。すみません。少し整えてきます」
「あ……いえ、全然……」
フラブが言い終わる前に着ぐるみは颯爽とその場から居なくなり、フラブとアリマは互いに見つめ合う。
「あの、あの方の段位って……?」
フラブは恐る恐るアリマに問うも、アリマは呆れ疲れたように軽くため息を溢した。
「計測する時、専用の紙に自身の血を垂らすだろう?」
「はい。垂らしますね……」
「其の痛みが嫌だと言う理由で五百年間も段位測定をしていないんだ。五百年前の段位で記録に記述して1段となっている」
それにフラブは真剣な表情で腕を組んで右手を顎に当てて考え始めた。
「五百年前で1段、ですか。恐ろしいですね。私が気配が読めずに後ろをとられるほどの実力で……五百年経過した今の段位……5段以上はあるでしょう」
「馬鹿を言うな」
「え……?」
アリマは羽織物の内側から軽く腕を組んで真剣な表情でフラブを見上げる。
「俺ですら気配を読めなかった。確実に怪物級だが7段ですら収まらないだろう。絶対に父様と同じく凄い人なのだが少しの痛みすらも嫌う変人だ。その割に人の痛みには鈍感でな。故に実力の底が読めない」
それにフラブは驚き目を大きく見開いてアリマの右横まで階段を下りた。
「史上初の12段をもってるアリマさんにそこまで言わせますか……え、ですがヨヤギ家でNo.2はサヤさんなのでしょう?」
不思議そうな口調で問うフラブは小首を傾げつつ下りている階段を見る。そしてアリマは優しく微笑んでフラブに続きゆっくりと階段を下り始める。
「俺は今14段だ。衣服に混ぜた魔力を全て回収したからな。そしてその順位は段位のみでみればの話だ。言っただろう? 叔父殿は1段と記述されている」
「そうなんですか……あの…失礼も重々かもしれませんが、前から聞きたかったんです。分家も全員、今はアリマさんと仲が良いと考えてもいいんですか……?」
「ん? 急だな……」
不思議そうな表情でフラブの方を見るアリマだがフラブは深刻そうな表情を浮かべていた。
「……思い出したくなければ答えなくてもいいんです。サヤさんと話してよくわからなくなって……宴会の時もアリマさんを信じてる声が多かったですし!」
恐る恐る真剣な表情でアリマを見て問うフラブにアリマは優しく微笑んだ。
「そうか、君は優しいから気がかりだったのか。今はとても良好だぞ」
優しい口調で説明をするアリマは少しだけ悲しそうな口調で「だが」と言葉を続ける。
「知っての通り襲撃前は疎遠で亀裂ばかりだった。俺もアリトの言動も踏まえて違和感は持っていたが使用人からの陰口が絶えないし……大抵の分家の者もそうだと勘違いしていたところがあった」
「………」
「カミサキ姉等も無意識に俺への印象が遠回しに悪くされていて……サクヤはまず最適性も相まって忙しく大体家に居ない。あとサヤは自由人だろう? 使用人等が俺を信じてくれたのはカミサキ姉たちも居たから。コハハたちの方が正しい反応」
「……っ」
「故に宴会の前にカミサキ姉とアリトも交えて色々糾せてな。かなりのすれ違いや勘違いが起こっていたんだ」
「……聞いてすみません。思い出させてしまいましたね」
フラブは申し訳なさそうな表情を浮かべるも、アリマは変わらず優しく微笑んでそのフラブの方を見た。
「何を言う。思い出させる以前に俺は記憶を忘れる事が出来ないし忘れたくないんだ。君はただ笑っとけ。君には笑顔の方が良く似合う」
そう説明しながらも階段を下っており。階段はまだまだ底が見えない程に深い。
「アリマさんってたまに嬉しい事を言ってくれますよね」
嬉しくもフラブは恥ずかしそうに、アリマから目線を外して階段先を見る。
「案ずるな、君と違って自覚はある。魔法も含めてこの世界は何事も考えようだぞ、フラブ君」
それにフラブは驚き目を大きく見開いてアリマの方ては恐る恐る口を開く。
「あ……っと、ではそのアイネさんもアリマさんを嫌ってないんですね?」
それにアリマは少し驚くも直ぐに手で軽く口を覆いつつ「はは…っ!」と子供らしい明るい顔で笑った。
「君はそんなことを心配していたのかっ! 叔父殿は生まれてから今日も明日もずっと未婚者で友人すらいたことがないんだぞっ! 噂を聞くことすらないだろう……あれ、俺も当てはまるのか……?」
急に我に戻ったかのように真剣な表情で腕を組んで左手を顎に当てて真剣な表情で考え始めた。
「ハジメは当主同士というだけで特に……友人と悩むような人すら居ない?」
今更気づいたのか少し険しい表情を浮かべるアリマは信じられずに再び真剣に過去を振り返る。
「何言ってるんですか。友人ならここにいるでしょう」
フラブは優しい笑顔でアリマを見てそう言い、アリマは腕を下ろして嬉しそうな表情でフラブを見下ろす。
「友達……そうか親代わりから昇格か。昇格か?」
「降格も昇格もなくどっちもです。アリマさんは親代わりで友達。戦いや人生の師匠みたいな人で恩人でもありますね」
「……本当に君と会えて俺は幸せ者だな。其れより説明を戻すと先程も説明したが其の叔父殿と君の中にいる化け物について話がしたい。其れと君の判断がほしい捕虜が居る」
それから階段を下り終えると目の前に一本道とその左右に牢があり、それぞれに老若男女問わず入っているが気絶してるかのように壁に凭れ眠っていた。
「皆さん寝てますね……と言うより事前に全員眠らされているみたいです……」
フラブは辺りを見渡しながら少し驚いてそう言葉を溢し、アリマは安心と共に少しだけ焦りを見せた。
「叔父殿に事前に薬を盛ってもらった、気にするな。此処からあのドアを開けて更に下へと階段を下りる。そこに叔父殿の引きこもっている部屋があるはずだ」
「更にですか……地上へ出るとき腰痛めませんか?」
「転移魔法を使えば容易い。まぁ運動になる故に叔父殿は使ってないとか……歳を考えれば嘘であってほしい話だな」
真っ直ぐ進みドアを開けると回り階段があり、そこの踊り場で2人は足を止めた。
「え……っと、」
階段の下には細身で整っている顔を立ちをしている中年ほどの見た目の男性がいた。
その男性は基本灰色に青のインナーカラーが耳下まであるストレートの短い髪。濁った青色の眼をしていながら、当然のように薄く青い着物と水色の帯を着こなしている。特徴としてあと一つあげるのなら口の左下に小さい黒子があること。
「私の部屋で話すんですか……」
少し疲れ気味に言葉を溢す男性は軽く腕を組んで目を少し見開いている。その視線の先にいるアリマは呆れたような目でその男性を見下ろした。
「今は叔父殿の部屋として使わせていますが、叔父殿が我儘言っただけで最初は牢だったでしょう」
「分かりました。ではその、はい……」
その男性こそアリマが会いにきた叔父殿という人で着ぐるみを着ていた者でもある。
見るからに男性という見た目でアイネという名は少し可愛い気もするが。そのアイネは疲れたように背後にある襖を開けて左側へと進み「どうぞ」とフラブとアリマを見て丁寧に左手で室内を指した。
案内された通りにフラブとアリマは階段を下りると躊躇いもないアリマは襖の前で下駄を脱いで室内へと足を踏み入れる。
「あ、ありがとうございます……」
フラブは左手側にいるアイネを見てそう感謝を告げ靴を脱いでアリマに続いて室内へと足を踏み入れた。
その室内は畳部屋で5畳間ほどの広さがあり四方に襖がある。
そして部屋の中央には丸く低い木出てきた机がありアリマは既に右側に座っていた。だが丸くて低いその机以外は何も無い部屋で素朴さが目立つが埃やゴミが一切見当たらない。
アイネも草履を脱いで白靴下で部屋へと足を踏み入れていてアリマの対面に正座して座った。
「それで話とは何ですか……」
アイネは疲れたようにアリマの方を見て問い、今直ぐにでもこの場から離れたいのが伝わってくる。ただどうすることも出来ないフラブはわけもわからずアリマの右横に腰を下ろした。
「フラブ君の中にいる者についてです」
アリマは真剣にアイネを見て伝えるも、そのアイネは冷静にも「詳しく」と言いながら軽く腕を組んで真剣に話を聞こうと試みている。だが当のフラブは肩が上がって辺りを見渡している目が泳いでいて、手は足の上で拳を作っていた。
「……その前に自己紹介か」
それを見ていたアイネは疲れたような口調でそう言うと、続けて緊張しているフラブに「その」とぎこちなく言って会話を試みる。
「シラ家様……」
アイネは気を取り直し優しい表情でフラブを見て呼びかける。それにフラブはビックリして肩が震え上がり「は、はい」と怯えるように返事をして恐る恐るアイネの方を見た。
「ヨヤギ・アイネです。アリマくんの叔父で……アリマくんが色々と吹き込んでくれていましたが、弟と違って歴然と弱いですから」
「あ、はい! シラ家当主のシラ・フラブです……様はつけなくて大丈夫です。その初めまして……?」
「あ、初めましてではありませんよ。多分記憶にはないと思いますが……昨日フラブさんの傷に回復魔法を使いましたので。わかりやすいので名前で呼んでも大丈夫でしょうか?」
「そうなんですね、ありがとうございます! はい、全然大丈夫です……!」
「いえ、お礼は結構ですよ。使っても完治とまでは出来ていませんので」
フラブとアイネは早くも打ち解けて優しい表情で横に座り両手で丁寧に握手をした。
「もう打ち解けて打ち解けさせたのか。フラブ君……」
感心してそう言葉を溢すアリマに、フラブは不思議そうな口調で「え?」と問いならが握手を止めてアリマの方を見る。
「此処まで最初からまともに人と話してる叔父殿は初めてみた。女性なら尚更だな」
そのアリマの言葉にアイネは思考と動きを止めて「え?」と問いながらアリマを見たのち、再び恐る恐るフラブの方を見た。
「女性……」
そのアイネは直ぐに我に返ると慌ててフラブから手を離して元の位置に置いた。それにフラブは小首を傾げてアイネを見るも、アイネは外方を向いている。
「すみません、女性が苦手なだけです。気にしないで下さい」
アイネは軽く腕を組みながらフラブの方を見ずにそう説明し。フラブは訳も分からず元の位置に座って真剣な表情へと変わった。
「本題に入りましょうか?」
それから全員が漸く気を取り直せてそれぞれ三角状に座って話を始めた。
「其れで、結論から言いますとフラブ君の中に俺すらも相手をしたくない化け物がいます」
アリマは真剣な表情でアイネの方を見て言い。アイネは「え?」と問いながら小首を傾げた。
アリマは収納魔法を使い左手で2枚の紙を取り出し重ねてアイネにその書類を向ける。
「其の化け物の詳細と概要……知っている限りものです。少ないですが確認をお願いします」
アイネは左手で紙を受け取って右手で着物の内側から老眼鏡を取り出して装着し、右手を顎にあてて真剣な表情で内容を確認し始めた。
ーーそれから5分が経過した頃。
「なるほど」
と淡々として言ってアイネは右手で老眼鏡を外して着物の中に仕舞い、紙を机の上に伏せて置いた。
「フラブさん、今その化け物になることは出来ますか?」
アイネは優しい表情でフラブを見て言い、アリマは驚くも忌み嫌うような目でアイネの方を見た。
だが問われているフラブは余所余所しくも真剣な表情でアイネの目を見る。
「分かりません、多分難しいです……一応理由を聞いてもいいですか? とても強いらしいので」
「アリマくんも居る。ーーこの目で直に見る事が出来れば情報の確実性と優位性がとれるでしょう。新たな情報が手に入る可能性もあって人が死なない限りは利点が大きい」
「ですが条件が……」
アリマは驚き目を大きく見開いてアイネを見てそう言い、アイネは優しい表情で軽く腕を組みながら左手を軽く顎に当てた。
「条件……あるなら当ててみましょうか」
「え……?」
「書かれている情報を見ると初めての顕現が190年前のフラブさんが7歳の頃。状況的には家族を目の前で殺されて感情は憎いや絶望と言うより多分悲しい。そうでしょう?」
その言葉にフラブとアリマは目を合わせて「あ…」と同時に言葉を溢した。
「2回目の顕現がアリマくんに放り出されて処刑課と1人で相対している時、その時の感情は?」
「いや、え……」
「最近の3回目も目の前で知人が亡くなっている……案外明白ですね」
「そ……化け物が出る条件が私が悲しい時ってどういう事ですか!?」
フラブは驚きでそう言いながら勢い良く立ち上がりアイネの方を見る。
「落ち着いて。条件が1つとは限らなければ、これが正解とも限らない。アリマくん、190年前にその化け物がとった行動を1秒たりとも省かずに教えて下さい」
フラブは取り敢えず落ち着いて座り、真剣な表情でアリマを見る。アリマは真剣な表情を浮かべて腕を組み、左手を顎に当てて考え始めた。
「俺が赴いた時に最初に目があって……背筋が凍るほどにとても怖く、周りに焼けている処刑課を見て俺から花草魔法を使用して攻撃しました……攻撃したから攻撃してきたのでしょうか?」
「何をやっているんですか……魔法で攻撃したら当たり前誰でも威嚇にでも防衛のタメに攻撃してきます。化け物がフラブさんが悲しい時に出てくるのなら尚更でしょう」
アイネは呆れるような目でアリマを見て左手を元の位置に下ろす。その言葉にアリマは腕を組み左手を顎に当てて真剣に考え始めた。
「確かに攻撃を止めれば不思議そうに攻撃を止めてきました。つまり化け物は敵対するものではなく、フラブ君を守る装置……という事でしょうか?」
「可能性はありますね。確認をしたいので少し待っていなさい」
アイネはそう言って立ち上がり、背後にある襖からその場を後にする。するとフラブは急にアリマへ向かって申し訳なさそうに土下座した。
「ん? 何をしているんだ、フラブ君」
「頭を下げて謝罪と共に顔を隠しています」
アリマは訳もわからずフラブの方に体を向けてフラブの両肩掴んで頭を起こさせた。
「あ、待って下さい……」
フラブは外方を向いて全力で両手で顔を覆って隠していて、アリマは小首を傾げて不思議そうに「は?」と言葉を溢す。
「まさか……恥ずかしいのか……?」
その恐る恐る問うアリマの質問にフラブは図星を突かれたように慌て始める。その反応にアリマは優しい表情で片手ずつフラブの手首を掴んで顔から離した。
ーーそのフラブの顔は真っ赤になっていて、アリマは大きく目を見開いた。
「本当に君はよく分からない子だ……」
「だって2回目の化け物が現れる前に怒りより悲しいと思っていたなど恥ずかしいでしょう。あ、負けたことに対してですからっ! 誰も一緒に戦ってくれてないことにではありませんから…っ!」
「ああ、確かに其れは恥ずかしいな」
アリマは真剣な表情で冷静にそう言いながらフラブの手首を離す。それにフラブは怒って頬を膨らませ体ごと外方を向いた。
「だが悲しさはアマネが殺された時も当てはまるだろう? カケイ君が行方不明となった時も君は変わらなかったぞ?」
アリマの冷静な言葉にフラブも真剣な表情へと変わって普通に座りアリマを見る。
「アマネが殺された時は……結局守れなかったという自分への期待外れが大きかったんです。カケイは申し訳なさと心配ですね」
「……辻褄は合ってしまうのか」
「はい。恥ずかしいですが合ってしまいますね」
「……まさかそんな感情だとは予想できなかった。だがまぁ……うん。化け物も君だからな。君の脳ではあるのだろう」
「え、どう言うことですか」
すると急にアイネがあとにした襖から白いネコの着ぐるみが現れた。アリマとフラブの目線がその着ぐるみに移動する。
「叔父殿、まさか其れで……」
「では行きましょう。怪我をしたくないから着ぐるみを着ている。外に出る時に外せば本末転倒です」
アイネは無駄に堂々としていて、フラブとアリマも取り敢えず立ち上がった。




