第一章27 嘘だって思いたかった
断られると思ってもいなかったのか、アリマからの拒否に少しばかり困惑して首を傾げたラサス。
「え……どうして?」
「君の家に行くとな……その」
アリマは珍しくバツが悪そうに目を逸らしながら、眉間に眉を寄せる。
「女性とすれ違うたびに、何故かその女性に囲まれる。それを払おうとすれば力加減を間違えて殺してしまいそうで、歩くことさえ大変なんだ……」
アリマの無自覚は己の魔力関連だけでなく、容姿そのものにも適用されているらしい。ヨヤギ・アリマは己が絶世の美形であることも知らず、ガタイが良い人に分類されることも知らない。世にも珍しい人種だ。
「あ、そうか……ごめんね? 前に聞いたときにアリマの中で世の中の女性って『葉にくっつく虫みたいなイメージだ』って言ってたけど……あぁ、そう言うことか……」
見事に納得したラサスは呆れるように目を瞑って、少し下を向きながら右手で軽く頭を抱えた。しかしながら、イメージなんだとしても女性に向かって虫はないだろう。
「それはお前が悪いだろ、アリマ。お前の外見のスペックの高さは指名手配さえ跳ね除ける」
「あ! でも見てみたいですね……っ! アリマさんが困ってる姿……! ふふっ……!」
フラブはそれを想像しただけで、両手で腹を抱えて必死に笑いを堪えている。そんなフラブに
「笑いごとではないんだぞ……余は他と比べて多少身長が高い程度、他は大差ないと考える」
「大差ない……? よく言えるね……ねぇフラブちゃん。アリマ顔は良い方だよね?」
「え?」
ラサスからの問いにフラブは思わず疑問符を溢すと、腕を組んで神妙な顔つきでいながらアリマを凝視した。フラブから見てもアリマはかなり端正な顔立ちをしているといえるだろう。しかしながら、
「考えたこともなかったな……」
フラブは生まれてこの方、相手の見た目を深く考えたこともなく気に留めたこともない。世にも珍しい人種である。
それに加えてその相手がアリマとなると特にだ。アリマとは相手の見目を気にしない幼いときに出会っているため、お節介な鬼――それ以外の印象を浮かべられていない。
されど、その途端にアリマと目が合ったためフラブは嫌そうな表情に変わった。
「アリマさんの顔を見ると百八十年前ことを思い出して殴りたくなってきました。殴っていいですか?」
「人に許可を取る馬鹿はフラブ君だけだ。君が余を殴っても余にはダメージすら加算されない。好きなだけ殴れば良い」
フラブからの問いに平然として答えるアリマに、サトウ・
アザヤは呆れるような目を向ける。
「いや理不尽だろ……」
「熱がでて倒れれば体に電流を流して起こし、獣魔物を殺せなかったら鍛える量が一体につき倍に増えて、それに追加でご飯を取り上げられる。それに家を建てるときに、木は自分で壊してとれと強要してくる……――それを約十年間。理不尽ではないはずです」
フラブは怒りを堪えているのか、表情を一つとして変えずに淡々として言う。それにアザヤとラサスは共に引き気味な視線をアリマに向けた。
「それで今の君がいるのだろう? 地獄のような鍛錬のおかげで君は強くなれた。余が君からの感謝を受け取る権利があるくらいにな」
「確かに感謝はしてますが殺意とは別です。それで話を戻しますが、確かにアリマさんの顔立ち、外見はとても良い方だと思いますよ。外見は」
フラブの言葉にアリマは納得がいっていないのか、疑念ばかりの表情で首を傾げる。外見が良いと言われても、その言葉を信用できていないのだ。されど切り替えて、アリマは神妙な顔つきになりながら言葉を紡ぐ。
「にしても話がまた逸れているな。3回目だぞ」
「だからさ、アリマ。ユフィルム本邸の書庫に欲しい情報が載ってるかもしれない。だから会合が終わったらユフィルム家においでよ」
「いくら名家の中で情報を担当してるユフィルム家と言ってもだ。資料があるとは思えないが」
「あるとは断言出来ないさ。でも見てみなきゃわからないからね! 何事も」
「……分かった。案内は任せる」
アリマが淡々して了承するも、フラブは名家に対する担当という言葉が脳裏を過って疑問を思い浮かべた。
「少し待って下さい。名家の中でも知恵とか情報とかを担当してるって話なんですけど……」
フラブからの問いに対して、横で聞いていたアザヤが代わって説明を紡ぎ出す。
「ああ、名家は四つ。それぞれ歴史からくる役割があるんだ。魔道具の発展に大きく影響を与えたのが知恵のヨヤギ家。ヨヤギ家は魔力で動く乗り物を含め、多くの画期的な魔道具を創造している。それも魔物を寄せ付けない魔道具を作り出すから怖いんだが…………その魔道具に対して魔力の補給を行うのもまたヨヤギ家の役目だ」
「――――」
「そして情報のユフィルム家はその名の通り、魔物の情報取得を生業としている。この地点に幽霊型の魔物が溢れ出してる――とかいう情報を主にな。それがなければ魔物は世に溢れかえって大変なことになり得る。あとは新種の魔物が現れれば生息範囲や脅威性までも一番に知る義務があるんだ。ヨヤギ家同様、対魔物では裏方の作業をしている」
「――――」
「そして、武力を担っている俺たちサトウ家もまたその名の通りに魔物を正面から殺している。最前線での争いなら、人間であろうと負けはしねえ。まぁ――アリマのせいで俺たちの武力は問題視されているがな?」
アザヤから述べられた丁寧な説明に対し、フラブは関心を寄せながら相槌を打つ。
「そうなんですか……そういえば武力っていうので、ふと疑問に思ったんですが、戦争ってどんな感じで戦うんですか? 国同士仲が悪いんですか?」
不思議そうに問うフラブはほとんど山に居たため、戦争とは程遠い生活を送っていた世間知らずだ。
「対魔物での武力で疑問に思わないで欲しいんだが……まず今の世の中――王国と帝国と公国と……皇御国とか、共和国といった国々には名前がねえ。魔法同士での戦争によって国が破れていき、五つしか残らなかったから名をつける必要がなくなったんだ」
「……魔法、ですか」
「ああ。時が経つにつれ、人々は魔法に関する探究心を上げていってな。それで欲深くなってやがる。つまり戦争はいつの時代もなくならないってことだな」
微かに嫌そうな表情を浮かべているアザヤ。彼からの説明に次いでアリマも言葉を紡ぐ。
「補足すると、兵器は人そのものだ。人が魔法を使って人が魔道具を使う。それで争い、血が流れる。実にくだらない無意味な技術と犠牲、理解し難いな」
まるでこの世界そのものを憐れむような表情をしているアリマはその表情すらもまた美しい。
「別の争いで言うのならば罪人処刑課だ。彼等の近年での行いは道徳にも反している。だからこそ敵を撃つのに処刑課は味方につけたい最重要手札。だが話し合いは不可能に近い、故に処刑課全員が集まってるこの会合の外。会合の後が絶好の機会なんだ」
違和感なく話を変えたアリマが淡々と説明すると、ラサスは驚愕のあまりに訝しむような視線をアリマに向ける。
「まさか本当の目的は処刑課に来てもらうこと……?」
「否、それはついでだ。カミサキ姉たちにも伝えてはいない。関われば最悪処刑課に目をつけられる事態になるだろう。迷惑を掛けるワケにはいかない」
「そこまで考えてるんだ……」
アリマから述べられた言葉に、そう呟きつつラサスは感心したような表情を浮かべる。
「ですが処刑課が応じるかは別の問題でしょう。指名手配された私とアリマさんは見られた瞬間に殺しにかかってくると思います」
それを問うフラブも常に冷静であり続け、机の上で軽く手を組んで真摯な眼差しでアリマを見やっていた。
「最悪、多少手荒な手段を用いる」
「……私が手伝うことは?」
フラブは真剣な表情でそれを問うと、アリマは驚きのあまりに微かに目を見開いた。
「フラブ君……成長したな」
「御託は結構です。私はアリマさんと同じ、既に指名手配されてる身。ならば……」
フラブは打って変わって苦い顔をしつつ、即座に席から立ち上がる。その刹那――突如として外から壁を突き破るほどの銃弾がこの部屋に向けて放たれた。
ラサスは思わず呆然とし、銃弾の軌道上――後ろを向きながら席を立つ。しなしながら、そこにあるのは蜂の巣になった部屋の壁ではなく、その一面を覆う頑丈な鉄の壁だ。
フラブは周りが動くよりも先に動いており、その場で屈んで地面に右手を当て――数多の弾丸を防ぐように大きい鉄の壁を創造していた。
「は……?」
思わず疑問符を溢すラサスは刹那にフラブの方へ視線を移す。その視線の先にいるフラブは自身が創造した鉄の壁を見やり、険しい顔を浮かべていた。
「アリマさん! 今すぐここを離れて三つ目の分家に行って下さい!」
部屋の壁と同じ大きさの鉄の壁が、延々と放たれる銃弾を防ぎ続けている。そしてフラブから大声で叫ばれたアリマはこの状況にも呆けた顔をしながら、席から腰を上げる。
するとラサスも次いで状況に追いつき、険しい顔をしてアリマとアザヤの方を見やった。
「ここに張った阻害系の結界が破られてるっ! 僕の結界を破ったとなると相手も5段以上――怪物級だ!!」
それをラサスから言われたサトウ家の当主、サトウ・アザヤは苦い表情を浮かべて席から立ち上がり、後ろにあるドアから急いで部屋を出る。
「アリマさん、情報が不確かでした。ただそれだけの事です! ――敵と処刑課は既に手を組んでいる!!」
荒々しい声色でフラブからそれを言われ、アリマは半信半疑に驚くような表情で視線を落とし、フラブの方を見やる。
「そんなことを……どうして君が言い切れる……?」
――誰しも考えるわけがない……対人において絶対正義主義の処刑課が……人を平然と殺す敵と手を組む?
そう考え始めるアリマだが、この状況と何かを察した。ユフィルム家の別邸を囲っている処刑課――されど処刑課にはラサスの結界は破れないはずだ。彼の組織に五段以上の者がいるなど聞いたこともない。しかしながら、五段以上の者がここに仕掛けていた結界を破っている。ならば、
――本当にありえるのか……? なぜ今まで考えてこなかった……その線を……
アリマは真剣にも疑いと驚き半分で考えるが、状況も相まって結論は纏まらない。
「説明はあとです! この壁も長くは持たない! 急いで下さい!」
それにラサスは深刻そうな表情を浮かべると、冷静に転移魔法を使って颯爽とこの部屋を場を後にする。それに次いでアリマは深く考えながら、部屋のドアへと足を進めた。
「――任せるぞ? この場は。君に」
それを背を向けたままフラブに伝えると、目の前にあるドアからここを後にする。
そして、部屋にはフラブのみが取り残された。
「……これでいいんですよね? お兄様」
微かに暗い声色で誰もいない空間に向かって問うフラブは鉄の壁を解除する。そして地面から手を離して、晴れない表情ながらゆっくり立ち上がった。
すると、
「うん。四日ぶり? まぁこれでフラブ、君と話の続きが出来るね」
突如として背後から兄――シラ・コウファの声が聞こえてきた。それと同時にコウファはフラブの肩に右手を置く。
「あの時……アリマさんが来る前に、お兄様に脅されましたから。魔力で合図をだしたとき、キヨリちゃんとコヨリちゃんたちをいつでも殺せる状況にある。さっきやっと意味が分かりました。本当に悪趣味ですよ」
フラブは左後ろに居るコウファを強く睨め付けたのだが、抵抗はせずに動かなかった。するとコウファは穏やかな顔をしながらフラブの肩に腕を回し、横に並んでくる。
「そうだね。でも今回来た目的の半分は兄としてだ。フラブ、君はどうしたい?」
コウファの気楽そうな声色の中には、微かに悲しさが混ざっているように思えた。しかしながら、フラブは質問の意図が理解が出来ずに「は?」と疑問符を溢しながら目を見開く。
「どうしたい……? 質問の意味が分かりません」
「……フラブ、君は今までで人を殺した事はある?」
微かに震えているような声でフラブに聞いてくるコウファの手も僅かながら震えていた。
「ありませんよ……何なんですか?」
「フラブもあるんだよ。人を殺したことがね」
コウファから述べられた言葉に、フラブは困惑と怒りが混じって苦い表情を浮かべる。
「ありません! さっきから何言って……」
怒りのままに怒鳴りつつ、フラブは叱りつけようとコウファの方を振り返る。――その視界の中に映るコウファは何故か悲しそうな苦しそうな表情を浮かべていた。それにフラブは目を丸くさせる。
「待って下さい……『も』? 『も』、って何ですか? お兄様、貴方は人を殺したことが……」
「あるよ。アユとアマネを殺したのは僕だから」
コウファから告げられたその言葉と共に、フラブは一瞬のうちに背筋が凍って表情が暗くなった。そして刹那に右手に鉄剣を創造すると、兄を斬るために剣を振り上げた。
「君じゃ僕には勝てない。だから話を聞いて」
されどコウファには左手で剣を軽々と受け止められる。そして息をするように軽々と破壊された。
「――っ! 嘘だ……嘘だって言って下さい! お兄様は何がしたい……!? 何で貴方がそんなに悲しそうな顔をするんですか……っ!?」
苦しそうに問い詰めるフラブだが、コウファは悲しんでるのか少し俯いているようにも見える。そしてコウファは左手でとても強く、そして優しくフラブの右手首を掴んだ。
「その選択しか僕には無いんだよ……」
コウファは少し目を細めて一滴の涙を流し、それにフラブは呆然として動きを硬直させる。
「は……?」
「選ぶことすら出来やしない……! させてくれない! フラブ……僕は君の味方だよね……?」
その質問の意図も状況も何も理解が追いつかず、フラブは呆けた顔をしたまま黙って話を聞いていた。




