第四十二話 正義だから
あれから3日経過した頃の昼、──本邸の自室で敷布団に座ってフラブはキュサと対面していた。フラブは傷が完治しておらず簡素な長袖の服装に被り布団を足まで被っている。キュサはフラブの左横で正座しており変わらずメイド服を来ている。
「フラブ様、すいません。あの時は感情が昂ってしまってました……」
キュサは申し訳なさそうな表情で頭を下げて言い。フラブは驚くような表情でキュサを見る。
「何故……? キュサが謝るんだ……?」
「アリマ様からフラブ様は変わらず優しい子だと。フラブ様は敢えて私から距離をとって危険に身を捧げようとしているだけだと教えてくれました」
フラブは少しだけ怒ったような表情を浮かべて外方を向き「……そうか」と言葉を溢した。
── よくもやってくれたな……アリマさん…多分サクヤさんにも余計な事を言ってる可能性が高い……
そう考えていても感情を心に言葉を秘めキュサを見て優しく微笑んだ。
「顔を上げてくれ。キュサ」
優しい口調でそう言い、顔を上げたキュサは変わらず申し訳なさそうな顔をしていた。
「確かにそうかもしれない。だが私にも非がある」
「……っそんな事ありません! フラブ様に仕えたいと言いながら私は命に背きました……」
「違うだろう。目が見えないにも関わらずキュサは私より優しいからコヨリちゃんたちを心配して行動したんだ。謝らずに誇れ」
その優しい励ましの言葉にキュサは表情は少しだけ明るくなって目を見開いた。
しかしフラブは痛々しそうな表情で何も言わずにユールに深く刺された腹部を右手でさする。こんな明るい空気の中で自分の痛い声は要らない、余計なものだろうという判断だ。
「フラブ様は冷静な判断だったと思います。本当にフラブ様と出会ってから私は目が見えない事を呪う日々が続いてしまいました。それ程までにフラブ様をお慕いしているんです……」
「……私に人に慕われる程の価値はない。夢だけ見て人を守れないだけの人間……どんなに理想を描いても実力不足なんだ」
真剣な表情ながら微かに暗い表情で己を嫌うことを己に言い聞かせるように言う。そんなフラブを見つめるキュサは慌てて前のめりになりながら目を見開く。
「フラブ様は優しいですが大事なところで優しさより冷静な判断をしてくれます! 私より年下なのに誰よりも真っ直ぐで人の為に命を掛けれる強さがある! 今回の事、アリマ様から聞きました」
「…………え?」
「フラブ様は今話せてるのが不思議なくらい……腹部も刺されて無い魔力で魔法を無理矢理使って……それでも人を守ろうという意思で気を保って敵の龍魔物や人を殺しにいったと……そんな事……貴女様以外誰が出来るんですか……っ?」
しかし励ましの言葉に含まれていた違和感にフラブはただただキュサを見ては唖然とした。その見るからに驚いているフラブを見つめているキュサは不思議そうに小首を傾げる。
「……キュサ。少しだけ、アリマさんと話がしたい。席を外してくれるか?」
急に口を開いたかと思えば真剣な表情で言いながら枕の右横に置いていた小型の魔力通信機を手に取って右耳にかける。
「分かりました……」
キュサは不思議そうに訳が分からず答えると立ち上がってドアから部屋を後にした。
その背中を目で追っていなくなったのを確認するとすぐにアリマへ通信をかける。
「何だ? フラブ君」
「アリマさん。何で、龍魔物を私が殺したことを……私が無理矢理魔法を使ったことを知ってるんですか?合流したのはその後でしょう?」
そう問うフラブだが微かにも既に察しているような真剣な表情を浮かべる。それに説明が難しいのか言いたくないのか3秒くらい無言が続いた。
「……秘密だ。キュサと話したのか?」
「アリマさん。怒りますよ?」
圧あるようにそう言うフラブは心の底からの怒りを表情にも分かる程に現れていた。
「……仕方ないだろう。余の弟妹と同じように君も死ぬのではと……君が心配だったんだ。故に君の服に魔動追跡機を取り付けて魔力量も状況も魔力を伝っていつでも知れるようにした……」
「……本当に過保護ですね。その理由だと怒るに怒れませんよ。ですが私は生きることに執着してませんので止めてください」
「……善処しよう」
「バレないようにですか?」
「……っ!」
その反応にフラブは呆れるような疲れるような表情を浮かべるも直ぐにまた真剣な表情に変わった。
「図星なんて止めてくださいよ……ですがまぁ……その心配がなくなるように必ず私はアリマさんを守れる程に強くなってみせます」
「……凄い子だな、君は。余を守れる程強くなるなど冗談でも聞いたことがない」
「何も凄いことはないです。あとキュサに要らない事を言ってくれたようですが、サクヤさんにも言いましたか?」
「……君を1人したくない。君が最悪に備えて1人を望むのなら余は君を1人にしないように行動する」
アリマの言葉にフラブは物苦しい表情を浮かべて右手で被り布団を強く握る。
「分かりました。ですが約束して下さい。私の中の化け物が次に人を殺したら容赦なく殺すと」
そんな確認には答えずにアリマは通信をきった。
嘘をつきたくないからだと理解したフラブは物苦しい表情で小型魔力通信機を外して枕の右横に戻した。
「自分勝手過ぎるだろう……私だって脳はある……それにしても、お兄様……話がしたい……」
そう微かに震えた声で言葉を溢しながらフラブは被り布団と見つめ合う。すると突然、ゆっくり襖が開いて心配するようにキュサが部屋の中へと足を踏み入れた。
「通信は……大丈夫ですかっ? フラブ様!」
キュサは異変を察知し心配そうな表情でフラブの元へ駆け寄り元の位置で右膝をつけて座る。
「ああ。心配は要らない。それよりキュサ、気配や音でと言っていたが……凄いな……これでも目が見えていないのだろう?」
感心を通り越した驚きで少し目を張りながら横に座るキュサを見つめている。それにキュサは優しい笑みを溢して褒めてくれたフラブを見つめた。
「私は聴覚も嗅覚も……アリマ様程ではありませんが良いのです。目が見えなくとも大抵の物の形や位置などはシルエットで分かるのです!」
自信満々な言葉に意識せずに動いていた左手でキュサの頭を優しく撫でた。何というのか愛らしいものを愛でたいというのはこういう感情なのだろうか。
「あの……フラブ様……?」
「……っ違う。何でもない」
そう言いながら我に返るように気づいて撫でる手を止めて腕を元の位置に戻した。
「もっと撫でてくれませんか? 撫でなれるのは好きなんですよ」
キュサは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ちらりとフラブを一瞥する。それほど愛らしいキュサにフラブは優しく微笑んで「ああ」と答えて、キュサの頭を再び優しく撫でた。
「ありがとう、キュサ。私はこれから傷も完治させて君が胸を張れる程の主になってみせる」
「もう充分ですよ……!」
その頃、──フラブからの通信を切ったアリマは王都の和菓子屋のレジでお婆さんと話をしていた。
和菓子屋は王都にあるため、店内からも戦争が実際にあったと分かるほどに空気は重い。アリマの服装は変わらずの着物に羽織物、左目に黒い眼帯を着けていて髪は結んでいなかった。
「お婆さん。大丈夫か?」
アリマは表情を一つとして変えずに表情が暗いお婆さんを見て問う。
「大丈夫じゃないよ。全く……運でも尽きたのか……」
「毒を盛った奴は昨日余が自ら殺した。この店はヨヤギ家が全面的に支援する」
軽々と言うアリマの言葉にお婆さんは驚いた表情でアリマを見る。
「何を言うとる……ヨヤギ家……お前さん! ヨヤギ・アリマか! どこかで見た事あると思ったんじゃ!」
驚くようにもお婆さんは納得して目をぱちくりとさせながら大きく見開いている。それにアリマは心の底から見守るような優しい表情を浮かべた。
「ああ。余だ」
「っまぁ良い。それで、こんな古い店を支援するなど……手立てはあるんだろうな?」
「当たり前だろう。店の信用は防犯を使用し、何があってもこれから回復させる。故に気を落とすな。王国が帝国に負けたからと言って店は畳まないといけないほど帝国は鬼ではないだろう?」
アリマの優しい言葉にお婆さんは少しだけ明るい表情に変わり涙を次々と流し始めた。
「お前さんにメリットはないはずだ……」
「余は好きなんだ。この店の和菓子が。人に毒を盛られただけで人気がなくなるのは余とて本望ではない」
淡々としても優しさが伝わってきて、お婆さんは嬉しさも疑念も交えた表情で袖で涙を拭う。
「他にも要望があれば話し合って進めていけば良い。余の指名手配は基本こう言う人助けで人を殺してなったものなんだ。信用してくれ」
「……っ分かった。お前さんを信用しよう」
お婆さんは嬉しそうに微笑んで言い。それにアリマは優しく微笑んだ。
「ありがとう。では明日も来るからお互いの時間がある時に話し合おう」
それだけ言い残して転移魔法を使い、──大きい被害を受けた遊園地の止まっているゴンドラの頂上の上に颯爽と転移した。その遊園地は機能してなく、スタッフも客も1人としていない。死体は全て処理されているが爆発が起きたカフェだけはその状態のまま。
脳裏に最悪の世界が思い浮かんだアリマだが、言葉を呑んでゴンドラの上に座る。
─ アオトは最高管理者に命じられて会合中に言われた秒数だけ部屋を的確に当てて撃った……処刑課の今の最高管理者……何者なんだ……
アリマは無表情ながら苦しそうな悲しそうな表情が混ざっていた。
「否、そもそも魔法とは何だ…… ? 容易に人を殺せる……人が兵器として扱われる……」
そう考えながら少し眉間に皺をよせてカフェがあった壊れた建物に目線を置いた。
その日から丁度1週間後の太陽が昇り切ってない早朝の6時頃。フラブとサヤとミリエとコクツ、そしてアオトは船に乗って修練島へ着いたのだが。
「途中でサヤさんが船の物質を謝って変えたせいで慌てて転移魔法を使って……着いたは良いものを船は行方不明……」
そうフラブは呆れるような目で左前に居る元気が良いサヤを見ながら言葉を溢す。
フラブの服装も簡素な白い長袖に黒い長ズボンという殆ど全員が変わらずの服装。そしてミリエもコクツもフラブと初めて出会った時と変わらない服装。
微かに暗い表情にも見えるアオトは処刑課の黒いスーツを着ている。その4人の対面にいるサヤも変わらずの黒いパーカーとジーパンを着ていた。
そして全員、──修練島の西の砂浜に立っているのだが船が見当たらない。
「……ごめん!」
サヤは謝るも申し訳なさそうな感じはなく、笑顔でフラブの方を見て謝る。呆れが空気を伝って分かるほどでも常にコクツは眠そうにしている。
「……そもそも何で俺まで修練島に? ……指名手配されてる2人と知らない人と来ているんだ?」
指名手配されているのはフラブとミリエだけ。コクツはミリエよりも脅威でないと判断されていた。
呆れるようにもアオトは状況が上手く呑み込めていないままで皆んなの方を見ている。フラブの左側に居るミリエは、フラブの右前にいるアオトを警戒するように強く睨んでいた。
「大丈夫なのか? 処刑課、君は私の遠い親戚だとアリマさんから聞いているが……何故船に乗ってる時も攻撃してこなかった?」
警戒を解かないフラブはアオトの方を見ながら訝しみながら問うも、それにアオトは平然とした表情でいながらフラブの方を見る。
「ああ、俺はもう処刑課ではないからな。それに最高管理者様が君を指名手配した理由は俺も詳しくは聞かされていないんだ。凡そは……すまない。アリマから口止めされている」
そう暗い声でアオトはかなり疲れたような表情をして少しだけ俯いた。それでもミリエの左横に立っているコクツはアオトを強く睨みつける。
「テメェ、俺の足を……」
喧嘩になろうとしたところ、サヤがコクツの前に軽く右腕を出して仲介した。
「今は駄目! 君たちは全員3段! 私は6段! つまり私の方が偉い! だから取り敢えず説明始める!」
サヤは笑顔でコクツや皆んなに言って、コクツも戦意を閉じ込めた。
「偉いかは別として。初めてくれ」
アオトが真剣な表情で言い、ミリエはフラブに捕まって変わらずアオトを警戒している。
「この修練島の形は円状になってる! そして中央にも横に大きい円状の建物があります! その建物には修練の場所も衣食住も揃ってる! ここまでで質問は?」
そう明るく問うサヤがみんなの方を見ながら元気良く説明して、それにフラブは元気良く「はい!」と言いながら右腕を挙げて挙手した。
「フラブさん! どうぞ!」
「荷物の持ち込みは禁止されましたが何故ですか?」
「良い質問とは言えないね! 荷物はあるだけ修練の邪魔だから! この島自体、ヨヤギ家の数ある領地の1つだからね! 修練の為だけに存在する! 不必要なものは禁じられる!」
サヤは元気良く腰に手を当てて答え、フラブは納得した表情を見せて腕を下ろした。
「それで続きを説明するよ! 今から全員を東西南北と島の隅の別々の場所に転移させる! 魔物を倒しつつ最初に中央の建物に着いた人には島から帰ってからご褒美がある! 準備は良い?」
サヤはそう問うと全員真剣な表情を浮かべていて。問答無用でミリエ以外の全員を島の別々の砂浜に転移させた。
それを確認したサヤはミリエの方を見ると、ミリエは小首を傾げてサヤの方を見る。
「私は?」
「ここは西だから!同じく中央を目指して!」
サヤは元気良くそう言ったあと自身にも転移魔法を使用して島の中央にある修練場の一室、資料部屋に転移した。
資料部屋は6畳間の広さがあり、部屋の入り口側の壁に本棚が4つあり全てに隙間なく本が入っていて後は何もない部屋。ドアの反対側の何も無い壁にサヤが右手を翳すと机と椅子、4台のモニターが浮くように現れた。そのモニターにはフラブ達4人の現在の映像が映し出されている。
サヤはその椅子に座ってモニターを確認し、少し楽しそうに微笑んでいた。
─ 各々の実力を見るついでに状況の判断力と適応力、自分の置かれてる状態を理解して更に最適に対応出来るかどうかを試す……さすがカミサキ姉だね!
その頃、──意外にもフラブは最初に辺りを見渡してすぐに行動することはなかった。まずは状況確認から行い、次に相手の意図を汲み取ることが戦においては何よりも大切になる。
そのため腕を組むと右手を顎に当てて考え始めた。
── 確か中央…だったか。進むしかないな…
しかしフラブの頭がよく回ることもなく、そう考えたら腕を下ろして木々の方へと歩み寄る。目の前にあるのは見るからに不気味な森で、死体らしい悪臭はしてこないが直感で死を覚悟してしまう。
生い茂っている草を踏み躙って木々の中に足を踏み入れようとした瞬間、案の定──鋭く溢れている殺気に足を止めて目を少し見開いた。
「っ何故こんなにも……、殺気が……」
まるでナイフの先で首元を突かれているかの様な、いつ死んでもおかしくない程の殺意が漂っている。
だが淡々と前を見て、目的の場所へと向かう機械のように難なく木々へと足を踏み入れた。
すると右前から的確な殺意を感じとり、慌てずその方向へと視線を移動させる。だが其処には魔物も居らず違和感を覚えて苛立つように眉間に皺を寄せた。
──その直後、突然左側から小型の獣魔物が鋭い牙を見せながらフラブに遅いかかる。
それを咄嗟に反応し右手に鉄剣を握って小型の獣魔物を上から振り下ろして軽々と殺した。
「獣魔物の小型はユールと戦った時にも思ったが頭が良い……魔法陣を使って逃げていたからな。それにしても数多すぎだろう……」
フラブのその言葉通り、辺りを見渡すと大量の小型の獣魔物が一斉にフラブに襲いかかった──。
だがフラブは躊躇う事なく目に見えない速さで全匹的確に首だけを切り落とし、首が斬られた獣魔物は息絶えて地面に倒れる。
── 最適性魔法は魔力管理を考えると使えない……適性はまず未完成……
そう考える理由、それは小型の獣魔物を斬っても止まない殺気にあった。そんな状況の元で最悪を考えながら少し暗い木々の間を再び歩きだす。
辺りを警戒しながら奥へと進むも、目の前に毒菌魔物が5匹現れるも気味が悪い。
毒菌魔物は名前通り紫や薄い青色のキノコのような見た目をしていながら長さ1メートルはある。そして毒をかけることにのみ自我がある魔物だ。
しかし続けて躊躇う事もなく毒菌魔物に歩み寄った通り過ぎる際に瞬く間に5匹横に斬った。それによって毒が辺りに充満するも何事もなかったかのようにそのまま歩いて通り過ぎる。
紫色の血を払うようにして刃を降り下ろし地面に勢い良く血がついた。
── 毒菌魔物は殺した時にも毒を撒き散らす危険な魔物……こんな魔物もいるのか……?
フラブはそう考えながらも警戒を解かず、辺りを見渡しながら木々の中央へと歩き続けた。
** ** * ** **
その頃──アオトは砂浜にいて辺りを見渡してそれを確認した。そのあと右手に.45口径の拳銃を出して前方にある木々の方へと歩き出す。
── 俺はもう処刑課ではない……だから罪人を殺す必要はない……だが….…っ!
フラブが昏睡から起きる3日前──アリマは別邸の地下牢へアオトを移動させていて、沢山ある牢屋のような鉄格子の部屋の1つに拘束魔法でアオトの手を拘束していた。アリマは左目に暗い眼帯を着けていて黒い半袖に黒いズボン姿で沢山のアオトの返り血を浴びている。
「……其れで、君の居場所は処刑課にはなくなった」
アリマは血だらけで座っているアオトの4歩程前で上から見下ろしている。
「……ッ! 俺は何も知らないと言っているだろう! 其れこそ拷問など無意味だっ……!」
反抗の意を示すように弱々しい声を荒げながらアオトは強くアリマを睨みつける。しかしアリマはそれすらも無視して躊躇いもなく右手をアオトに翳した。
──花草魔法「癒厄華」
魔法を使うとアオトが座っている地面に沢山の可愛らしい花が咲いてアオトの全身の傷が癒える。
傷が癒えたのを確認しても依然として表情を変えずに腕を元の位置に下ろした。
「拷問など人聞きが悪いだろう」
「……っ」
「確かに君が嘘を吐いてる音はしない。最高管理者に従っていたのは確かみたいだ。余とて鬼ではない。故に君に選択肢を与える」
誰がどう見てもこの光景は拷問の最中だとしか思えないのだがアリマは違うと言い張っている。しかし場の主導権も命の主導権もアリマにあるため口の挟みようがないのだ。
「何だ……選択肢だと……っ?」
「ああ。1つ目、君には仕事場が無い故に余の元で雑用をこなす。2つ目、引き続き拷問」
「……っ決められる選択にしろよ!」
「急くな。3つ目、フラブ君と行動してフラブ君の盾と犬となり、フラブ君に少しでも異変があれば余に教える。悪い話ではないだろう? 君とフラブ君は遠くとも血族だからな」
アリマから出された選択肢の簡単過ぎる内容が俄にも信じられず目を見開いた。それでも納得してしまい物苦しい表情を浮かべて辛そうに微かに俯く。
「フラブ……そうだよな。シラ・ミハはナイバ家……だからな……」
「フラブ君は余等と違って罪人以外は殺していない。とても良い子なんだ。だが其の罪人共や中に居る化け物の所為で壊れてきている……人助けと呼ぶものを狂気と呼べる程にな」
少し怒りを表情に出しているアリマを見て、少しだけ目を見開いた。アリマは拷問の最中でも滅多に表情を変えてこないため、それが余計に怖かったからだ。
「…………そうか。それならお前の元で雑用するより百倍マシだ。3つ目を選ばせてもらう」
「良かった。1つ目と2つ目を選べば君の命を潰すところだったからな」
「は……?」
アリマはそう伝えながら右手に先が尖っている氷柱を握りアオトの前で屈む。それに対して恐怖から唖然とするアオトは防衛本能で目を逸らした。
「何を……っ!」
しかしそれすら関係なく淡々としてアオトの右手の甲に真っ直ぐな線のような傷をつけた。
その傷から微かに水滴のような血が出てきて、安心したかのようにアリマはゆっくり立ち上がる。
「……っ!」
「今、傷口から君の体内に余の魔力を混ぜた。此れで君は余が指定していない者以外に殺意を向けたら体内にある余の魔力が君の心臓を刺す」
「……っ!? 俺が嘘を吐いてないと分かるだろう! 何故こんなことを……」
「気が変わる可能性があるだろう? 万が一にも君がフラブ君や余の身内に殺意を向ける可能性だって有り得る」
淡々としてアリマはそう伝えると背を向けて鉄格子のドアへと歩き出した。
「……そこまでお前にとってシラ・フラブは大事なのか?」
シラ・フラブという名前に反応するようにアリマは優しい表情でアオトの方を振り返る。
「ああ。余に光をくれた子だ。フラブ君ほど優しい子が殺される世界になれば、其れこそ世も末というものだろう。余は何があってもフラブ君の矛と盾となる」
「……っ」
「勘違いするな。フラブ君の意思を尊重するし、余はフラブ君が幸せになれれば其れで良い。俺はフラブ君の親代わり、宝は守るものだろう?」
そう言うアリマの目も空気も怖く、それからも嘘ではないんだと理解した。嘘でないからこその恐怖に言葉を呑むほか身体が言うことを聞かない。
「狂ってるッ! その為だけに人を脅して利用するなど……何故そこまで……」
「自分の命を道具としか見ずに他者の未来に執着して助けるフラブ君を守る事が、俺の正義だからだ」
アオトの瞳に映るアリマは優しい表情を浮かべているのだが少し悲しそうな表情が混ざっていた。ただ絶対正義の処刑課に勤めていたアオトから見れば、アリマの正義という言葉は嫌味も含まれている。
そして今現在、──アオトはその事を思い出して背筋がぞっとするも意を決して木々の中へ入る。
── 守る選択しかないなら、せめて守る対象がどんな人かを知らなければ……
続けて辺りを警戒しながら進み、いつでも銃を発砲出来るように構えていた。──すると前方に小型の獣魔物が現れ、アオトは銃口を獣魔物に向ける。
だが一瞬で沢山の小型の獣魔物がアオトを囲むように牙を見せながら現れた。
それにもアオトは真剣な表情で冷静に銃口を小型の獣魔物の頭部に向ける。沢山の小型の獣魔物に向かって襲って来る前に次々と的確に頭を撃ち抜いた。
だが突如右手側から勢い良くアオトを目掛けて獣魔物が襲ってきた──。アオトは左手にも同じ銃を出して右足で地面を蹴って左側に避け、同時に左手に持つ銃の銃口を襲ってきた獣魔物の頭に向ける。
瞬間に正確に頭を撃ち抜いて少し険しい表情を見せるも直ぐに立ち上がった。
「小型は囮か?」
その銃を横に向けて周りにいる小型の獣魔物も全て6秒で頭を撃ち殺した。そして左手に持つ拳術を解除し右手に持つ拳術を構えて再び中央へと歩き出す。
アオトは全て少しの頭脳と努力だけで3段の実力を取っている。
その頃、コクツは別の砂浜に転移させられ辺りを見渡しながらも顔色が悪い。
「──っこの海のへんな匂い苦手……」
吐くのを我慢するように唇を噛んで口を右手で強く覆う。かなり気分が悪そうで、取り敢えずゆっくり目の前にある木々へと歩き出した。
「にしても……すげぇ殺気……っ」
──フラブとアリマが遊園地へ行く2日前の夜、アリマの家の右側の花が咲き誇る庭でのこと。
この日も寝ないことが確定しているアリマがミリエとコクツと向かいって話をしていた。
ミリエはフラブから借りてる簡素な動きやすい藍色の長袖に黒い長ズボン。コクツは三つ編みを解いていて。変わらずアリマから借りてる白いTシャツに黒い長ズボンを着ていた。アリマは変わらずの着物に羽織物に下駄を履いていて髪は解いている。
「フラブ君には聞かれたくない、少し話をしたいくて庭に来たのだが……そう警戒するな」
コクツはアリマを強く睨んで拳を構えていて、ミリエは無表情で刃物をアリマに向けていた。
「テメェに命握られてんだ。警戒すんなっつっても無理な話だろーが!」
警戒する2人にアリマは困ったように悠々と羽織物の内側から腕を組む。
「そう、余は君達の命を握っている。故に余の命に背けばどうなるか……君の頭でも分かるだろう?」
アリマは変わらず無表情で言い。コクツは嫌々拳を下ろしミリエも刃物を引っ込めて警戒を解く。
「フラブ君が強くなりたいらしいんだ。だが君達にはフラブ君よりも強くあって、フラブ君を守る盾になってほしい」
「……それ、お願いじゃない。命令」
ミリエは無表情ながらアリマに殺意をもっており、コクツはミリエの前に右腕を出して守る大勢をとる。
「フラブさんはテメェと違って多分悪ぃ奴じゃねぇ。だが俺ぁ命令されんのが大っ嫌いなんだよ。死ねや」
「……そうか。頭が足りない馬鹿は確かにフラブ君の横に居ても害を成すかもしれないな」
アリマは冷静に悠々と言い、左腕を前に出してコクツに左手を翳す。
「──ッ、コク…っ!」
ミリエは驚くようにも険しい表情を浮かべて、咄嗟にコクツの前に立ち止まり、目を強く瞑って守るように両腕を横に広げた。手足も震えている。
だがアリマは優しく微笑み「冗談だ」と言いながら腕を下ろした。それにミリエはゆっくり目を開け、コクツもミリエも驚くような表情でアリマを見る。
「余は此れでも君達の力に対して期待をしている。故に命令ではない、お願いだ。断っても良い」
優しい声色でそう言うアリマは真剣な表情で2人に言い、ミリエとコクツは互いに見つめ合う。
「分かったよッ! バケモン野郎が…!」
その最中にコクツは何かに気づきアリマを睨んで言い、ミリエは無表情でアリマを見て「うん」と言いながら軽く首を縦に振った。
「そうか。ありがとう」
アリマは優しい口調でそう言い。フラブが2階の窓から眠そうに様子を見ていた事に気づいていた。コクツとミリエは家の玄関へと向かうも、コクツはアリマとすれ違いざまに真剣な表情で足を止めた。
「そこまでフラブさんが大事なんだろ? 大事な人を守りたい気持ちは分かる。俺ぁミリエを優先するぜ」
そしてそう言って再び玄関へと歩き出しミリエの後をついて行った。
「フラブ君、大事な所で邪魔をしたな……」
アリマはそう言葉を溢しながら2階の窓を見上げて優しく微笑み。眠そうなフラブと目があって、フラブは慌てて部屋のドアへと戻った。
そして今現在、──コクツは木々から漂う殺気に気づいて右手を下ろして拳を握りしめる。
そして木々の中へと入り、いつでも魔法が使えるように辺りを警戒しながら前へ歩き出した。
だが漂う殺意の割に魔物は1匹も居らず、違和感を覚えるも警戒を解かなかった。
── 気味が悪りぃな……なにが修練島だ……っ! 来て損したわっ!
コクツはそう考えつつ怒りを表情に表すも、辺りを見渡し警戒する事は止めなかった。
だが突如として背後から強い殺意を向けられ。コクツの右手の甲に印が現れて印が金色に光出した。
後ろをゆっくり振り返り殺意に対して睨んで殺意を向ける。──後ろには3匹の獣魔物がコクツを警戒して睨んでいた。その獣魔物が鋭い牙を見せながらも3匹同時に地面を蹴ってコクツに遅いかかる。
──軌跡魔法「擬似」
コクツが魔法を使うと右手の印からコクツの全身に広がるように金色に光る線らしきものが纏われた。
コクツは気分が高騰して笑い出しながら右拳で左側にいる獣魔物の頭部を殴る。その瞬間に獣魔物は頭部が消し去り、コクツは笑いながらそのまま腕を右側に振って獣魔物の頭部を的確に潰した。獣魔物は痛々しく全て首から血が流れて息絶え、地面に横に倒れた。
「あーッ! ハッハッ! こんな雑魚が俺に勝てるわけねぇだろーがァっ!」
楽しそうに笑いながら後ろを向き、中央へと全速力で走り出した。
「かかって来い! 雑魚どもがァッ!」
すると急に左手側から獣魔物が7匹ほど牙を見せながら勢い良く襲って来たーー。だが瞬時に左側にいる3匹の頭を片腕ずつ殴って吹っ飛ばし。瞬時に地面に両手をついて右足で横に蹴るように右側にいる4匹の獣魔物の頭を吹っ飛ばした。
獣魔物はそれぞれ地面に倒れ、コクツは笑いながら軽々と立ち上がって再び中央へと全速力で走り出す。
** ** * ** **
その頃、──ミリエは冷静に瞬時に両手に小さいナイフを持って前にある木々へと歩き出す。常に無表情でいて殺意にも怯まずに木々へと足を踏み入れた。
「ひぃ……ふぅ、みぃ……? 多い?」
そして前にいる10匹の獣魔物を見ても怯えずに数えながら獣魔物の方へと自ら歩き出す。
獣魔物も一斉にミリエに襲いかかるも、ミリエは焦る素振りは見せない。そして両手に持ってる小さい刃物を両手の其々の指の間に一刀ずつ出して的確に頭へ当てた。それで8匹は倒せたのだが、あとの2匹はミリエを警戒するように足を止める。
「警戒、可愛い、倒さないとダメ?」
愛らしい声でそう言って首を傾けるも、意思疎通が効かない魔物はミリエへと襲いかかった。
「そう……」
無表情ながら残念そうに小声を溢す。と共に獣魔物の方へ歩きながら片手ずつに刃物を持って獣魔物の頭へ其々勢い良く投げた。
獣魔物は地面へ倒れるも、ミリエは死体を踏んでも気にせずに木々の間を歩いて通り過ぎる。
──フラブとアリマが遊園地へ行く1日前の夜、フラブは自身のベッドの上に座り、ミリエがフラブに凭れて被り布団を被って話をしていた。
「ミリエ、アリマさんに何か言われたり命を脅されて行動を強制されたりしたらいつでも教えてくれ」
フラブは優しい表情で前にフラブに背を向けて凭れているミリエを見て言う。
「ん、分かった。フラブ、元気ない?」
ミリエは心配そうな表情を浮かべて右目だけフラブの方を向く。それにフラブは「大丈夫だ」と優しく言いながらミリエの体に両腕を回して優しく抱きしめた。
「ミリエは人形みたいに可愛くて、それでいてとても強くて。あの時は私を処刑課から守ろうとしてくれていたのだろう?」
「……っ、気づいてたの?」
気づいていないと思っていたから大きく目を見開いてしまいながらフラブを見上げると、その瞳に映るフラブは暖かさまである優しい表情をしていた。
「ああ。同じ指名手配だから私に気を遣ってくれたのだろうとな。ミリエは敵にもとても優しい……コクツと逃げれば良いことなのに、私を助けてくれたんだ。ありがとう、ミリエ」
その優しい感謝の言葉に嬉しそうに恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「〜っフラブ、人たらし!」
そう言い照れながら少し俯いて両手で被り布団を持って顔の位置まで上げる。
「だからどう言う意味だ……」
「知らない。……フラブ、私ね、貴族の生まれ、らしいの」
悲しそうな表情を浮かべて顔を隠すように俯くミリエを見つめるフラブは真剣な表情へと変わった。
そのミリエの声も微かに震えていて、被り布団を握りしめては次々と涙を頬に伝わらせている。
「それでね、昔、兄様に、気味悪いって……殴られて……蹴られて……っ」
それに少しだけでも察したフラブは驚くような表情で咄嗟にミリエを後ろから優しく抱きしめた。
「……っ?」
そのフラブの行動に意味が分からずミリエは訳が分からず出来るだけの角度でフラブを視界に映す。
「とても怖かっただろう。抱きつけば安心する効果があるらしいからな。ミリエには私が居る、コクツだって居る。大丈夫だ」
敢えてアリマが居るとは言わなかったのだろう。
ミリエはますますと涙を流し始めた。だが安心する効果があるのは主に抱きしめた側なのだが、それが分かるほどの知能をフラブは持ち合わせていなかった。
「フラブっ」
ミリエは体をフラブに向けて、フラブに凭れるようにフラブの胸部に顔を埋めて次々と涙を流した。それにフラブは優しい表情を浮かべて、右手でミリエの背中を撫でる。
「ずっと言えなかったの……コクにも……っ! 迷惑かけたくなくてっ……!」
「迷惑ではない。それなら私も居るから、明日コクツにも言ってみるか? ミリエの意思で良い」
生まれたての子犬のようにミリエは手が震えていながら涙を止めてフラブをゆっくり見上げる。
「……っ、駄目だよ。コクに言ったら、コクは兄様を、殺しに行く……」
「そうか。人に怖い事を言うことはとっても勇気がいることだ。だからありがとう、教えてくれて」
変わらず優しい声色での安心する言葉にミリエの綺麗なまつ毛を通ってもっと涙が溢れ出した。
「大丈夫だ。人は誰だって泣くことに資格なんていらない。誰だって泣いていい。人を殺した事がある奴でも殺された事がある奴でも泣く事を禁止されたら人は感情を押し殺してしまう」
ミリエは強くフラブに捕まってフラブの胸の中で次々と溢れるほどの涙を流す。それを見守るようにフラブはずっと右手で優しくミリエの背中を撫でている。
「フラブっ……大好き……っ! 絶対いなくならないでっ!」
「ああ。居なくならない。強くて優しいミリエを置いていくなんて私には出来ないからな」
「〜っ!」
喜びの方が勝ったミリエは涙を止めようとしながら明るい顔を上げてフラブを見る。
「ミリエの未来も過去も私が守る。約束する。今日も私のベッドを使って良い」
そのフラブは優しい表情でそう言いながらミリエを優しく掴んで持ち上げてベッドから降りる。そして軽々とお人形みたいなミリエを優しくベッドの上に座らせた。
「今日も、寝ないの?フラブ」
「ああ。眠れないんだ。何かあったら左側の庭に居る私を呼べ」
フラブは優しい表情でそう言うも、ミリエは震えながら被り布団を強く掴んでフラブを見る。
「怖いの。コクが来るまで、居てほしいっ」
怖そうに目を強く瞑って言い。フラブは右手で優しくミリエの頭を撫でる。
「コクツならアリマさんと話をしている。きっと直ぐに来るだろう。だから安心して待っておけ」
フラブは優しく微笑んでそう言い、腕を下ろしミリエに背を向けてドアから部屋を出た。
「さて。少しアリマさんと話そうか……」
軽々とそう言葉を溢しながら左側の廊下を歩き階段を下る。そして階段を下り終えると右側の廊下を進み台所がある部屋へと入った。
そこではアリマが奥側、コクツが手前側の椅子に座って話をしていた。
「来たのか、フラブ君」
アリマは羽織物を座っている椅子に掛けており、コクツもフラブに目線を移動させる。
「コクツ、ミリエが怖がっているから一緒に居てあげてほしい」
それにコクツは「ああ!」と嬉しそうに笑顔で言い椅子から立ち上がりながらアリマの方を見る。
「じゃあな! バケモン野郎!」
コクツは明るい声でそう言って嬉しそうに入り口から部屋を後にした。
「其れで何の用だ? フラブ君」
アリマは優しい表情でフラブに問い、フラブも優しい表情を浮かべてコクツが座っていた椅子に座る。
「ミリエの出自の家を調べてくれませんか?」
フラブの問いにアリマは少しだけ真剣な表情を浮かべて軽く腕を組んだ。
「理由は?」
「ミリエが怖がっているので。事が片付けば殺しに行きます。理由は他にも欲しいですか?」
平然として訊いてくるフラブは常に板についているかのような優しい表情を浮かべている。そんなフラブに悲しさを覚えてしまうが誤魔化すようにアリマは優しく微笑んだ。
「分かった。君が其処まで言うからには理由など必要ない。余のために調べさせてもらおう」
淡々としているアリマの言葉にフラブは少し訝しむような目を向けるも、直ぐに優しい表情へと変わって腰を上げると入り口から部屋を出た。




