第三十二話 子供の未来
それからハジメとアリマは取り敢えず帝国からの仕事で幽幻村の入り口来ていた。幽幻村は禍々しく空気が重く、ボロボロな民家などが沢山並んでいる割に人は居らず濃い霧がある。村は木の丸太が横に並べられていて、入り口以外からは内部が見えない。
「確認事項だが幽幻村は、魔法が効かない幽霊魔物と状態異常魔法が常にかかる。猛毒を辺りに散りばめる毒菌魔物、それと物理攻撃が一切当たらない空を飛んでる大きい龍魔物が沢山居る……と」
ハジメは少し恐るように冷や汗を流し、左隣に居るアリマを見下ろす。
「帰るか?」
真剣にもハジメがそう問うが、アリマは平然と無表情でハジメを見上げる。
「国からの仕事だぞ。この程度の仕事で失敗すれば名家として傷がつく」
「いや、死ぬぞ? これ……まず俺は幽霊魔物としか戦えん。状態異常って……物理攻撃が当たらないんじゃ俺は龍魔物も倒せねぇよ……」
「ハジメ、転移魔法で10秒少し離れておけ。存在を消されたくなかったらな」
それにハジメは察して転移魔法で居なくなり、アリマは村へと足を踏み入れる。
そして幽幻村の中心点の転移魔法で村全体が見える高さの空中に転移し。足元に大きい茎の無い桃色の花を咲かせてその上に立つ。
その高さは龍魔物が飛んでるよりも遥か上空で魔物の数は異常な程に多かった。だがまだ子供と言えどアリマは規格外で冷たく恐怖されていて使う得意魔法は花草魔法。──魔法を術へと応用を効かせてアリマは左手の人差し指と中指と親指を立てて自身の前に持って来る。
──花草結界術「適樂郷」
幽幻村全域を囲むように結界内部が緑色に変わってアリマは左腕を下ろした。
──変幻魔法「虚空」
アリマは沢山の魔物や霧だけの存在を的確に正確に全て消した。それに伴ってアリマは魔力のコントロールと消費で強く息切れを起こして花の上に膝をつく。
「……もうっ、」
──まだ幼いアリマは魔法の維持が難しくなり、花草魔法を解いて結界も消えた。そして次第に立っている花も枯れるように消えて地面へと落下する。
地面との距離が5メートル程になった時、猛速度で村の入り口の左手側。そこから現れたハジメがスムーズに軽々とアリマを右肩に担いで着地地点の村の地面を更に強く蹴って村の外へと出た。
「子供が無理をするな!」
ハジメは怒り半分な真剣な表情でそう言ってアリマを地面に下ろす。アリマは苦しそうに俯いて強く息切れをしていて、ハジメはアリマの前で屈んだ。
「おい! 馬鹿! 聞いてんのか? 俺だって4段はあるんだぞ? 少し消すならともかく、どうして魔物全てを消して終わらせた? 怒るぞ?」
声色からも怒りが伝わってくるハジメだが、アリマは意識が遠のいてそのまま横に倒れた。
「この馬鹿が!」
** ** * ** **
目を覚ますと見慣れた天井が視界に入った。
執務室でもない日々を過ごす自室だ。畳に敷かれた布団に横になっているのだろう。左手側を見るとアリト、そして右手側には父アサヒトとハジメの順で座って横に並んでいる。
そしてその場にいる全員が安心したかのような心配そうな目でアリマに向けていた。
「兄様! 目が覚めましたか……! 良かった……!」
アリトは途端に表情が明るくなって勢い良く横になってるアリマに飛びついた。
「アリ……ト……?」
「起きたのか、アリマ。良かった」
困惑して周りを見渡しているアリマをアサヒトは優しい表情で安堵する。ハジメも安心したかのように表情が明るくなり真剣な表情で再びアリマを見る。
「アリマ。寝起きで言うのも何だが、王国との概要は全てアサヒトにも話した」
ハジメの言葉にアリマは信じられないものを見るような目でハジメを見る。だが直ぐに微かに表情が曇りながら恐る恐るアサヒトの方を見る。
「本当、呆れて言葉も出ないよ。アリマ」
アサヒトは真剣な表情でアリマを見て言い、アリマは怯えるように言葉が喉に詰まる。
「どうして私に話してくれなかったんだ?私は何があろうとアリマもアリトも大事な息子なんだよ」
アリマは言葉が出てこず、アリトが急にアリマの布団の中に入って来てアリマの右横で熟睡した。
「……? アリト……?」
アリマは困惑した目でアリトの方を見るも、アリトは瞼を閉じていた。それにハジメは空気を読んで襖から部屋を出る。
「アリトはずっとアリマを心配していたんだ。アリマの役に立てるように今出来る事をと毎日遅くまで勉強をしていた」
アサヒトの言葉にアリマは表情が少し晴れるも、直ぐ様に浮かない表情をした。
「ごめんなさい……俺は当主なのにっ……」
震えた声でそう言うアリマは涙を流し始め、手が震えていて被り布団を顔半分の高さまで被る。
「人を、殺して……っ」
そんなアリマを見てアサヒトは優しい表情を浮かべて右手でアリマの頭を優しく撫でた。
「大丈夫。大丈夫だ、アリマ。大切な子を2人も傷つけた王国を私は絶対に許さないからね」
アサヒトは微かに怒っているが微笑んで怒りを誤魔化している。
「第一、アリマの異変に確信を持てなかった私の責任でもある訳だ。それでも自分を許せないのならこれから沢山の人を助けなさい」
アサヒトの優しい言葉にアリマは目を少し見開いて被り布団を下げて少しだけ表情が晴れるも涙を流した。
「ごめんなさい……っ、本当はっ…使用人からの陰口とかも全部辛かった……っ! その陰口も全部嘘じゃないって、本心だって……っ!」
アリマは声が震えて怯えていて、父アサヒトは驚き目を少し見開いてアリマを見る。
「そうか……分かった。アリマは五感が良いし記憶力も桁外れだ。理解してあげれなくてすまないね。アリマに陰口を言った使用人を全員、私に教えてくれ」
アサヒトはいつに増しても真剣な表情でアリマを見て言い、それにアリマは涙を止めて恐る恐るにもアサヒトの方を見る。
「2階の掃除をしてる者全員と1階の部屋の掃除を担当してる者全員です。……ですが悪いのは人離れして怖がられてる余で使用人は誰も悪くありません」
「悪いよ」
アサヒトの真剣な表情と圧のある言葉にアリマは喉に言葉が詰まって出てこない。
「アリマは使用人等に悪い事をしたかい?」
「い、いえ……余を怖がるので成る可く関わらないようにしてました……」
「それなら不平等じゃないか。何で使用人に悪い事もしてない優しいアリマが傷ついて、その使用人等が平気そうにしてる?」
それに寝てる筈のアリトが微かに冷や汗を流しているも、アリマはアリトに背を向けているため気づいてなかった。
「アリトは後で説教だね」
だがアサヒトは勘づいていて優しく微笑みながらアリトを見て言うとアリトは慌てて被り布団の中に潜って顔と姿を隠した。
「何でアリトが説教なんですか……? アリトが何か悪い事を……?」
アリマは涙を引っ込めて起きていたアリトに困惑しつつも父親の方を戸惑ってる表情で見る。
「アリマはたまに盲目だよね。そう言う所はお母さん似かな」
優しい声色でアサヒトそう言い、ゆっくり立ち上がり優しい表情でアリマを見下ろす。
「私は少しハジメと話してくるけど、アリマは魔力切れで気を失ったんだ。安静にね」
そして襖から部屋を後にした。それにアリマは悲しくも優しい表情で体を起こすと被り布団の中に入っていたアリトが顔を出した。
「兄様は3日も寝てたんですよ? あと母様も一度帰るそうです」
アリトは寝たままアリマに抱きついて微笑んでそう言い、アリマは右手でアリトの頭を優しく撫でる。
「ごめん、アリト」
アリマは珍しく分かりやすい程の申し訳なさそうな表情でアリトを見る。
「んーん! 僕は兄様が生きていれば幸せなんです」
アリトはアリマの右手を両手で優しく掴んで自身の頬にスリスリする。
「そうか。それなら起きろ、余の布団だ」
アリマは優しく微笑んでそう言い、アリトは驚いて少し目を開く。
「兄様、結局一人称を戻さないんですか? 僕はどっちの兄様も大好きですけど……」
アリトは心配そうに起きる事なく問い、それにもアリマは無表情で右手でアリトの頬を優しくつねる。
「戻してしまえば自分を許してしまうだろう。俺はこの1年間、罪のない者を殺してきた。其れは忘れてはならないもので二度と繰り返して良いものでもない。だからこその戒めなんだ」
優しい声色で説明していながら浮かない表情を見せるアリマは責任というより、犯した過ちを忘れたくないがために一人称を変えていなかった。
それに気づいたアリトは優しく元気に微笑みながら勢い良くアリマに抱きつく。
「ですが兄様は兄様です! 兄様が一人称を変えたままなら僕も変えます! 私にでも! 兄様には僕がいますから……私が!」
「そうか。だが必要ない。アリトはアリトのままでいろ。あと早く布団から出ろ」
** ** * ** **
それから1ヶ月が経過した頃の早朝、──アリマとハジメは横に並んで2人で王国に来ていて王の間で国王と面会していた。国王は紫色の短髪で高年の男性で高貴な王服を着て堂々と王座に座っている。そして国王の左手側にあの宰相が居て少し眉を顰めてアリマを見ていた。
「何の用だ? 名家の当主殿」
国王は嫌そうな表情でアリマとハジメを見ていて、ハジメとアリマは優しい表情で居た。
「否、国王殿に用はない。用があるのは貴方だ」
アリマは宰相の方を冷たい目で見て、宰相は気味悪く笑みを浮かべる。
「敬語もお忘れで?」
「何故君より立場が上の余が君に敬語を使わなければならない? 名家の権力は劣らない」
アリマは無表情で淡々とそう言い、その言葉に国王と宰相は笑うのを我慢していた。
「名家の国二つ分の権力なんぞ表立って形だけではないか! それも子供に権力をどうこう言われてもな!」
腐っている国なのか国王でさえ嘲笑う目でアリマを見て言い、それにハジメは微笑んで黙っている。だが微笑みからは確かに怒りが感じ取れて国王と宰相は微かに冷や汗を流した。
「名家の権力は形だけ…か。低脳にもほとがあると言いたいところだがな。良いだろう、形だけでも」
アリマは優しく微笑んでそう言うと、王の間に居る他の騎士らしき者もアリマを見て嘲笑っていた。
「アリマ殿、そろそろ戯言も良いだろう。我々も暇では無いんだ。早く本題に入れ」
宰相は悠々とした笑みを浮かべながらアリマを見下ろしている。
「形だけの権力、そう言うならば形の中身を埋めれば良いだけだ。君等馬鹿共に教えてやろう、名家の当主が何故名家の当主たり得るのか」
アリマは明るい表情で宰相を見てそう言い一枚の紙を羽織物の内側から左手に取る。
「名家の本懐は人助け。だが魔物関連となれば話は別になる。獣魔物を怪我なく殺せるのは臆病者か3段以上の者だけだ。幽霊魔物は5段はほしい。数ある魔物は大抵怪物級でしか殺せない」
紙を見ずに淡々と説明するアリマだがその場にいる全員が無言で聞いている。
「其れで名家を省いて怪物級の実力を持つ者は何人いる? 居ないだろう。クソみたいな脳みそすらない貴方らにも分かるように説明した故に正解は答えられるよな」
それに微かに国王も宰相も険しい表情を浮かべて少し慌てていているようにも見えてしまう。それにアリマは明るい表情から一変し冷たい目で国王を見る。
「名家を敵に回すことは国にとって不利益にしかならない。其れに他国を敵に回すも同然なんだ」
アリマの言葉に宰相は眉を顰めてアリマを見て、アリマは悠々とした表情で宰相を見る。
「だから何だ? 結局は名家の権力とやらが形だけという事は変わらないではないか」
国王からの意外な一言から馬鹿だと普通は考えてしまうがアリマは何か違和感を感じ取った。それはハジメも同じで何とも言えない表情を浮かべるも何も言わずにアリマを見守る。ーーすると突然転移魔法でアリマの左手側にアリマの父親、アサヒトが転移して現れた。
「これは何処の国にも属していない名家だからこそ出来る事でね。様々な国に仕事として常に恩を売ってるからこそ名家は恐れられて敬われて居るんだ」
アサヒトの登場とその言葉に国王と宰相は目を細めて眉を顰める。アサヒトは180センチ程の高身長で変わらずの着物に羽織物を肩に掛けるように着ていた。
アサヒトは怒りを堪えるように深く瞬きをした後に冷たい目でハジメの方を見る。
「ハジメ、少しアリマの耳を塞いでくれ」
アサヒトは疲れたようにも微笑んでそう言い、だがその笑みにはかなり圧があった。
「あ、ああ。分かった…」
アサヒトから溢れる怒りと殺意にハジメは困惑した表情でアサヒト見てそう答え。訳も分からず混乱してるアリマをアサヒトから背を向けさせてアリマの両耳を手で防ぐ。
「あまり巫山戯るなよ、蛆虫の糞が」
怒りを顕にしたアサヒトは国王を強く睨み、アサヒトらしくない口の悪さに国王は目を大きく見開いて再び場が静まり返った。
「私はアリマとアリトを傷つけた事に怒っているんだ。それは分かるよね?」
「……っ」
「良いかい?私は持病も相まって体も弱い。だが私が本気で魔法を使えば世界を壊す事だって容易いんだ。私の現在の段位が何か分かるか?」
圧ある声色でそう言うアサヒトは羽織物の内側から手のひらサイズの正方形の紙を取り出して紙で右手の人差し指を切る。そして人差し指から出る血を紙の中心に描かれている印に血を垂らした。ーーすると紫色で7と言う数字が紙の空上に現れた。
「な、7段……? 病弱では……」
宰相は思わずそう言葉を溢し、目を見開いて怯えて足が震えている。
「ああ。病弱だよ。だがね、強さと病は比例しない。魔力の量と練度、そして頭脳があれば7段なんて私から見れば容易いんだ。アリマの規格外の強さは私の遺伝が強く現れたんだろう」
アサヒトは優しい目で自身に背を向けてるアリマを見るも、直ぐに国王の方を見る。
「そして宰相、アリトに掛けてくれた魔法は既に全て私が解いた」
「は? 解いた……!?」
それに言葉を呑んだ王国の方々だが明らかに冷たい空気が流れている。呪い系統の魔法が解く方法としてかけた者を殺すことが1番容易い。そうでなくとも解ける者はかなり限られる。
「待て! そこまで強いなら何故アリマに当主の座を譲渡したッ?」
宰相は驚いた表情でアサヒトを見てそう問うも、更に腹を立ててかアサヒトは強く宰相を睨みつけた。
「いつ私の持病の進行が進むか定かではないからね。私が急に当主として居れなくなった時の保険だよ」
アサヒトの冷たい言葉に驚いている宰相だが、アセントは軽くため息を溢した後に再び睨みつけたまま言葉を続ける。
「アリマは賢くて優しくて、とても強い子なんだ。将来は立派な当主になれると考えてね。子供の内に当主という立場と責任を学ばせたかったんだ」
声色からも分かる程に威圧感がある。ただアリマは理解出来ず不思議そうに待っていた。
「なのに君等が容易にアリマを傷つけて……本当、ハジメが居なかったら君等だけでなく王国の存在は未来永劫として歴史にさえ残らなかっただろうね」
アサヒトの冷たい言葉にその場にいるアリマ以外の全員が冷や汗を流して息を呑んだ。
「もう良いか?」
ずっと黙ってアリマの耳を塞いでいたハジメは呆れたように問いながらアサヒトの方を振り返る。
「ああ、ありがとう。もう良いよ」
その返事にハジメは同情するかのようにアリマを見つめつつ手を離した。
「え、っと……?」
状況についていけないアリマは戸惑って困惑して居てアサヒトの方を見ると、そのアサヒトは見守るように優しく微笑んでアリマの方を見ていた。
「もう終わった」
優しくもアサヒトが淡々とそう言いアリマは困惑して小首を傾げた。
「え……?」
そのアリマの反応にハジメはゆっくりアサヒトの方を振り向いて呆れたような目を向ける。
「そして最後に。1つ、今後全ての名家は王国の後ろ盾にもならないし、王国からの依頼は魔物関連も問わず通すことなく処分する。2つ、特にヨヤギ家とシラ家に関与する事を禁ずる」
そしてアサヒトは冷たい目を宰相の方に向けながらそう宣言した。その宣言を聞いた国王と宰相は見れば分かるほどに血の気が引いて青ざめている。
「名家の仲裁がなければ必ずその国は他国に攻め入られて滅びるんだ。動物型の魔物でさえ4段以上、獣魔物ですら3段以上でしか倒せない『脅威』だからね。その対処すら出来なくなるのかな?」
それに理解が追いつかずに国王と宰相は困惑して少し目を見開いていた。ただ何も言えずに静まり返る場に呆れたアサヒトは優しい表情を浮かべてアリマの方を見る。
「もう帰ろうか。アリマ」
そしてそう言い残しアリマとハジメを巻き込んで転移魔法を使用してその場を後にした。
** ** * ** **
その日の夜19時頃──。
ヨヤギ家本邸へと続く階段を上りながらハジメとアサヒトは話をしていた。アサヒトは病気持ちのため念には念をで寄り添っているのだろう。
「全く……怒らせたら怖いランキング世界で見ても1位だろ」
呆れるように言うハジメは冷たい目を左側にいるアサヒトに向けている。それにもアサヒトは優しく微笑んで静かな木々を見渡していた。
「怖い? 誰が。今回ハジメ君が居たから安心してアリマを王国に行かせられたんだ。にしても、ストレスで胃がかなりやられたよ」
アサヒトは優しい声色でそう言うも苦しそうに目を瞑り左拳を口の前に持ってきて少し咳き込んだ。
その咳には赤い鮮明な血が混じっていてハジメは心配するように驚いて少しだけ目を見開く。
「大丈夫か?」
直ぐに心配そうにも寄り添おうとするが、アサヒトは優しい表情で右手を軽く前に持ってきた。
「問題ない、いつもの事だ。それに何があっても子供の未来は大人が守らないと駄目だろう?」
話題を戻すようにもアサヒトの優しい口調の言葉にハジメは明るい笑顔でアサヒトを見る。
「それもそうだな!」
「ああ。それにハジメ。王国に訪れた時……違和感を覚えなかったかい?」
深刻そうに問うアサヒトを見てハジメは面倒くさそうに軽くため息を溢した。
「そうだな。確かに王国は名家の協力がなくてもあと300年は残ってそうだ」
その気楽そうなハジメの言葉だが表情は依然としてハジメもアサヒトも曇っている。
そしていつの間にか難なく階段を上り終えて門を潜ると建物のドアが見える。
「……考えても仕方ない。そろそろハヤが夕食を作ってる時間だから手伝うために急がないと。ハヤの料理は最悪死人が出る」
「……言っちゃなんだが……だからヨヤギ家に挨拶に行くとき毎回必死に止めてたのかよ」
「そうだね。ああ、それで思い出したんだけど、そう言えばあの和菓子は店は気にいってくれたかい?」
「……? ああ、1週間前にアリマを連れて食べに行ったところか。かなり美味くて気に入ったぞ!」
明るいハジメは元気良く答えると、その言葉にアサヒトは何故か怒って微笑んでハジメの方を見ている。
「あ、え……?」
案の定ハジメはそれに訳が分からず驚くような表情を浮かべるも背筋が凍って冷や汗を流した。
「そこは私が最初にアリマを連れて行こうと思った穴場の場所でね。そうか、先を越されたか」
「あ、……」
ハジメは恐怖で言葉が詰まり、アサヒトを見ながら恐るように目を見開いた。それにアサヒトは呆れるような冷たい目をハジメに向ける。
「……まぁ良い。事前に言わなかった私の落ち度……あれ、よく考えれば言った気がするんだが……」
「まぁ良いだろ! それよりもうついたぞ!」
必死に誤魔化そうと元気良く慌ててそう言うハジメにアサヒトは呆れたような目を向ける。
「……まぁ確かにね。帰るよ。ありがとう」
アサヒトはそう言って右手を下ろして転移魔法でその場を後にした。だがハジメはどこか悲しそうな表情で振り返り階段を下り始める。
─ 今日もどこかで……泣いている者が、死んでいる者も……
そう考えるあたりフラブとハジメは考え方だけは似ているのだろう。
「……未来は、平和だと言いなぁ……」
心の声を溢して、ただ深く考えることが面倒くさそうに大きく背伸びをする。




