第二十五話 幕開けた騒動
魔頂武楽御前試合、当日の朝9時50分頃。
──老若男女問わず沢山の人々が御前試合の円型の会場の入り口へと向かっている。会場の外からも賑わいが分かるほどに人の声がうるさく聞こえてしまう。その光景を見ているアリマは会場の外にある木下にあるベンチにフラブと同じく座っていた。
そしてアリマは微かに辺りを警戒しているように見えるが王都に来た時と全くの変わらずの姿。フラブは自身のバッグから着替えて長袖長ズボンの動きやすい服装に帽子を被っている。
「和菓子屋の件どうなりました? アリマさん」
フラブは前を見ながら左側に座っているアリマに問いそのアリマは微かに辺りを見渡していた。
「……其れはコハハたちから警備課に通じて話し合いながら進めている。そして毒を盛られたのはあの和菓子屋が最初では無いらしい」
「え……? あっ、まさか……あの饅頭屋もでしょうか……?」
その驚いたような慌てた問いにアリマは少し目を見開いてフラブを見る。
「何か思い当たる事があったのか?」
そのアリマの真剣な問いにフラブも真剣な表情を浮かべて軽く腕を組み右手を顎に当てた。
「アリマさんと再会する前、カケイと饅頭屋に向かっていたんです。ですがトラブルがあったと無期限の休止をしていました…」
「……可能性は有る。だが調べてる限り毒を盛られても休止した和菓子屋は無かった……」
誰でも魔法が使える世界でなら毒が盛られることも特別珍しくもない。
「毒を盛られている店は合計何軒あったんですか?」
「夜に見て回ったのだが13軒中4軒だ。故に働き手が起こしているとは考えられない。毒を盛る事自体、その者には何か理由があるとして考えるべきだろう」
アリマは詳しく説明するも無表情ながら何処か深刻そうな表情を浮かべている。
「死人は?」
「6人だ。そして一命を取り留めた者が2人」
「……犯人は明白でしょう」
微かにもフラブは呆れるように言いながら腕を下ろして再び前を向いた。
「ああ。その2人だろうな。人が死ぬ程の毒を知りもせず瞬時に対応して一命を取り留める事は不可能だ」
「では何故解決していないんですか?」
「……警備課が犯人を突き止めて其の犯人とされる者が5人以上殺して居れば処刑課の仕事となる、例外は有るがな。あとは察せ」
「……何がしたいんでしょうね、処刑課は」
「其れで聞きたかったことがあるんだが、君は何故そこまで厄介ごと……人助けを好むんだ?」
無表情ながら不思議そうに問うアリマを見てフラブは呆れるような表情を浮かべた。
「自分の幸せより他の人の幸せを考えた方が心が晴れるんですよ。誰かが悲しむ顔も苦しむ顔も絶対に見たくない。それに助けれたかもしれないのに無理だったとか、1番嫌でしょう」
フラブの真剣な優しいその言葉にアリマは驚き目を少し見開いてフラブの方を見る。
「カケイも敵に攫われたのなら早く助けたい。殺されたのなら殺した奴を見つけたいです。皆んなで笑顔で楽しく笑い合うことが私の理想で変えがたい幸せですから」
その言葉にアリマは見守るように優しく微笑んで、右手でフラブの頭を優しく撫でた。
「何ですか? 急に」
「気にするな」
そしてアリマは撫でる手を元の位置に下ろして再び無表情ながら辺りを見渡す。
「変な人ですね、アリマさんは」
「……この空気で其の言葉を選んだ君の方が変人だと思うが」
それにフラブは訳も分からず小首を傾げるも、眠たそうに瞼を閉じてベンチに凭れる。
「フラブ君、寝てる暇はない。会場内に移動しよう」
アリマは冷静にも淡々とそう言ってゆっくり立ち上がりフラブの方を見る。
「そうですね。ですが警備はアリマさんだけで事足りる気がしますよ」
フラブは嫌々でも眠たそうにして立ち上がり、広々と大きく背伸びをした。
「君が警備を手伝うと言ったのだろう?」
そう言いながら前へと歩き出し、フラブも続いてアリマの右横に並んで歩き出した。
「そうですけど……ここまで眠たいとは普通思わないでしょう?」
「夜中の24時頃、俺が和菓子屋を見て回るために赴く前。余が読んでる本を横から見て来たのは君だ。眠たい原因は明白だと思うが」
「気になったんですよ。まさか歴史の事が書かれた小説を読んでるなんて思いませんでしたから」
「大した趣味が無いからな。昨日読んだ本は既に25周している」
「えぇ……? 同じ本って……知ってる内容を25回、ですよね?」
意外にも驚く事はないがそう問いながらフラブは引き気味に表情を変えずに前を見て歩き続ける。
「ああ。仕事以外は基本的に和菓子を食べるか本を読むか日常生活かの3択だからな」
「日常生活と言ってもアリマさんの場合3日に1回のご飯と1ヶ月に1回3時間の睡眠を含めてでしょう? 人間辞めてるんですか?」
「否。人が持つ三大欲求が殆ど無いだけ。余も人だ」
「どう言うことですか?」
「君は人に馬鹿と言えないだろう」
「良く分かりませんが私の場合の馬鹿は世界一の天才と比べた場合のみです」
堂々と胸を張って自信満々に言うフラブだがアリマはフラブの方を見ることさえなく、無表情ながら微かに呆れが混ざっている。
「其の解答も君らしいな」
「え? 今馬鹿にしました?」
2人は魔頂武楽御前試合の会場内に入り、左右円型の廊下を右手側に歩き出した。
「これってどこから試合する人が入るんですか?」
歩いている右側の壁には小窓がありつつも大体が壁で特に何も無い。そして突き当たりに階段があるだけで一階には観客席に向かう通路も無かった。
「其れは此処の一個下の地下からだ。観客と戦士は会場の入り口から別で有る」
「え……そこに行きましょう!」
フラブは急に足を止めて目を輝かせながらアリマの方を見て。それにアリマはフラブの方を振り返りながら足を止めて不思議そうにフラブの方を見る。
「何故だ? 其処には警備課が何人も居る。コハハ等に頼まれたが警備課は味方ではない。其れにお願いされたのは観客席からの警備だろう」
「ですが気になるでしょう? なんか!」
「動機が不純だ。早く行くぞ」
呆れるようにもアリマは再び歩き出し、フラブも嫌々右横に並んで歩き出した。
突き当たりにある階段を上って行き4階ぐらいから左手側にある観客席への入り口に入った。すると五月蝿いぐらいに歓声が湧き上がり、皆んな会場の中心で戦っている者を応援していた。
「フラブ君。事前に渡した小型の魔力通信機は持っているよな?」
「当たり前です」
フラブはそう言ってドヤ顔で簡素な動きやすい服の中から小型の魔力通信機を取り出してアリマに見せる。
「其れなら少し別行動をしようか。君は今居る側の観客席からの警備に、余は反対側の観客席の警備だ」
「なるほど、分かりました。サボらないで下さいね」
「其れは君の方だろう」
呆れるようにそう言うアリマは直ぐにフラブに背を向けて歩き出す。それからは別行動をした。ーーフラブは観客席の階段から1番上に登りつつ一通り辺りを見渡す。会場は騒がしくも中央に戦う場があって、それを囲う観客席にいる沢山の人々が楽しそうに応援していた。主に赤が階級ともに段位も無しの人で青が1段以上の者と記されている。
「……人が多い」
フラブはそう言葉を溢しながらも気持ちを切り替えつつ観客席を見渡していると急にアリマから通信がかかって来た。それに真剣な表情を浮かべながらも直ぐ小型の魔力通信機を右耳に掛ける。
「何ですか?」
「1つ説明しようか躊躇っていた事があるんだが……」
「早く言って下さい。躊躇ったら負けですよ」
「勝負をした覚えはない。幾らコハハやコハルでも警備課は警備課、充分に気をつけろ」
「え?」
「警備課から処刑課に頼んでる可能性も否めない。余はバレても何とか出来るが君は違うだろう。間違っても魔法、魔力を使うな」
「合点承知です。あ、ですが私魔法使わないと戦えませんよ? 主に創造魔法の武器を使っていたので」
「……体術でも圧倒出来なければ直ぐに余に知らせろ。君は魔法を使わなくとも其れなりには強いだろう」
今までの相手が悪かっただけでフラブ自身それほど弱いわけではない。ただ連敗続きや勝てず敵に逃げられているだけでは自信がつく筈もない。
「ありがとうございます。……それはそうとアリマさん、国王さんに挨拶するのは良いんですか? 厳重に周りに衛兵? 騎士? さんが居ますけど……さすが、良い待遇ですね」
他の観客とは違って国の年老いた王らしき者は観客席の更に上の壁に取り付けられた場所。そこにある椅子に周りに沢山の衛兵を連れて試合を見て笑いながら高みの見物をしていた。
「後で良い。フラブ君、此処には平民と貴族そして王族が分け隔てなく居るんだ。この光景を見て思うことはないか?」
「……不思議ですね。皆んな仲良さそうにしています。初対面同士でも仲良さそうです。羨ましい」
「そうか。だがこの国自体、平民と貴族や王族は仲が良い訳ではない。貴族がいるのは王国と帝国と共和国のみ。王国はまさに荒れている」
淡々としているアリマの説明にフラブは少し驚くような表情を浮かべる。
「え……? それなら何故殴り合いとかが起きないんですか……?」
「殴り合い……其れがこの場所の決まりだからだ。喧嘩が有れば警備課が目視した段階で両者退場となる」
「良く出来たルールですね……」
「本当にそう思うか?」
「え? 殴りますよ?」
「……警備課にバレない用に貴族が平民に嫌がらせをしている場面と多く遭遇する事がある。密かに闇市も開かれたりしているんだ」
「……っ頑張りましょう」
意気込むフラブだが微かに険しい表情を浮かべて辺りを見渡していた。
「ああ。だが余とてこう言う場に顔を出す事はない。人生で初めてだ。だが仕事上沢山の者と話す。故に怪しい者が居れば貴族だろうと平民だろうと魔物が来ようと目を見張れ」
アリマは淡々とそう言って通信を切り、フラブは右耳に掛けたまま観客席を見渡す。
「だがこれと言って怪しい者など……」
フラブの言葉を遮るように右下側に座ってる貴族の男2人が目に入る。その男性達は試合を見ておらず物の受け渡しをしていてフラブは気づかれないように訝しんだ。
「これが例のアイスだ」
そんな男性達の会話の内容に訳が分からず不思議そうな表情を浮かべるフラブは直ぐに警戒してアリマに通信をかける。
「何だ?」
「物の受け渡しと思ったらアイスとグラスの受け渡しでした。ここって色んな市場になってるんですか?」
そのフラブの問いに呆れからか少しだけ無言が続くもフラブは常に真剣だった。
「……フラブ君。其の物たちから目を離すな」
「え?」
「取り敢えず目を離すな」
「分かりました……」
納得したようにも上手く呑み込めないフラブだが不思議そうにも真剣に目を離さずに警戒している。
その頃、──アリマはフラブの通信回数が多いため小型魔力通信機を着けたまま観客席を見渡していた。
─ 処刑課、警備課、ましてや医療機関が関わる大事にならなければ良いんだが……
深刻そうに考えて辺りを見渡している最中またフラブから通信が来た。
「ど、どど!」
「……ん? ど……?」
「どうしましょう。何か粉らしき変な物を手渡ししています! グラスやアイスを作る材料でしょうか?」
焦っているフラブだがアリマは冷静にも呆れるような表情を浮かべて目を瞑った。
「……其の者等の特徴を分かりやすく簡潔に」
「2人組の貴族服を着た男性で…1人は黒に桃色が混ざった短髪、あと1人は黄色に青色が混ざった短髪です」
「もう少し教えろ」
「私が居る場所の近くです」
それに真剣な表情を浮かべるアリマは嫌でも元の視力も良いため、──フラブが言っていた真反対側にいる観客席の2人の姿を確認した。
「君は念のため少し離れとけ」
「え……?」
そう言った瞬間、アリマは自身の伊達眼鏡を左手で外して左腕を後ろに持っていく。そして躊躇わず素早く前へ出しては豪速球以上──瞬きさえ出来ない速さで投げた。
──アリマの手から離れた瞬間から到着するまでおよそ0.4秒ほど。風の抗力を含めてもその秒数。
そして的確に2人の椅子の間に眼鏡がぶつかり勢いで大爆発が起きたかのように煙が周りを巻き込んだ。
当然のように貴族の男2人組は右腕や左腕を負傷しつつ気を失い。──前後に座っていた者も巻き添えで爆風に巻き込まれて負傷して気を失ってしまう。
「あ……え? アリマさん!?」
驚くようにもフラブは困惑して謎の爆発も相まって周りの人が静かになり眼鏡が当たった地点を見る。
「すまない。距離の上に手加減を見誤った。そして今その場から立ち退くな、余計に警備課に怪しまれる」
0.4秒という数は常人でも怪物でも目で追える速度では無い。となれば怪しまれるのは当然として近くに居る者だろう。警備課の黒い服装を着た多くの者が3分足らずで現場に集まって居るのが確認出来る。
「不味いですね……私怪しまれるでしょうか?」
「……そうだな、少し待て」
アリマはそう言って収納魔法から手榴弾を取り出して右手でピンを抜くと同時に軽く上空に投げる。
それに4秒後、──会場の中心地点の上空で手榴弾の大爆発が起きた。その爆発で会場内に居る全ての人が静まり返って上空を見上げる。
「此の隙に逃げろ」
アリマが淡々として通信でフラブにそう言い、フラブは直ぐに左側に向かって移動した。
「アリマさん、何もここまでやる必要あるんですか……? それに何故爆弾を持ってるんですか……?」
会場内は騒然となり人々が魔法を使って身を守ったり慌てて観客席から移動している者もいる。
「騒動が起きる前に人を引きつける為だ。此れで一石二鳥だろう」
アリマは冷静にそう言って通信を切り、小型魔力通信機をパーカーのポケットに仕舞う。それと同時に右手側からヒールの音がアリマの方へゆっくりと向かって来た。アリマはその足音が聞こえた方向を優しい表情で悠々として見る。
貴族服を着た綺麗な朱色の膝までくるストレートの長髪に朱色の瞳、綺麗なスタイルの良い貴族服を来たあの女性がいた。
「来てくれたか。探す手間が省けた」
「まぁあれだけ派手に目立ってくれて、それに魔法を使われたら私から行くしかないもの」
「御前試合をぶっ壊す……だったか? 君がコハハたちに持ち掛けた話だろう」
「あら? 聞かれていたのかしら? それとも彼等が裏切った? ふふっ、後者は考えられないわね」
明るくも優しい声でそう言う女性からは気品と余裕が感じ取れる。
「確かに其れは前者だ。余を巻き込めて本望か?」
「本望ではないわね。放っておいたら邪魔されそうだもの。私の名前はサフィウム・ネィ・コロード。帝国の騎士の1人よ」
サフィウムは圧あるようにもそう言って転移魔法で自分ごとアリマを御前試合会場の外に連れ出した。
「……否、余を殺しに来たか? だが其れだとしても君1人では考えられないな」
「ええ。貴方達が王都に向かってるのを確認してしまってね。私はあくまで貴方のダンスパートナー、帝国の本命は王の首を取ってもらう事だもの!」
サフィウムがそう言った瞬間、空気中の魔力の流れが異様に固まり。アリマは興味深く辺りを見渡す。
「此れは閉じ込める範囲魔法か。中々に稀有だな、辺りの風景が変わらないものは。良い物を見れた」
微かに明るい声色でそう言うアリマは帽子を左下に投げ捨てる。
「そう。にしても相変わらず良い目をしてるわね。だけれど貴方でも私の許可無くここを出る事は出来ない。結界を破ろうとしたら貴方は跡形無く死ぬし私を殺しても無理矢理な許可は得れないわ」
「成る程。要するに作った人に鍵を貰わねば出れない理不尽な脱出ゲームか」
「ええ。そしてさっきの言葉は例よ。私のこの空間で私が死ぬ事はない」
自信満々にも明るい表情でアリマを見ながら笑みを浮かべるサフィウム。それにアリマは一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべるも直ぐ様に無表情へと変わった。
「何でも有りだな……魔法はそう言う物か」
「随分と余裕そうね。まだ自分の状況が理解出来てないのかしら?」
威圧するように言うサフィウムは勢い良く性格にアリマに右手を翳す。それと同時に自身の背後に円状に回る五本の紫色の矢をアリマを目掛けて出した。
「さて。どうしたものか……」
真剣にも無表情で考えているアリマからは大して焦りが見えない。
その頃──フラブは訳も分からず歩きながら警戒しつつ辺りを見渡している。
「もう何がなんだか……」
急に通信を切られたフラブは元の位置から左手側に移動しながら観客席席を見渡していた。すると慌ただしい観客席の中に1人だけ落ち着いてバイオリンを弾いている短い茶髪の男性が居た。
それにフラブは明らかに変な男性を訝しむように目線を移動する。──だが周りの観客も全員が洗脳されたかのようにその場で次々と笑い出し始めた。
「え、何が……」
まさに狂気と呼ぶに等しい会場内で王族や王族の騎士達は魔法で身を守り唯一正気を保っていた。観客が笑い出したのも全てギターを弾いている男性の魔法なのだろう。
だがその直後、──周りに居るフラブとギターを弾く者以外、全ての人間の首が切断されて吹き飛んだ。王族の方々は魔法で守られていたため直ぐに転移魔法で全員その場を後にする。
──フラブは頭こそ吹き飛ばなかったが崩れ落ちるように地面に膝をつけて勢い良く大量に血を吐いた。
「……っなに、が、起きてっ……!?」
急つつ言うフラブは痛々しい表情で口元の血を袖で拭い会場内全体を見渡す。ーーそこには首が吹き飛んでいる死体が至る所に大量に転がっていた。
だがバイオリンらしき物で音を演奏している者は変わらず美しい音色を普通に演奏していた。
フラブはその光景に上手く着いて行けず、唖然として辺りを見渡し続ける。考えるも考えがまとまらずに目を大きく開いたま大量の死体に目を置いた。
「ねぇ君? 何で殺されてないの? ねぇ何で?」
いつの間にかフラブの左横からバイオリンらしき物を持ってる茶色の短髪、黒い瞳の貴族服を着た男性が不思議そうにしながら声を掛けて来た。
「は……?」
頭が上手く回らない最中もフラブは唖然としたままゆっくりとその方を見る。
「僕の魔法で洗脳して彼らが皆んな殺してくれてるはずなんだ。だから何で? 何で君は死んでないの?」
「なにが……っ」
その男性はフラブを観客席とは反対側の壁側に左足で蹴り、フラブは少しだけ飛ばされて倒れる。
「──っ」
「僕が質問してるでしょ。君みたいな子が強いわけがない。だから早く答えてよ」
男性は微笑みながら楽器を腕に抱えて倒れたフラブの前で立ち止まる。それに気にせずフラブはゆっくり上半身を起こして男を見る。
─ また人が死んだ……私の前で……なんで……?
「……っアリマさんは!?」
慌てているフラブはようやく状況についてきて反対側の観客席辺りを見渡す。
「アリマ? 彼は僕の仲間が相手してると思うよ。それに彼は凄いよね、僕らが動く事を強制して予定より早く事を進めさせたんだ。早く答えて?」
「……っ私が知りたい! お前はどこの誰で、お前の仲間とは何だッ!」
荒げた声でフラブはそう問いながら立ち上がり、右手に鉄剣を持って男を睨みつける。
「僕の質問だったはずなんだけど。まぁいいや。僕らは隣の帝国の騎士なんだ。名前はサイリ。君は?」
「隣国……私はシラ・フラブ。多分由緒……あるよな。形上でもシラ家の当主だ」
フラブはその男性、サイリを強く睨みつけながら困惑しつつも怒りを顕にしている。そのフラブの名前と見た目にサイリは驚きを隠せずにに少しだけ目を見開いた。
「は……君が……? 待って、それなら帝国から君に依頼する! この国を壊す事に協力してくれ!」
そう言うサイリは明るい表情で微笑んでいるが、対にフラブは困惑する頭の中と目の前にいるサイリという男性に怒りを顕にしていた。
「人を殺しておいてよく言えるな?」
─ ……違うか。そうだよ……人は死ぬんだ。人が容易く死ぬ世界なんだ……
絶望が脳裏を過るようにフラブは右手に鉄剣を握りしめて勢い良くサイリの胴体に刃を振り下ろした。
「はっ?」
驚きフラブの判断と困惑していても迷いがない行動に息絶えて死体が地面に倒れる。そしてフラブの剣の刃にはサイリの赤い血が付着していた。
「なんで殺せた……? 私が、人を……」
人を殺す事が手に馴染んでいるようにフラブはただサイリという人物を斬って殺していた。
「……だが人を殺める事を目的として洗脳する者の依頼を受けるのは私の威信に欠ける」
フラブは状況を呑み込めないまま軽く溜め息をついて右手側を見ながら刃を向ける。
「そしてお前等もコイツの仲間か?」
──いつの間にか茶色いフードを被った背が高い者と低い者が居た。
「私、違う。だけど殺した」
茶色いローブにフードを深く被った身長130センチ程の少女は単調な言葉でそう答えた。
「要するに依頼されただけの殺し屋ってことだ。コイツは音で周りを洗脳しただけで首を落としたのは俺らだからな」
左手側に居る同じフードを被った身長180センチ程の男性はサイリの死体を見てそう言った。
「それで、貴様らは私も殺すのか?」
「分からない。だけど邪魔した、死ぬ?」
「要するに殺して飯食ってるのに邪魔しやがったから殺してやっても良いって事だ」
フラブは真剣な表情で怒りを表情に出しその2人を強く睨みつける。
「貴様らは殺し屋なんだよな? 今までどれだけの人を殺した?」
「1859人。暇だから、数えてた」
悠々としながら答える小さい少女からは怯えるほどの殺意が上手く伝わらない。それは大きい男性からも同じことでフラブは少し違和感を覚えた。
「そうか。確かに人の命に価値は無いかもしれない。だかお母様達もアマネ達も殺されたんだ。だから価値があるのは未来の方」
「……はぁ?」
「その人が歩む未来にこそ価値がある。命なんてその価値を溜め込む器に過ぎない」
「あなたの言葉は、一理ある」
納得したように言う少女だがフラブも含め両者隙はなく警戒したまま話を続ける。
「だから貴様等はここに居る全ての人の未来を一瞬で奪ったんだ。……容易に死んで良い人間なんていない。居たとしても私はそれを認めない」
「……テメェみたいな奴が、ミリエの側に居てくれていたらミリエも人を殺さずに済んだかもな……」
男性は悲しそうな声でそう言い少女、ミリエの頭を左手で優しく撫でる。
「そんなことない。貴女は私の仕事、邪魔するの?」
淡々として言いながらミリエは小さい刃物を右手に握ってフラブに刃先を向ける。
「人を殺すなら止める。だが君等は根っからの悪い者ではないだろう。だから戦る前に名乗ろう……私の名はシラ・フラブだ」
「そう。私は、ラーラ・ミリエ」
「俺ぁコクツ。コイツは指名手配されてっけど俺ぁ無視されてんだよなぁ。マジで処刑課は無能だ」
ラーラ・ミリエ、彼女は指名手配されて3年目の懸賞金30万の少女だった。
「そうか」
フラブは怒ったような真剣な表情でそう言って2人の方に剣を構えて走り出す。
その頃、──アリマはサフィウムから放たれた矢を軽々と壊しながら歩いていた。
「この紫の矢は操縦型! 貴方の天敵でしょう、私は!」
サフィウムは地面を蹴りアリマから一定の距離を取りながら紫色の矢をアリマに向けて放つ。
「ああ。実に面倒だな」
それでもアリマは向かってくる紫色の矢を素手で壊しながら悠々とサフィウムを歩いて追っていた。
「何で壊せるのよ!? 魔法を素手で壊すとか聞いた事がないッ!」
「其れならもっと手加減をした方が良いのか?」
「化け物……ッ!」
「君は自分勝手だとよく言われるだろう。だがどうしたものか……本当に相手にしたくない」
アリマは軽々と壊しながらサフィウムの元へ悠々と歩き続ける。それにサフィウムは少しだけ恐るように冷や汗を流していた。
「それは残念ね。私は少しだけ本気を出そうかしら……っ」
サフィウムは紫の矢を一万という数を出し、アリマに目掛けて豪速球程の速さで襲わせた。ーーアリマは面倒くさそうに抵抗せずに矢を喰らい、矢の命中した辺りから土煙が舞う。
「は……? まぁそうよね、これは壊せないわ」
サフィウムはその場で立ち止まり、アリマの方を見て胸を撫で下ろした。だが直後としてサフィウムの左手側にアリマが現れ、──会場の壁に目掛け右足でサフィウムを勢い良く蹴り飛ばした。
「──ッ!」
サフィウムが勢い良く壁に衝突し、範囲魔法なのにも関わらず壁に少しヒビが入った。痛々しい表情を見せるサフィウムは頭から血が流れていて、その場で座ったままアリマを強く睨みつける。
「本当に良いわね、貴方……ッ!」
アリマはパーカーが消えていて白いTシャツ姿でサフィウムの方を表情一つとして変えずに見ていた。
「余が自作しているのは着物や羽織物だけではない。身につけている物全てだ。そして全て制作段階で余の魔力を混ぜている」
アリマは傷が少しもどこにも無く、淡々と無表情で悠々とサフィウムの方に歩いて行く。
「矢の操縦はまだ良かった。だが其れを捨て、数で圧そうとした事が今の状況を招いている。実力があるにも関わらず判断力が無能な者の典型的な例だな」
心無い言葉を淡々として放ちながらもサフィウムの5歩程手前で立ち止まった。




