第一話 必然と偶然
──家族が殺された日から今日で丁度190年が経った。
山の奥に居るのはボロボロな一軒家に住む女性。家の周辺は焼き焦げた跡が微かにあり、少女は魔導士試験に向けて慌ただしくしている。
「荷物は試験期間の1週間とその前に観光3日間の日常用品……忘れ物もなさそうだ」
優しい声色でそう言う女性は玄関前の室内でとても大きいバッグの中を確認して閉じる。
少女の名前はシラ・フラブ。素朴な服を着た格好では性別がわからない程中性的で平均的な身長。母親譲りの黒い瞳と肩までの長さがある綺麗な黒い髪をヘアゴムを使い後ろ髪を1つに束ねていた。
「お母様、お父様、お兄様、私が立派な魔導士になれるよう見守っていてください」
住んでいる家はギリギリ原型を止めている木の家だった。感慨深く瞬きをするとフラブはその家と亡き家族に別れを告げて敬礼をする。そして自身の身長と同じくらいの大きめのバックを背負い靴を履いた。
それから躊躇うように下を向くも何とか意を決して木製ドアから外に出た。
──家を広く囲っている木々の間を走って颯爽と駆け抜ける。
階級が無い一般の者では途中で迷子になってしまうほど木々は広く、昼間なのに薄気味悪い程暗く、草木が複雑に生い茂っていた。
素早く走りながら、遭遇した獣魔物は愛用の短剣を使い素早く切り刻んで倒して王都に向かって進んで行く。だが魔物は行手を阻むように直ぐ現れる。
それに嫌そうな表情を見せると同時に魔物も颯爽とフラブを威嚇して距離をとる。──道を通ると同時に隙をつくように背後から襲いかかって来た。
──拘束魔法「痺れ罠」
魔物がフラブの背後に来た瞬間、拘束魔法が発動して魔物は全身が痺れて動けなくなり、その場でぱたりと倒れる。
「アリマさんには会えるだろうか……」
嬉しそうに言葉を溢し、そして気がつけば薄気味悪い木々の出口が見えた。そして速度を落として歩きながら抜けるとここは歪な崖だ。
立ち止まって崖から辺りを見渡すと平原が広がり1つの大きい整備された通行路がある。
その光景にフラブは期待に輝かせている大きく目を見開いて、嬉しさを堪えながら明るい表情を浮かべて広々と見渡した。
「こんなに広くて、──こんなに多くの人が通ってるのか。王都」
そう思わず口に出してしまうほど。初めての王都に驚きとワクワクで胸が大きく高鳴っている。そこには、ずっと引きこもっていた山奥とは異なり過ぎる光景があったからだ。
明るい表情を見せるフラブは空気を吸い、今まで住んでいた緩斜の山を振り返る。
その年月はフラブにとって感慨深く、優しい表情で苦楽を共にした山や魔獣に別れを告げた。
そしてもう一度、王都の方を向くと何の躊躇いもなく同時に崖から飛び降りる。
ーーそして地面に着地する瞬間に浮遊魔法を使い無傷で乗り越えて、胸を高鳴らせながら直ぐそこに位置する通行路へと向かう。
それから人の流れに乗りながら、王都に繋がる沢山の人がいる通行路を暫く歩いていた。
辺りを見渡すもそこに魔物などは見えず一定位置毎に配置された警備員が居るだけ。
人で埋め尽くされるくらいの道を歩いていると
「黒髪の人、男か女かわからないタイプの人だ!」
「いやでも何だあの大量の荷物」
「初めて王都に来る観光客だろ? 珍しくねぇよ」
「え? いや、あの量だよ!?」
なんて背後から微かに聞こえる人の声には無反応を貫き通す。だが通行路を歩いていると突然後方から腕部分の服を軽く掴まれて転びそうになった。
「あのっ! まさかその姿、シラ・ミハ様ですよね。生きて……」
そんな怯えているような女の子の言葉にフラブは驚きながらもゆっくり振り返る。
そこには少しおどおどとした少女がいて自身の身長と同じくらいの杖を腕に抱えていた。
「いや、私の名前はシラ・フラブだ」
真剣な表情を浮かべているフラブは冷静に直ぐに少女の言葉を遮った。
その少女は桃色の短髪で長い髪を隠すように後ろで1つに束ねており身長は140センチほど。フラブとの身長差は僅か10センチくらい。
「え、でも似てて! いや、あ! まさか生き別れの兄妹……とかですか?」
「急に何の話を……?」
その困惑しているフラブを見て少女はフラブの服を離すと焦り気味で考え始める。そして答えが纏まったのか真剣な表情ながら人差し指を立てて答えた。
「では……シラ・ミハ様のお母様、とか?」
その返答に暫く空気が冷たくなりフラブは少し呆れたような目で女の子を見る。
「何を食べればそんな考えに行きつく……? 私は老いているのか……? そもそも君が言うシラ・ミハは私の亡き母だ」
少し暗い表情にも見えるフラブだが、女の子は驚いたように目を見開くも次第に表情が暗くなった。
「そんな……フラブ様、すみませんごめんなさい、ごめんなさいっ」
突如としてその少女はその場で膝から崩れ落ち泣き出してしまう。それはそれはと次から次へ容赦のかけらもない涙を流す。それにフラブは当たり前だが見るからに困惑して慌てた様子で見下ろした。
「えっ、えーっと?」
通行路での話なので当たり前のよう邪魔になり、一定位置にいる警備員がフラブの方を見て少しの怒りを表情に顕にしている。
鬼の形相とはまさにこのことか。
「おい! そこの黒髪の奴! 何をしている! 周りの迷惑になっているだろ! 道のど真ん中で立ち止まって話をするな!」
辺りを見渡すも、それなりには珍しいのか完全な黒髪に黒目はフラブしか見当たらない。
警備員に怒られ反抗し、殴りに行こうとしたが女の子を放って置く訳にもいかず堪える。それに考え始めるも道の真ん中だと状況は変わらず、辺りを見渡すと右手側の草原の方向に木が1本あった。
「……そうだな、丁度影があるし取り敢えずあの木の下に行こう」
優しくも真剣にフラブは女の子に問いかけるように木の下へ誘導を試みた。
「わかりっ、ました……」
それから木の下に到着すると一息付いて先にフラブが口を開いた。
「急に泣き出してどうしたんだ? 名前は? そんなに泣くってことはまさかお母様の知り合いなのか?」
驚きが混ざりつつもフラブは少し真剣な表情で女の子に優しく問いかける。それにも女の子は泣き崩れて涙を次々に頬へと伝わらせている。
「私はアス・ユーフェリカで……っ! フラブさんのお母様、ミハ様が亡くなられたのは私で、私のせいで、ごめんなざい……っ」
突如言い出した罪の告白と、さらに泣き崩れた少女ユーフェリカを見てフラブは益々混乱した。
だが皮肉にも今まで培われて来た冷静さが戸惑いと困惑を止める。そしてフラブは「こほんっ」と一度咳き込むと話す事に慣れていないなりに言葉を探した。
「そのっ……ユーフェリカさんは何級なんだ?」
困惑を隠すように荷物を地面に置きながら木に凭れてその場に座る。
「えっ? 私は、3級ですっ。ごめんなさい、ごめんなざい……っ」
きょとんとしながら答えたユーフェリカだが瞬きをし終わる頃には再び泣き出した。それと比例して困惑を顕にするフラブ自身、人の慰め方を良く知らないのだがそれは表には出さない。
「3級か。……私のお母様は正義感溢れる方だったんだ。まずは話を聞かせてほしい」
そんな優しいフラブの言葉にユーフェリカは一瞬目を見開くも、フラブの袖を掴んで泣きながら怒り気味な表情でフラブを見上げる。
「私が私以外の人間じゃないから……! 私が無力だからミハ様は死んだんです!」
フラブは呆れて『情緒不安定か!』と発言しようとしたが状況が状況だった為に言葉を飲み込んだ。そして呆れるように溜め息を吐き、軽く瞼を閉じて口を開く。
「お母様は立派な方で2段はあるはず。そもそも1番悪いのは殺した奴らだろう? それとも君が殺したとでも言うのか?」
泣き止んで欲しいと、理由を知りたいという思いで目を開いてユーフェリカの方をちらりと見る。
「それは……」
「私は意識を失う前までなら覚えてるんだ。お母様が殺された190年も前のあの日を」
そう冷静にも口調に微かに悲しさが混ざっているフラブは懐かしむよう少し青い空を眺めつつ、どこか悲しむことが出来ていない。
「罪人処刑課は大勢いたのに……お母様とお父様も、それからお兄様までもが何も出来ない私を守ろうと死ぬまで戦って下さっていた」
フラブは真剣に、空気を重くしないように少し優しく微笑みながら過去を伝えた。それにユーフェリカは涙を自分の袖で拭いて涙を止める。
「教えてくれ。何故ユーフェリカさんは自分のせいだと言ったんだ? 言うからには少なくとも関わっては居るんだろ? あの『アルフェード教会』の事件に」
フラブは今度は笑わず、真剣な表情でユーフェリカを見て問う。それに向き合うようにもユーフェリカは杖を右手側に寝かせて置いた。
「……話すと長くなるので簡潔に言いますね」
ユーフェリカが確認を取るとフラブは圧はなく真剣な口調で「ああ」と答えながら頷いた。
「では。昔々、あるところに私という女の子が居ました。私はなんと捨て子で闇商人に奴隷として売られていたのです」
「……急に昔話口調だな」
驚きつつ突っ込むように言葉を溢すフラブだが、そんなユーフェリカの表情は一転して眉を顰める。
「私は5歳の頃、不運にも買われた場所が当時、やばい噂しかなかったそのアルフェード教会でしたっ」
震えた口調で思い出しているかのように悔しそうに話しながら地面の草を強く握りしめた。
「言葉に言い表せれないくらいの劣悪環境で、その頃の罪人処刑課……ミハ様が1課長を務めていて、ミハ様は4名程の部下を連れてアルフェード教会に某日の夜、突撃して来ました」
そう震えた声で話しながらも自分の胸に手を当てて胸苦しい表情で俯いて話を続ける。
「ミハ様は仲間を守りつつ抗うもミハ様以外は2級の方々で。その人たちはなす術なく……殺されたんです」
「2級が、そんな……」
2級はまぁまぁ強い。1級や1段以上の者にこそ敵わないが級自体とても凄いことで。
だからこそフラブは驚きよりも相手がどれだけの脅威かを考え込んでいる。
「それを物音で起きてしまった私たちは、ミハ様の仲間が殺される瞬間を見てしまって……」
ユーフェリカは悲しそうにも辛い震えた声で説明を続けて涙を堪えている。
「パニックになって、物音を立ててしまいました。それに気づいた教会の魔導士2人は人数のアドバンテージをとって私たち奴隷は人質に取られました」
「……だからユーフェリカさんは自分のせいだと言ったのか? でも悪いのは教会の奴らだろう」
フラブの元気づけるような言葉にもユーフェリカは首を横に振って話を続ける。
「教会の1級魔導士はミハ様を直ぐ殺そうとせず、私たちを人質に取ったまま自分たちの教会の壁を破壊して外へ出ました」
「……お母様が殺されたのは私の家のはずだ。やはり記述通り、──お母様はアルフェード教会がらみで同じ罪人処刑課に追われたのか?」
フラブの問いに嫌にもユーフェリカは恐る恐る首を縦に振ってしまい。それにフラブは少し目を見開くも直ぐ様に悔しそうに少し歯を食い締める。
「……ミハ様は教会側の魔導士を迷いもなく追いました。しかし放った魔法が偶然通った一般市民に直撃」
「……そうか」
「そこを巡回していた警備課の人に見られて……教会側の魔導士2人の姿も痕跡も確認されず、ミハ様は一般市民の殺害で追われる立場になりました」
ユーフェリカの優しい声色にも辛い説明にフラブは表情が微かに強張った。
「……フラブさんのお母様、シラ・ミハ様を殺したのは教会が正解でしょう。記述だけ見れば処刑課他なりませんけど……」
だがそれでもフラブは向き合うために真剣な表情でユーフェリカの方を見る。
「……そうか。教えてくれてありがとう。家族を殺したのが処刑課なのはアリマさんから聞いていた。復讐相手はアルフェード教会……過酷だな」
重い空気を変えようと少し笑いながら話すフラブを見てユーフェリカは驚くように少し目を見開いた。
「……私、フラブさんに協力します! 一緒に突き止めましょう! どうしても知りたいんです、アルフェード教会の事件の真相を!」
「それなら私と組んで魔導士試験を受けてくれないか? 最大5人まで組めるらしい」
フラブは優しい声色でそう言いながらゆっくり立ち上がり。それにユーフィリカは嬉しそうに楽しそうに意を決したのか微笑む。
「わかりました! サポート魔法と簡単な風魔法しか使えませんが! フラブさんは何級なんですか?」
ユーフェリカの質問にフラブは恥ずかしそうに軽く少し俯いて外方を向いた。
「……級は無い。試験どころか王都すら初だ」
「そうなんですか? では私が案内します! ん? 王都が初って……まさかずっと山で生活を?」
恐る恐る問うユーフェリカは目を見開き呆然とするほどに凄く驚いている。それにフラブは不思議そう小首を傾げながら「え?」と言葉を溢して腕を組み右手を顎に当てた。
「ああ、そうだな。山ごとシラ家の資産だから引き継いで……10年だけアリマさんに守られながら生きる術を教わった。その後は大まかに不眠不休で鍛えたり生活したり……あ、人が少ない村には買い物に数回行ったりしたが……」
そのフラブは微かに笑い誤魔化しながら説明をしたのだが、ユーフェリカの顔が少しだけ強張る。
「……て、え!? 不眠不休で!? 何……やってるんですか! 早く宿屋で休みますよ!」
直ぐに慌ただしく言いながら目を見開いてフラブの手首を掴みながら急いで立ち上がる。
「う……反論出来ないだろう? そう言ったら……」
「しなくていいです! しないで下さい! 早く道に戻って王都に入りますよ!」
「ああ。急ごう。王都についてからも山程話さなければならない事があるからな」
「そーですよね! 私一応あの3級を貰ってますので任せて下さい!」
ユーフェリカは右拳を胸に当て自信満々に誇らしげな表情を浮かべている。それにフラブは感心するようにも優しい表情を浮かべた。
「さっきも思ったが3級とは凄いな。ユーフェリカ」
「当たり前です! 沢山サポート魔法と風魔法、練習したんですから! 当日はカケイ君を合わせた3人で受けましょうね!」
ユーフェリカはいつに増しても明るい笑顔でフラブの方を見ながらそう言うも。そのフラブは訳も分からず腕を組んだまま不思議そうに小首を傾げる。
「誰だ? カケイ君というのは?」
ユーフェリカはフラブの問いに、きょとんとしながら考えるもどこか暗い表情で少し俯いた。
「まぁ……まだ誘ってないんですけどね……」
「落ち込む事はないだろう。きっと誘えば承諾してくれる。だが早く王都へ行かないと、もう暗くなってるからな」
励ますフラブの言う通り確かにいつの間にか夕陽がフラブ達を照らしていて日が少し暮れていた。
「そうですよね……もうこんな時間ですか! 急ぎましょう! 王都の門が閉まります! カケイ君には明日会いに行きますよ!」
ユーフェリカは空を見上げて時間が思った以上に進んでる事に焦り。フラブは小首を傾げて疑念を抱くような不服そうな表情を浮かべる。
「待て、だから誰だ? カケイ君というのは」
「友達です! きっと大丈夫です、フラブさんなら! 明日一緒に誘いに行きますよ!」
「何が大丈夫なんだ? 二つ以上の情報がないんだが……」
それでもフラブはユーフェリカに袖を掴まれ王都に繋がる整備された道に戻った。
ーー王都の正門の前には白い警備の服を着た2人が左右に険しい表情を浮かべながら佇んでいた。
「おい。身分証を提出しろ」
門の左側にいる警備の人が重苦しい声でフラブの足を止めた。
「無いから代わりに魔導士試験の入試証です」
そのフラブは懐に入れていた魔導士試験の入試証を右手に取りながら門番に見せた。
「こんなもん代わりになるか! え……っ? シラ・フラブって……現シラ家の当主様でしたか! すみません……粗相をっ」
その門番の男性は咄嗟にフラブの名前を見て態度を変えると同時に、そのフラブは微かに疑うような目を向けて軽く腕を組んだ。
「190年間も機能してないのにシラ家を覚えている……名前を聞いてもいいですか?」
「生前のミハ様に救われた恩が僕ら兄弟にはありますので。俺はヨヤギ・コハハです!」
門番の男性は優しい声色でそう言い、それにフラブは驚いて目を少し見開いた。ヨヤギは190年前から180年前までフラブを鍛えて守ってくれて居た人、アリマの名字だからだ。
「え? ヨヤギ!? そ、そうか……してそっちのは?」
漸く理解が追いついてきたフラブは驚き目を少し見開いて、横にいる片方の門番にも声をかける。
「あ、私もですか? 私は妹のヨヤギ・コハルです!」
それにもフラブは驚くも深く瞬きをして直ぐ様に真剣な表情へと変わった。
「……一応、質問です。ヨヤギ・アリマという方を知ってますか?」
恐る恐る問うフラブだが、その問いにコハハは嫌そうな表情に眉を顰める。
「もちろん知ってますよ。処刑課に追われても形上は名家、由緒有るヨヤギ家の当主ですから」
「え、処刑課に追われ……?」
フラブは理解できないまま納得を試みるも理解できない事もない事に気づいてしまった。
「あんな化け物、早く当主から降りればいいのに」
そしてもう1人の門番、ヨヤギ・コハルも続けて嫌そうな口調で心の声を溢す。
「化け物、は納得だが……」
コハハとコハルの反応に冷めた気まずい空気みたいに無言が続いてしまい。それにフラブは何とも言えない表情をしている。
「……すみません。後ろがつっかえてますね」
そして優しい声色にも門番のコハハとコハルにそう言い門を潜って歩き出した。
「どうした? ユーフェリカ……」
立ち止まり小首を傾げながら後ろに居るユーフェリカの方を振り向く。
「は、はい! ですが私だけ今の会話の蚊帳の外にしたの、忘れませんからね!」
そのユーフェリカは我に返ったかのように怒ったような表情でフラブの横に並んで歩き出した。
「そうか。すまなかった」
「素直に謝られたら怒りの行き場がないですよ!」
そうしてフラブとユーフェリカは楽しそうに笑いながらも道を歩いた。暗くなってきてるにしても王都は賑わっていて、沢山の人と目の前に一本の広々とした道があり左右に店が沢山並んでいる。
「凄い、人が……こんなに、店も、アリマさんが言った通りに沢山……」
フラブは賑わい具合に村とも比べて呆然とし、その場に感心と未知への景色に立ち尽くす。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけるユーフェリカは小首を傾げながらフラブの前に立ち手を後ろで組んだ。
「フラブさん、ずっと領地……山に居たんでしたっけ? あそこは少し人が少ないので行きましょう!」
ユーフェリカは気遣いながら優しい笑顔で王都を入ってすぐの右側の場所を指差した。
「あ、ありがとう、ユーフェリカ。だが大丈夫だ。少し驚いただけ、何も心配は要らない」
目の前に来たユーフェリカにフラブは心配をかけないように優しい表情を見せる。
「そうですか、確か宿屋はだいたい住宅街辺りにあるので……時間も時間ですし! 私が案内しますよ!」
ユーフェリカは可愛く斜めに人差し指を立ててフラブを軽く笑顔で見つめる。
「そうか、なら可愛いガイドさんにお願いしよう」
フラブは揶揄い気味にユーフェリカに言うと、フラブの言葉にユーフェリカは少しだけ顔を赤くする。
「な、私を口説こうったってそうは行きませんよ! 私は強いですから!」
「口説くって、私も女なんだが……」
「え? えーー!? そうなんですか!? てっきり男の子かと思ってましたよ!?」
ユーフェリカは驚きで大きい声を出しながらもフラブを見て呆然としている。
「あ……そう、か。確かに喋るのは……いや言うほど男よりでもないだろう?」
「でも中性的ですから! 失礼ですよね、私、さっきから!」
「私はそんなに気にしないが……」
ユーフェリカは落ち着くためか「こほんっ」と一度咳き込むように言い空気を戻す。
「すみません、お詫びにクレープ奢らせて下さい!」
優しい表情で言うユーフェリカの言葉にフラブはきょとんとして首を傾げた。
「クレー……プ? 何だそれは? 私はそれより饅頭か御萩が好きだ! どっちかを奢ってくれ!」
目を星のようにキラキラと輝かせながら願うフラブの言葉に、ユーフェリカはきょとんとして不思議そうに小首を傾げる。
「和ですね。クレープを知らないで和菓子を知ってるとは……子供の頃に食べてたとしても名家のシラ家でしょう?」
ユーフェリカの問いにフラブは幸せそうに瞼を閉じて過去を感慨深そうに思い出した。
「アリマさんがよく食べていたから分けて貰っていたんだ! 凄く美味しくて、食べた瞬間、甘い味が口の中に広がって食感が良くて次第に口いっぱいがダンスをしてるような……」
言葉を止めたフラブは我に返り慌ててユーフェリカの方を恐る恐る見る。だがユーフェリカは真剣な表情で腕を組んで何か考えていた。
「す、すまない。長話しすぎたな」
ユーフェリカはフラブの慌てぶりとは対に冷静で、フラブの方を見ては真剣な表情を浮かべた。
「いや、それは別に良いんですが……アリマってあのヨヤギ・アリマですか?」
「あ、ああ。ユーフェリカも知ってるのか?」
「知ってるも何も……いや、何でもないです! 早く行きましょう!」
その挙動にフラブは微かに疑うような目でユーフェリカを見るも、そのユーフェリカは気づかずにフラブの腕を引っ張り王都の道を進んだ。