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幸せへの選択を  作者: サカのうえ
第一章「ヨヤギの超越者」
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第十六話 理を持って

 鎧を纏い、剣を構えるカナデ。──それを強く警戒するアマネは刀を構えてカナデに向かって走り出す。


 それを見たカナデもアマネに向かって剣の鋭い刃で襲いかかる。アマネは右下から左上に向かって斬りかかり、それをカナデは剣で受け止めた。──だが尽かさずアマネは左手でも柄を強く握りしめる。


「ありがとう、全力で戦ってくれて」


 淡々としてカナデがそう言った瞬間、アマネはカナデの剣を振り斬って左横から鎧を斬りかかる。だが刃は鎧を通る事無くカナデが左足でアマネを右手側に蹴り飛ばした。──その衝撃からアマネは鉄格子の一歩手前まで飛ばされるも受け身を取る。

 

 ── 鎧に刃は通らない……刃も魔法も意味を成さない……難敵だな……!


 だがアマネは直ぐ様立ち上がり、刀をカナデに構えながらカナデを目掛けて走り出す。それにカナデも正々堂々とアマネに剣を構えて走り出した。


 アマネは左手でカナデの首を斬る様に姿勢を低くしながら左上から右下に勢い良く斬りかかる。だがやはり刀ではカナデの鎧を斬ることさえ出来ない。

 カナデは剣を右手から左手に移動させてアマネを左横に斬りかかる。アマネはそれに気づき、右手に鞘を持ってカナデの剣を間一髪防いで、地面を思いっきり蹴って後ろにカナデから距離をとる。


「アマネは立派な剣士だ。だけど刀だけでは魔法には勝てない」


 悠々としているカナデだが険しい表情を浮かべながらアマネは再びカナデの方に走り出す。



 それを見ていたフラブだが生きていた兄の姿と敵対して来たことで状況が追いついていない。


「ねぇフラブ、父様と母様を殺した処刑課を殺したのって誰だと思う?」


「……アリマさんでしょう。多分」


 困惑しながらも真剣に答えるフラブだがコウファは優しく微笑んだ。


「本当に? フラブも薄ら覚えてるんじゃない?」


「何が言いたいんですか? アリマさん以外ないでしょう。焼き殺すなんて」


「そう、まぁ良いよ。久しぶりに話すからね、別の話題に変えよう」


 悠々としているコウファを見てフラブは訳も分からず少し眉間に皺を寄せる。


「……話してる場合ですか? ──お兄様は敵なのでしょう。話すだけなら私はアマネの加勢に……」


「フラブ。お兄ちゃんさ、かなり怒ってるんだよね。何で戦うの?」


 威圧するように問うコウファはフラブの肩を強く握り、肩に腕を回すようにフラブを離さない。


「……っ何が! お兄様、私も怒っていいですか。──何で生きてる事を今まで黙っておいてこんな時に今更現れたんですか……?」


 心の声を吐き出すフラブの声は微かに震えていた。


「今はこっちが質問してるんだよ、フラブ。答えなきゃ大事なアマネ、今すぐ殺すよ?」


 声色からも怒りが伝わるコウファはカナデと戦っているアマネに左手を翳す。それに少し目を見開いたフラブは険しい表情でコウファを見た。


「──っ私が……臆病だからです。臆病だから周りの人が傷つくのが嫌なだけ。守られるのも、守れないのも、私が無力だって思いたくない。お母様やお父様みたいに死んでほしくないっ……」


 それでも次第に表情が暗くなっていき、少し俯いて拳を強く握り締める。


「そう、フラブは僕を怒らせたいんだ。わかったよ。命令に背く事になる。──だけどフラブを一生僕の家に閉じ込めて何よりも大切に扱おう」


「……え?」


 困惑するフラブは目を少し見開きながらも常に微かに険しく眉間に皺を寄せていた。


「そしたらフラブの周りに大切な人なんて居なくなるしフラブも傷付かないよね。──それで僕が永遠にフラブを守るよ」


 冷たくも優しい声色で言うコウファはフラブに向けて優しく微笑んでいて。それにフラブはコウファへの恐怖で珍しく怯えるように手が震えていた。


「お兄……様……?」


「怖がらないで。フラブにはもう僕が居るんだから大丈夫。お兄ちゃん、フラブの為なら命令にも運命にでも背く事だって出来るんだ。大事な妹を傷つける者の排除だって約束する」


 軽々と言うコウファを見てフラブは恐怖で手足が震えているも直ぐにコウファを怯えるように少し睨みつけた。


「そんなの私は望んでない!」


 意を決してフラブは歯を食いしばり、右手に短剣を出して自分の左腕を切り刻む。その左腕からは血が垂れてフラブの脳に一瞬にして痛みが伝わった。


「なっ……フラブ……! 何を……」


 驚くコウファだがフラブは怒りと痛みで恐怖につい打ち勝ち少し明るい表情を浮かべた。


「恐怖に打ち勝つ方法……痛みがあればそこに集中する……昔、アリマさんから習った方法です……!」


 少し元気が戻ったように見えるフラブは鋭くコウファの左手を振り払い、──地面を強く蹴ってバク転で2メートル近く距離をとる。


「なんで僕と敵対を……! フラブ……お兄ちゃんがどんだけフラブの事を心配していたか……!」


「知りませんよッ! そんなの知りたくない! 私も怒ってるって言いましたよね? 何で生きてる事を教えてくれなかったんですか……!」


 フラブは感情や状況が混ざりまくって悲しそうな怒ってる様な苦しい様な表情を見せる。それにコウファは悲しそうな少し暗い表情をして俯いた。


「……それが約束だから。僕も死んださ、190年前のあの日に…」


「だったら何で今ここに! 私はお兄様が生きてることに喜べばいいの? 敵対して来たことに悲しめばいいの?」


 微かに震えた声で訴えかけるフラブだがコウファは悔いるように拳を強く握りしめた。


「……僕はフラブにだけは嘘を吐きたくない」


「……っ卑怯ですよ……! あのとき私がどれだけ絶望したかっ! 生きてるのなら190年前も私と一緒に居て下さいよ……寂しいでしょう……」


 フラブは状況と感情が追いついて来て、悲しそうに涙を流し始める。だが右手に鉄剣を強く握ってコウファに刃の切っ尖を向けて構えていた。


「フラブには言えない。これ以上は嘘を吐く事になる。君を傷つける」


 コウファは悲しい表情で光で作った剣を右手に持ってフラブに刃を向ける。


「運命は酷いよね、フラブ。兄妹で殺し合わなきゃ駄目だなんて」


 フラブは剣を両手で持ってコウファに勢い良く剣を右上から振り下ろすが、コウファは光の剣を右手だけで受け止める。──だが両者、鋭い程の殺意は互いに向けておらず自分自身への殺意の方が高かった。


「……弱いよ、フラブ」


 コウファはずっと苦しそうで暗く悲しい目に悲しい表情をしてた。左手に光の剣をあと1つ作って手に持ちフラブを左横から斬りかかる──。

 だがそれがフラブの体に命中する事は無かった。


 コウファの足元と鎧を纏ったカナデの足元に草木が絡まりーー次第に全身に纏わりつく。その魔力の練度でコウファの動きはピタリと止まった。


「やはり生きていたか、コウファ君」


 悠々として言うアリマは羽織物を袖には通さずに着ていて腕を組んで階段がある壁に軽く凭れている。


「初対面ではない。君がまだ幼い時に何回も会ったことがあるだろう。まぁ余も少しだけ幼い時だが──覚えていないか?」


 それにコウファは険しい表情を浮かべながら勢い良くアリマがいる方を振り返った。


「──っもう来たのか、ヨヤギ・アリマッ!」


 焦りを覚えるコウファのその言葉にアマネとカナデ、フラブの全員がアリマに視線を移動させた。


「アリマ兄様……! 無事でしたか……!」


 安心するように表情を明るくするアマネだが対にカナデは険しくも微かに冷や汗を流した。


「どうやってあの結界を……! っ早く撤退しましょう、コウファ様ッ!」


 それでもカナデは全身の草木を断ち切り、冷静になってコウファに言う。だがコウファはアリマに対して怒っていて全身に纏わりつく草木は電気で損傷して瞬きをする間に壊した。


「ココアの回収がまだだ。1人だけ置いて行くわけにはいかない」


 冷静に言うコウファはカナデの方を振り返って真剣な優しい表情で言い。その言葉にアリマは不思議そうにも真剣な表情を浮かべた。


「ココア……? ……カケイ君にはアユが加勢に行ったが……白い者……」


 思い当たる節があるのか左手を顎に当てて悠々と真剣に考えはじめる。


「カケイが戦ってる……? あと1人誰か……来て居たんですか……?」


 フラブは状況が上手く呑み込めてない、事の深刻ささえも知らないまま。カナデはアリマの言葉を疑問に思い少しだけ目を見開いた。


「は……アユ……? どうして……まさか結界を破ったと同時に洗脳も解けたのか……!」


 焦り気味で言うカナデだがアリマは平然として常に冷静だった。


「否、二重人格を理解していないな、カナデ。アユのあと1つの人格の概要は余しか……そうだな。アオイも知らないだろう」



** ** * ** **



 結界を破る寸前──アリマは結界の壁を自身の魔力で覆ったあと、部屋のドアがあった位置の結界を勢い良く左拳で殴った。


 常人では結界内や人に自身の魔力を覆う事自体、不可能──。だが怪物級という人間を辞めているアリマの強さがそれを可能にした。アリマは190年前ですら木を1本、力加減をして蹴ればその方向にある木を12本巻き添えにする力だけでも化け物。


 アリマが殴った場所から結界の壁、床、天井、全てに崩壊寸前の強いヒビが入る。それを確認したのちに結界を覆う自身の魔力を解除した。


 その時、──禁書の結界が崩壊する様に崩れ落ち本来ならアリトは重症だろう。だがアリマがアリトに覆った魔力のお陰で崩れ落ちる結界が全てアリトの付近にきた瞬間砕け散った。


 結界の壁も天井も全てが崩れる去ると、結界は元から無かったかの様に消えていく──。そして結界が消えると部屋も全てが元通りになり病室らしき場所へ変わった。それは常人でも天才でも禁書でも怪物を超える事など不可能だと表してる。


「カケイは部屋から移動して外で戦ってる。本邸の玄関前よ」


 外の状況は大まかに見えているカミサキは冷静にアリマにそれだけ報告をして通信を切る。


 アリマは表情を変えずにアリトの方を振り向くと、アリトは涙を流していて。それに優しく寄り添うようにアリトの2歩ほど前で屈んだ。


「必ず余がアリトの病気の治し方を見つけて治す。アリトの不治の病は医療機関ですら……だが余は見つけてみせる。言っただろう──余より先に死なせたりはしない」


 真剣ながらも優しい声色でアリトに言いながら通信機を外してアリトに返してゆっくり立ち上がる。


「兄様……ごめんなさいっ….…私はっ……皆んなに迷惑をかけた……っ」


 アリトは震えた声でそう言いながら次々と涙を流し泣きながら通信機を着物の中に仕舞う。


「事が終わった後で皆んなに謝れ、許されなくとも謝り続けろ。余も謝らなくては自分を許せないからな」


 淡々としてアリマはそう言い、ベッドの上にある自身の羽織物をとって部屋のドアに向かう。


「兄様はっ……酷い事……してないっ」


「否。弟の罪に目を背けたまま分家を傷つけた。其れだけではない。余はアリトもずっと傷つけてしまっていた。すまない」


 アリマは常に無表情で淡々とそう言ってドアから部屋を出てドアを閉めた。


 するとドアを開けた先の廊下で右手側へと歩いていたアユと目が合う。


「……っ貴様! 俺が力で負けた奴か! 何をしている! 早く戦え! 一大事だ!」


 アユは案の定と言えど人格が入れ替わっていて、それにアリマは瞬時に判断をした。


「カケイ君は外で戦ってるらしい。カミサキ姉と連絡をとった。カケイ君を助けてやってくれ」


「……っわかった! 敗者は勝者にひれ伏すのが常識だし誰かの助けに向かっていた最中だったんだ!」


「そんな常識は知らんが……ならば頼んだ。アユ」


 アリマは冷静にそう伝えると、アユが来た左手側の廊下を進み出す。



** ** * ** **


 ──カケイは100本の矢をココアに襲い掛からせながらココアと距離をとり続ける。

 ココアは容赦なく炎や氷の魔法を使いカケイの方に歩きながら矢を壊して楽しそうに微笑んでいた。


「タナカを返せよッ! ココアッ!」


「僕は君のお兄様だろ? 名前で呼ぶなんて他人みたいじゃん。そう思わない? カケイ」


 ココアは全身に纏うように炎の結界を作り、壊す間もなく燃やした。


「お前なんて兄さんじゃねぇ! ──絶対殺してやるッ!」


 常に苦しそうな険しい表情を浮かべているカケイは声を荒げながらも──心の中では冷静にココアと常に2メートルの距離をとる。


「反抗期? 君のお兄様は君の絶望が見たいのに……そんな真剣な表情しちゃってさ……」


 それでも悠々としてココアは左拳に再び炎を纏ってカケイに瞬きをする間に近づて──部屋の壁に追い詰められたカケイを両手で壁ドンをした。


「……っ!」


「でも直ぐ殺したら絶望してくれないよね? なら外に行こっか。広々と戦った方が…….」


 カケイは氷柱を自身の右手側からココアの腹部を目掛けて出し──ココアの腹部を勢い良く貫く。


「気かねーって」


 貫かれた腹部にも痛々しい表情すら見せないココアはそう言って部屋の壁を軽々と破壊した。それにカケイは足を踏み外し──背中から地面に落ちるように勢い良く落下する。それでも対応して落下地点に最小限の雪を作って無傷で耐えて起き上がる。


「死んでたっ! ココアがその気だったら……っ!」


 カケイが2階を見上げるとココアはカケイに襲いかかる様に2階から落下していた。そのココアの腹部の傷は塞がっていて人形の為、血も出ていない。

 ココアは落ちながら壁を軽々と蹴って、バク転をする様にカケイの後ろ側に回る。


 カケイはココアの方を振り返って5本の氷柱を出し、右手を翳して着地狩りを狙った。──だがココアに届く前に氷柱は全て炎で燃え尽きて無くなる。

 ココアは腹部の傷もなく優しく微笑みながらゆっくりカケイの方に歩いてくる。


「外も狭いねー! 裏庭って感じ? でも木々に行ったら木が邪魔だし……どうしよっか?」


 ココアは悠々としていても、カケイは常に険しく睨みつけていて右手をココアに翳して氷柱を構える。


 ── なんで皆んな……義母さんも……ユーフェリカも……タナカも……! ……何で……死ぬんだ……


「……っ考えるな! 殺さなきゃ駄目なんだ……どんなに絶望しても……! これが現実だから…っ!」


 カケイは暗く深刻な表情で歯を食いしばってココアを強く睨みつける。それにココアは口角を上げて君悪く微笑み、両拳に黄色い炎を纏った。


「お前じゃ僕を殺せねーよ。カケイ」


 ココアは悠々とそう言って地面を強く蹴りカケイに向かって全速力で走り出した。──カケイは3本、自身より大きい氷柱を出し左腕を勢い良く前に出して氷柱が勢い良くココアを襲いかかる。

 だが氷と炎では相性が悪くカケイの氷柱は一瞬で燃えて無くなった。


「──っ!」


 カケイはココアの攻撃を避けるように氷でココアの行手を阻む様に邪魔をしながら玄関前の方向、左手側に全速力で颯爽と走る。


「なーんだ、逃げんのかよ。つまんねーな!」


 ココアは悠々としてそう言いながらカケイの氷を一瞬で壊しながら走ってカケイを追った。


 ── 俺がココアに殺されたら他のヨヤギさんが危ねぇ……だったら時間を稼げ……!


 カケイはそう考えながら気がつけば玄関前の広間に出ており、中央辺りでゆっくり足を止める。ココアもカケイについて来ていて、急に足を止めたカケイに向かってゆっくり歩き出した。


「なぁココア。お前はここでタナカ以外……殺したか?」


 圧ある声で問いながら暗い表情で恐る恐るココアの方をゆっくり振り向く。それにココアは楽しそうに口角を上げて微笑み、歩み寄る足を止めた。


「もちろん」


 ココアの軽々とした答えたカケイは表情にまで怒りを顕にして強くココアを睨みつける。


「僕等の目的は名家の崩壊。今回のターゲットがヨヤギ家ってだけ。使用人も殺した」


 そのココアの言葉にカケイは理解が出来ず目を大きく見開いて「は…?」と圧のある声で疑問を声にする。


「何でそんな事を……っ!」


 そう焦ったようも見えるカケイとは対にココアは悠々として笑みを浮かべている。


「あの方にとって名家は邪魔なんだよ。シラ家の崩壊は190年前に済んだ、だから残るはヨヤギとサトウとユフィルムなんだ。面倒でしょ?」


「だからフラブさんを傷つけたのか? そんな理由でッ! アルフェード教会を利用したのか!?」


 カケイはフラブの苦しみを多少理解していて、フラブのために巻き込まれた人のために怒っていた。


「利用? 変な事ゆーね。アルフェード教会は僕等がシラ家崩壊のために作っただけ。処刑課は利用って形だけど。魔力人形も本来はその為だよ」


「……っ!」


 カケイにとってココアのその言葉は理解出来ない事も無かった。だが受け入れるのは難しい、カケイの正義感と自己嫌悪が混ざり合う最中。


 急にカケイの右横、カケイとココアの中心あたりに2階からアユが飛び降りて来た。──アユは地面に両足と同時に両手をつけてゆっくり体制を整える。


「あ……? 記憶的に君がカケイさんだよな?」


 アユは真っ直ぐカケイの方を見てそう言い、瞬時にココアを見る。


「似てんな……誰だテメェ……?」


 急に現れたアユに対してココアは少し嫌そうな表情を浮かべた。


「お前こそ誰だよ。まさか……二重人格の奴? だとしても兄弟喧嘩に第三者の介入は駄目だろ」


「アユ……さん……? 何でここに……?」


「安心しろ! カケイ! 俺はアリマ様の命でお前を助けに来た!」


 元気良く言うアユは優しい笑顔でココアを無視してカケイの前で立ち止まる。だがカケイは上手く理解が追いつかず小首を傾げてアユの方を見た。


「あ、うん? ならアリマさんに伝えてくんねぇか? 敵は名家の壊滅を企んでるって」


 カケイは冷静にアユに伝えるがアユはそれに怒り、カケイの頭を右手で強く撫でた。


「俺に勝った奴の命令なら聞くが、そうじゃねぇお前の命令は聞かねぇ。だから安心して任せやがれ」


 そして撫でる手を止めて、怒りを顕にしながらゆっくりココアの方を向く。ココアは微かに嫌そうにアユを見ていて──両拳に黄色い炎を纏い、両足に綺麗な氷を纏っていた。


「僕を無視するなんて、僕の気持ちを考えろよ? お邪魔虫」


「あ? 邪魔はテメェだろーが。死ねよ害虫野郎」


 アユはそう言いながら真剣な表情で刀を抜き、柄を両手で持って構える。


「……刀、邪魔だな」


 だがそう言ってアユはカケイの方を振り向き、刀を鞘ごとカケイに渡す。


「「え……?」」


 それにココアとカケイは行動に訳も分からずきょとんとする。それでもカケイは戸惑いながらもアユから鞘と刀を片手ずつに受け取った。

 アユは渡し終わるとココアの方を振り向き右腕を上にピンと伸ばして手のひらを上空に翳す。すると手のひらの30センチ上から水が渦の様に増え続けた。


「炎はなぁ、水で消えんだぜ? まぁ魔法じゃぁ練度の問題だがなぁ……っ!」


 元気良くアユが言い終わる頃には水が直径6メートルにまで増えており。それにココアは楽しそうに微笑えんでアユに殴りかかる様に走り出す。


 だがココアがアユの元に走ってる途中で、ココアの足が地面に張り付くように急に止まった。ーーアユの後ろに居るカケイが手を翳してココアの足元に厚い雪を出していた。


「な……っ!」


 アユは容赦なく右の手のひらを勢い良くココアに翳して水をココアに向けて放つ。


「いい連携だね……!」


 明るくも険しい声でそう言うココア。──水がココアの目の前まで来た瞬間に水は尖った氷で囲われる。


「氷は保険だ! 蛆虫がッ!」


 そのまま氷と水がココアに命中して物凄い土埃が辺りに舞う。その光景をカケイは呆然として見ていた。


「すげぇな……」


「まぁな! それに……」


 アユは何かに気づいたかのように言葉を止めて勢い良く水を放った地点を振り返る。──だが空気に舞う土煙でココアの姿も確認できない。だが上空に1人、浮いた氷の上に屈んでアユとカケイを見下ろしていた。


「ヨヤギ・アリマが来たって強制命令がきたから今回はさよならだ」


 それにカケイとアユはココアの声が聞こえた上空を見上げる。そこには微笑んでいて薄い氷の上に座っているココアの姿が確認出来た。


「じゃあね! カケイ。次こそ、──ちゃんと絶望しろよ」


「──待て…っ!」


 カケイが氷柱を構えようとするが、ココアは転移魔法でその場を後にした。



** ** * ** **



 その頃、──屋上にいるコウファは敵意を仕舞い微かに悲しそうな表情を浮かべた。


「……上からの強制命令だ。ココアにも伝わってる」


 その言葉にカナデは急ぐようにも颯爽と転移魔法でその場を後にする。


「少し話をしたかったんだがな。シラ・コウファ」


 淡々としているアリマは冷静にコウファを表情1つとして変えずに見ていた。


「僕は貴方が嫌いだ。だから次は貴方も殺す」


 コウファはアリマに殺意を向けて言い、カナデに続いて転移魔法でその場を後にした。



** ** * ** **


 3時間後のヨヤギ家本邸にある庭、──そこにはフラブやカケイ、アリマやアリトとアマネがいる。

 後から分家本邸からカミサキが来ていて人格が元に戻っているアユも居た。


 目の前にはアオイとアキヒロとアツト、カナトの首が無い惨い死体が横一列に布を白い被って並べられていて。沢山の使用人の死体もそんな風に並べられている。だがタナカは死体さえ残ってくれなかった。


 全員、──それを見て表情を暗くしているが泣いている人は誰も居ない。ただただ暗く無言で全員死体を前にして立ち止まっているだけ。


 悲しむ余韻さえ与えてくれない急な裏切りと共に来た襲撃。だからと言って元凶であるアリトを誰も責める事も出来ない。


 アリトの持病のこともあるし、自分を責めた方が何倍も楽になるからだ。そんな空気の中でもカミサキは意を決して後ろのガラス戸から庭を出ようと振り返って進む。


「このまま終わらせないわよ。わかってるわよね? アリマ」


 そして背を向けた状態で暗い声色でアリマにそう言ってガラス戸から庭を出た。


 カミサキに続いて次にガラス戸から庭を後にしたのはフラブとアユだった。その2人は1番、事の深刻さを理解出来ないまま事が終わっていた者だったからだ。

 それだけあって沢山の死体と現状を強く噛み締めつつ無言で庭を後にした。


 フラブが庭を後にしたのを確認すると、アマネは微かに誰にも気づかれないくらいの涙を流した。それでも受け入れるように意を決して涙を袖で拭い後ろにあるガラス戸から庭を後にした。


 次にカケイは両手を合わせて目を瞑り、死体に心の中で謝ったあとにガラス戸から庭を後にした。


 アリマとアリトは最後まで庭に居た。責任感の重さから来る重圧と申し訳ない気持ちさえ消してしまう程の後悔出来ない過去に自身が流す涙さえ否定した。


 全員の死体は最低限の遺骨だけ回収してアリマが炎魔法で燃やした。アリトはそれを見て謝ることさえ出来ないような何とも言えない表情を浮かべていた。



 それからアリマとカミサキとアリトは玄関前の室内で向かい合って話をしていた。


「つまり……私たちが当たり前のように信じていたアリマの噂も嘘だったと……」


 カミサキは呆れるように軽く溜め息をついて右前にいるアリトを見る。


「ここまでくると感心するわよ。本家と分家ですれ違いが起きすぎてる。アリトのせいでね」


 嫌そうに言うカミサキだが、アリトは満更でもなさそうな表情をしていた。


「私の世界には兄様だけですから。この状況においては酷ですけどね」


「……余は暫くは名家として国からの依頼を片付ける。アリトとカミサキ姉は出来るだけの人を呼んで宴会場の準備を任せたい」


 アリマは冷静に羽織物の内側から軽く腕を組んでカミサキを見て言い。そのアリマをカミサキは冷たいような呆れるような目で見た。


「弟や妹が殺されて……あんたたち正気……?」


「余は正気だ。自他共に大した情はない。余が持っていいものでもない」


 アリマは淡々と即答してカミサキとアリトに背を向けて廊下を歩きその場を後にした。


「私も正気です。ですがカミサキ姉が正しいとは思います。……まぁ兄様は情がないと思い込むしかないんですよ」


 カミサキは今にも泣き出しそうな表情をしているが決して涙は流さない。その目の前にいるアリトは優しい表情でアリマの背を見ていた。


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