第十四話 愛と裏切りと策略
その頃アリマはアリトが異常な事に少しだけ冷や汗を流して片足一歩後ろに退がる。ただ直ぐに理解が追いついてしまい冷や汗は何処かへ行ってしまった。
「兄様の最大の弱点1つ目、それは何があっても家族に手を上げる事が出来ない」
「何を……」
「2つ目、持病を持ってる私を突き放す事が出来ない。私は頭脳でも兄様に勝てませんが、362年の敬愛でなら勝てると思ったんです」
「………うん? それは喜ばしいことだな……」
「この結界術の空間内部では魔力を使えても魔法は使えません。外部からの侵入は拒むし破壊もまず攻撃が通らない使用なんです。私が望むのは病気から解放されて兄様といること……それだけですから」
アリトの病気に関してアリマは何も言えずに黙り込んで少し悲しそうな表情を浮かべた。ただ状況に焦ることもなく悠々として軽く腕を組みながら俯いて地面を見る。
「幼い頃……私と兄様は病気持ちの父様と忙しい母様に甘えられなかった。幼いフラブさんの面倒を見ていた兄様ならよく分かるでしょう」
「確かに。だがまずは説明をしろ。仕事あるし遊んで居る暇はないんだ。これは兄弟喧嘩で済む話では……」
「でも! 私は兄様と喧嘩がしたいんです。今私がしているのは気持ちを兄様にぶつけている! 兄様も私に気持ちをぶつけて下さいよ! いい加減に思うところもあるでしょう!」
不安そうに眉間に皺を寄せながらも訴えかけるアリトを見て、アリマは呆れるように軽く溜め息を溢しながらアリトの胸ぐらを掴んだ。
「馬鹿か? まさかとは思うがこんな些細な事で余がお前を嫌うと思うのか? 余に突き放されてその敬愛とやらを諦めたいのなら全力を出せ、愚弟が!」
「……っ!」
それにアリトは図星を突かれたかのように大きく目を見開いた。それを確認したアリマは怒りを仕舞いつつゆっくりアリトの裾を離す。
「アリトの病気なら余が治す方法を見つける。余は誰よりも強いお前の兄だ。アリトもそろそろ気づけ。お前を見ているのは余だけではない」
少し疲れたように言うアリマは再び軽く腕を組んでアリトを見下ろした。その視線の先にいるアリトはますます驚いたような表情でアリマを見上げている。
「まだそんな戯言を言える余裕があるんですか? 私は兄様を閉じ込めて……」
「ああ。お前は行動力だけは規格外だったからな。まぁこの程度、出れないこともない。故に問う、2つ目の分家の者を殺して壊したのはお前か?」
悠々としているアリマは表情を1つとして変えずに問うアリマ。それにアリトは必死ながらも口元が緩んで笑みを浮かべた。
「壊した? 人聞きが悪いですよ! 2つ目の分家には兄様をここに閉じ込める結界の実験に協力してもらったんです」
「そうか。……失望したぞ」
それでもアリマは大して焦る事もなく、常に冷静で淡々としてそう言い、アリトは顔色が微かに曇るも必死そうに笑みを浮かべている。
「私に今更そんな言葉が効くとでも? 結界の中は兄様であろうと逃げる事さえ出来ないし、外からも干渉さえ出来ない。そもそも弟は全員洗脳で私を疑う事さえ出来ずに分家と争う。それが現実です」
「……確かに余はアリトも他の弟にも傷をつける事は出来ない。突き放すなど論外だ。だがアリトが敵に回した分家の者の中にも……少なからず余と張り合える頭脳を持っている者が居る」
「……兄様は分家を信用してるんですか?」
「否、今までのことがある故に信用は皆無だ。だが同じヨヤギ家、信頼はして居る」
「……自分の安否が危ういんですよ? 何でそんなに冷静なんですか?」
アリトは次第に表情が曇るも険しくなっていき、それにアリマは優しい表情を浮かべた。
「自分自身の安否など微塵も興味が無い。自身の安否を案ずる者は単なる臆病者。ヨヤギ家の当主に臆病者は必要ない。前を見て常に理を超えて行け。それがヨヤギ家に伝わる当主の掟だ。まぁ何ともくだらない掟だ」
「やめて下さいよ……私の世界は常に……兄様しか存在しないと言うのにッ! 正論ばっかり!」
アリトは悲しそうな表情でそう言いながらアリマに力強くしがみつく。だがアリマはそれさえも突き放さず無表情で優しい表情を浮かべた。
「余はアリト程優しくはないからな。あと離れろ。いい年して兄にしがみつく弟などいないだろう」
だがアリマの表情も声色も優しく、それに耐えきれずアリトは涙を流し始めた。
「私なんです! 兄様を独りにしたのは! もう怒ってくれないと、兄様への敬愛に歯止めが効かないんですよッ! 兄様を神として崇めてしまう前に!」
「だとしても関係無い。其れよりも昔の余自身に怒りたいものだ。対人に消え失せた信用を分家にぶつけてしまって、それから向き合えないままだからな」
アリトは軽く歯を食いしばり、アリマをもっと強く抱きしめる。
「──嫌ってほしくて……突き放してほしくてやったのにっ! 兄様に嫌われたくないっ……嫌だっ……私は……僕はっ、どうしたら良いんですか!」
「は? 馬鹿か?」
「え……?」
アリマの問いにアリトはきょとんとしてアリマからゆっくり離れる。
「先ずは結界と弟にかけた洗脳を解け。そして饅頭アイスを持って来い。そしたら話を聞いてやろう」
「……無理です……結果と洗脳は1つの術で同時にやったもの……私は疎か他の者にも解けません……」
「……は? 誰にも解けない……まさか! 禁書から得た知識でやったのか!?」
アリマはアリトの両方を手で掴んで少し焦りながら問い詰める。ただそのアリトは外方を向いて落ち込んで目を泳がせる。
「うぅっ……渡されたんですよ……これを使えば願いが叶うと……」
「……誰に?」
「────」
恐る恐る問うアリマだが、アリトから聞かされた答えに少し目を見開いた。
「其れは……本当か……? だとしたらかなり不味いな……この結界は余を閉じ込める罠の可能性が高い」
険しそうにそう言うアリマだが、大して焦っているようにも見えずに平然としている。
その頃──、フラブはフラブはコヨリ達とは別れて半袖長ズボンの動きやすい衣服に着替えて、後ろ髪を1つに束ねていた。そしてカナトやカナデとは別行動をとって屋上に転移魔法で移動する。
そこには5メートルほど離れたところでアマネがフラブを待っていた。
「来たか、フラブさん。約束通り……」
「戦ろう。私は貴方に感謝をしたいんだがな」
アマネは真剣な表情で鞘から刀を抜き、フラブに刃を向けて構える。だがフラブは魔法を使わずアマネの方に全速力で走り出した。
「馬鹿か? 武器を取らずして勝てるわけ無いだろ」
アマネはフラブが1メートル付近に到達した時、刀を右上から左下に勢い良く下ろす。──だがフラブは避ける素振りさえなく斬られてもなおアマネに前方から勢い良く抱きついた。その反動でアマネは驚きながらも後ろに倒れて背中が地面についた。
「私が4段以上の者に勝てるわけがない。だがな! これで貴方は動けないだろう?」
自分の命が惜しくないのかフラブは斬られた傷の痛みを無視して笑っていた。
「……っ何の真似だ! フラブさん……!」
「キヨリちゃんたちから教わったんだ。勝てないなら勝たなくて良い、その代わり真正面から抱きつけとな! いい加減に目を覚ませ!」
「……っ! まるで俺が洗脳されてる様な口ぶりだな! 俺は俺の意思で……」
「馬鹿なのか? 今、アリマさんたちが置かれてる状況を言ってみろ」
「……は? アリマ兄様は……あれ? 何も思い出せない…….言われた筈なんだ……アリト兄様に……」
「証拠はこれ以上に必要か?」
「……っ! これで確証を持てるはずが無いだろ!」
「だったら認知症じゃないか? こんな最近の事さえ思い出せ無いとは余程重症だぞ?」
「……挑発したつもりか?」
「出来る事はやった……だから怒るなよ、皆んな」
フラブは直後斬り口が紫に変色し、バタリと息が絶えるように前方に倒れる。
「俺の適性魔法、体に毒を流す。使うのを躊躇ったんだ、とても悪趣味な魔法だろ?」
「そうか。正々堂々やってくれたのか。ありがとう…… アマネ」
フラブは微笑みながら瞼を閉じて、対にアマネは目を見開き涙を頬に一滴伝わらせる。
「俺は……っそうか、俺は愛した人を自らっ!──何でっ……」
アマネはそう震えた声で言いながらも涙を堪えながらフラブを優しく抱きしめた。
「……なんてな! 私にそんな毒は効かんぞ」
だがフラブは微笑みながら起き上がり、そのまま立ち上がってアマネを見下ろす。
「……っ!? どう言う事だ……!?」
アマネもフラブに続いて起き上がりながら呆然とするがフラブは平気そうだった。
「私はずぅっと山に居たんだ、だから毒物も少しは接種しているし斬撃の傷も浅いしな! 良い名演技だっただろう? お陰でアマネの洗脳が治ったんだ」
だがそのフラブは瞬時に顔を赤くして恥ずかしそうに外方を向いて口を開く。
「……それより……あ、愛してるって…」
「……っああ! 愛してる、好きだ! フラブさんの真っ直ぐなところ、優しいところも言う事を言ってくれるところも……何より俺のタイプ……で……」
「──っ! だが今は……」
だが背後から水を差す様に鋭い刃物の様な殺気が向けられ、フラブとアマネは瞬時にその方を向く。
──そこに居たのはカナトの首とアオイの首を持った白いローブを着ているカナデだった。フラブもアマネもその光景に只々呆然とする事しか出来なかった。
──約10分前、一階にある庭にカナトとカナデ、アオイとアツトとアキヒロが居て、アユだけは偶然にもその場に居なかった。
「カナト、あんたなら1人で勝てる? 私はアユを探しに行きたいのだけれど」
冷静にもカナデは左横にいるカナトに問い、それにカナトは右手を顎に当てて考え始める。
「まぁ出来るよ。私は強いからね……っと!」
──だが急に左横から気配を消したアオイがカナトを目掛けて殴りかかってきた。
──時空魔法「停止」
瞬時にカナトが魔法を使った瞬間、時間が止まった様に全ての動き、思考、言葉さえも停止した。
「魔力消費やばいなぁ……これ」
アリトはそう言いながら執事服の黒服の中から拳銃を取り出してアオイの片足、アツトの両足、アキヒロの両腕に向けて発報するが鉄砲さえ止まったまま。
──時空魔法「解除」
再び魔法を使って時空を止めるのを解除すると同時にカナトが撃った弾丸は全て的中──。
「「「ーっダァッあ!」」」
3人は悲鳴を上げてアオイとアツトは地面に膝をつく。カナトは拳銃を元々の服内部に仕舞うが、かなりの魔力の消費で軽く息切れを起こしていた。カナトの右横に居るカナデは状況を理解してカナトに冷たい視線を向ける。
「昔と変わらずやるわね。本当に仲間だったら心強かったのだけれど。あんたの魔力を無駄に消費させて、あんたを殺す為だけに洗脳をしたの。喜びなさいよ」
「……? 何を……言ってるんですか……? カナデ姉様……」
突然の告白にカナトは理解が拒まれて、死だけは悟るように恐る恐るカナデの方を向く。
「これはさ、全部前菜にも届かないって話だよ」
上空から聞こえる声と同時に──その場に居るカナデ以外の全員の首が吹き飛んだ。血が首の切断部分から吹き飛ぶも容赦なく4人の死体が地面に転がる。
「ねぇ、カナデ。カケイは? 早く弟に合わせてよ」
いつの間にか上空に氷を作って優雅に座っていた白いローブを着てフードを脱いでいるココアが、冷たくカナデを見つめながらそう言った。カナデは魔法で白いローブを取り出し、執事服の上から颯爽と着てココアに跪いた。
「仰せのままに。カケイは2階の部屋にタナカと居ると思います。案内は必要ですか?」
「無いね。君は首でも持って屋上の奴らにでも見せてあげなよ、きっと絶望してくれる。それより二重人格の奴は?」
「アユは敵視する必要が無いかと。アリトによる結界術の洗脳もありますし、彼は臆病者なので」
「そう。でも君の姉、カミサキには注意をしとけよ。じゃあね」
ココアはそう言った瞬間、氷ごとその場から消え、カナデはカナトとアオイの首を片手ずつ髪を掴んで転移魔法で消える。──それを曲がり角の影から見ていたアユは口を両手で押さえて目を大きく見開き、ただただ呆然としていた。
「……っ分家と変な奴が手を組んでるのか? でも何でカナデ姉とカナト兄が敵対してるんだ?」
アユ本人の人格は洗脳された為、強制的に後1つの人格に変わっていた。
そして現在、──カナデは悠々としながらも冷たい目をアマネとフラブに向けていた。
「さっきぶりね、シラ・フラブ」
そして何の躊躇いも慈悲もなくカナトとアオイの左側に放り捨てる。
「どう言う事ですか……? カナデさん……」
フラブは目の前にある光景を見て理解が拒まれるように目を大きく見開いて言葉を溢した。
「この2人以外にもアツトとアキヒロも死んだ。私は元々ヨヤギ家が大嫌いだった、それだけよ」
アマネは咄嗟に体が動いており鞘に仕舞った刀を勢い良く抜いて。──カナデに使って下から上に勢い良く殺意を込めて素早く斬撃を起こす。
だがその斬撃は命中せずカナデは間一髪、右側に斬撃を避けていた。
「まずは私の話を聞け、アマネ。私がヨヤギ・アリトに禁忌の結界術を教えた。だから問う。何であんた洗脳が解けてるの?」
カナデの冷静な淡々とした問いにアマネは一呼吸置いて刀を鞘に仕舞う。
「俺はフラブさんが好きだ」
「……は?」
アマネの突如の告白にカナデはきょとんとして首を傾げるも。そのアマネは気が抜けたかのような安心した表情でいて優しさまで感じ取れる。
「世界で1番大好きだ。分かるか? ──人を愛する事がどう言う事か。それはとても幸せで心が締め付けられるんだ」
「……あんた、今がどう言う状況かわかってる?」
「分かってるとも。兄弟が殺されたり封印されたり洗脳されたり、好き勝手やってくれてるんだろう」
「じゃあ何でそんな態度……」
「ああ、正直堪えてる。だが俺を冷静にしてくれるんだ……恋は」
フラブは良い加減にしろとでも言わんばかりの表情で顔を赤くしながらアマネの背後からアマネを睨みつける。ーーだがアマネは冷静で右手で鞘ごとカナデに向けて構えた。
「何の真似? これは殺し合いよ、アマネ」
「だろうな、だがカナデ姉を殺してしまっては情報を吐かせずに多くを失うだけだ」
アマネがそう言うとフラブは微笑み、アマネの右手側に来て左手で魔法で作った木剣を構え2人で背中を合わせる。
「アマネに合わせて動いてやる。間違ってアマネに剣があたっても文句は無しだ」
「──っ呼び捨ては特別感があって良いな! フラブ!」
嬉しそうなアマネを見てフラブは冷たい目を向けながら「そこか?」と問うが、直ぐに真剣な表情を浮かべてカナデの方を見る。そのカナデは理解に苦しんで呆れるような目でアマネを見ていた。
「私は何を見せられてるのかしら……」
その頃アリマは冷静に辺りを見渡しながら軽く腕を組み左手を顎に当てた。
「暇だが出来る事をやろう。禁書についての説教はその後だ」
「はい……ですが、出来る事など……」
アリトはあることを思い出し自身の羽織物の中から小型の魔力通信機を手に取ってアリマに向ける。
「これでカミサキ姉に連絡をとりませんか? 魔力による通信は妨害されない筈です」
それにアリマは納得がいかずとも一応受け取り右手に小型魔力通信機を持つ。
「だが考えろ。余は分家に無関心や恐怖で支配するという酷い扱いをして……──アリトに限っては1つ滅ぼしてる。聞く耳を持ってくれるかどうか……」
「大丈夫です。カナデが『アリマの分家への扱いはアリトが誘導した物でしょう』と言ってました。分家は理解してます。兄様ならきっと……」
「待て。それはどう言う事だ、アリト?」
「え……? ですから2歳の頃から私が兄様を1人に追い込んでいたんですよ。使用人とかに兄様の無いことばかりの悪口を吹き込んだり色々して……」
──すると急にアリマはアリトに睨む様に冷たい視線を向けて、それにアリトは冷や汗を流した。
「アリト、正座をしろ。今直ぐ説教だ」
アリマがそう言うとアリトは目を輝かせながら地面に正座をした。それにアリマは呆れるように軽く溜め息を溢して腕を組む。
「余の言動もあったのだろうが、最初にアリトの言動もあったとして。それを何故、カナデが知っているのか」
「……え?」
「そう言えばお前は昔からのクセで良く日記を書いていたよな? 約200年前、確かその1ページが切れて無くなったとも言っていた……弁明は?」
アリマの問い詰めるような冷たい目と言葉にアリトは冷や汗を流してながら焦って外方を向く。
「アリト……まぁ良い。通信機を使う。カミサキ姉と話がしたいのも事実だ」
アリマはそう言い小型の魔力通信機を右耳を掛けてカミサキに繋げた。
「……アリト……?」
「否、余だ。余を閉じ込める結界はカミサキ姉の策のとり方ではない。だが禁書にカナデが関わってるらしい。故に外の状況を知りたい」
「その前に結界内の状況を教えなさい、アリマ」
冷静なカミサキの言葉にアリマは確認するように淡々としてアリトの方を見る。
「ああ。アリトが禁書を使うなどという愚行をとったから怒った。アリトも余も反省中だ」
「……適当……まぁ良いわ。私たち分家はアリトを正して本家と分家の仲を戻す事が目的だったのよ。だからフラブを攫った、理解しなさい」
「そうか。手数を掛けたな、すまない。事が済んだら全員に謝ろう」
「あんたの謝罪は要らない、アリトの馬鹿だけで充分よ。それより私は今、分家の自室から小型の魔動操縦機で本邸を見てる。状況を聞く覚悟は?」
「愚問、分かりやすく簡潔に」
「外だと私の策が第三者の介入によって破られてカナデのヨヤギ家への裏切り、それによるカナト、アツト、アオイ、アキヒロが死亡」
その淡々とした悲しそうなカミサキの言葉にアリマは目を大きく見開いた。だが過去を振り返るように悲しみも全ての感情を呑んで受け止める。
「……そうか。タナカとカケイ君、フラブ君とアマネ、それとアユは?」
「タナカはカケイと第三者の白い奴、フラブとアマネはカナデと交戦中。アユは魔力が変わってる、理由は?」
「白い奴……? アユは二重人格だからだ。第三者の概要は?」
「二重人格……概要は分からないわ。だけどアリトなら知ってるかもね、聞いてみてくれない?」
カミサキの冷静な問いにアリマは一度通信機を取り外してアリトの方を見る。
「禁書をカナデから受け取った時、カナデに何か言われたか?」
「確か……成る可く早く、使う時は部屋中に結界を貼れって言われました」
「そうか、分かった」
アリマはそう言い、通信機を再び耳に掛けてカミサキに繋げる。
「部屋中に結界を貼れ、らしい。心当たりは?」
「あるわ。タナカには内通してもらってたの。あんた達の家に行く3日程前に私の指示で分家で匿った」
「タナカから来た嘘の音と違和感はそれか。だがカケイの腕は取れていた……治っていたのはそう言うことか?」
「ええ、想定内よ。治るようにしたもの。他はあんたが治してくれるっていう信用ね。それより話を戻すと、タナカにアリトの部屋に魔動発信機を取り付けてもらってたの」
「なるほど。其れでカナデが第三者に指示を出した。タイミングが良い訳か。良く出来た裏切りだ。外から見た結界はどうなってる?」
「多分、あんたの想像と同じよ。その部屋だけが強く囲われているわ。中も見えない、禁書の結果でもあんたが出る事は出来ないわけ?」
「不可能ではない。だがアリトを巻き込んで殺してしまう。カミサキ姉、手が尽きたか?」
「一言多いわ。私はあんたと違って頭脳だけに特化してるのよ。本来ならカナデとカナトと連絡をとりながらの予定だった」
「裏切りで後手に回ったのが痛手だな」
アリマの揶揄うような言葉にカミサキは怒ったように「は?」と圧ある声で問い。
「信用してたのよ! カナデは! 妹だから! あんたには分からないでしょうね!」
そう言うカミサキは口調からも声色からも聞いて取れる程に怒っていた。だがアリマは気にする事もなく悲しくも優しい表情を浮かべている。
「この世界だ、人はいつ死んでも可笑しくない。皆んな死ぬ覚悟は出来ている」
「待って……今、タナカ達の戦況に動きがあったわ」
急にカミサキは声色が曇り、微かに声色が震えているようにも感じ取れた。




