第七話 将軍
(鎌倉幕府の第二代将軍、源頼家の聖地か)
家島妃頼の言った『聖地巡礼』の意味はわかった。
さらに彼女が毎晩見るという悪夢の内容を考えると、この将軍の存在が今回の呪いと関係している可能性は限りなく高い。
(にしても、歴史上の人物とあのお嬢ちゃんとで一体何の関係があるんや?)
将軍のことはともかく、問題児である家島妃頼のバックボーンについてはまだ何の手掛かりも掴めていない。
本人は嫌がるだろうが、もう一度接触して直に話を聞いた方がいいのかもしれない——と、兼嗣が襟を正した次の瞬間。
それまで本堂を見上げていた妃頼の体が、ぐらりと後ろに傾いた。
暑さで立ちくらみでも起こしたのか、彼女は全身の力が抜けてしまったように、背中側へとゆっくり倒れていく。
「……危ない!」
咄嗟に、兼嗣は境内を横切って彼女に駆け寄った。
そして間一髪、地面に頭が衝突する寸前で、彼女の上半身を抱きとめる。
「大丈夫か? しっかりせえ!」
兼嗣の呼びかけに、妃頼は閉じていた瞳をうっすらと開く。
「……あなたは……」
どうやら意識が朦朧としているらしい。
熱中症だろうか。
とりあえず日陰に移った方が良いと判断し、兼嗣は彼女の体を抱きかかえ、境内の端にある木陰のベンチまで移動した。
「水分摂った方がええわ。何か飲み物を買ってくるから、ここで待っとってな」
彼女をベンチに仰向けで寝かせ、兼嗣は立ち上がって辺りを見渡す。
しかし境内には飲み物が買えそうな場所はない。
仕方なく山門の外まで走っていくと、隣の店の前に自動販売機があった。
すぐさまお茶とスポーツ飲料を二本ずつ購入して、再び境内のベンチまで戻る。
「ほら、これ飲み。あと、首元も冷やした方がええわ」
意識が少しだけはっきりとしたらしい彼女をベンチに座らせ、頸動脈の辺りにお茶のペットボトルを当ててやる。
「……あ、ありがとう」
スポーツ飲料を数口に分けて飲んだ彼女は、ようやく普段の調子を取り戻したようだった。
焦点の定まったアーモンド型の瞳が、兼嗣をまっすぐに見上げる。
「……ん? どうした。まだ気分悪いんか?」
「う、ううん。そうじゃなくて。……岡部さん、だっけ。あなた、よく見ると結構きれいな顔をしてるのね」
彼女はそう、どこか照れくさそうに視線を逸らしながら言った。
先ほど『おじさん』と言ってしまったことに対する詫びだろうか。
兼嗣にとっては自分の顔の造形などどうでもよかったが、彼女がこうしてこちらへの態度を改めてくれたことは素直に嬉しかった。
「そりゃどうも。ところで、その服装……そんな格好してたら暑いんとちゃいます?」
兼嗣は改めて彼女のコスプレ姿を眺める。
白い直垂衣装は思ったよりも精巧な造りをしていて、今の季節では生地が厚すぎるのではないかと思われた。
風通しも悪そうなので、これでは熱中症になってしまっても仕方がない。
「もし脱げるんならもっと薄着になるか、あるいは宿が近いなら一度戻って着替えた方が——」
「ううん。私はこの格好がいいの。せっかく今日、ここまで来たんだから」
そう言った彼女の瞳には、強い意思の色が宿っていた。




