第六話 聖地巡礼
「情報提供? それは璃子の仕事だろ」
「もちろん、璃子ちゃんにも今、色々と調べてもらっとる。けど、情報は多いに越したことはないやろ。もともと観光が好きなお前なら、修善寺のことも多少は知っとるやろ」
天満は「そうだなぁ……」と何やらスピーカーの向こうで考え込んでいる。よほど土産が欲しいのか、真剣に頭を巡らせているようだ。
「今回の問題児は『聖地巡礼』が目的で、わざわざ一人旅でここまで来てるみたいなんや。やから、この修善寺が舞台になってる作品とか、ゆかりのある人物とか、何か知らんか?」
「聖地ねぇ。確か『修禅寺物語』って作品があったはずだけど、詳しくは知らないな。あと『伊豆の踊り子』は別に修善寺がメインなわけじゃないし……。ゆかりのある人物といえば、空海は当然として、夏目漱石とか尾崎紅葉とか芥川龍之介とか、近代作家はかなりいるんじゃないか? あとはあれだ。源氏の……ええと、誰だったかな」
天満のその言葉で、兼嗣は思い出す。
「源氏……。そういえば、歴史で習ったな。確か、源氏の二代目将軍が暗殺されたのって伊豆修禅寺やなかったか?」
「ああ、そうそう。源頼家の墓があるんだよ。あと範頼の墓も。その二つの墓のことを正岡子規が歌に詠んでてさあ……——おっふ」
観光絡みの話でどんどん饒舌になる天満だったが、再びやってきた腹痛によってそれを遮られる。
「ぐっ……。とりあえず情報は渡したぞ。一旦切る」
そう早口で言って、彼はすぐに通話を切った。これからトイレにでも駆け込むつもりだろうか。
短い会話ではあったが、収穫はあったと兼嗣は思った。というのも、天満の挙げた源氏の人物が気になっている。
源氏といえば、平安時代から鎌倉時代にかけて歴史の表舞台に立つ一族だ。その内の二人の墓がここにあり、実際にこの地で殺されたという話も残っている。
——侍みたいな人たちがいっぱい来て、あたしを殺すの。刀とか、薙刀みたいな物を持ってね。
家島妃頼が言っていた。彼女は毎晩、侍のような人々に殺される夢を見るのだと。
それはあたかも、源氏の二人がここで最期を迎えたシーンを再現しているようでもある。
当の彼女は今、この修禅寺の本堂の前に立って手を合わせている。一礼して頭を上げた後、合掌したままじっと本堂の方を見つめる。
彼女の脳裏では今、ここにゆかりのある何者かのイメージが浮かんでいるのだろうか。
と、そこへ再びスマホが震えた。見ると、画面に表示されていたのは今度こそ璃子の名前だった。
「もしもし、璃子ちゃん。さっそく何かわかったんか?」
「ええ。おそらく当たりですよ、これは」
そう前置きしてから、璃子は自信のある声で言った。
「去年の秋ごろに放送されていたアニメで、『鎌倉あやかし絵巻』という作品があるんです。鎌倉時代の歴史人物を題材にした和風ファンタジーで、その舞台となった場所に修善寺も入っています」
鎌倉時代と聞いて、兼嗣の期待が高まる。
さらに璃子は、今度こそ決定的な事柄を口にした。
「作品に出てくる源頼家というキャラクターの容姿が、家島妃頼のコスプレ姿とそっくりなんです。白い直垂衣装に金色の扇子、髪は金と銀の二色で、目元に赤いアイラインが引かれています。画像を送りますので、一度ご確認ください」
そのまま通話が切れたかと思うと、すぐさま画像が送られてきた。兼嗣が開いてみると、そこに表示されたのは確かに璃子の言った通りのものだった。
家島妃頼のコスプレとそっくりなキャラクター。性別は男性のようだが、絵柄や雰囲気からするとファンの多くは女性だろう。
このキャラクターの格好をした上で、わざわざ彼女がここに来たということは、やはり聖地巡礼というのはそのアニメ作品のことを指しているに違いない。




